ドワイト・エバンス

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ドワイト・エバンス
Dwight Evans
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンタモニカ
生年月日 1951年11月3日(63歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1969年 ドラフト5巡目
初出場 1972年9月16日
最終出場 1991年10月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

ドワイト・マイケル・エヴァンスDwight Michael Evans, 1951年11月3日 - )は、MLBの元選手。ポジションは外野手アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタモニカ出身。ニックネームは「Dewey」。

人物・来歴[編集]

ボストン・レッドソックスに入団。マイナーでのプレイを経て1972年終盤にメジャー昇格し、同年9月16日インディアンス戦でメジャーデビュー。この試合ではルイス・ティアントが3安打完封し、10-0で勝ったが、二塁打を打ったレジー・スミス(のち巨人)の代走として起用され、そのままライトの守備位置についた。翌1973年に119試合に出場。打率.223、本塁打10、打点32に終わったが、チームはスミスをカージナルスに放出し、エバンスを正右翼手として起用。1974年には133試合に出場し、以後、故障で73試合の出場に留まった1977年を除いて右翼手として活躍。

特に守備力に優れ、右翼が広い本拠地フェンウェイ・パークで鉄壁の守備と強肩を誇り、通算8度ゴールドグラブ賞を受賞した。1970年代後半にはジム・ライスフレッド・リンとともにメジャー最強クラスの外野陣を誇った。1980年代にリン移籍後は中堅手トニー・アーマスに代わったが、それもメジャー最強クラスの外野陣であった。

1978年には初のオールスター出場を果たし、以後3回出場。50日間に及ぶストライキでシーズンが短縮された1981年には22本塁打を放ち、アメリカンリーグ本塁打王に輝いた。同年シルバースラッガー賞も受賞。選球眼にも優れ、同年(85四球)と1985年(114四球)、1987年(106四球)の3回、四球がリーグ1位であった。1982年の出塁率.402、1984年の121得点もリーグ1位であった。1984年7月28日にはサイクルヒットを記録。1986年4月7日の開幕戦(デトロイトタイガー・スタジアムで行われたタイガース戦)では、一番打者として起用され、ジャック・モリスの初球を見事にホームラン。この試合は慣行(こちら参照)を破って他の球場に先駆けて行われ、その年メジャーの全ての試合の初球をホームランしたこととなった。史上初で、現時点でも唯一の記録。(ちなみに、それまでの記録は1982年バンプ・ウィリス(当時カブス、翌年より阪急ブレーブスでプレイ)の2球目であった。ただし、「その年のメジャーで一番早く行われた開幕戦」でなければ、2004年松井稼頭央(当時メッツ)のように他にも例がある。)また、それを含めて開幕戦で通算4本塁打を記録している。

35歳となった1987年途中に、ビル・バックナーが移籍して以後は一塁手としての起用が増えたが、この年の打率.305、本塁打34本、打点123はいずれも自己最高であった。その後も1989年までは3年連続で100打点をマークしたが、1990年になると急激に衰え、その年限りでボルチモア・オリオールズに移籍。1シーズンだけプレイしたが、101試合の出場でわずか6本塁打、38打点に終わり、この年限りで現役を引退した。

「The Man of Thousand Stances」と言われたぐらい打撃スタンスをよく変えた打者であった。現役時代の背番号は「24」。レッドソックスでは他にトム・ブラナンスキーケビン・ミッチェルマイク・スタンリーマニー・ラミレス斎藤隆らが着けていた。2002年にレッドソックスでコーチを務めた際には前出ラミレスが「24」をつけていたため、「25」をつけた。また、息子ティモシーが難病にかかったため、1980年代よりスーザン夫人とともに、その病気を研究するニューイングランドの財団に多額の寄付を行っている。

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1972 BOS 18 64 57 2 15 3 1 1 23 6 0 0 0 0 7 0 0 13 2 .263 .344 .404 .747
1973 119 328 282 46 63 13 1 10 108 32 5 0 3 2 40 2 1 52 8 .223 .320 .383 .703
1974 133 514 463 60 130 19 8 10 195 70 4 4 6 5 38 2 2 77 9 .281 .335 .421 .756
1975 128 470 412 61 113 24 6 13 188 56 3 4 5 2 47 3 4 60 10 .274 .353 .456 .809
1976 146 571 501 61 121 34 5 17 216 62 6 7 3 4 57 4 6 92 11 .242 .324 .431 .755
1977 73 265 230 39 66 9 2 14 121 36 4 2 6 1 28 0 0 58 3 .287 .363 .526 .889
1978 147 572 497 75 123 24 2 24 223 63 8 5 6 2 65 2 2 119 15 .247 .336 .449 .784
1979 152 563 489 69 134 24 1 21 223 58 6 9 3 1 69 7 1 76 14 .274 .364 .456 .820
1980 148 542 463 72 123 37 5 18 224 60 3 1 6 4 64 6 5 98 5 .266 .358 .484 .842
1981 108 504 412 84 122 19 4 22 215 71 3 2 3 3 85 1 1 85 8 .296 .415 .522 .937
1982 162 727 609 122 178 37 7 32 325 98 3 2 3 2 112 1 1 125 17 .292 .402 .534 .936
1983 126 544 470 74 112 19 4 22 205 58 3 0 0 2 70 5 2 97 12 .238 .338 .436 .774
1984 162 738 630 121 186 37 8 32 335 104 3 1 1 7 96 2 4 115 19 .295 .388 .532 .920
1985 159 744 617 110 162 29 1 29 280 78 7 2 1 7 114 4 5 105 16 .263 .378 .454 .832
1986 152 640 529 86 137 33 2 26 252 97 3 3 2 6 97 4 6 117 11 .259 .376 .476 .853
1987 154 657 541 109 165 37 2 34 308 123 4 6 0 7 106 6 3 98 10 .305 .417 .569 .986
1988 149 645 559 96 164 31 7 21 272 111 5 1 2 7 76 3 1 99 16 .293 .375 .487 .861
1989 146 630 520 82 148 27 3 20 241 100 3 3 1 7 99 1 3 84 16 .285 .397 .463 .861
1990 123 522 445 66 111 18 3 13 174 63 3 4 0 6 67 5 4 73 18 .249 .349 .391 .740
1991 BAL 101 329 270 35 73 9 1 6 102 38 2 3 1 2 54 2 2 54 7 .270 .393 .378 .771
通算:20年 2606 10569 8996 1470 2446 483 73 385 4230 1384 78 59 52 77 1391 60 53 1697 227 .272 .370 .470 .840
  • 各年度の太字はリーグ最高


外部リンク[編集]