トヨタ・スターレット

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トヨタ・スターレット
Toyota Starlet 1998.jpg
5代目ルフレ 後期型
販売期間 1973年-1999年2020年-
製造国 日本の旗 日本(〜1999年)
インドの旗 インド(2020年〜)
ボディタイプ 2ドアクーペ(初代)
4ドアセダン(初代)
3/5ドアハッチバック(2代目以降)
駆動方式 FF 4WD
先代 トヨタ・パブリカ
後継 トヨタ・ヴィッツ
別名 パブリカスターレット(初代)
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スターレットSTARLET)は、トヨタ自動車が販売している乗用車である。

概要[編集]

パブリカのスポーティーな上級派生車として登場した初代はファストバックボディの2ドアと4ドアであり、1978年昭和53年)まではスポーティーグレードを廃止した2代目パブリカも併売されていた[注釈 1]。2代目以降は3ドアと5ドアのハッチバックボディを持つ。2代目と3代目は商用車登録のバンも存在したが、ピックアップトラックは作られず、パブリカピックアップが1988年(昭和63年)まで継続生産されていた。

前輪駆動化した3代目から最終モデルとなる5代目までターボチャージャー付きエンジン搭載車も登場し、「韋駄天」「かっ跳び」など走りのコンパクトとしての異名を持つ。

自社生産モデルの設計と組み立ては、トヨタ自動車のルーツでもある豊田自動織機も参加している。

自社生産モデルは1999年に販売が終了したが、2020年にトヨタ自動車とスズキの協業の一環として、スズキがインドで生産しているバレーノのOEM供給を受け、豊田通商を通じてアフリカ市場で「スターレット」の車名で販売されることが発表された[1]。なお、同車はインド市場で「グランザ」の名称でトヨタブランドで販売されている(「グランザ」は当車種のグレード“Glanza”と同じ名前である)。

歴史(自社生産時代)[編集]

初代 P4#/5#型(1973年 - 1978年)[編集]

トヨタ・パブリカスターレット
トヨタ・スターレット(初代)
KP4#/5#型
クーペ SR
(フロントグリルのトヨタCIはノンオリジナル)
Toyota-PublicaStarletSR.JPG
販売期間 1973年4月-1978年1月
デザイン イタルデザイン・ジウジアーロ
乗車定員 5人
ボディタイプ 2ドアクーペ
4ドアセダン
エンジン 2K型 1L
3K型 1.2L
駆動方式 FR
全長 3,790 mm
全幅 1,530 mm
全高 1,310 mm
ホイールベース 2,265 mm
車両重量 755kg
先代 トヨタ・パブリカ(2代目)
-自動車のスペック表-
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1973年(昭和48年)4月に2代目パブリカのスポーティーな上級シリーズとして、パブリカ・スターレットの名でデビュー(1,000cc:KP45 / 1,200cc:KP47)。初代セリカで好評であった「フルチョイスシステム」[注釈 2]にならい、やや簡略化した「フリーチョイスシステム」を採用[注釈 3]していた。

ボディスタイルは2ドアのファストバッククーペで、直線的なエクステリアデザインは曲面主体の当時の日本車にあっては新鮮なものだった[2] 。同年10月、4ドアモデル(ファストバックセダン、1,000 cc:KP40 / 1,200 cc:KP42)が追加され、トヨタ・スターレットとしてパブリカシリーズから独立する。

搭載エンジンは、パブリカと共通の2K型1,000 ccと3K型1,200 ccの2種で、1,200 ccはシングルキャブ(68馬力)とツインキャブ(74馬力)の2種が用意されていた。

モータースポーツではサーキットレースをはじめ、ラリージムカーナダートトライアルなどに広く用いられた。中でも、富士スピードウェイのマイナーツーリングレースで日産・サニー(B110型)、ホンダ・シビック(SB1型)との熾烈なバトルが繰り広げられた。TRDからは各種の競技用部品も市販されたほか、一部の有力チームにはDOHCヘッドのスペシャルエンジン「137E」が供給された[3]

  • 1976年(昭和51年)2月 - マイナーチェンジと同時に昭和51年排出ガス規制を乗り切るため、改善の困難な1,000 cc[注釈 4]とツインキャブ仕様を廃止、1,200 cc・64馬力のシングルキャブ仕様のみに整理、型式もB-KP51系となった。同年9月に2速ATが追加(パブリカ共)された。


2代目 P6#型(1978年 - 1984年)[編集]

トヨタ・スターレット(2代目)
KP6#型
1978年販売型(欧州仕様)
Toyotastarlet1978.png
1980年改良型 5ドア XL
1980-1982 Toyota Starlet XL.jpg
1982年改良型 3ドア DX
Toyota-StarletP60.JPG
販売期間 1978年2月 - 1984年9月
乗車定員 5人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
5ドアバン
(国内仕様のみ)
5ドアステーションワゴン
(国外仕様のみ)
エンジン 3K型 / 4K-U型 / 4K-EU型
駆動方式 FR
変速機 3速 / 2速AT
5速 / 4速MT
全長 3,745mm
全幅 1,535mm
全高 1,380mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 730kg
-自動車のスペック表-
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通称:「1300スターレット」。CMなどでも「トヨタ・スターレット1300」ではなく「トヨタ1300/スターレット」とされた。カモシカ風のエンブレムを冠した最後のモデルである。ボディは2ボックススタイル(ショートファーストバック)のハッチバックに転換、エンジンは先代モデルに用いられていた3K型の排気量をアップした4K-U型、72馬力へ変更された。

同時期のライバルはFFのものが多く、大衆車のFF化が進んでいた中でFRのままデビューした[注釈 5]。駆動方式は変わらないがプラットフォームは新開発されている。同社のボトムクラスを担う車種でありながら同クラスで初めて全車にフロントディスクブレーキを標準装備したモデルである。他にも、衝撃吸収ステアリングやヘッドランプクリーナーといった装備も存在した。

リアアクスルは固定車軸ながら、先代のリーフリジッドから4リンク+コイルスプリングに変更されるが、後発のバンのみはリーフリジットを採用する。ロックトゥーロック3回転のラック&ピニオンステアリングギアボックスを採用(ちなみに同社としてはトヨタ・2000GT以来の採用となる)。

発売時のグレード構成は、木目調インテリアやヘッドランプクリーナーなどの高級装備を奢った「SE」(上級車種のカローラスプリンターにも設定されていたグレード名。)、スポーツサスペンションなど走りを意識した装備の「S」、標準的な装備の量販グレード「XL」、ベースグレードの「DX」、廉価版の「スタンダード」となっており、スタンダード以外は3ドアと5ドアが選択できた。

前期型と後期型は同じP60系でも内外観の印象は大きく異なる。後期型で電子燃料噴射方式(EFI)仕様の「Si」が追加された。一方、日本で最初のシリーズ戦形式のワンメイクレースとなった「スターレット・カップ」を始めとする、競技用ベース車に廉価グレードも広く使用されたのは、ラック&ピニオン方式を用いたクイックレシオのステアリングギアボックスや、フロント・ディスクブレーキが全車共通装備であったことからである。

1980年代にはこのクラスはFFが主流となったことからか、FRである同車の中古車価格の値下がりが早く、またアフターマーケットパーツが豊富に存在したことから、1980年代から1990年代にかけて競技用として普及し、レースやラリーで盛んに使用され、走り屋にも人気があった。かつてはマイナーツーリング仕様のワンメイクレース「スターレット・グランドカップ」が存在した他、少数ながら初期の全日本ツーリングカー選手権に参戦した実績がある。近年では、2005年(平成17年)のD1グランプリに、エンジンや駆動系を大改造した車両が投入された。

1981年(昭和56年)にTeam ACPによりパリ=ダカールラリーに参戦、時間外ながらも完走を果たしている[注釈 6]

当時のカタログに砂漠を片輪走行するシーンがあった[注釈 7]

  • 1978年(昭和53年)2月 - 2代目発表。時流に乗り、背の高い2ボックスボディー+ハッチバックスタイルとなる。その後モータースポーツでのTRDのサポートなどが奏功し、人気車となる。
    • 10月 - パブリカバンの後継車として、リアオーバーハングを延長したスターレット5ドアバン(KP61 / 62V)が追加された。バンのみリアサスペンションはリーフリジッドで、エンジンも当初はパブリカ時代と同じ1.2Lの3K型(3K-U、3K-HJ 1976年1月 - 1977年8月)が搭載されていたが、1982年(昭和57年)1月に1.3Lの4K-J型(KP61V)に変更されている。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 一部変更。4K-Uエンジンの改良および排出ガス浄化システムの改良により、燃費、ドライバビリティー(運転性)、サービス性が向上(4K-U搭載の4代目・E7#型系カローラ/スプリンターの発売に伴う同時改良)。
  • 1980年(昭和55年)5月 - マイナーチェンジ。俗に中期型と呼ばれるこの時期のモデルは、ヘッドランプが前期型の丸型2灯から角型2灯になり、同時に女性仕様の「リセ」が追加されている。バンのヘッドランプのみは角型のライトベゼルに丸型ランプが入っている。足回りは、フロントサスペンションにオフセットコイルスプリングを採用し、乗り心地を改良。
  • 1981年(昭和56年)8月 - マイナーチェンジ。吸気系統の変更で、運輸省届出型式は4K-Uのまま、カタログ表記がLASRE 4K-II に変更され、AT車も従来の2速から3速に変更された。廉価グレードのDX-Aに、自動アイドリングストップ機能の「エコランシステム」[注釈 8]が設定されていた。一部意匠変更。
  • 1982年(昭和57年)1月 - バンのエンジンを 3K-HJ 型から 4K-J 型へ変更。
    • 8月 - マイナーチェンジ。俗に後期型と呼ばれているが、車幅灯がヘッドランプの横に移動(コーナーマーカー化)し、ハッチバックの開口面積が拡大され、インパネのデザインが大幅に変更されている。また、バンのヘッドランプも角形2灯に変更される。EFI仕様の4K-EU搭載車も設定され、全グレード駆動系を強化、デフサイズが142mmから6インチに拡大。
  • 1983年(昭和58年)4月 - ドアミラー仕様車を追加設定。


3代目 P7#型(1984年 - 1989年)[編集]

トヨタ・スターレット(3代目)
EP7#/NP70型
Si(前期型)
1984年 - 1987年
3rdStarletSi.jpg
ターボS スーパーリミテッド(後期型)
1987年 - 1989年
Toyota Starlet P70 Turbo S Super Limited.jpg
リア(欧州仕様)
Toyota Starlet 1988 Sweden.JPG
販売期間 1984年10月 - 1989年
乗車定員 5人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
3ドアバン
エンジン 2E型(2E-LU/2E-ELU/2E-TELU/2E-LJ)/ 1N型
駆動方式 FF
全長 3,700mm
全幅 1,590mm
全高 1,380mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 740kg
-自動車のスペック表-
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ターセル / コルサの実績を踏まえ、2ドア・3ドアクーペモデルのレビン/トレノを除くE8#型系カローラ/スプリンター同様、駆動方式をようやく横置きFFに転換。フロントサスペンションは一般的なマクファーソン・ストラットであるがロアアームの部分がFFレイアウトに合わせる形でこれまでのI字型ロアアームからE8#型カローラ/スプリンター用と同一のL字型ロアアームに刷新され、リアサスペンションは簡潔なトレーリングツイストビーム(アクスルビーム)として、可動箇所と部品点数を極力減らす構成とした(低コスト化)。

ガソリンエンジンの排気量は1.3Lで、クロスフロー・バスタブ形燃焼室を採用した直列4気筒 SOHC 12バルブの2E型を搭載(3ドアRiと3ドア/5ドアSiには2E-ELU型が搭載された。また欧州仕様には1.0Lの1E型が存在する)。デラックスは受注生産でリーンバーンエンジンの低燃費スペシャル「パーシャルリーンシステム仕様」[注釈 9]が設定されていた。3速フルオートマチックも時流に合わせ多くのグレードに設定されたがRi~Siリミテッド、乗用最廉価グレードのSTD、バンのCD-Lは当初は設定されなかった。4速マニュアルは2Eの新開発の「新V型キャブレター」車に設定。1987年(昭和62年)にパブリカ、スターレットを通して初となる、1.5L ディーゼルエンジン1N型を追加、型式名はNP70となる。

前輪駆動となってからも、Ri(自然吸気)・ターボRというモータースポーツ向けグレードが用意されていた。元々のスポーツグレードであるSi・ターボSに比べると、無塗装バンパー、商用グレード並みの内装など、快適装備類が削られ、より競技車両への改造が容易になっていた。KP各型の後を継ぎ、サーキットレースをはじめ、ジムカーナダートトライアルまで幅広い競技にエントリーした人気車種であった。

最量販グレードは充実装備のリーズナブルな実用グレードの「ソレイユ」であった。女性仕様にリセがあった。ターボモデルは5ドアもあったが、販売台数は少ない。現在は車両価格の低さ、軽さ、4Eエンジンへの換装の手軽さなどから、耐久レースなどのベース車として活用されている。

  • 1984年(昭和59年)10月 - フルモデルチェンジ。前輪駆動方式に転換、型式もP70系となる。バンモデル(EP76V)も存在したが、先代とは異なり、乗用モデルの3ドアハッチバックと同じ車体であった。
  • 1985年(昭和60年)1月 - お買い得価格の特別仕様車のソレイユが登場。1986年(昭和61年)1月にカタログモデルに昇格。1987年(昭和62年)1月のマイナーチェンジ後はエアコンとカラーバンパーを装備した特別仕様車の「ソレイユL」が度々限定販売された。
  • 1986年(昭和61年)1月 - ネット105馬力にパワーアップをしたターボモデル[注釈 10]を追加。
  • 1987年(昭和62年)1月 - マイナーチェンジ。ディーゼル車追加。ターボ以外のモデルはバンパーがやや大型化され、フロントグリルの変更を受ける。同時にEFI仕様車に4速ATを追加。ここでDX-Aを廃止。
  • 1988年(昭和63年)1月 - ターボモデル - マイナーチェンジ[注釈 11]制御機能[注釈 12]追加等で最大出力を110馬力に向上した。同時に乗用最廉価グレードのSTDを廃止。


4代目 P8#型(1989年 - 1996年)[編集]

トヨタ・スターレット(4代目)
EP8#/NP80型
1994年改良型
3ドア 1.3 ソレイユL
(EP82)
1992-1995 Toyota Starlet Soleil L.jpg
販売期間 1989年12月 - 1996年1月[4]
乗車定員 5人
ボディタイプ 3ドア/5ドアハッチバック
エンジン 4E-F型 / 4E-FE型 / 4E-FTE型 / 1N型
駆動方式 FF / 4WD
変速機 4速 / 3速油圧式AT
5速 / 4速MT
サスペンション ストラット式(フロント) / トレーリング車軸式(リヤ)
全長 3,770mm
全幅 1,600mm
全高 1,380mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 790kg
-自動車のスペック表-
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衝突安全ボディーCIAS(サイアス)」を採用。1.3LエンジンはSOHC12バルブから、ハイメカツインカムIIDOHC16バルブ)となる(最高出力はキャブレター仕様(4E-F)が82PS、EFI(4E-FE)が100PS、GTのターボ仕様(4E-FTE)が135PS)。1.5Lディーゼルエンジン(1N)は55PSである。スターレット初の4輪ディスクブレーキをGTに搭載し、オプションのABSはクラス初の設定である。先代まで続いた4ナンバー登録の商用モデルは廃止された。上級グレードのガソリン車は車体側面に「16VALVE EFI」又は「16VALVE」の文字が添えられた。1989年販売型にのみ見られる特徴として、リヤコンビランプの上にトヨタのCIマークと TOYOTA のエンブレムが併設されている。

型式名は、前輪駆動モデルはEP82、四輪駆動モデルはEP85、ディーゼルエンジンモデルはNP80。

このモデルから全てのエンジンがDOHC化(1N型ディーゼルエンジンのみSOHCを継続)、1気筒あたり4バルブになったが、初期のGTはシャーシに対して出力が上回っていたため、ハンドリングが過激な車だった。後のマイナーチェンジで足回りが見直され、ハンドリングマナーもやや落ち着いたものとなる。 ターボエンジンモデルもさることながら、NAエンジンモデルも歴代最高の出力を誇ったことや価格の低さを買われてレースに多用されている。特に、富士スピードウェイで行われているアマチュアレース「富士チャンピオンレース」のN1400クラス(排気量1.4L以下の市販車をベースとしたN1レース)は、2010年(平成22年)現在このEP82型NAモデルのワンメイクレースとなっている。

1989年販売型は、SiはEFI仕様100PSで5MT/4AT、S・キャンバストップ・X-Limitedが電子制御キャブレター仕様で5MT&3AT、ソレイユ系は電子制御キャブレター仕様で4MT/3ATという組み合わせだったが、中期型からは全グレードでガソリンエンジンがEFI化したのに伴い、SiはSに改称のうえ(iはinjectionのiのため)統合された。4WD車とディーゼル車は、ソレイユ系でも5MT/4ATが組み合わされる。

特別仕様車は、1992年改良型にGTリミテッド、ソレイユL "Memorial"、ソレイユL "Can"、1994年改良型にソレイユL "Jeans Package" 等があった。ソレイユ系の特別仕様車はいずれも、手動調整/可倒式カラードドアミラー、運転席ワンタッチ式パワーウィンドウ&電磁式パワードアロック、大型ドアトリム、ラジオレス+2スピーカー、X-Limitedと同意匠のフルホイールキャップ、リヤドアのアームレストが特別装備として用意されていた。Canは電動系の装備は付かないがエアコン、ストライプ、防眩インナーミラーが標準装備された。カタログモデルのソレイユL(3/5ドア)はセミキャップ付スチールホイールとストライプテープ式の車名・グレード名ロゴ、2本スポークのウレタン製ステアリング・ホイール、ヘッドレストなしリヤシートが特徴である。廉価グレードでありながら、中期型から運転席ワンタッチ式パワーウィンドウ&電磁式パワードアロックがメーカーオプション設定されていた。最廉価グレードのソレイユは、当時のカローラバン/スプリンターバンよりも小さく取り回しの良いビジネスカー(いわゆる営業車)を求める法人需要に応えるグレードとしてのポジショニングもあり、センターキャップ付スチールホイール+155-SR13タイヤ、AM電子チューナーラジオ+1スピーカー、手動開閉式ドアガラス、可倒式ドアミラー(他グレードのものとは意匠が異なる)などの必要最低限の装備に絞られ、フロントワイパーはOFF/LO/Hiと2段階の設定であった。マニュアルエアコンはディーラーオプション設定であった。リヤワイパー、リヤウィンドゥデフォッガー、4-ABS、運転席SRSエアバッグ、フォグランプ、パワーステアリング、デジタル時計、トノカバーなどの設定はなかった。

一部特別仕様車を除いて、GTはパワーウィンドウ&パワードアロック、エアコン、フルホイールキャップはすべてオプション設定。

4WDモデル改FRドリ車仕様が雑誌「ドリフト天国」によって制作された。モチーフは前述のKP61型でフェンダーミラーがついている。

  • 1989年平成元年)12月 - フルモデルチェンジ。CMキャラクターにはレピッシュが、CMソングには彼らが歌う「パヤパヤ」がそれぞれ起用された。
  • 1990年(平成2年)8月 - ソレイユLとXリミテッドに4WDモデルを追加、リアシート3点式シートベルトを全車にオプション設定、キャンバストップ系とソレイユ系にも4輪ABSを設定するなど一部装備を向上させた。
  • 1992年(平成4年)1月 - マイナーチェンジ。フロントバンパー、グリルの意匠変更とGT、Gi、S、Xリミテッドにバックドアにリアコンビランプを横長に見せるガーニッシュが追加され、更にソレイユLには1989年販売型には非装備となっていたトリップメーターが、Xリミテッドには1989年販売型には非装備となっていたタコメーターがそれぞれ標準装備となった。ガソリンエンジン全てがインジェクション仕様となり出力が向上、このため一部グレードの見直しが図られた。全車に運転席SRSエアバッグとABSがメーカーオプションで設定され安全性の向上が図られた。ガソリン車の車体側面のサイドドアプロテクションモール、ソレイユ系のストライプテープ、の上に「16VALVE EFI」のロゴタイプが添えられた。
  • 1994年(平成6年)5月 - マイナーチェンジ。同時に特別仕様車「ソレイユL "Jeans Package" 」を発売。CMキャラクターとして女性ミュージシャンCHARAを起用。CMソングには、CHARAの「あたしなんで抱きしめたいんだろう?」と山下久美子の「スウィート・ガールズ・パレード」が起用された。6年間続いたキャンバストップの生産・販売終了。
  • 1995年 (平成7年) 12月[5] - 生産終了。在庫対応分のみの販売となる。
  • 1996年 (平成8年) 1月 - 5代目にバトンタッチして販売終了。

5代目 P9#型(1996年 - 1999年)[編集]

トヨタ・スターレット(5代目)
EP9#/NP90型
前期型 豪州仕様
1999 Toyota Starlet (EP91R) Life 3-door hatchback (2015-07-03) 01.jpg
前期型 豪州仕様
1999 Toyota Starlet (EP91R) Life 3-door hatchback (2015-07-03) 02.jpg
前期型 豪州仕様
1997 Toyota Starlet (EP91R) Life 3-door hatchback (2007-08-30) 04.jpg
販売期間 1996年1月8日 -
1999年8月5日
乗車定員 5人
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
エンジン 4E-FE / 4E-FTE / 1N
駆動方式 FF / 4WD
変速機 4速 / 3速AT
5速 / 4速MT
サスペンション マクファーソンストラット式コイルスプリング(フロント)
トレーリングツイストビーム(リア2WD)
トレーリング車軸式(リア4WD)
全長 3,740 - 3,790mm
全幅 1,625mm
全高 1,400mm
ホイールベース 2,300mm
車両重量 810kg - 1,020kg
後継 トヨタ・ヴィッツ
-自動車のスペック表-
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CMは加藤紀子が起用された。衝突安全ボディ、“GOA”となる。型式名は前輪駆動モデルはEP91、四輪駆動モデルはEP95、ディーゼルエンジンモデルはNP90。

スポーティーな外観を持つモデルは、それぞれ、4E-FE型エンジン(1.3L)を搭載した自然吸気モデルグランツァS (Glanza S) 、4E-FTE型エンジン(1.3L)を搭載したターボモデルグランツァV (Glanza V) という名称になり、3ドアのみラインナップされた。

このモデルよりエアバッグやABSを標準装備とし、当時のコンパクトカーとして安全への配慮も十分に行われた。特にシートベルトプリテンショナー/フォースリミッターは当時かなりのコストが掛かるため、高級セダン以外は装備が進んでいるとは言えなかったが、ターセル兄弟ともども1997年にクラス初として標準装備された。

ターボモデルは本格的なスポーツ走行を目的とし、快適装備を省いたモータースポーツパッケージ (MSP) も用意された。EP91型のターボモデルは、駆動系の保護と過度のホイールスピンを防いで安全性に配慮し、1速発進時に過給圧を抑える機構が追加されている。任意でブースト圧を低く設定できる「ローモード・スイッチ」は先代から引き継がれている。

4E-FE型エンジンを搭載した自然吸気の通常モデルはルフレ(Reflet / Reflet f / Reflet x) という名称になり、3ドアと5ドアがラインナップされた。EP82型搭載のEFIエンジンと同型式だが、環境性能・運転性などを重視したチューンにより、最大出力が下がっている。

EP91系ターボモデルは、グランツーリスモシリーズ首都高バトル01といったレースゲームに登場している。

  • 1995年(平成7年)12月25日 - フルモデルチェンジを発表。
  • 1996年(平成8年)1月8日 - 販売開始。
  • 1997年(平成9年) - 各社のレトロ調モデルの追加に合わせ、クラシック風のドレスアップモデルとしてカラットCarat )が登場。自然吸気エンジン全車に TDI (Toyota Direct Ignition System) を採用。上位モデルのルフレxは、内・外装デザイン以外の性能は自然吸気スポーツモデルのグランツァSと同等であった。
  • 1998年(平成10年)1月 - マイナーチェンジ。フロントバンパーとテールレンズの意匠変更とウインカーレンズのクリアレンズ化、およびルフレf、ルフレxのヘッドランプがマルチリフレクター化された。ルフレとカラットはカットレンズのままであった。(グランツァ系はマイナーチェンジ前からマルチリフレクターが採用されている)。プリテンショナー&フォースリミッター機構付シートベルトとブレーキアシストを標準装備し、さらなる安全性を高めた。同年10月に特別仕様車としてカジュアルRV(RV風)リミックス (Remix) (ラシーンに対抗したモデル。5ドアのみ)もラインナップされ、バリエーションを拡充。
  • 1999年(平成11年)1月13日 - 実質的な後継車種であるヴィッツが登場したが、その後も継続して生産・販売となる。
  • 1999年 (平成11年) 7月[6] - オーダーストップに伴い生産終了。以降は在庫対応分のみの対応となる。
  • 1999年(平成11年)8月5日 - ヴィッツに1.3L車が追加された[注釈 13]のに伴い販売終了。パブリカスターレット名義から通算して5代26年[注釈 14]の歴史に幕を下ろす事となった。


歴史(スズキOEM以降)[編集]

6代目 K1##R型(2020年 - )[編集]

車両型式と姉妹車[編集]

型式(かたしき)表記はトヨタの通例どおりで、"KP##"、"EP##"などである。最初のアルファベットはエンジン型式、後のアルファベットの"P"は車種「スターレット」を意味する。"P"は初代モデルであるパブリカスターレット、および先代のパブリカから引き継いだもので、Pの型式は後継車種であるヤリス(2020年まではヴィッツ)にも引き継がれている。

トヨタ自動車は、スターレットとサスペンションやエンジン、トランスアクスルなどのパワートレインを共用し、型式が"L"でハッチバックが類似車であるターセルコルサカローラIIが存在するが、スターレットは単独の型式"P"であり、姉妹車ではない。両系列ともに第2開発センターの車種であるが、開発チームも分かれている。なお、セラは3代目スターレットをベースにした車であり、足回りやシートが共通である。

脚注[編集]

注釈[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ スターレットの後継車にあたるヴィッツも発売当初(1999年1月から同年8月の一部改良まで)は、5代目スターレットとの併売だったほか、更に日本市場におけるヴィッツの後継車にあたるヤリスも発売当初(2020年2月10日から同年3月31日まで)は3代目ヴィッツとの併売だった。
  2. ^ エンジン、外装の他、内装にも材質、装備の品目等によるグレードが設定されており、内外装色、トランスミッションなども含め、ある程度自由な組み合わせが可能で、ユーザーが自分の好みに合わせられるという販売システム。
  3. ^ 1976年(昭和51年)2月以降は設定がなくなる。
  4. ^ 販売中止後、市場を直接受け継ぐ国内向けの1000 ccモデルは長らく現れず、1998年(平成10年)9月ダイハツ・ストーリアOEMとなるデュエットが発売されるまでトヨタで国内向けにおける1000 ccクラスの小型乗用車は22年間、空白となり、1,000 ccエンジンのトランクが付いた(非ハッチバック機構の)4ドアセダンは1999年(平成11年)8月発売のプラッツまで空白となる。
  5. ^ 初代パブリカの開発経緯に見られるように、トヨタは大衆車の安易なFF化に対しては懐疑的であった。FF化後も、一旦は等長ドライブシャフト縦置きエンジンで市場の反応を伺うなど、横置きエンジン+ジアコーサ式の採用にも大変慎重であった。
  6. ^ TBS系列の朝の情報番組おはよう720」、および「おはよう700」内の、トヨタ車で世界を走破する企画、「キャラバンII」の延長で、横田紀一郎を中心とするメンバーもほぼ同じ。これ以降、トヨタはパリ=ダカの市販車無改造クラスを中心にラリーレイドにも参戦する。
  7. ^ これらはトヨタF1チームの元監督、オベ・アンダーソンの運転によるものであった。
  8. ^ DX-Aの5速MT車で販売期間は1981年(昭和56年)8月 - 1984年(昭和59年)10月
  9. ^ 寒冷地仕様車は設定なし
  10. ^ ターボモデルはバンパー組み込みフォグランプ内蔵大型エアロ風バンパーとボンネット上のエアースクープ。
  11. ^ フロントグリル形状変更に伴い、バンパー下部のフォグランプをグリル内へ移動
  12. ^ 雪道や降雨時等、滑りやすい路面を走行することを考慮し、スイッチ1つでブースト圧を抑える機能を追加。スイッチON-110馬力⇒90馬力
  13. ^ 追加当初は4WD車専用だったが、後のマイナーチェンジでFF車の上位グレードにも1.3L車が設定された。
  14. ^ パブリカスターレットの元となった無印パブリカを含めた場合は通算して7代38年となる。

出典[編集]

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  1. ^ 「スターレット」アフリカで復活 豊田通商がOEM供給受け販売”. 産経新聞 (2020年9月1日). 2020年9月3日閲覧。
  2. ^ 【昭和の名車 50】トヨタ パブリカ・スターレット 1200ST(昭和48年:1973年)”. webモーターマガジン (2019年8月7日). 2020年10月27日閲覧。
  3. ^ 別冊ビデオベストモータリング 「TSマシン列伝参照」
  4. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第55号15ページより。
  5. ^ スターレット(トヨタ)1989年12月~1995年12月生産モデルのカタログ”. リクルート株式会社 (2020年1月12日). 2020年1月12日閲覧。
  6. ^ スターレット(1996年1月~1999年7月)”. トヨタ自動車株式会社. 2020年1月12日閲覧。

車名の由来[編集]

  • 小さくても輝いて欲しいと言う願いから 英語で「小さな星」の意味の名詞 「starlet」となった

関連項目[編集]

外部リンク[編集]