ロン・セイ

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ロン・セイ
Ron Cey
CeyRon.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ワシントン州タコマ
生年月日 (1948-02-15) 1948年2月15日(69歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手
プロ入り 1968年 6月MLB二次ドラフト3巡目(全体53位)でロサンゼルス・ドジャースから指名
初出場 1971年9月3日 シンシナティ・レッズ
最終出場 1987年7月12日 ミルウォーキー・ブルワーズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ロナルド・チャールズ・セイRonald Charles Cey, 1948年2月15日 - )は、アメリカ合衆国ワシントン州タコマ出身の元プロ野球選手三塁手)。右投右打。「The Penguinペンギン)」のニックネームで親しまれた。

経歴[編集]

1966年MLBドラフト19巡目(全体361位)でニューヨーク・メッツから指名されたが、契約せずにワシントン州立大学へ進学した。

1968年6月の二次ドラフト3巡目(全体53位)でロサンゼルス・ドジャースから指名され、プロ入り。1971年にメジャーデビューし、2年後の1973年にレギュラー三塁手に定着。翌1974年より一塁手スティーブ・ガービー、二塁手デービー・ロープス、遊撃手ビル・ラッセルと共に、8年間不動の内野陣を築き、オールスターにも6年連続で選出された。打撃では、1975年から1985年にかけて50日間に及ぶストライキで中断した1981年を除いて毎年20本塁打以上を放つなどコンスタントな活躍を見せた。1981年のワールドシリーズでは20打数7安打6打点の活躍で3人選出されたシリーズMVPの一人となる[1]

シカゴ・カブス移籍後の1984年も25本塁打、97打点をマークし、地区優勝に貢献。オークランド・アスレチックスでプレーした1987年に引退。

人物[編集]

ニックネームの「ペンギン (Penguin) 」は、トミー・ラソーダが名付け親との記述もあるが、実際には大学時代(ワシントン州立大学)の監督が口にした「ペンギンのようだ」という発言が、そのまま定着したものである[2]

ペンギンのような、よちよちした走り方になったのは、幼少の頃にかかった小児マヒにより、下半身が不自由な状態になってしまったのが原因である[2]

詳細情報[編集]

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

背番号[編集]

  • 10(1971年 - 1982年)
  • 11(1983年 - 1987年)

脚注[編集]

  1. ^ あとの2人はペドロ・ゲレーロスティーブ・イェーガー
  2. ^ a b 「米大リーグ オールスター53人 - 三塁手ロン・セイ」、『アメリカ大リーグのスーパースター』、日本スポーツ出版社 (株)、1978年6月15日、 40頁、 雑誌 8817-6。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]