スティーブ・エイベリー

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スティーブ・エイベリー
Steve Avery
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州トレントン
生年月日 1970年4月14日(44歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1988年 ドラフト1巡目(全体3位)
初出場 1990年6月13日
最終出場 2003年7月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

スティーブン・トマス・エイベリーSteven Thomas Avery, 1970年4月14日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州トレントン出身の元プロ野球選手投手)。

経歴[編集]

1988年のMLBドラフトアトランタ・ブレーブスから1巡目(全体3位)に指名を受け入団。1990年シーズン前に発表されたベースボール・アメリカのプロスペクトランキングで1位の評価を受ける。6月13日シンシナティ・レッズ戦でメジャーデビュー。先発投手としてメジャーに定着し[1]8月24日シカゴ・カブス戦でメジャー初完投・初完封を達成するが、3勝11敗・防御率5.64の成績に終わる。1991年トム・グラビンジョン・スモルツらと共に「Young Guns」と呼ばれる先発ローテーションを形成[2]。18勝8敗・防御率3.38を記録し、チームの前年地区最下位からの地区優勝に貢献。ピッツバーグ・パイレーツとのリーグチャンピオンシップシリーズでは2試合に先発し2勝・16.1イニング無失点と好投。チームは4勝3敗でアトランタ移転後初のリーグ優勝を果たし、シリーズMVPに選出された。ミネソタ・ツインズとのワールドシリーズでは第3戦と第6戦に先発するがいずれも勝敗は付かず、チームは3勝4敗で敗退した。サイ・ヤング賞の投票では6位タイに入った。1992年はリーグ最多タイの35試合に先発して11勝11敗・防御率3.20、キャリアハイの233.2イニングを記録し、チームの2年連続地区優勝に貢献。前年に続きパイレーツとの対戦となったリーグチャンピオンシップシリーズでは第2戦で先発し前年から続く無失点記録を22.1イニングまで伸ばしたが、第5戦では1アウトしか取れず4失点でノックアウトされる。最終第7戦では満塁の場面でリリーフしてピンチを凌ぎ、チームは逆転サヨナラ勝利でリーグ優勝を決めた。トロント・ブルージェイズとのワールドシリーズでは第3戦では9回途中3失点で敗戦投手。第6戦では4回2失点で勝敗付かず、チームは2勝4敗で敗退した。

1993年は前半戦で8連勝を記録するなど9勝を挙げ、初のオールスターゲームに選出される。後半戦で防御率2.37と更に調子を上げ、18勝6敗・防御率2.94を記録し、チームは3年連続地区優勝。フィラデルフィア・フィリーズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは2試合に先発し、防御率2.77と好投したが勝敗は付かず、チームは2勝4敗で敗退した。1994年ストライキの影響で8勝に留まる。1995年は7勝13敗・防御率4.67と不本意な成績に終わるが、チームは地区優勝。コロラド・ロッキーズとのディビジョンシリーズではリリーフで1試合のみの登板。シンシナティ・レッズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第4戦で6回無失点の好投を見せ、4連勝でリーグ優勝を果たす。クリーブランド・インディアンスとのワールドシリーズでは第4戦で6回1失点と好投し勝利投手。チームは38年ぶり、アトランタ移転後初のワールドチャンピオンに輝いた。1996年は5月までは好調だったがその後調子を落とし、7月に故障で戦線離脱。7勝10敗・防御率4.47に終わる。チームは2年連続のリーグ優勝を果たすが、ポストシーズンでは先発登板はなし。ニューヨーク・ヤンキースとのワールドシリーズでは第4戦でリリーフ登板するが敗戦投手となり、チームは2勝4敗で敗退した。オフにフリーエージェントとなる。

1997年1月22日ボストン・レッドソックスと契約。同年は6勝7敗・防御率6.42、1998年は10勝7敗・防御率5.02と振るわず、オフにフリーエージェントとなり12月21日シンシナティ・レッズと契約。1999年は96イニングながらキャリアワーストの78四球と制球難に陥り、7月23日の登板を最後に離脱。オフに再びフリーエージェントとなり、2000年2月22日に古巣ブレーブスとマイナー契約。しかし制球難でマイナーでも結果は残せず、2001年5月30日に解雇。2003年1月23日デトロイト・タイガースと契約。リリーフで19試合に登板して2勝を記録し、引退。

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1990 ATL 21 20 1 1 0 3 11 0 -- .214 466 99.0 121 7 45 2 2 75 5 1 79 62 5.64 1.68
1991 35 35 3 1 1 18 8 0 -- .692 868 210.1 189 21 65 0 3 137 4 1 89 79 3.38 1.21
1992 35 35 2 2 0 11 11 0 -- .500 969 233.2 216 14 71 3 0 129 7 3 95 83 3.20 1.23
1993 35 35 3 1 2 18 6 0 -- .750 891 223.1 216 14 43 5 0 125 3 1 81 73 2.94 1.16
1994 24 24 1 0 1 8 3 0 -- .727 628 151.2 127 15 55 4 4 122 5 2 71 68 4.04 1.20
1995 29 29 3 1 0 7 13 0 -- .350 724 173.1 165 22 52 4 6 141 3 0 92 90 4.67 1.25
1996 24 23 1 0 1 7 10 0 -- .412 567 131.0 146 10 40 8 4 86 5 0 70 65 4.47 1.42
1997 BOS 22 18 0 0 0 6 7 0 -- .462 453 96.2 127 15 49 0 2 51 4 0 76 69 6.42 1.82
1998 34 23 0 0 0 10 7 0 -- .588 546 123.2 128 14 64 0 4 57 7 0 74 69 5.02 1.55
1999 CIN 19 19 0 0 0 6 7 0 0 .462 426 96.0 75 11 78 0 1 51 4 1 62 55 5.16 1.59
2003 DET 19 0 0 0 0 2 0 0 1 1.000 71 16.0 19 5 7 1 0 6 0 0 11 10 5.63 1.63
通算:11年 297 261 14 6 5 96 83 0 1 .536 6609 1554.2 1529 148 569 27 26 980 47 9 800 723 4.19 1.35
  • 各年度の太字はリーグ最高

脚注[編集]

  1. ^ Chass, Murray (1990年6月24日). “Some Pitching Rotations Seem Like Revolving Doors” (英語). The New York Times. 2010年6月26日閲覧。
  2. ^ Mazzone, Leo; Freeman, Scott (2003). Leo Mazzone's Tales from the Braves Mound. United States: Sports Publishing LLC. pp. pp. 6, 26. ISBN 978-1582616742. http://books.google.co.jp/books?id=qhvLMKn7FusC&pg=PA6&dq#v=onepage&q&f=false 2010年6月26日閲覧。. 

外部リンク[編集]