ブッシュ・メモリアル・スタジアム

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ブッシュ・スタジアムII
Busch Stadium II ,
Busch Memorial Stadium
ブッシュ・スタジアムII
施設データ
所在地 250 Stadium Plaza
St. Louis, Missouri 63102
開場 1966年5月12日
閉場 2005年10月19日
取り壊し 2005年11月7日開始
所有者 セントルイス・カージナルス
グラウンド 天然芝(開場 ~ 1969年)
人工芝(1970年 ~ 1995年)
天然芝 (1996年 ~ 閉場)
建設費 2000万ドル
設計者 Sverdrup & Parcel ,
Edward Durell Stone ,
Schwarz & Van Hoefen
使用チーム • 開催試合
セントルイス・カージナルス
(開場 ~ 閉場) 、
セントルイス・カージナルス(現アリゾナ・カージナルス)
(開場 ~ 1987年)
セントルイス・ラムズ
(1995年最初の4試合のみ)
収容能力
49,676人
グラウンドデータ
球場規模 左翼 - 330 ft (約100.6 m)
左中間 - 372 ft (約113.4 m)
中堅 - 402 ft (約122.5 m)
右中間 - 372 ft (約113.4 m)
右翼 - 330 ft (約100.6 m)
バックネット - 64 ft (約19.5 m)
フェンス 8 ft (約2.4 m)

ブッシュ・スタジアムIIBusch Stadium II)は、ミズーリ州セントルイスにかつてあった、野球アメフトの兼用スタジアム(1996年より野球専用球場)。MLBセントルイス・カージナルスが閉場まで、NFLセントルイス・カージナルス(現アリゾナ・カージナルス)が1987年まで、セントルイス・ラムズが1995年のシーズンのうちの4試合のみ、ここを本拠地球場にしていた。

MLBカージナルスのオーナーのアンハイザー・オーガスト・ブッシュがセントルイス市に新球場の建設を働きかけ、ダウンタウン再開発計画のランドマークを求めていた市と思惑が一致したため建設が決まった。ブッシュは球場建設費のうち500万ドルを供出した。(アメリカ大統領ブッシュ親子とは関係がない。)

球場のデザインは、アメフト兼用野球場として当時の最先端である1階席を移動式にした円形型となった。しかし、円形のスタジアムは後にクッキーカッターw:en:Cookie cutter stadium=画一的、どれも見た目が一緒)としてファンから嫌われることとなる。そのことを見越してか、最上部の席をぐるりと囲むアーチを連ねた屋根が設置された。セントルイスのシンボルゲートウェイ・アーチのデザインを取り入れることによって、他の球場との差別化を図ったのである。

1970年には、フィールドも天然芝から人工芝になった。

1993年に洪水が発生し、球場も被害を受けた。そのため改修を施し、1階席を固定した。95年にラムズが4試合をここで戦ったあと新球場トランスワールド・ドーム(現エドワード・ジョーンズ・ドーム)に移転すると野球専用球場となり、1996年シーズンからフィールドにも天然芝が復活した。

しかし、球場の老朽化のため2005年シーズン限りで閉場。以前駐車場があった敷地に新しいブッシュ・スタジアムの南側半分が既に完成しており、新球場の北側半分をシーズン前に完成させるため同年11月7日には解体工事が始まり、今は跡形もなくなっている。

主要な出来事[編集]

野球[編集]

ブッシュ・スタジアムII(右)と、建設が進むブッシュ・スタジアムIII
  • 2005年10月19日、アストロズとのリーグ優勝決定戦第6戦に 1 - 5 で敗れ、2勝4敗で敗退が決定。カージナルスの2005年シーズンが終了し、この球場のラストゲームとなった。
前本拠地:
スポーツマンズ・パーク
1920 - 1966
セントルイス・カージナルスの本拠地
1966 - 2005
次本拠地:
ブッシュ・スタジアム
2006 - 現在
前本拠地:
スポーツマンズ・パーク
1960 - 1965
アリゾナ・カージナルスの本拠地
1966 - 1987
次本拠地:
サン・デビル・スタジアム
1988 - 2005
前本拠地:
アナハイム・スタジアム
1980 - 1994
セントルイス・ラムズの本拠地
1995 - (4試合のみ)
次本拠地:
エドワード・ジョーンズ・ドーム
1995 - 現在
先代:
メトロポリタン・スタジアム
1965年
MLBオールスターゲーム
開催場
第37回(1966年
次代:
アナハイム・スタジアム
1967年