小湊鐵道
小湊鐵道本社
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
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| 本社所在地 | 〒290-0054 千葉県市原市五井中央東1丁目1番2号 |
| 設立 | 1917年(大正6年)5月19日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 鉄道・自動車による一般運輸業、土地建物の売買・賃貸業、旅行業、損害保険代理業 |
| 代表者 | 代表取締役社長 石川晋平 代表取締役会長 石井才治郎 |
| 資本金 | 2億0250万円(発行済み株 405万株) |
| 発行済株式総数 | 4,050千株 |
| 従業員数 | 577人(2011年3月現在) |
| 決算期 | 毎年3月31日 |
| 主要株主 | 九十九里鐵道(株) 63.78% 京成電鉄(株) 19.00% (2011年3月31日現在) |
| 主要子会社 | 株式会社長南カントリークラブ、小湊タクシー株式会社、小湊鉄道タクシー株式会社、牛久タクシー株式会社、木更津タクシー株式会社、大多喜タクシー株式会社(すべて100%) |
| 外部リンク | http://www.kominato.co.jp/ |
小湊鐵道株式会社(こみなとてつどう)は、千葉県に路線を有する鉄道会社・バス会社である。本社は千葉県市原市五井中央東1丁目1番2号に所在する。
目次 |
[編集] 概要
鉄道事業のほかに路線バス、観光バス事業も展開しており、鉄道事業よりバス事業の方が高い収益を上げている。バス事業は太平洋戦争下で行われた陸運統制令に伴う戦時統合により、房総半島の木更津 - 勝浦以北のバス会社を袖ヶ浦自動車が統合し、さらに小湊が同社を合併したことによる。かつてはタクシー事業も直営で行っていたが1986年に分社化された(「グループ会社」の節を参照)。
京成電鉄の持分法適用関連会社であり、京成グループに名を連ねているが、事実上独立し、小湊グループを形成している。そのため観光・高速バスのカラーリングも、KaNaCカラーではなく、小湊・九十九里系各社では京成グループの統一ロゴ「K’SEI GROUP」も使用していない。また、観光バスツアーも「Kanacツアー」ではなく、独自の「赤とんぼツアー」を展開している。ちなみに、以前はツアーに新京成電鉄が協力している場合が多かった。
小湊鉄道は元々安田財閥に所属し、京成とは無関係であったが、戦時中の当局の勧奨により株式の大半が京成電鉄に買収され、京成電鉄の系列会社となったものである。しかし、1970年代に京成電鉄が経営危機に陥り、資産整理のため持株が放出された結果、九十九里鉄道が小湊鉄道株を、また小湊鉄道が同社社長名義で九十九里鉄道株を持つ形態になり、京成電鉄の出資割合は大幅に下がっている。2005年3月31日時点では、九十九里鉄道が49.90%、京成電鉄が30.00%の株式を保有していたが、2007年3月期に京成電鉄の株式11.00%を九十九里鉄道が取得するなどした結果、2008年3月31日時点では九十九里鉄道が63.95%の株式を保有するに至っている。なお、小湊鉄道と九十九里鉄道の代表者は、現在ともに石川晋平(2009年社長就任)である。
国土交通省への届出上は「小湊鉄道」となっているが、実際には「小湊鐵道」の表記の方がよく使われている。
[編集] 鉄道事業
鉄道路線として、東日本旅客鉄道(JR東日本)内房線と接続する千葉県市原市の五井駅より、いすみ鉄道いすみ線に接続する夷隅郡大多喜町の上総中野駅まで39.1kmの小湊鉄道線を有する。
「小湊鉄道」という社名になったのは、当初は誕生寺への参拝客輸送を目的に安房郡小湊町(現・鴨川市)を目指して着工されたことからで、資金不足と当時の土木建築技術の限界や、終着駅の上総中野駅に国鉄木原線(現・いすみ鉄道いすみ線)が接続したことから、同駅より先の建設は行われなかった。
ほかに海士有木(あまありき)駅 - 千葉中央駅間の鉄道敷設免許も持っていたが、こちらは千葉急行電鉄に譲渡された。その一部が現在の京成千原線である。
2010年4月3日から自転車をそのまま鉄道車両に持ち込めるサイクルトレインサービスを始めた。詳細はサイクルトレインの項ならびに同項からリンクされている小湊鐵道の当該ページを参照のこと。
[編集] 路線
路線についての詳細は以下の項目を参照のこと。
[編集] 車両
車両はキハ200形気動車14両(キハ201 - キハ214)が使用されており、キハ209・210を除く12両が冷房車である。なお、全車ロングシートであり、トイレはない。ワンマン運転は行われておらず、車掌が乗務する。
このほか、営業用車両ではないが、工臨用の貨車や、2011年にいすみ鉄道より譲渡されたモーターカーがある。また、車両の扱いではないもののオートバイを改造した軌道自転車があり、保線作業に使用されている。軌道自転車の運転操作方法はバイクと同じで、エンジンを使って走行する。
これらの車両はすべて五井機関区に配置されている。
過去には蒸気機関車や客車を保有していたが、いずれも1962年までに全廃された。戦中戦後の一時期には余市臨港軌道から譲り受けた蒸気動車を1両保有していた。
[編集] 過去の車両
- 機関車
- 気動車
[編集] 運賃
大人普通旅客運賃は以下の通り(2006年5月1日現在、小児半額・10円未満切り上げ)。
| キロ程 (km) |
運賃 (円) |
|---|---|
| 初乗り1 - 3 | 140 |
| 4 | 160 |
| 5 | 200 |
| 6 | 240 |
| 7 | 280 |
| 8 | 320 |
| 9 | 360 |
| 10 | 400 |
| 11 | 440 |
| 12 | 480 |
| 13 | 520 |
| 14 | 560 |
| 15 | 600 |
| キロ程 (km) |
運賃 (円) |
|---|---|
| 16 | 640 |
| 17 | 680 |
| 18 | 710 |
| 19 | 740 |
| 20 | 770 |
| 21 | 800 |
| 22 | 830 |
| 23 | 860 |
| 24 | 890 |
| 25 | 920 |
| 26 | 950 |
| 27 | 980 |
| 28 | 1,010 |
| キロ程 (km) |
運賃 (円) |
|---|---|
| 29 | 1,040 |
| 30 | 1,070 |
| 31 | 1,100 |
| 32 | 1,130 |
| 33 | 1,160 |
| 34 | 1,190 |
| 35 | 1,220 |
| 36 | 1,250 |
| 37 | 1,280 |
| 38 | 1,310 |
| 39 | 1,340 |
| 40 | 1,370 |
[編集] 回数券
10枚分の価格で11回使用可能で、有効期限は1か月[1]である。
[編集] 企画乗車券
- 1日フリー乗車券(大人1,700円、子供850円)
- 房総半島横断乗車券(大人1,600円、子供800円)
- 上総鶴舞・高滝フリー乗車券(大人1,360円、子供680円)
- 市原ぞうの国割引入園料・鉄道運賃セット券(大人2,660円 子供1,400円)
- 五井 - 養老渓谷、往復割引乗車券(大人1,700円 子供850円)
[編集] バス事業
小湊鉄道では、鉄道事業のほか、乗合と貸切の両バス事業を計280両の車両によって営んでいる。乗合バスの営業エリアは房総半島中央部の内房線・外房線・小湊鉄道線沿線の広範囲に及ぶ。首都圏の広範囲で利用できる路線バスのカード式回数乗車券であるバス共通カードについては導入されなかったが、バス事業に限って交通系ICカードPASMOのサービスを2010年3月14日に塩田営業所担当路線(姉崎車庫は同年5月2日から、木更津車庫は2011年1月22日から)にて開始した[2]。
[編集] 沿革
小湊鉄道のバス事業は、1947年7月1日に傘下にあった袖ヶ浦自動車株式会社を合併したことにより始まる。同社は1927年に現在の市原市周辺の有志によって合資会社として設立された。当初は大多喜街道周辺のみで営業していた小さな事業者であったが、1933年に小湊鉄道が経営権を得てからは、潤間四郎八より千葉 - 木更津、千葉 - 長南などの路線を継承するなど、内房地域で路線網を拡張し、その後株式会社化を経て、戦時下の事業統合により1944年に外房地域の多数の事業者を合併、房総半島の中央部を東西に横断する広大な事業エリアを確立した。
小湊鉄道による合併後は、戦前からの路線をベースにした地域間の路線網強化を図るとともに、昭和30年代から急速に発展した東京湾岸の工業地域に向かう路線や、千葉市・市原市の住宅団地へ向けた路線を多数開設した。京成千葉駅(現在の千葉中央駅)を起点とする中・長距離路線も拡充され、一時は房総街道や産業道路、茂原街道、大多喜街道など千葉市と房総を結ぶ主要道路上を、特急・急行・快速など複数の種別を持つ小湊バスが行き交っていた。しかし、競合する内房線・外房線の本数増加や、マイカーの普及、渋滞の悪化、さらには沿線市町村の過疎化など複数の要因が重なって利用者が減少し、こうした路線は昭和の終わり頃までにはおおむね姿を消した。また、過疎化の進展はほかの路線にも影響を及ぼし、1980年代から1990年代に掛けて外房地域を中心に大幅な路線の整理が行われている。1990年代末には大多喜と茂原の2つの営業所が廃止され、この地域の営業所は同時に車庫から昇格した長南営業所に集約された。
その一方で、同じ頃千葉市や市原市、大網白里町などではニュータウンの造成が相次ぎ、短距離の住宅輸送路線が新設・強化されていった。また、1990年代末以降は東京湾アクアライン経由路線をはじめとする特急・高速路線の動きが活発になっており、長距離路線や夜行バスの運行はないものの、自社企画旅行ブランド「赤とんぼツアー」などにも支えられ、乗務員の一部契約社員化の効果もあり、他社と比較すると業績は良好と見られている。
[編集] 営業所および営業路線
乗合バスの営業所は、内房地域の路線を担当する塩田営業所(千葉市中央区)と、外房地域を担当する長南営業所(長南町)の2か所がある。主な車庫として、塩田営業所の管轄下に姉崎・木更津の2車庫、長南営業所の管轄下に白子・茂原・大多喜・勝浦の4車庫を有する。一般乗合路線は、住宅輸送路線から工業地域の通勤路線、山間地域の生活路線、海岸沿いや渓谷を走る観光路線まで様々である。高速路線は東京湾アクアラインを経由して東京や神奈川に至るものが中心である。
運行路線の詳細は各営業所の項目を参照。
[編集] 車両
いすゞ自動車製、日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)製、三菱ふそうトラック・バス製、日野自動車製の国産4メーカーのシャーシを導入している。1984年 - 1997年頃にかけて、各社とも富士重工業製の車体を架装した車輌を導入した(中型車など一部を除く)ことが特筆される。
[編集] 電気事業(廃止)
かつては電気事業を経営していた。1923年に自家発電の認可を受け上総鶴舞駅構内に発電所を建設、1925年3月2日に完成した。75kwのディーゼル発電機2台(1台を予備)を備え駅舎の電灯や信号用に使用していた。 やがて沿線住民からの要望により1925年に申請をして1926年に認可がおり、1927年9月より市原郡市原、市西、海上、養老、戸田、内田の六ヵ村(すべて市原市)に送電を開始した。続いて11月に高滝、富山、里見、白鳥の四ヵ村(すべて市原市)に送電を開始し合計2200戸、3300灯の電気を供給した。その後1933年に鶴舞発電所を廃止し東京電灯からの買電に切り替え、1942年11月には電気事業を関東配電に統合し、小湊鉄道の電気事業は廃止された。
[編集] グループ会社
なお、下記のグループ会社各社のタクシーには、ドアと社名表示灯に小湊鐵道の社章が取り付けられている。
- こみなと興産株式会社(本社:千葉市稲毛区小仲台2-3-12)
- 社長、石川信介
- 小湊鉄道タクシー株式会社(本社:千葉市美浜区新港182)
- 社長、太田靖禧・営業区域:千葉市
- 小湊タクシー株式会社(本社:市原市五井中央東1-1-2)
- 社長、石川晋平・営業区域:市原市北西部
- 姉ケ崎タクシー株式会社(本社:市原市姉崎海岸50)
- 社長、石川晋平・営業区域:市原市姉崎地区、袖ケ浦市
- 木更津タクシー株式会社(本社:木更津市潮浜2-1-5)
- 社長、石川晋平・営業区域:木更津市
- 牛久タクシー株式会社(本社:市原市牛久897)
- 社長、田中康嗣・営業区域:市原市南部
- 大多喜タクシー株式会社(本社:夷隅郡大多喜町大多喜257)
- 社長、田中康嗣・営業区域:大多喜町
- 長南グリーン株式会社(本社:長生郡長南町叉富804)
- 社長、石川信介
- 株式会社長南カントリークラブ(本社:長生郡長南町叉富804)
- 株式会社長南パブリックコース(本社:長生郡長南町棚毛908)
このほか、グループ会社ではないが、いすみ鉄道に5.57%出資しており、小湊鐡道は千葉県、大多喜町、いすみ市に次ぐ第4位の株主となっている。
[編集] その他
[編集] 脚注
- ^ http://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/tetudou/tetudou_kansa/date/h17/17_kominato.pdf (PDF)
- ^ 『PASMOサービス開始のお知らせ』 (PDF) - 小湊鐵道株式会社 2010年2月12日
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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