ハウィー・ケンドリック

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ハウィー・ケンドリック
Howie Kendrick
ロサンゼルス・ドジャース
Howie Kendrick on May 20, 2015.jpg
2015年5月20日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州ジャクソンビル
生年月日 1983年7月12日(33歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手三塁手左翼手
プロ入り 2002年 ドラフト10巡目(全体294位)でアナハイム・エンゼルスから指名
初出場 2006年4月26日
年俸 $10,000,000(2016年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ハワード・ジョゼフ・ケンドリックHoward Joseph Kendrick, 1983年7月12日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州ジャクソンビル出身のプロ野球選手二塁手・三塁手左翼手)。右投右打。現在はMLBロサンゼルス・ドジャースに所属している。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

ウェスト・ナッソー高校を卒業後、セント・ジョンズ・リバー・コミュニティ・カレッジへ進学し、カンファレンスプレーヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞[2]

プロ入りとエンゼルス時代[編集]

2002年MLBドラフトアナハイム・エンゼルスから10巡目(全体294位)指名を受け、6月19日に契約成立。この年からマイナーリーグ(ルーキー級)でプレーを始める(42試合出場)。

2004年には、ルーキー級アリゾナリーグ・エンゼルスとA級シーダーラピッズ・カーネルズの2球団合計で78試合に出場して打率.363・10本塁打・49打点出塁率.388・OPS.957・17盗塁をマークし、9月1日にミッドウェスト・リーグのオールスターに出場した他、Topps (トップス社)のA級オールスター・チームにも選出されている[3]

2005年は、A+級ランチョクカモンガ・クエークスとAA級アーカンソー・トラベラーズの2球団合計で109試合に出場して打率.367・19本塁打・89打点・出塁率.406・OPS 1.020・25盗塁と言うハイレベルな数字を叩き出し、6月28日にはカリフォルニアリーグのミッドシーズン・オールスターに、9月5日には同リーグのポストシーズン・オールスターに出場した他、Toppsとベースボール・アメリカ誌が選ぶオールスター・チームにも選出された。また、オフのウィンターリーグでは、アリゾナ・フォール・リーグのオールプロスペクト・チームに選ばれている[3]。シーズン終了後、チーム内の有望株リストで2位にランクされ、ベストヒッター・フォー・アベレージに挙げられた[4]

2009年6月15日、AAA級ソルトレイク・ビーズにて

2006年4月26日デトロイト・タイガース戦において9番・二塁手でスタメン起用され、メジャー・デビュー(4打数安打)。5月1日オークランド・アスレチックス戦では、センター前に初安打を放っている。当時の二塁には好守で長年チームを支えてきたアダム・ケネディがおり、より多くの出場機会を得るために一塁手三塁手としてもプレー。しかし結果が出せず、2週間ほどでマイナー降格を命じられたものの、AAA級ソルトレイク・ビーズで69試合に出場して打率.369・13本塁打・62打点・出塁率.408・OPS 1.039・11盗塁と着実に成長を続け、7月9日フューチャーズゲームに、7月12日にはパシフィックコースト・リーグのオールスターに出場[3]。前年に引き続きベースボール・アメリカ誌が選ぶオールスター・チームにも選出された他、同リーグのルーキー・オブ・ザ・イヤーと、AAA級のプレーヤー・オブ・ザ・イヤーをダブル受賞。7月14日にはメジャー再昇格を果たし、16試合連続安打をマークするなど、序盤戦の不振を払拭した。

2007年は前年オフにケネディを放出したため、正二塁手として起用されたが、2度の故障者リスト入りもあり、88試合の出場にとどまった。左手指骨折に泣かされはしたものの、高打率を残し、「特に走者を置いた状況での打撃に進歩の跡が見られる」とマイク・ソーシア監督を感心させた[5]

2008年もケガに見舞われ、4月と8月にハムストリングを痛めて2度の故障者リスト入り[6]。出場数は100未満に留まった。一方で打撃は好調をキープ。左右両投手、ホーム・アウェー全てにおいて打率.300を超え、特に走者が居る時は.351、得点圏では.366[7]と才能のきらめきを見せた。

2009年は自身初のシーズン100試合以上(105試合)に出場。3年連続の打率.300超えこそならなかったものの、打率.291を記録し、シュアな打撃の健在ぶりを見せた。出場試合数が増えた事により、本塁打(自身初の二桁本塁打)と打点でも自己最高の数値をマークした。

2010年は158試合に出場し自身初の規定打席到達を果たした。しかし打率は自己最低の数値であり、出場試合数が約50試合増加したにもかかわらず、本塁打は増えなかった。

2011年は2年連続で規定打席に到達。三振119を記録し、打率も2年連続で.300に届かないなど、好打者としての性質がやや減退するが、一方でいずれも自己ベストとなる6三塁打、18本塁打を放ち、長打力が伸びた。また、自身初のオールスター出場も果たし、収穫のあるシーズンを過ごした。

2012年は2年連続の100三振以上となる115三振を記録。走塁面では3年連続で14盗塁をマークしたが、前年に増加した長打力が鳴りを潜め、8本塁打に留まった。

2013年は4年連続で規定打席に到達したが、規定打席に到達したシーズンとしては最小となる122試合の出場だった。一方、打撃面では規定打席に到達したシーズンとしては最高の打率.297、最小の89三振を記録し、シュアな打撃を取り戻した。4月23日には、サヨナラ本塁打を含む1試合2本塁打を記録[8]7月30日には通算1000安打に到達した[8]

2014年も正二塁手として157試合に出場し、チームトップの181安打を記録。ホームランは約半減となる7本に終わったが、4年連続.285以上となる打率.293・75打点 (自己ベストタイ) ・自身4度目となる14盗塁を記録した。守備では11失策を犯して守備率.984だったが、DRSは前年の - 3から + 7と、大幅に改善した。

ドジャース時代[編集]

2014年12月10日アンドリュー・ヒーニーとのトレードで、ロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[9]

2015年11月2日FAとなった[10]

2016年2月4日、ドジャースと2年総額2000万ドルで契約を結んだ[11]

プレースタイル[編集]

2005年辺りから「マイナー最高打者」との評判が定着し、ベースボール・アメリカ誌の有望株リストでは、2006年版12位にランクされた[12]。天才的なコンタクトを誇り、内角低目から外角高目まで幅広く対応出来るため、「右のトニー・グウィン」とも称されている。スイングはコンパクトでシャープ、かつリストも強いので、痛烈なラインドライブを打てる。特に「投球の組み立てを理解出来るようになった」と語る2005年以降、長打力が増した。体格の不利を豊富な練習量で補って来た努力家でもあり、「将来の首位打者」との呼び声も高い。広角に打ち分ける卓越した打撃センスを有する反面、積極打法のため四球は選ばない。スピードがあり、レンジ(守備範囲)も広いが、盗塁技術に関しては改善の余地がある。また、故障がちな虚弱体質も不安材料。グラブさばきは基本に忠実で、二塁手の他に一塁手・三塁手としてのプレー経験がある[13][14][15][16][17][18]。2016年シーズンからは同じ二塁手に前年シーズン途中から加入したチェイス・アトリーがいることもあり左翼手として出場することも多くなった。

マイナー7年間の通算成績は、打率.360・出塁率.403・OPS.974・75盗塁(成功率74パーセント)。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2006 LAA 72 283 267 25 76 21 1 4 111 30 6 0 0 3 9 2 4 44 5 .285 .314 .416 .730
2007 88 353 338 55 109 24 2 5 152 39 5 4 1 1 9 2 4 61 15 .322 .347 .450 .797
2008 92 361 340 43 104 26 2 3 143 37 11 4 1 4 12 3 4 58 8 .306 .333 .421 .754
2009 105 400 374 61 109 21 3 10 166 61 11 4 2 0 20 1 4 71 8 .291 .334 .444 .778
2010 158 658 616 67 172 41 4 10 251 75 14 4 4 5 28 2 5 94 16 .279 .313 .407 .721
2011 140 583 537 86 153 30 6 18 249 63 14 6 3 0 33 3 10 119 18 .285 .338 .464 .802
2012 147 594 550 57 158 32 3 8 220 67 14 6 6 5 29 1 4 115 26 .287 .325 .400 .725
2013 122 513 478 55 142 21 4 13 210 54 6 3 3 3 23 5 6 89 16 .297 .335 .439 .775
2014 157 674 617 85 181 33 5 7 245 75 14 5 3 2 48 8 4 110 15 .293 .347 .397 .744
2015 LAD 117 495 464 64 137 22 2 9 190 54 6 2 1 1 27 1 2 82 17 .295 .336 .409 .746
通算:10年 1198 4914 4581 598 1341 271 32 87 1937 555 101 38 24 24 238 28 47 843 144 .293 .333 .423 .755
  • 2015年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 47 (2006年 - )

脚注[編集]

  1. ^ Howie Kendrick Contract, Salary Cap Details & Breakdowns” (英語). Spotrac. 2016年2月5日閲覧。
  2. ^ MLB公式プロフィール参照
  3. ^ a b c Howie Kendrick Stats, Highlights, Bio” (英語). MiLB.com. Minor League Baseball. 2016年2月5日閲覧。
  4. ^ Alan Matthews (2006年2月3日). “Top 10 Prospects: Los Angeles Angels , Best Tools” (英語). BaseballAmerica. The Enthusiast Network. 2016年2月5日閲覧。
  5. ^ 『月刊スラッガー』、2007年12月号、84頁。
  6. ^ History Howie Kendrick” (英語). Baseball Prospectus. 2016年2月5日閲覧。
  7. ^ 2008 Batting Splits” (英語). ESPN. 2016年2月6日閲覧。
  8. ^ a b 「30球団通信簿」『月刊スラッガー』2013年9月号、日本スポーツ企画出版社、2013年、雑誌15509-12、59頁
  9. ^ “Dodgers acquire Howie Kendrick from Angels and three prospects from Marlins” (英語) (プレスリリース), MLB.com (Los Angeles Dodgers), (2014年12月11日), http://m.dodgers.mlb.com/news/article/103792118/dodgers-acquire-howie-kendrick-from-angels-and-three-prospects-from-marlins 2014年12月12日閲覧。 
  10. ^ Transactions | dodgers.com” (英語). MLB.com (2015年11月2日). 2015年11月4日閲覧。
  11. ^ Ken Gurnick (2016年2月4日). “Kendrick's 2-year deal with Dodgers official” (英語). MLB.com. 2016年2月5日閲覧。
  12. ^ All-Time Top 100 Prospects” (英語). BaseballAmerica. The Enthusiast Network (2007年2月28日). 2016年2月5日閲覧。
  13. ^ Howie Kendrick” (英語). Sportsnet.ca. Rogers Media. 2016年2月5日閲覧。
  14. ^ Howie Kendrick - Pecota” (英語). Baseball Prospectus. 2016年2月5日閲覧。
  15. ^ 「別冊付録 マイナー・リーグ全選手個人成績」、『月刊メジャー・リーグ』2006年11月号、ベースボール・マガジン社、 67頁。
  16. ^ 『月刊スラッガー』2008年4月号、日本スポーツ企画出版社、 44-45頁。
  17. ^ 『ウェルカム・メジャーリーグ 2008』 白夜書房〈白夜ムック 315〉、140-143頁。ISBN 978-4861913983
  18. ^ 出野哲也「2008 二塁手ランキング」、『月刊スラッガー』No.122, 2008年6月号、日本スポーツ企画出版社、 21頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]