トヨタ・1600GT

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トヨタ・コロナ > トヨタ・1600GT
トヨタ・1600GT
RT55型
フロント
1967 Toyota 1600GT 01.jpg
リア
1967 Toyota 1600GT 02.jpg
製造国 日本の旗 日本
販売期間 1967年 - 1969年
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドア ハードトップ
エンジン 9R型 1,587cc 直列4気筒DOHC
駆動方式 FR
最高出力 81kW(110ps)/6,200rpm
最大トルク 137N·m(14.0kgf·m)/5,000rpm
変速機 4速MT
サスペンション 前後:ダブルウィッシュボーン
全長 4,125mm
全幅 1,565mm
全高 1,375mm
ホイールベース 2,420mm
車両重量 1,030kg
後継 トヨペット・コロナマークII
-自動車のスペック表-

1600GTは、トヨタ自動車が生産していたハードトップ乗用車。型式名はRT55。その成り立ちからコロG(コロナGT)とも呼ばれるが、正式名称ではない。

歴史[編集]

1967年8月発売開始。本車種は同年5月に登場したトヨタ2000GTの弟分という位置付けだった。ボディは、3代目コロナ2ドアハードトップ(コロナ1600S、後期型ボディ)の物を補強した他、サスペンションやブレーキも強化されている。

フロントフェンダーにエアアウトレットを追加し、フェンダーアーチをコロナのものより少し大きめに取っている。フロントグリルとリアクォーターピラーにはトヨタ2000GTに似た逆三角形の七宝焼きエンブレムが付けられ、スタイル上のアクセントとなっていた。塗色もコロナには見られなかった鮮やかな黄色をイメージカラーとしていた。標準で発売されたのは他に白、赤、銀など。

搭載されるエンジンは、コロナ1600S用のOHVツインキャブ『4R』型のシリンダーブロックに、ヤマハ発動機がアルミニウム合金製DOHC(1気筒当たり2バルブ)ヘッドを換装した『9R』型(JISグロス値最高出力110馬力)。これに4速MT車の『GT4』(96万円)と5速の『GT5』(100万円)とが併売された。尚、フロントシートと『GT5』のミッションはトヨタ2000GTの物を流用し、ステアリングホイールは同一デザインだがこちらはプラスチック製となっている。

発売から延べ13ヶ月、2222台をもって生産が終了した。系列的な後継車種はマークIIの高性能仕様である『1900GSS』となる。

国内レースでは、本車種のプロトタイプモデルとして3代目コロナの前期型のハードトップボディを元に作られたものがトヨタ・RTXの名で1966年3月の第4回クラブマンレース(日本グランプリの前座試合)に初参戦しており、それぞれ初勝利を飾っている。優れた空力特性とバランスの良い操縦性、軽量、150馬力以上の高出力、タフネスさを利用して、正式な発売後も同じクラスのベレットGTブルーバードSSSのみならず、フェアレディ2000など大排気量車にも勝利を重ねることも多く、1968年'68日本グランプリでは、当時の王者であったスカイライン・2000GTBを打ち破るなどし、約3年間ツーリングカーレースを席捲した。

1969年に開催されたJAFグランプリでは、初参戦のスカイライン・2000GTRと直接対決となる。不利が予想される中、ギア設定に功を奏した1600勢は予選から好調であり、予選のみならず本戦でも当初上位を独占するが、レース中盤からGT-R勢が作戦変更したことより形勢が逆転、今度は2位、3位を奪われ防戦一方の展開となる。しかし、ここで1位を走るドライバーの高橋晴邦が意地を見せ、辛くもリードしたまま振り切って1着でゴールした。がしかし、ゴール直後から日産側が『高橋が走路妨害した』と抗議を行い、この抗議が認められる判定が下されたことで、2位の篠原孝道のGT-Rが1位に繰上げとなり、高橋は1周減算の3位となった。なお、この日下された妨害判定には当時から異論があり、今もって後味の悪いレース結果として知られる。そして1600GTのワークスとしての出場はこのレースをもって終了した。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]