リコ・ペトロセリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
この記事の項目名には以下のような表記揺れがあります。
  • リコ・ペトロチェッリ
リコ・ペトロセリ
Rico Petrocelli
Rico Petrocelli 2009.jpg
2009年
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区
生年月日 (1943-06-27) 1943年6月27日(76歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手三塁手
プロ入り 1961年
初出場 1963年9月21日
最終出場 1976年9月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アメリコ・ピーター・ペトロセリAmerico Peter Petrocelli, 1943年6月27日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区出身の元プロ野球選手内野手)。右投右打。

メディアによっては「ペトロチェッリ」と表記されることもある。

経歴[編集]

現役時代[編集]

1961年ボストン・レッドソックスと契約してプロ入り。1963年9月21日にメジャーデビューすると、1965年より遊撃手のレギュラーとなる。一発長打が魅力であり、フェンウェイ・パークの恩恵を受けていた選手の1人と言われている。1967年ワールドシリーズでは第6戦で2打席連続本塁打を放っている。また、1969年には40本塁打を放ったが、これは1998年アレックス・ロドリゲスが更新するまで遊撃手としてのアメリカンリーグ記録だった[1]

遊撃守備も堅実で3回守備率1位となったが、1971年からは三塁手へ回った。故障と病気が相次いだため、1976年に引退した[2]

引退後[編集]

引退後もレッドソックスに携わり、解説者や傘下のマイナーで監督を務めた。1997年にはレッドソックスの球団殿堂入りを果たした。

人物[編集]

極度の心配性で、チーム内における自分の立場や将来について常に憂慮していたという[1]

詳細情報[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 38(1963年、1965年)
  • 6(1966年 - 1976年)

脚注[編集]

  1. ^ a b 「レッドソックス 名選手列伝」『月刊スラッガー』2005年2月号 日本スポーツ企画出版社 31頁
  2. ^ 出野哲也『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』言視社、2013年、511頁。ISBN 978-4-905369-67-7

関連項目[編集]

外部リンク[編集]