「安用寺孝功」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
31行目: 31行目:


==棋風==
==棋風==
*[[振り飛車]]戦法を採用することが多く、飛車を振る場所が多彩な[[棋風]]である。[[三間飛車]]、[[相振り飛車]]のほかに、初手▲5六歩からの[[中飛車]]、角道を止めない[[四間飛車]]など、あまりオーソドックスではない指し方をすることがある。
[[振り飛車]]戦法を採用することが多く、飛車を振る場所が多彩な[[棋風]]である。[[三間飛車]]、[[相振り飛車]]のほかに、初手▲5六歩からの[[中飛車]]、角道を止めない[[四間飛車]]など、あまりオーソドックスではない指し方をすることがある。
*長時間の対局を得意とし、棋王戦などで本戦出場経験があるものの、プロ入り15年を経た2015年になっても、未だにNHK杯本戦出場経験がない珍しい棋士である。


==人物==
==人物==

2016年5月5日 (木) 21:38時点における版

 安用寺孝功 六段
名前 安用寺孝功
生年月日 (1974-08-30) 1974年8月30日(49歳)
プロ入り年月日 1999年10月1日(25歳)
棋士番号 234
出身地 京都府宇治市
師匠 森信雄
段位 六段
棋士DB 安用寺孝功
2016年3月31日現在
テンプレートを表示


安用寺 孝功(あんようじ たかのり、1974年8月30日 - )は、将棋棋士棋士番号は234。森信雄門下。京都府宇治市出身。

戦績

1988年アマ名人戦で、中学2年にして準優勝。これは、ちょうど10年前の塚田泰明に並ぶ快挙であった。その2週間後に奨励会入り[1]。途中、1級から2級へ降級したり、トップで迎えた三段リーグ最終日で2連敗して逸機するなどの苦難があったが、11年をかけて25歳でプロデビューを果たす。

第30期(2004年度)棋王戦で、内藤國雄森下卓鈴木大介らを破りベスト8進出。あと1勝で敗者復活システムのあるベスト4に進出して、次年度のシード権も得るところであったが、深浦康市に敗れた。

持ち時間が長い順位戦を得意とする傾向があり、2005年度(第64期)は9勝を挙げてC級1組に昇級決定、2007年度は8勝で次点。そして、2008年度は最終局を待たずして8勝目を挙げB級2組への昇級を決めたが、その対局相手は奇しくも塚田泰明であった。

しかしB級2組昇級以降、得意とするはずの順位戦で不調が続き、2013年度(第72期)では1不戦勝を含めて3勝7敗で降級点を喫し、翌2014年度(第73期)でも後半戦で失速し4勝6敗と降級点を抹消できず、2015年度(第74期)では開幕から7連敗を喫し最終的に2勝8敗となり降級点の累積が2個となったことで、B級2組在位7年でC級1組に降級してしまった。

棋風

振り飛車戦法を採用することが多く、飛車を振る場所が多彩な棋風である。三間飛車相振り飛車のほかに、初手▲5六歩からの中飛車、角道を止めない四間飛車など、あまりオーソドックスではない指し方をすることがある。

人物

昇段履歴

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 1988年 6級 = 奨励会入会
  • 1994年 初段
  • 1996年1月 三段(1996年度前期から三段リーグ)
  • 1999年10月1日 四段 = プロ入り
  • 2005年11月15日 五段(勝数規定)
  • 2009年2月10日 六段(順位戦B級2組昇級)

主な成績

在籍クラス

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

脚注

  1. ^ 以上、「将棋世界」2000年1月号付録より。
  2. ^ 安用寺六段の結婚式 - 森信雄のブログ

関連項目

外部リンク