亀崎駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
亀崎駅
駅舎(2008年1月)
駅舎(2008年1月)
かめざき - Kamezaki
東浦 (3.4km)
(2.6km) 乙川
愛知県半田市亀崎常盤町二丁目156
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
所属路線 武豊線
キロ程 10.2km(大府起点)
電報略号 メキ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
2,230人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1886年明治19年)3月1日
備考 駅員無配置駅(集中旅客サービスシステム導入駅)

亀崎駅(かめざきえき)は、愛知県半田市亀崎常盤町二丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)武豊線である。

概要[編集]

大府駅武豊駅を結ぶ武豊線の中間駅(途中駅)にあたる駅である。愛知県下で最初の鉄道である武豊線の開通にあわせ、1886年明治19年)に開業した駅の一つでもある。駅の施設のうち駅舎は、開業当時から残る「日本最古の現役駅舎(日本最古の一覧参照)」として、同線半田駅の「日本最古の現役跨線橋」と共に多くの鉄道関連の書物にも紹介されている。但し、現在の駅舎は一度焼失して開業当時からのものではないという意見もある(後述)。

半田市北東部の亀崎地区に位置する。武豊線には起点の大府駅を除いて9か所駅が設置されているが、そのうち乗車人員ベースで利用客が最も多い。

歴史[編集]

1912年(大正元年)8月[1]の亀崎駅
亀崎駅駅舎にある建物資産標。M19年の表示がある。
駅舎と2014年新設されたエレベータ付き跨線橋(2014年3月)

駅舎の建築時期[編集]

亀崎駅の駅舎は、しばしば「日本最古の現役駅舎」と紹介される[9][10]。実際に、駅舎内に貼られた建物資産標には「M19年1月」(1886年明治19年)1月、開業の2か月前)と表示されているが、建物資産標の表示年は実際の竣工年と異なることが多くある[11]ので確証はない可能性がある。明治期に国有鉄道を運営していた逓信省鉄道局がまとめた『鉄道局年報』の明治27年度版[12]には

當年度三月七日亀崎停車場本屋及駅長官舎並附属建物火災ニ罹リタルヲ以テ直ニ之カ假建物ヲ設ケ一時ノ急ニ應シタリ

とあり、1895年(明治28年)3月7日に亀崎駅にて火災があったとしている。また、翌年度の鉄道局年報には焼失した本屋と駅長官舎を再建したとの旨が記載されている[13]。これらの記述が事実ならば亀崎駅の駅舎は開業時の駅舎ではない可能性があり、香川県善通寺駅の駅舎が1889年(明治22年)築のため「現役最古」説には疑問が残る[14]。但し、「官舎だけ焼失した」という説もあるとされ[15]火事の翌日の地元紙、扶桑新聞には「亀崎停車場官舎の焼失」の見出しで「昨午前二時半官舎より発火し(中略)全戸焼失し併せて電信機械を焼失」との記事がある。また、亀崎町役場が1911年にまとめた「亀崎誌」には「停車場官舎」が「全焼」とある[16]

貨物営業[編集]

現在武豊線には貨物を取り扱う駅は存在しないが、かつては一部の駅で実施していた。亀崎駅もその駅の一つである。亀崎駅の貨物営業は、1886年の駅開業時に開始され、1975年の衣浦臨海鉄道半田線の開業にあわせて廃止された。末期(1974年10月以降)は車扱貨物のみを取り扱っていた[2]

亀崎駅には、駅北東に工場を構える美濃窯業専用線が接続していた。1970年の「専用線一覧表」[17]によれば、同社専用線は作業キロ・総延長キロともに0.1kmである。また、駅構内から同社工場まで私設軌道が武豊線に沿って敷設されていた時期もあったが、トラックに切り替えられて廃止された[18]

取り扱う貨物には、美濃窯業の製品である耐火煉瓦や、その原料の鉱石があった[19]

駅構造[編集]

ホームが地面に接する、地上駅と呼ばれる形態をとる。

ホームは、両側に2本の線路が接する島式ホームという形状で、南北方向に1面のみ設置されている。ホーム東側が1番線、その反対側(西側)が2番線で、1番線に武豊方面行きの下り列車が、2番線に大府方面行きの上り列車が発着する。交換駅であり、単線の武豊線で列車の交換が可能な駅の一つ。駅舎は構内東側に設置され、ホームとは1番線を跨ぐ跨線橋で繋がる。

大府駅管理の無人駅。かつては、業務委託の駅員が配置されている有人駅業務委託駅)でみどりの窓口も設置されていたが[20][21]、JR東海は2013年10月1日より当駅を含む6駅について「集中旅客サービスシステム」を導入し、自動券売機自動改札機を整備した上で遠隔案内によって一括的に管理されるようになり、無人化された[6][7]

かつては駅舎に直結したホームがあり、その跡が残る[22]

利用状況[編集]

旅客[編集]

2011年度の乗車人員は、1日平均2,230人であった[23]。この数値は、武豊線の9駅(大府駅を除く)の中では最も多い。

亀崎駅の乗車人員は、1950年代以降、以下の表のように推移している。1967年度の1日平均2,888人を頂点に以降減少傾向が続いたが、1986年度の1日平均1,215人を底として再び増加傾向にある。なお、1950年度時点で乗車人員は半田駅に次ぐ線内第2位の多さであったが、1961年度から半田駅を上回り線内第1位となっている。

1日平均の乗車人員の推移
年度 乗車人員 出典・備考
1950年度 1,943人 [24]
1951年度 2,144人 [25]
1952年度 2,034人 [26]
1953年度 2,030人 [27]
1954年度 2,046人 [28]
1955年度 2,028人 [29]
1956年度 2,206人 [30]
1957年度 2,380人 [31]
1958年度 2,481人 [32]
1959年度 2,496人 [33]
1960年度 2,749人 [34]
1961年度 2,668人 [35]
1962年度 2,624人 [36]
1963年度 2,741人 [37]
1964年度 2,689人 [38]
1965年度 2,811人 [39]
1966年度 2,852人 [40]
1967年度 2,888人 1950年度以降最大値[41]
1968年度 2,655人 [42]
1969年度 2,433人 [43]
1970年度 2,252人 [44]
1971年度 2,098人 [45]
1972年度 2,003人 [46]
1973年度 1,971人 [47]
1974年度 2,022人 [48]
1975年度 1,910人 [49]
1976年度 1,843人 [50]
1977年度 1,758人 [51]
1978年度 1,638人 [52]
1979年度 1,632人 [53]
1980年度 1,548人 [54]
1981年度 1,462人 [55]
1982年度 1,558人 [56]
1983年度 1,480人 [57]
1984年度 1,388人 [58]
1985年度 1,245人 [59]
1986年度 1,215人 1950年度以降最低値[60]
1987年度 1,219人 [61]
1988年度 1,282人 [62]
1989年度 1,383人 [63]
1990年度 1,472人 [64]
1991年度 1,620人 [65]
1992年度 1,688人 [66]
1993年度 1,771人 [67][68]
1994年度 1,791人 [69][68]
1995年度 1,927人 [70][68]
1996年度 1,951人 [71][72]
1997年度 1,899人 [73][72]
1998年度 1,914人 [74][75]
1999年度 1,871人 [76][77]
2000年度 1,913人 [77]
2001年度 1,907人 [77]
2002年度 1,953人 [78]
2003年度 1,947人 [78]
2004年度 1,977人 [78]
2005年度 2,042人 [79]
2006年度 2,069人 [79]
2007年度 2,169人 [79]
2008年度 2,157人 [80]
2009年度 2,184人 [80]
2010年度 2,249人 [80]
2011年度 2,230人 [23]

貨物・荷物[編集]

1950年度から1975年度(1975年11月取扱廃止)までの貨物の取扱量(発送および到着トン数)と、1972年度から1983年度(1984年2月取扱廃止)までの荷物の取扱量(発送および到着個数)は以下の表に示すとおりに推移していた。

貨物取扱量・荷物取扱量の推移
年度 貨物 荷物
発送 到着 発送 到着
1950年度 13,462t 22,416t
1951年度 16,467t 26,192t
1952年度 15,114t 22,736t
1953年度 15,056t 21,406t
1954年度 12,756t 21,973t
1955年度 12,658t 15,369t
1956年度 15,632t 14,955t
1957年度 14,251t 11,449t
1958年度 12,998t 12,738t
1959年度 15,370t 15,521t
1960年度 16,920t 17,142t
1961年度 15,087t 13,799t
1962年度 11,822t 13,668t
1963年度 13,990t 10,427t
1964年度 13,752t 12,130t
1965年度 11,789t 10,112t
1966年度 9,643t 9,583t
1967年度 9,609t 12,041t
1968年度 8,003t 11,668t
1969年度 8,883t 10,254t
1970年度 11,179t 3,014t
1971年度 7,031t 3,121t
1972年度 5,988t 3,455t 4,007個 7,733個
1973年度 6,638t 2,555t 4,496個 8,111個
1974年度 6,867t 1,619t 4,206個 8,495個
1975年度 2,825t 184t 3,776個 8,542個
1976年度 3,366個 6,691個
1977年度 3,152個 5,128個
1978年度 2,978個 4,928個
1979年度 2,872個 4,980個
1980年度 2,796個 4,850個
1981年度 2,437個 3,914個
1982年度 1,711個 3,872個
1983年度 1,016個 3,029個
※出典は乗車人員の推移に同じ。

停車列車[編集]

亀崎駅には、武豊線で運行されている普通列車東海道本線名古屋駅直通の区間快速(武豊線内では各駅停車)および快速列車の3種類がすべて停車する。概ね1時間に2本(ラッシュ時は3本)の頻度で列車が発着する。

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

駅の東側に「亀崎駅前」バス停留所があり、知多乗合(知多バス)の路線バスが発着している。知多バスは市中心部の知多半田駅を中心にバスを運行しているが、そのうち同駅と亀崎駅東方の県社前を結ぶ亀崎線が経由する。

隣の駅[編集]

東海旅客鉄道(JR東海)
武豊線
快速
東浦駅 - 亀崎駅 - 半田駅
区間快速・普通
東浦駅 - 亀崎駅 - 乙川駅

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『武豊線物語』、27頁
  2. ^ a b c d 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』2、115頁
  3. ^ 『武豊線物語』、2頁
  4. ^ 『武豊線物語』、2頁
  5. ^ 『武豊線物語』、185頁
  6. ^ a b 武豊線への集中旅客サービスシステムの導入について - 東海旅客鉄道ニュースリリース 2012年11月15日
  7. ^ a b 武豊線 集中旅客サービスシステムの使用開始について - 東海旅客鉄道ニュースリリース 2013年8月22日
  8. ^ 武豊線 亀崎駅・東浦駅エレベーター等使用開始について - 東海旅客鉄道ニュースリリース 2014年2月24日
  9. ^ 『日本国有鉄道停車場一覧 昭和60年6月1日現在』、20頁
  10. ^ 『武豊線物語』
  11. ^ 例えば、氷見線伏木駅駅舎は「明治33年」の建物資産標が存在するが、駅舎は昭和3年に改築が行われ、更に火災で焼失している。東海道本線木曽川駅旧駅舎は「M19年6月」の建物資産標が存在したが、明治24年の濃尾地震で全壊している。詳細は各駅の記事を参照。
  12. ^ 明治27年度鉄道局年報』20頁(国立国会図書館近代デジタルライブラリーで閲覧可)。
  13. ^ 明治28年度鉄道局年報』14頁(近代デジタルライブラリーで閲覧可)。
  14. ^ 朝日マリオン・コム/河瀬久美『ひとえきがたり 亀崎駅(愛知県、JR武豊線)証拠はなくても「現役最古」』(2012年12月4日 朝日新聞マリオン欄掲載記事)
  15. ^ 文化財指定の転車台、最古級の駅舎…JR武豊線に再び光(朝日新聞2009年3月22日)
  16. ^ 朝日マリオン・コム/河瀬久美『ひとえきがたり 亀崎駅(愛知県、JR武豊線)証拠はなくても「現役最古」』(2012年12月4日 朝日新聞マリオン欄掲載記事)
  17. ^ 「昭和45年版の全国専用線一覧表」(『トワイライトゾーンMANUAL』12に収録)
  18. ^ 『武豊線物語』
  19. ^ 『武豊線物語』
  20. ^ 「地方鉄道レポート19 JR東海武豊線」、『鉄道ジャーナル』通巻469号、78頁
  21. ^ 『東海旅客鉄道20年史』、732頁
  22. ^ 『東海道ライン全線・全駅・全配線』第4巻、47頁
  23. ^ a b 『知多半島の統計』平成25年版、43頁
  24. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和27年度刊、326頁
  25. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和28年度刊、310頁
  26. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和29年度刊、329頁
  27. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和30年度刊、305頁
  28. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和31年度刊、303頁
  29. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和32年度刊、319頁
  30. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和33年度刊、335頁
  31. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和34年度刊、379頁
  32. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和35年度刊、292頁
  33. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和36年度刊、261頁
  34. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和37年度刊、325頁
  35. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和38年度刊、297頁
  36. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和39年度刊、299頁
  37. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和40年度刊、263頁
  38. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和41年度刊、239頁
  39. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和42年度刊、262頁
  40. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和43年度刊、192頁
  41. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和44年度刊、196頁
  42. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和45年度刊、204頁
  43. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和46年度刊、228頁
  44. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和47年度刊、237頁
  45. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和48年度刊、217頁
  46. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和49年度刊、214頁
  47. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和50年度刊、221頁
  48. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和51年度刊、225頁
  49. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和52年度刊、217頁
  50. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和53年度刊、231頁
  51. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和54年度刊、233頁
  52. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和55年度刊、221頁
  53. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和56年度刊、227頁
  54. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和57年度刊、239頁
  55. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和58年度刊、223頁
  56. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和59年度刊、223頁
  57. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和60年度刊、241頁
  58. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和61年度刊、235頁
  59. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和62年度刊、223頁
  60. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和63年度刊、223頁
  61. ^ 『愛知県統計年鑑』平成元年度刊、225頁
  62. ^ 『愛知県統計年鑑』平成2年度刊、223頁
  63. ^ 『愛知県統計年鑑』平成3年度刊、225頁
  64. ^ 『愛知県統計年鑑』平成4年度刊、229頁
  65. ^ 『愛知県統計年鑑』平成5年度刊、221頁
  66. ^ 『愛知県統計年鑑』平成6年度刊、221頁
  67. ^ 『愛知県統計年鑑』平成7年度刊、239頁
  68. ^ a b c 『知多半島の統計』平成9年版、46頁
  69. ^ 『愛知県統計年鑑』平成8年度刊、241頁
  70. ^ 『愛知県統計年鑑』平成9年度刊、243頁
  71. ^ 『愛知県統計年鑑』平成10年度刊、241頁
  72. ^ a b 『知多半島の統計』平成11年版、46頁
  73. ^ 『愛知県統計年鑑』平成11年度刊、241頁
  74. ^ 『愛知県統計年鑑』平成12年度刊、239頁
  75. ^ 『知多半島の統計』平成12年版、46頁
  76. ^ 『愛知県統計年鑑』平成13年度刊、240頁
  77. ^ a b c 『知多半島の統計』平成15年版、46頁
  78. ^ a b c 『知多半島の統計』平成18年版、114頁
  79. ^ a b c 『知多半島の統計』平成21年版、43頁
  80. ^ a b c 『知多半島の統計』平成24年版、43頁

参考文献[編集]

関連項目[編集]