トラビス・ジャクソン

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トラビス・ジャクソン
Travis Jackson
TravisJacksonGoudeycard.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 Flag of the United States.svgアーカンソー州ウォルド
生年月日 1903年11月2日
没年月日 1987年7月27日(満83歳没)
身長
体重
5' 10.5" =約179.1 cm
160 lb =約72.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
初出場 1922年9月27日
最終出場 1936年9月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1982年
選出方法 ベテランズ委員会選出

トラビス・ジャクソン(Travis Calvin Jackson、 1903年11月2日 - 1987年7月27日) は、1920年代に活躍したアメリカメジャーリーグの選手。主なポジションは遊撃手アーカンソー州ワルド生まれ。右投げ右打ち。ニックネームは"Stonewall"(ストーンウォール)。ニックネームの由来は、守備範囲が広く、機敏な捕球・送球が「壁にボールが跳ね返るようだ」と例えられたことから。ジョン・マグロー監督下のジャイアンツで活躍した守備的遊撃手。

経歴[編集]

1922年、サザンリーグのリトルロック球団からニューヨーク・ジャイアンツに入団。同年メジャーリーグにデビューする。 3年目の1924年にはショートのレギュラーとなり、151試合で101個の併殺を記録、打つ方でも打率.302の成績をあげる。

特に広い守備範囲と機敏な動きは他の選手も注目するところとなった。ロジャース・ホーンスビーはジャクソンについて、「一緒にプレーしたり対戦したりと何年も彼を見てきたが、失敗したところを一度も見たことがない」と語っていた。ジャイアンツには1936年まで15年在籍し、ワールドシリーズに4度の出場を果たす。打撃では1930年の.339を最高に3割を通算で6度記録した。また守備面では1928年と1929年に2年続けて500以上の補殺と、110以上の併殺を記録している。

1934年以降は衰えから三塁を守ることが多くなっていった。1936年シーズン終了後にジャイアンツから放出されそのまま引退する。1982年にベテランズ委員会がアメリカ野球殿堂入り選手に選出した。1987年にアーカンソー州にて死去。

通算成績[編集]

打撃成績[編集]

































O
P
S
1656 6086 1768 291 86 135 833 929 71 565 412 10 171 .291 .433 .337 .770

獲得タイトル・記録[編集]

  • リーグ最多補殺数(遊撃手):1927-1929年、1931年
  • リーグ最高守備率(遊撃手):1929年、1931年
  • ワールドシリーズ出場:4回 (1923,1924,1933,1936年)
  • スポーティングニューズ誌オールスターチーム選出:1927-1929年
  • オールスターゲーム出場:1934年

出典・外部リンク[編集]