マイク・フェターズ

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マイク・フェターズ
Mike Fetters
アリゾナ・ダイヤモンドバックス コーチ #43
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス郡ロサンゼルス市バン・ナイズ英語版
生年月日 (1964-12-19) 1964年12月19日(54歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
230 lb =約104.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1986年 MLBドラフト1巡目追補(全体27位)でカリフォルニア・エンゼルスから指名
初出場 1989年9月1日
最終出場 2004年9月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • アリゾナ・ダイヤモンドバックス (2014 - )
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

マイケル・リー・フェターズMichael Lee Fetters, 1964年12月19日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡ロサンゼルス市バン・ナイズ英語版出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。現在は、MLBアリゾナ・ダイヤモンドバックスのブルペンコーチを務めている。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1983年MLBドラフト22巡目(全体560位)でロサンゼルス・ドジャースから指名されたが、この時は契約せずにペパーダイン大学へ進学した。1985年には第14回日米大学野球選手権のアメリカ合衆国代表に選ばれている[1]

現役時代[編集]

1986年MLBドラフト1巡目追補(全体27位)でカリフォルニア・エンゼルスから指名され、プロ入り。

1989年9月1日にメジャーデビュー。ミルウォーキー・ブルワーズへ移籍した1992年に50試合に登板して防御率1.87と好投。1994年からはクローザーを任され、1996年にはこの年アメリカンリーグ5位となる32セーブを挙げた。1997年以降は中継ぎに回ったが、2001年に途中移籍したピッツバーグ・パイレーツでは20試合で8セーブを稼いだ[2]

2002年7月6日デュアネル・サンチェスとのトレードで、アリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した。オフの11月には日米野球に参加のため、来日。この大会時はFAで所属球団がなかったが、ダイヤモンドバックスのユニフォームで出場している。2003年ミネソタ・ツインズでプレーしたが、右肘を痛めて8月にトミー・ジョン手術を受けた。その後、一時は高校でバスケットのコーチをしていたが、2004年6月にダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ[3]7月15日にメジャー復帰し、この年限りで引退した。

引退後[編集]

引退後はダイヤモンドバックス戦のラジオ解説者などを経て、2014年からはダイヤモンドバックスのクオリティ・アシュアランスコーチ(2016年まで)、2017年からはブルペンコーチを務める[4]

投球スタイル・人物[編集]

体重100kgを超す巨漢右腕。投球モーションに入る時に深く深呼吸してから突然顔をホームプレートの方向に捻る独特のパフォーマンスを見せる[3]。フェターズによればこの顔の動きをするのは投球時のストレス(緩和)のためだと言う。2002年に同僚のマーク・グレースが登板した時もフェターズの真似をした。また、2004年のヒューストン・アストロズ戦でクレイグ・ビジオと対戦した際、打席でビジオがフェターズの真似をして球場は大爆笑に包まれたという。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1989 CAL 1 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 16 3.1 5 1 1 0 0 4 2 0 4 3 8.10 1.80
1990 26 2 0 0 0 1 1 1 -- .500 291 67.2 77 9 20 0 2 35 3 0 33 31 4.12 1.43
1991 19 4 0 0 0 2 5 0 -- .286 206 44.2 53 4 28 2 3 24 4 0 29 24 4.84 1.81
1992 MIL 50 0 0 0 0 5 1 2 -- .833 243 62.2 38 3 24 2 7 43 4 1 15 13 1.87 0.99
1993 45 0 0 0 0 3 3 0 -- .500 246 59.1 59 4 22 4 2 23 0 0 29 22 3.34 1.37
1994 42 0 0 0 0 1 4 17 -- .200 202 46.0 41 0 27 5 1 31 3 1 16 13 2.54 1.48
1995 40 0 0 0 0 0 3 22 -- .000 163 34.2 40 3 20 4 0 33 5 0 16 13 3.38 1.73
1996 61 0 0 0 0 3 3 32 -- .500 268 61.1 65 4 26 4 1 53 5 0 28 23 3.38 1.48
1997 51 0 0 0 0 1 5 6 -- .167 298 70.1 62 4 33 3 1 62 2 1 30 27 3.45 1.35
1998 OAK 48 0 0 0 0 1 6 5 -- .143 214 47.1 48 3 21 2 1 34 3 0 26 21 3.99 1.46
ANA 12 0 0 0 0 1 2 0 -- .333 50 11.1 14 2 4 0 0 9 3 0 8 7 5.56 1.59
'98計 60 0 0 0 0 2 8 5 -- .200 264 58.2 62 5 25 2 1 43 6 0 34 28 4.30 1.48
1999 BAL 27 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 148 31.0 35 5 22 2 2 22 1 1 23 20 5.81 1.84
2000 LAD 51 0 0 0 0 6 2 5 11 .750 201 50.0 35 7 25 2 2 40 3 0 18 18 3.24 1.20
2001 34 0 0 0 0 2 1 1 14 .667 139 29.2 33 6 13 0 1 26 6 0 23 20 6.07 1.55
PIT 20 0 0 0 0 1 1 8 0 .500 84 17.2 16 1 13 1 3 11 1 0 9 9 4.58 1.64
'01計 54 0 0 0 0 3 2 9 14 .600 223 47.1 49 7 26 1 4 37 7 0 32 29 5.51 1.58
2002 32 0 0 0 0 1 0 0 11 1.000 134 30.1 25 3 18 1 1 29 2 0 13 11 3.26 1.42
ARI 33 0 0 0 0 2 3 0 4 .400 118 24.2 28 1 19 5 2 24 6 0 18 14 5.11 1.91
'02計 65 0 0 0 0 3 3 0 15 .500 252 55.0 53 4 37 6 3 53 8 0 31 25 4.09 1.64
2003 MIN 5 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 22 6.0 2 0 1 0 1 1 0 0 0 0 0.00 0.50
2004 ARI 23 0 0 0 0 0 1 1 1 .000 94 18.2 23 2 14 2 1 14 4 0 22 18 8.68 1.98
MLB:16年 620 6 0 0 0 31 41 100 *43 .431 3137 716.2 699 62 351 39 31 518 57 4 360 307 3.86 1.47
  • 「-」は記録なし
  • 通算成績の「*数字」は不明年度があることを示す

背番号[編集]

  • 48(1989年 - 1991年)
  • 36(1992年 - 1998年)
  • 37(1999年)
  • 56(2000年 - 2001年途中)
  • 39(2001年途中 - 2002年、2004年)
  • 55(2003年)
  • 1(2015年)
  • 43(2017年 - )

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 第14回 日米大学野球選手権(2018年10月3日閲覧)
  2. ^ 出野哲也『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』言視舎、2013年、456-457頁。ISBN 978-4-905369-67-7
  3. ^ a b 「30球団マンスリー・リポート 一時は引退状態にあったが復活! 来季も現役続行希望のフェタース」『月刊メジャー・リーグ』 2004年10・11月合併号 ベースボール・マガジン社 58頁
  4. ^ Arizona Diamondbacks new coaching staff announced”. AZ Snake Pit.com (2016年11月17日). 2017年2月20日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]