トニー・コニグリアロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
トニー・コニグリアロ
Tony Conigliaro
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 マサチューセッツ州リヴィア
生年月日 1945年1月7日
没年月日 1990年2月24日(満45歳没)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1962年
初出場 1964年4月16日
最終出場 1975年6月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アンソニー・リチャード・コニグリアロAnthony Richard "Tony" Conigliaro1945年1月7日 - 1990年2月24日)は、メジャーリーグベースボールの元選手。ポジションは外野手アメリカ合衆国マサチューセッツ州リヴィア出身。ニックネームは「Tony C.」。

経歴[編集]

1962年10月に地元のボストン・レッドソックスと契約。1964年4月16日ニューヨーク・ヤンキース戦で19歳でメジャーデビュー。打率.290、24本塁打、52打点を記録。しかし8月に腕を骨折したため、新人王ミネソタ・ツインズトニー・オリバに奪われた。

2年目の1965年には32本塁打を記録し史上最年少の20歳で本塁打王に輝く。1967年にはオールスターに選ばれ、アメリカンリーグ史上最年少の22歳で通算100本塁打を達成した。しかし8月18日の試合で左目の下に死球を受けほお骨を粉砕骨折。網膜も損傷し左目の視力が著しく低下した。翌1968年はシーズンを棒に振ってしまう。

再起不能かと思われたが1969年に奇跡的に復帰し、141試合で20本塁打、82打点を記録しカムバック賞を受賞。1970年には自己最高の36本塁打、116打点を記録した。1971年カリフォルニア・エンゼルスに移籍したが、後遺症による極度のスランプに陥り、74試合で打率.222、4本塁打、15打点に終わり、7月11日に26歳で引退した。1975年にレッドソックスでメジャーに復帰したが、21試合の出場で打率.123、2本塁打にとどまり再引退した。

1982年1月3日、37歳の時に突然心臓麻痺を起こして昏睡状態に陥った。以後は亡くなるまで基本的には植物状態だった。8年後の1990年2月24日に45歳で死去。そのシーズン、レッドソックスの選手はユニフォームに黒い喪章を付けてプレーした。

1990年に彼の功績をたたえ、難病や逆境を克服した選手に贈られる「トニー・コニグリアロ賞」が制定された。

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1964 BOS 111 444 404 69 117 21 2 24 214 52 2 4 0 0 35 1 5 78 11 .290 .354 .530 .884
1965 138 586 521 82 140 21 5 32 267 82 4 2 6 3 51 6 5 116 9 .269 .338 .512 .850
1966 150 628 558 77 148 26 7 28 272 93 0 2 6 7 52 8 5 112 6 .265 .330 .487 .817
1967 95 389 349 59 100 11 5 20 181 67 4 6 2 6 27 2 5 58 3 .287 .341 .519 .860
1969 141 566 506 57 129 21 3 20 216 82 2 4 3 5 48 6 4 111 11 .255 .321 .427 .748
1970 146 617 560 89 149 20 1 36 279 116 4 2 0 6 43 4 8 93 11 .266 .324 .498 .822
1971 CAL 74 292 266 23 59 18 0 4 89 15 3 3 1 1 23 1 1 52 10 .222 .285 .335 .620
1975 BOS 21 69 57 8 7 1 0 2 14 9 1 0 1 3 8 0 0 9 2 .123 .221 .246 .467
通算:8年 876 3591 3221 464 849 139 23 166 1532 516 20 23 19 31 287 28 33 629 63 .264 .327 .476 .803
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]