津駅
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津駅 | |
---|---|
![]() 東口(2010年1月) | |
つ Tsu | |
三重県津市羽所町1191-1(JR東海・伊勢鉄道) 三重県津市羽所町242(近鉄) | |
所属事業者 |
■東海旅客鉄道(JR東海) ■近畿日本鉄道(近鉄) ■伊勢鉄道 |
電報略号 |
ツツ(JR東海) ツ(近鉄) |
駅構造 | 地上駅(一部橋上駅) |
ホーム | 3面6線 |
乗車人員 -統計年度- |
(JR東海)3,354人/日 (近鉄)14,845人/日 (伊勢)1,705人/日(降車客含まず) -2010年- |
開業年月日 |
1891年(明治24年)11月4日 (JR東海・伊勢鉄道) 1932年(昭和7年)4月3日(近鉄) |
乗入路線 3 路線 | |
所属路線 | ■紀勢本線 |
キロ程 | 15.5 km(亀山起点) |
◄一身田 (3.4 km) (3.8 km) 阿漕► | |
所属路線 | ■名古屋線 |
キロ程 | 66.5 km(*近鉄名古屋起点) |
◄江戸橋 (1.2 km) (2.3 km) 津新町► | |
所属路線 | ■伊勢線 |
駅番号 | 12 |
キロ程 | 22.3 km(河原田起点) |
◄11 東一身田 (2.9km) | |
備考 |
共同使用駅 JR東海:駅長配置駅(管理駅) JR東海:みどりの窓口 有 * 正式な起点は伊勢中川駅 |
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c7/TsuStnishi.jpg/270px-TsuStnishi.jpg)
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/33/TsuSt2.jpg/270px-TsuSt2.jpg)
津駅(つえき)は、三重県津市羽所町にある、東海旅客鉄道(JR東海)・近畿日本鉄道(近鉄)・伊勢鉄道の駅である。
概要
三重県の県庁所在地・津市の中心駅である。第1回「中部の駅百選」に選定されている。
津市の繁華街やDID地区である丸之内や大門から離れ北部に位置するため発展が遅れたが、西部の丘陵地に高級住宅街や三重県立美術館、三重県立博物館や三重県総合文化センターなどを抱える。また、県総合文化センターと津なぎさまち(中部国際空港高速船ターミナル)を結ぶLRT構想の中間駅でもある。
紀伊半島においては熊野三山・伊勢志摩・奈良県を結ぶ要衝となる駅であり、鉄道で熊野三山と奈良県を最短で往来するには、当駅で乗り換える事になる。
仮名・漢字表記では日本一短い駅名であり、ギネス・ワールド・レコーズには「z(つ)」として、世界一短い駅名として登録されている[要検証 ]。
乗り入れ路線
JR東海の紀勢本線、近鉄の名古屋線、伊勢鉄道の伊勢線の3路線が乗り入れ、接続駅となっている。伊勢線は当駅が終点であり、当駅の駅番号として「12」が付与されている。
停車列車
JR東海・伊勢鉄道の2路線は、全ての列車が停車する。特急「南紀」と快速「みえ」は全列車が、当駅を介して紀勢本線松阪方面と伊勢線の間で相互直通運転を行なっている。普通列車の直通運転は行われていない。
近鉄では、かつては日中の名阪ノンストップ特急(甲特急)が通過していたが、2012年3月20日のダイヤ改正で甲特急も当駅に停車することになり、運行列車全てが停車することとなった[1][2][3]。名古屋発最終特急は、当駅止まりとなっている。また、当駅始発の大阪上本町行特急が1本ある。大阪難波駅を夕方の20分に発車する名阪甲特急は、当駅で伊勢志摩方面、名古屋方面の乙特急と連絡する。
駅構造
単式ホーム1面1線、島式ホーム2面4線、単式ホームの北東側を切り欠いた切欠きホーム1線、合計3面6線のホームを有する地上駅。駅舎は東西両側にあり、跨線橋で結ばれている。東側はJRが管理し、1・2番線ホームに地上改札口が、駅ビル「chum(チャム)」の2階にビル改札口がある。西側は近鉄が管理し、橋上部に改札口がある。
旧国鉄時代の貨物側線が廃止され余剰となった土地は近鉄に譲渡され、近鉄線のホーム拡張に充てられた。近鉄線はJR線をオーバーパスするための勾配と踏切にはさまれ、設備が手狭なため、折り返し設備や追い越し設備を両隣の津新町駅や江戸橋駅に分散している。近鉄のホーム有効長は8両編成分である。
JR東海の駅は駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、津市内に位置する3駅(一身田駅・阿漕駅・高茶屋駅)を管理している。
ホーム | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | ■伊勢鉄道線 | - | 四日市方面 | 普通列車のみ |
2 | ■JR紀勢本線 | 下り | 松阪・伊勢市方面 | |
3 | ■JR紀勢本線 | 上り | 亀山方面 | |
■伊勢鉄道線経由 | - | 四日市・名古屋方面 | 快速・特急のみ | |
4 | ■JR紀勢本線 | 上り | 亀山方面 | 待避列車 |
下り | 松阪・伊勢市方面 | |||
5 | ■近鉄名古屋線 | 下り | 伊勢中川・大阪・神戸・鳥羽・賢島方面 | |
6 | ■近鉄名古屋線 | 上り | 四日市・桑名・名古屋方面 |
1番線を伊勢線の普通列車、2 - 4番線をJR紀勢本線(伊勢鉄道経由で名古屋方面に向かう特急・快速列車含む)、5・6番線を近鉄名古屋線が使用する。2番のりばは単式ホームで、1番線は2番線を切り欠いた部分にあるが、これは旧・日本国有鉄道(国鉄)時代に用いられていた貨車用の側線を改造して作られた。3・4番線、5・6番線は島式となっている。 なお、2番線が下り本線、3番線が上り本線、4番線が上り1番線となっている。
改札口
東側改札口に設置されているJRの自動改札機は東芝製。全て、ICカード対応機(EG-2000。PiTaPa・ICOCAに対応)である。2枚一括投入対応機だが、近鉄線の乗車券類を2枚以上投入すると「枚数超過」となり、通過できない。chum(チャム)連絡改札口には自動改札機は設置されていない。PiTaPa・ICOCAでの入場・出場もできない。
西側改札口に設置されている近鉄の自動改札機は日本信号製。全て、赤い筐体の自動改札機(GX-7)で、出場時2枚一括処理・PiTaPa・ICOCAに対応している。自動精算機はタッチパネル式高額紙幣・ICカードチャージ対応機。自動精算機更新後も、ICカード入金機が設置されている(千円札のみ対応)。
双方の改札口とも、近鉄回数券カードに対応する。スルッとKANSAIおよびJスルーカードはエリア外のため使用できないが、乗車券用自動券売機に同カードを挿入することにより乗車券類を購入することができる。
JRみどりの窓口は東側のみ、近鉄特急券・定期券うりばは東側・西側双方に設置されている。なお西側にはJR・伊勢鉄道の自動券売機が設置されていないため、近鉄窓口で乗車券を購入することになる(近距離乗車券のみ発売のため、発売できない乗車券の場合、近鉄の改札係員から乗車票を受け取り、JR列車の乗務員に提示の上で、乗車券を購入するか運賃を支払うことになる)。
中間改札はなく、3社のホーム間を自由に往来が可能な構造となっているが、不正乗車防止のため、JR係員がJRホームにおいて、また近鉄係員が跨線橋において検札を行うことも不定期にある。西側改札口にはJRの券売機はないが、自動改札機では入場のみ可能である。JRの乗車券類で西側改札口を出場する場合には改札係員に直接切符を呈示しなければならない。なおJR東海のICカードTOICAはエリア外のために使用できない。JR東海各線はもちろんのこと、近鉄線もICOCAエリアではなくPiTaPaエリアであるため、TOICAでの乗車はできない(平成25年3月から全国の主要なICカードの相互利用が始まるため、近鉄線利用に限ってTOICAでの乗車も可能となる予定である)。
利用状況
- JR東海 - 1日の平均乗車人員
- 3,547人(1998年度)
- 3,568人(1999年度)
- 3,497人(2000年度)
- 3,427人(2001年度)
- 3,339人(2002年度)
- 3,288人(2003年度)
- 3,129人(2004年度)
- 3,174人(2005年度)
- 3,403人(2006年度)
- 3,483人(2007年度)
- 3,496人(2008年度)
- 3,350人(2009年度)
- 3,354人(2010年度)
- 伊勢鉄道 - 1日の平均乗車人員
- 1,602人(1998年度)
- 1,602人(1999年度)
- 1,553人(2000年度)
- 1,554人(2001年度)
- 1,548人(2002年度)
- 1,488人(2003年度)
- 1,396人(2004年度)
- 1,509人(2005年度)
- 1,756人(2006年度)
- 1,860人(2007年度)
- 1,912人(2008年度)
- 1,724人(2009年度)
- 1,705人(2010年度)
三重県内のJRの駅では桑名駅に次いで利用客が多い。伊勢鉄道の駅では最も利用客が多い。この乗車人員には「南紀」・「みえ」など、JR東海と伊勢鉄道を直通する列車で通過するだけの乗客の数も含む(会社が異なるため形式上、境界駅で乗降したとみなされる)。
近畿日本鉄道
- 津駅(近鉄)の利用状況の変遷を下表に示す。
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人/年度である。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
- 2010年11月9日の調査結果によると、1日の利用客は26,305人(2008年11月8日の調査では27,202人、2005年11月8日の調査では26,238人)。
- 近鉄の全調査対象駅(287駅)中、26位。
- 名古屋線の駅(44駅、他線接続駅含む)の中では、3位。
- 三重県内の近鉄の駅(116駅、但し調査当時の数)の中では、近鉄四日市駅に次いで2位。
- 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
1950年(昭和25年) | 1,037,070 | ←←←← | 591,363 | 1,628,433 | |||
1951年(昭和26年) | 1,213,890 | ←←←← | 609,297 | 1,823,187 | |||
1952年(昭和27年) | 1,108,038 | ←←←← | 640,232 | 1,748,270 | |||
1953年(昭和28年) | 1,204,020 | ←←←← | 618,303 | 1,822,323 | |||
1954年(昭和29年) | 1,260,300 | ←←←← | 653,599 | 1,913,899 | |||
1955年(昭和30年) | 1,300,110 | ←←←← | 664,997 | 1,965,107 | |||
1956年(昭和31年) | 1,403,220 | ←←←← | 677,380 | 2,080,600 | |||
1957年(昭和32年) | 1,519,260 | ←←←← | 773,958 | 2,293,218 | |||
1958年(昭和33年) | 1,619,040 | ←←←← | 792,004 | 2,411,044 | |||
1959年(昭和34年) | 1,721,670 | ←←←← | 753,240 | 2,474,910 | |||
1960年(昭和35年) | 2,087,130 | ←←←← | 883,832 | 2,970,962 | |||
1961年(昭和36年) | 2,628,480 | ←←←← | 998,103 | 3,626,583 | |||
1962年(昭和37年) | 2,844,810 | ←←←← | 1,094,154 | 3,938,964 | |||
1963年(昭和38年) | 3,165,570 | ←←←← | 1,132,941 | 4,298,511 | |||
1964年(昭和39年) | 3,324,390 | ←←←← | 1,213,453 | 4,537,843 | |||
1965年(昭和40年) | 3,527,550 | ←←←← | 1,261,344 | 4,788,894 | |||
1966年(昭和41年) | 3,564,450 | ←←←← | 1,308,584 | 4,873,034 | |||
1967年(昭和42年) | 3,720,900 | ←←←← | 1,396,680 | 5,117,580 | |||
1968年(昭和43年) | 3,779,340 | ←←←← | 1,662,347 | 5,441,687 | |||
1969年(昭和44年) | 3,822,270 | ←←←← | 1,751,710 | 5,573,980 | |||
1970年(昭和45年) | 3,956,910 | ←←←← | 1,950,279 | 5,907,189 | |||
1971年(昭和46年) | 3,992,520 | ←←←← | 2,038,016 | 6,030,536 | |||
1972年(昭和47年) | 4,041,540 | ←←←← | 2,113,097 | 6,154,637 | |||
1973年(昭和48年) | 4,052,910 | ←←←← | 2,378,723 | 6,431,633 | |||
1974年(昭和49年) | 4,367,100 | ←←←← | 2,442,452 | 6,809,552 | |||
1975年(昭和50年) | 4,401,720 | ←←←← | 2,462,530 | 6,864,250 | |||
1976年(昭和51年) | 4,261,980 | ←←←← | 2,338,206 | 6,600,186 | |||
1977年(昭和52年) | 4,307,400 | ←←←← | 2,415,424 | 6,722,824 | |||
1978年(昭和53年) | 4,311,300 | ←←←← | 2,491,063 | 6,802,363 | |||
1979年(昭和54年) | 4,429,680 | ←←←← | 2,495,233 | 6,924,913 | |||
1980年(昭和55年) | 4,582,110 | ←←←← | 2,532,517 | 7,144,627 | |||
1981年(昭和56年) | 4,597,830 | ←←←← | 2,460,285 | 7,058,115 | |||
1982年(昭和57年) | 4,475,970 | ←←←← | 2,497,421 | 6,973,391 | 11月16日 | 30,764 | |
1983年(昭和58年) | 4,505,310 | ←←←← | 2,462,973 | 6,968,283 | 11月8日 | 30,785 | |
1984年(昭和59年) | 4,375,890 | ←←←← | 2,412,344 | 6,788,234 | 11月6日 | 29,569 | |
1985年(昭和60年) | 4,446,150 | ←←←← | 2,399,695 | 6,845,845 | 11月12日 | 28,916 | |
1986年(昭和61年) | 4,481,400 | ←←←← | 2,413,152 | 6,894,552 | 11月11日 | 30,664 | |
1987年(昭和62年) | 4,495,680 | ←←←← | 2,352,307 | 6,847,987 | 11月10日 | 30,301 | |
1988年(昭和63年) | 4,504,950 | ←←←← | 2,375,687 | 6,880,637 | 11月8日 | 30,280 | |
1989年(平成元年) | 4,496,490 | ←←←← | 2,381,631 | 6,878,121 | 11月14日 | 30,217 | |
1990年(平成2年) | 4,557,990 | ←←←← | 2,434,831 | 6,992,821 | 11月6日 | 30,891 | |
1991年(平成3年) | 4,590,000 | ←←←← | 2,426,601 | 7,016,601 | |||
1992年(平成4年) | 4,492,860 | ←←←← | 2,455,651 | 6,948,511 | 11月10日 | 32,024 | |
1993年(平成5年) | 4,458,150 | ←←←← | 2,467,784 | 6,925,934 | |||
1994年(平成6年) | 4,450,920 | ←←←← | 2,455,287 | 6,906,207 | |||
1995年(平成7年) | 4,355,160 | ←←←← | 2,394,028 | 6,749,188 | 12月5日 | 29,417 | |
1996年(平成8年) | 4,157,040 | ←←←← | 2,363,967 | 6,521,007 | |||
1997年(平成9年) | 3,818,910 | ←←←← | 2,260,606 | 6,079,516 | |||
1998年(平成10年) | 3,641,340 | ←←←← | 2,192,753 | 5,833,093 | |||
1999年(平成11年) | 3,528,930 | ←←←← | 2,158,997 | 5,687,927 | |||
2000年(平成12年) | 3,471,690 | ←←←← | 2,143,827 | 5,615,517 | |||
2001年(平成13年) | 3,426,180 | ←←←← | 2,165,919 | 5,592,099 | |||
2002年(平成14年) | 3,414,720 | ←←←← | 2,129,496 | 5,544,216 | |||
2003年(平成15年) | 3,413,730 | ←←←← | 2,109,180 | 5,522,910 | |||
2004年(平成16年) | 3,458,190 | ←←←← | 2,052,109 | 5,510,299 | |||
2005年(平成17年) | 3,478,260 | ←←←← | 2,049,016 | 5,527,276 | 11月8日 | 26,238 | |
2006年(平成18年) | 3,525,390 | ←←←← | 2,019,458 | 5,544,848 | |||
2007年(平成19年) | 3,515,490 | ←←←← | 2,009,255 | 5,524,745 | |||
2008年(平成20年) | 3,495,840 | ←←←← | 1,973,891 | 5,469,731 | 11月18日 | 27,202 | |
2009年(平成21年) | 3,492,390 | ←←←← | 1,890,594 | 5,382,984 |
駅周辺
城下町たる津の市街地から北西に離れて位置しているが、後ろに城主藤堂高虎の庭園であった偕楽公園を控える。県庁舎が付近に存在するため、県内各地からの県庁訪問に至便で、ビジネスホテルもJR駅前に集中して存在する。
- 津駅前郵便局
- 三重県庁
- 偕楽公園
- 三重テレビ、radio CUBE FM三重(三重エフエム放送) 中心部からやや離れた小高い場所に位置する。
- 三重県護國神社
- 三重県立美術館
- JA三重ビル
- アスト津
- イオン津店
- 三重県立津東高等学校
- 三重県立津商業高等学校
- 三重県立津西高等学校
- 当駅東徒歩5分(アスト津駐車場付近)の所に近鉄伊勢線の部田駅が1961年に廃止されるまで存在した。駅跡はバスの駐車場になっており、ホームの一部が残されている。
バス路線
津駅前(東口)のりば
- 1番乗り場
- 2番乗り場
- 3番乗り場
- 4番乗り場
津駅西口のりば
- 1番乗り場
- 71-0系統 西団地循環 (むつみヶ丘・つつじ経由)
- 81-1系統 西団地循環 (つつじ・むつみヶ丘経由)
- 84-1系統 津西ハイタウン (津商業高校 経由)
- 84-1系統 津西ハイタウン (東団地経由)
- 85-1系統 津西ハイタウン (鳥居町経由)
- 86-1系統 津西ハイタウン (むつみヶ丘経由)
- 89-1系統 総合文化センター
- 89-1系統 夢が丘団地 (上浜町6丁目経由)
- 89-1系統 夢が丘団地 (身障者福祉センター経由)
- 89-1系統 夢が丘団地 (総合文化センター前経由)
- 2番乗り場
- 71-0系統 津新町駅 (西新町・三重会館経由)
- 84-1系統 岩田橋 (竹内病院経由)
- 89-0系統 三重会館循環 (西新町経由)
歴史
JR東海・伊勢鉄道
- 1891年(明治24年)11月4日 - 関西鉄道の駅として、津支線亀山 - 津間全通時に開業[4]。
- 1893年(明治26年)12月31日 - 参宮鉄道の津 - 相可(現・多気) - 宮川間開通により、当駅に乗り入れ。
- 1907年(明治40年)10月1日 - 鉄道国有法により関西鉄道と参宮鉄道が国有化。国有鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。旧関西鉄道津支線及び旧参宮鉄道が参宮線となり、当駅もその所属となる。
- 1959年(昭和34年)7月15日 - 線路名称改定。当駅を含む参宮線亀山 - 多気間が紀勢本線に編入される。
- 1973年(昭和48年)9月1日 - 国鉄伊勢線が開業し当駅に乗り入れ。
- 1980年(昭和55年)8月1日 - 車扱貨物の取扱いを廃止。
- 1986年(昭和61年)3月3日 - 荷物の取扱いを廃止。
- 1987年(昭和62年)
- 2007年(平成19年)3月16日 - 改札口の自動改札機2台を近鉄のICカード対応機に更新。
- 2009年(平成21年)7月24日 - 改札口の自動改札機2台(出口専用)を近鉄のICカード対応機に更新。(ICカード対応機への)更新完了。
近鉄
- 1932年(昭和7年)4月3日 - 参宮急行電鉄津線(現在の近鉄名古屋線)津新町 - 津間が開業。
- 1938年(昭和13年)
- 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併、関西急行鉄道に改称。
- 1944年(昭和19年)6月1日 - 関西急行鉄道が南海鉄道と合併、近畿日本鉄道設立。
- 1992年(平成4年)3月31日 - 改良工事竣工。
- 2003年(平成15年)3月6日 - 近鉄ダイヤ変更により名伊甲特急の全列車が停車になる。
- 2007年(平成19年)
- 2008年(平成20年)
- 2009年(平成21年)12月2日 - 自動券売機4台をタッチパネル式に更新。
- 2010年(平成22年)1月26日 - 構内アナウンスの自動放送を両数案内を行うこともできるものに更新。
- 2012年(平成24年)3月20日 - ダイヤ改正により名阪甲特急がすべて停車するようになり、全列車停車駅になる。
その他
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/51/TsuStekimeihyo.jpg/200px-TsuStekimeihyo.jpg)
- JR・伊勢鉄道ホームと近鉄ホームの賑わいの違いが、ホーム敷地の面積と反比例して異質である。これは三重県・奈良県における近鉄・JRの共同使用駅全般に対しても言えることではある。「近畿日本鉄道#特記事項」も参照のこと。
- JRの駅名標の記載が、大きくひらがなの「つ」の字の下に小さく「津」の漢字があるために、遠目に「?」マークに見えると話題にもなった。しかし、近鉄の駅名標は漢字が上に表記されるフォーマットなので「?」には見えない。
- 当駅設置の発車時刻表で、伊勢鉄道経由名古屋方面の普通列車と亀山方面の普通列車を別の表に表記しているが、伊勢鉄道経由名古屋方面の快速と特急列車は、亀山方面の普通列車と同じ表に表記されている。
- 近鉄の場合普通・急行列車は塩浜駅と同様に、当駅で乗務員が交代することがある。またこの駅に停車する名阪特急は必ずこの駅で乗務員交替となるために停車時分を長めにとっている。
- F1日本グランプリ(鈴鹿サーキット)開催の際には、鈴鹿サーキット稲生駅を目的地とするF1観戦者が伊勢鉄道線に乗り継ぐため、混雑する。
- JRのカタカナ2文字の電報略号は「ツツ」。近鉄では1文字から3文字で電略を表記することから「ツ」となる。
- 近鉄線の発車標は西口と上下各ホームに反転フラップ式案内表示機(ソラリー)を設置している。
- 西口・東口ともにロータリーがある。ほとんどのバスが東口発着である。(高速バスも含め)
- 東口から国道23号津駅入口交差点までは三重県道19号津停車場線が、西口から三重県道10号津関線津駅西交差点までは、三重県道109号津停車場西線がある。
- 東口周辺では、区画整理が行われている。