ヘンリー・ブランコ

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ヘンリー・ブランコ
Henry Blanco
ワシントン・ナショナルズ ブルペンコーチ
8TH Henry Blanco.jpg
ニューヨーク・メッツでの現役時代
(2010年3月22日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 カラカス
生年月日 (1971-08-29) 1971年8月29日(46歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1989年 アマチュア・フリーエージェントとしてロサンゼルス・ドジャースと契約
初出場 1997年7月25日 フィラデルフィア・フィリーズ
最終出場 2013年9月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ベネズエラの旗 ベネズエラ代表
WBC 2006年2009年

ヘンリー・ラモン・ブランコHenry Ramón Blanco, 1971年8月29日 - )は、ベネズエラカラカス出身の元プロ野球選手捕手)。右投右打。2018年シーズンからMLBワシントン・ナショナルズのブルペンコーチを務める。オフには、母国ベネズエラのウィンターリーグブラボス・デ・マルガリータで監督を務めている。

経歴[編集]

プロ入りとドジャース時代[編集]

1989年ロサンゼルス・ドジャースに入団した。

1997年7月25日フィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャーデビューを果たす。

1998年はメジャーでの出場機会がなく、10月15日FAとなった。

ロッキーズ時代[編集]

1998年12月18日コロラド・ロッキーズと契約。

ブルワーズ時代[編集]

1999年12月13日、ロッキーズ、オークランド・アスレチックスミルウォーキー・ブルワーズ間の三角トレードでブルワーズへ移籍。

ブレーブス時代[編集]

2002年3月20日ポール・バコおよびホセ・カブレラとのトレードで、アトランタ・ブレーブスへ移籍した。

2003年10月31日にFAとなった。

ツインズ時代[編集]

2003年12月18日ミネソタ・ツインズと契約した。

2004年、正捕手だったA.J.ピアジンスキーが前年のシーズン終了後にサンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍していたツインズは、新人のジョー・マウアーを開幕戦で先発出場させた。しかしそのマウアーが2戦目で故障し約50試合を欠場したため、ブランコが代役として先発出場するようになった。マウアーは6月2日にいったん復帰したが7月15日を最後に再び離脱し、そのときもブランコが代役を務めた。この年は最終的に自身最多の114試合に出場し、盗塁阻止率.492と高い数字を残してマウアーの穴を埋めた。オフの10月28日にFAとなった。

カブス時代[編集]

2004年12月8日シカゴ・カブスと契約した。

2006年開幕前の3月に開催された第1回WBCベネズエラ代表に選出された[1]。同大会では1試合に出場。同大会について「とても楽しい時間を過ごせた。(中略)国を代表することは何にも代えられない特別な気持ちになる。また代表になれたら最高だ」と言及している[2]。オフの10月31日にFAとなったが、11月15日にカブスと再契約した。

2008年は、若手有望株ジオバニー・ソトの教育係としての役割も期待されていた[3]。オフの10月31日に球団が300万ドルのオプションを破棄したため、FAとなった。11月30日に母国ベネズエラで兄カルロスが誘拐され、身代金を要求される事件が発生。翌12月1日には、射殺遺体が発見された。

パドレス時代[編集]

2009年1月21日サンディエゴ・パドレスと1年75万ドルで契約[4]。開幕前の3月に開催された第2回WBCのベネズエラ代表に選出され[5]、2大会連続2度目の選出を果たした。オフの11月5日にFAとなった。

メッツ時代[編集]

2009年12月4日ニューヨーク・メッツと1年150万ドルで契約[6]

2010年11月1日にFAとなった。

ダイヤモンドバックス時代[編集]

2010年12月17日アリゾナ・ダイヤモンドバックスと1年100万ドルで契約[7]

2011年11月2日に球団が115万ドルのオプションを破棄し、FAとなった[8]が、翌日の3日にダイヤモンドバックスと1年120万ドル(2013年のオプション付き)で再契約した[9]

2012年10月31日に球団が124万ドルのオプションを破棄したため、FAとなった[10]

ブルージェイズ時代[編集]

2013年1月11日トロント・ブルージェイズと1年75万ドルで契約[11]6月7日DFAとなり、6月11日にFAとなった。

マリナーズ時代[編集]

2013年6月14日シアトル・マリナーズと契約した[12]10月8日にDFAとなり[13]、10日にマイナー契約を拒否したためFAとなった[14]

引退後[編集]

2013年12月13日にダイヤモンドバックスとマイナー契約で合意した[15]が、2014年3月31日に現役引退を発表し、ダイヤモンドバックスのコーチに就任した[16]。また、この年のオフから母国ベネズエラのリーガ・ベネソラーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルブラボス・デ・マルガリータで監督を務める事となった。

2015年シーズンからは、カブスでクオリティ・コントロールコーチに就任し[17]2017年まで務めた。

2017年開幕前の3月に開催された第4回WBCベネズエラ代表コーチを務める。

2018年シーズンからはワシントン・ナショナルズのブルペンコーチを務める[18]

選手としての特徴[編集]

ポジションは捕手で、他に一塁手三塁手左翼手としてのプレイ経験がある。典型的な守備型の捕手で、特に強肩で知られており、3割台で御の字と言われる盗塁阻止率もかなりの高水準にある。また、リードやキャッチングが巧く、捕逸も少ない。ブレーブス、カブス時代はグレッグ・マダックスの専属捕手を務めたこともあり、リードには定評がある。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1997 LAD 3 5 5 1 2 0 0 1 5 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .400 .400 1.000 1.400
1999 COL 88 303 263 30 61 12 3 6 97 28 1 1 3 2 34 1 1 38 4 .232 .320 .369 .689
2000 MIL 93 324 284 29 67 24 0 7 112 31 0 3 0 4 36 6 0 60 9 .236 .318 .394 .712
2001 104 357 314 33 66 18 3 6 108 31 3 1 5 2 34 6 2 72 10 .210 .290 .344 .634
2002 ATL 81 249 221 17 45 9 1 6 74 22 0 2 2 5 20 5 1 51 5 .204 .267 .335 .602
2003 55 166 151 11 30 8 0 1 41 13 0 0 3 1 10 2 1 21 3 .199 .252 .272 .523
2004 MIN 114 353 315 36 65 19 1 10 116 37 0 3 11 3 21 0 3 56 8 .206 .260 .368 .628
2005 CHC 54 178 161 16 39 6 0 6 63 25 0 0 4 2 11 1 0 24 6 .242 .287 .391 .679
2006 74 261 241 23 64 15 2 6 101 37 0 0 4 2 14 1 0 38 8 .266 .304 .419 .723
2007 22 58 54 3 9 3 0 0 12 4 0 0 1 1 2 0 0 12 0 .167 .193 .222 .415
2008 58 128 120 15 35 3 0 3 47 12 0 0 2 0 6 1 0 22 4 .292 .325 .392 .717
2009 SD 67 232 204 21 48 12 0 6 78 16 0 0 1 1 26 2 0 50 5 .235 .320 .382 .703
2010 NYM 50 144 130 10 28 5 0 2 39 8 1 0 0 3 11 2 0 26 1 .215 .271 .300 .571
2011 ARI 37 112 100 12 25 3 1 8 54 12 0 1 0 0 12 1 0 21 2 .250 .330 .540 .870
2012 21 67 64 6 12 3 0 1 18 7 1 0 0 0 3 0 0 18 1 .188 .224 .281 .505
2013 TOR 15 43 38 3 7 3 0 0 10 0 0 0 1 0 4 0 0 10 3 .184 .262 .263 .525
SEA 35 107 96 8 12 2 0 3 23 14 0 0 0 0 10 0 1 26 2 .125 .215 .240 .455
'13計 50 150 134 11 19 5 0 3 33 14 0 0 1 0 14 0 1 36 5 .142 .228 .246 .474
MLB:16年 971 3087 2761 274 615 145 11 72 998 298 6 11 37 26 254 28 9 546 71 .223 .288 .361 .649

背番号[編集]

  • 54(1997年)
  • 35(1999年)
  • 12(2000年 - 2001年、2011年 - 2012年)
  • 20(2002年 - 2003年)
  • 21(2004年、2009年)
  • 9(2005年 - 同年途中)
  • 24(2005年途中 - 2008年、2014年)
  • 4(2010年)
  • 22(2013年 - 同年途中)
  • 33(2013年途中 - 同年終了)
  • 64(2015年 - 2017年)

代表歴[編集]

コーチ歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2006 Tournament Roster[リンク切れ] The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月3日閲覧 [リンク切れ]
  2. ^ 澤田敏典 「新連載 WBCに賭ける思い ベネズエラ編」 『月刊スラッガー』2008年6月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-6、64-65頁。
  3. ^ 澤田敏典 「シカゴ・カブス 必要なピースは揃ったのか」 『月刊スラッガー』2008年5月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-5、26-29頁
  4. ^ Catcher Blanco, Pads agree ESPN MLB
  5. ^ 2009 Tournament Roster[リンク切れ] The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月3日閲覧 [リンク切れ]
  6. ^ NY Mets sign catcher Henry Blanco to one-year, $1.5 million deal NJ.com
  7. ^ D-backs reportedly add depth to team ESPN MLB
  8. ^ Henry Blanco declines Arizona option ESPN MLB
  9. ^ Diamondbacks Agree To Terms With Henry Blanco MLB Trade Rumors
  10. ^ Diamondbacks decline options ESPN MLB
  11. ^ Blue Jays sign Henry Blanco ESPN MLB
  12. ^ Mariners sign Henry Blanco ESPN MLB
  13. ^ Mariners claim Angels prospect, designate Blanco MLB.com
  14. ^ Blanco declines Minors assignment from Mariners MLB.com
  15. ^ Twitter / OFFICIAL: #Dbacks sign C Henry Blanco and RHP Daniel Hudson to Minor League contracts with an invitation to Spring Training.
  16. ^ Blanco released from Minor League contract; joins D-backs coaching staff”. MLB.com D-backs Press Release (2014年3月31日). 2014年4月1日閲覧。
  17. ^ Paul Sullivan (2014年11月22日). “Henry Blanco fills Cubs' coaching vacancy” (英語). chicagotribune.com. 2015年2月10日閲覧。
  18. ^ Mark Zuckerman (2017年11月15日). “Nats’ new staff complete with hiring of Blanco as bullpen coach” (英語). masnsports.com. http://www.masnsports.com/nationals-pastime/2017/11/nats-new-staff-complete-with-hiring-of-blanco-as-bullpen-coach.html 2017年11月20日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]