サンプリング

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American producer "DJ Premier" Looking through his vinyl record collection for potential samples
彼がサンプリングできる曲を探すDJプレミア

音楽におけるサンプリング: sampling)は、過去の曲や音源の一部を流用し、再構築して新たな楽曲を製作する音楽製作法・表現技法のこと。または楽器音や自然界の音をサンプラーで録音し、楽曲の中に組み入れることである。

サンプリングは元々、ミュジーク・コンクレート電子音響音楽で作業している実験音楽ミュージシャンによって開発されたもので、テープ・ループ英語版レコードを物理的に操作して蓄音機で演奏されていた。1960年代後半までに、テープ・ループ・サンプリングの使用は、ミニマル・ミュージックの発展とサイケデリック・ロックジャズ・フュージョンのプロデュースに影響を与えた。

ヒップホップ・ミュージックは、2つのターンテーブルとミキシング・コンソールでレコードを操作することを実験した1970年代DJらから生まれた、サンプリング技術に基づいた最初のポピュラー音楽ジャンルである[1]。1970年代半ばから1980年代初頭の電子音楽ディスコの登場、1980年代のエレクトロニック・ダンス・ミュージックインダストリアルの発展、1980年代以降のコンテンポラリー・R&Bからインディー・ロックまでのヒップホップの世界的影響である。歴史的には、サンプリングはハードウェアの特殊な部分であるサンプラーで行われていたが、今日ではソフトウェアが一般的に使用されている。しかし、ビニール・エミュレーション・ソフトウェア英語版も使用でき、ターンテーブリズム英語版の人々は伝統的な方法でサンプリングを続けている。近代的なデジタル制作方法にサンプリングルーツを組み込むことで、クラシック音楽ジャズ、様々なフォークソングなど、サンプリングの発明に先立つジャンルだけでなく、多くのポピュラー音楽にサンプリングが導入されるようになった。

多くの場合、「サンプル」は、歌の一部、例えばリズム・ブレイク英語版によって構成され、それは別の歌のビートを作るのに用いられる。例えば、DJから開発されたヒップホップ・ミュージックは、ブレイクをループする。1960年代後半のソウルファンクのレコーディングソング「ファンキー・ドラマー英語版」とアーメンブレイクは、ダンス・ミュージックとヒップホップで使用されている最も一般的なサンプルの1つであり、ブレイクビーツのようないくつかのサブジャンル全体は、主にこれらのサンプルの複雑な並べ替えに基づいている。ロック・レコーディングのサンプルも新しい曲の基礎になった。例えば、レッド・ツェッペリンの「レヴィー・ブレイク」のドラムサウンドは、ビースティ・ボーイズドクター・ドレーエミネムマイク・オールドフィールドロブ・デューガン英語版コールドカット英語版デペッシュ・モードイレイジャーなどのアーティストによってサンプリングされた。サンプルは、映画テレビ番組広告など非音楽メディアで話された単語やフレーズで構成することも可能である。

サンプリングは、既存の録音の使用を必ずしも意味するものではない。多くの作曲家ミュージシャンが、自分で作ったフィールドレコーディングをサンプリングして作品や曲を作ったり、オリジナルのレコーディングをサンプリングするアーティストもいる。例えば、トリップ・ホップバンドのポーティスヘッドは、既存のサンプルを使用しているだけでなく、曲を作る為に元々演奏していた音楽部分をスクラッチング英語版したり、操作したり、サンプリングしたりしている。

サンプリングの使用は法的にも音楽的にも議論の余地がある。1940年代から1960年代に技術を開発した実験音楽のミュージシャンは、サンプルから楽曲を製作する前に、フィールドレコーディングの被験者や著作権所有者に知らせなかった、または、認可を取らないことがあった。ヒップホップが地元のダンスパーティに限られた1970年代には、関係者に対して録音された音楽をサンプリングするための著作権の手続きをする必要がなかった。ジャンルが1980年のラップを中心としたレコーディングになり、それが主流になると、法的手続きを取る必要が生じた。それは最も成功したDJ以外のDJ、音楽プロデューサーラッパーにとっては困難なことだった。その結果、多数のレコーディングアーティストが非認定のサンプル使用で法的問題に直面した一方で、現在のアメリカ合衆国の著作権法の制限や創造性への彼らの世界的な影響も厳しく監視されるようになった。

法的問題の他にも、サンプリングは賛否両論の評価を受けている。今日のヒップホップDJはサンプリングの方法が異なる。いくつかの批評家、特にロッキスト英語版と見なされる人は、全てのサンプリングが創造性に欠けているとの信念を表明しているが、サンプリングは革新的で革命的な技術である。サンプリングされた作品について、サンプリングの有無に関わらず、その実行に関する幅広い意見が見られる。

概要

ヒップホップ

ヒップホップやR&Bポップスにおけるサンプリングとは、既存(過去)の音源から音(ベース音等)や歌詞の一部分を抜粋し、同じパートをループさせたり継ぎ接ぎするなど曲の構成を再構築することで名目上別の曲を作り出す手法のこと。あくまで曲の一部分を引用するだけなので、基本的な歌詞やメロディーラインをそのままなぞるカバーアレンジとは別物である。

このようにして作られた曲は多種多様の細工やコラージュが施され、中には原曲の雰囲気をまったくとどめていない曲も多々ある(サンプリング#1990年代以降を参照)。一方で、メロディーラインや歌詞を大きく変えることなくほぼそのまま引用したりするだけのパターンも見受けられ、このような曲は通称「(その)まんま使い」と呼ばれる。また、元曲(元ネタ)があまりに有名な曲だったりすると「大ネタ使い」と呼ばれる。この製作技法はヒップホップから誕生し、現在では他ジャンルの音楽でもよく使われている。

また、サンプリングを知らない者が盗作(パクリ)だと言って動画サイトや掲示板で、盗作疑惑がある曲と元ネタであると思われる曲を比べて意見を聞くことにより、度々論争になる。サンプリングを行った作曲者も「この曲は○○をサンプリングしています。」と公言することがあまりないため、問題になる。

電子音楽

電子楽器電子音楽で、実際の自然音や楽器音(例えば工場の音やガムラン、人の声など)等をサンプラーでサンプリングして利用する場合があり、この方法で得られた音源をサンプリング音源と称する。広義の録音であるが、より細分化して素材として扱っている。PCM方式を採用するシンセサイザーなどの電子楽器は、音源部に記録されているサンプリング音源を加工することで音を出している。当初、ヒップホップ以外における「サンプリング」とはほとんどこの意味で用いられたが、時代が下るとヒップホップ同様、既存の楽曲から一部引用して新たな楽曲を制作する手法のことも指すようになった。

歴史

サンプリング前史

ドイツの映画監督ヴァルター・ルットマン1930年6月13日に発表したラジオ番組『Weekend』はサウンドトラックを切り貼りし、コラージュした実験的な作品であった[2]

フランスの電気技師ピエール・シェフェール1948年頃から作曲家ピエール・アンリと共に人の声、動物の声、鉄道の音、自然界の音、都市の騒音などを電気的・機械的に変質させた種々の実験的作品を作った。これらはミュジーク・コンクレートと呼ばれた。また、ジョン・ケージカールハインツ・シュトックハウゼンリュク・フェラーリといった作曲家達もコラージュや電子音を取り入れた作品を作っていた[3]

ポピュラー音楽の製作において「過去の楽曲の再利用」が初めて行われたのは1960年代後半のジャマイカにおいてであった[4]1967年頃から同一のリディムを複数の歌手、ディージェイが使いまわして録音したり、エンジニアダブ処理をするといった手法が一般化していた[5]

ヒップホップにおける発展

クール・ハークDJによってブレイクビーツが生み出された。

1979年シュガーヒル・ギャングシックの「Good Times」をサンプリングした楽曲「Rapper's Delight」を発表する。これはブレイクビーツを使用した世界初のヒット曲であり、ヒップホップという新たな音楽ジャンルを発展させる原動力となった。なお、同楽曲のリズム・トラックはサンプラーによってループされたり、レコードの2枚使いによるものではなく、シュガーヒル・ギャングのメンバーによって弾き直されたものであった。

1980年代中期にE-mu EMAXやAKAI S612、ローランドS10、カシオFZ1、BOSS RSD10など安価なサンプラーが発売されだすと、サンプリングはさらに一般化していった[3]1986年Run-D.M.C.が、ハードロックバンドのエアロスミスをサンプリングし、後にコラボレーションした曲「ウォーク・ディス・ウェイ」は、MTVヘビーローテーションとなり、Billboard Hot 100のトップ5に入った最初のヒップホップの楽曲となった。ビースティ・ボーイズは、1986年のアルバム『Licensed to Ill』で、ブラック・サバスレッド・ツェッペリンの曲をサンプリングし、ヒットを記録。続く1989年のアルバム『Paul's Boutique』でもサンプリングが多用されヒットした。このことは、ヒップホップ界にブレイクビーツやスクラッチという手法以上に、サンプリングの可能性を見せた。

プログレッシブ・ロック、電子音楽における発展

フェアライトCMI

プログレッシブ・ロックや電子音楽の世界では、自然音や楽器音を取り込むという点では、メロトロンなどの電子楽器が1960年代より存在し、音声テープによる音響効果とともに長らく使用されてきてはいたが、1980年代に至りフェアライトCMIシンクラヴィアなど高性能なサンプリング機能を持つ楽器が登場すると、アート・オブ・ノイズ、キャバレー・ボルテールなどの多くのロック、ポップスミュージシャンがサンプリングを手法として使用した。1983年、プログレッシブ・ロックバンド、イエスはフェアライトCMIによるオーケストラル・ヒットを使用した楽曲「ロンリー・ハート」を発表、全米1位を獲得した[3]1981年にはイエロー・マジック・オーケストラがサンプラーLMD-649を使用したアルバム『テクノデリック』を発表した。ただし、これらはヒップホップにおける「他人の楽曲をそのまま利用する作業」と異なり、一種の音響効果、楽曲内における音自体の有用性を狙ったものであり、同じように「サンプリング」と呼称されていても両者の概念は異なる。

1990年代以降

AKAI MPC 2000

1980年代半ばのRun-D.M.C.の商業的成功を経て、ヒップホップが一般的に認知された1990年代以降、マライア・キャリージャネット・ジャクソンなどの楽曲をはじめとして、R&Bダンスポップスなど他のジャンルでもサンプリングは当たり前のように使われるようになり、もはや世界中のポピュラー音楽を語る上で外すことの出来ない音楽制作技法となっている。Billboard Hot 100チャートでもサンプリングが使われている曲がしばしば上位を占めている。

さらに、サンプリングが特別な技法とは言えなくなり、また法的リスクも高まるに連れ、音楽家達は「何をサンプリングするか」よりも「どのようにサンプリングするか」を工夫し始めた。1992年頃、DJプレミアはサンプリングした元ネタをさらに細かく切り刻み再構築する「チョップ (chop)」という技法を開発し、ギャング・スターナズ、ジェルー・ダ・ダメイジャなどの作品群をプロデュースした。テイ・トウワダフト・パンクは敢えて古い機材を使ったり、フィルターをかけたりして音質を劣化させた「ロー・ファイ」な音世界を作り上げた[3]

1996年にDJシャドウが発表したアルバム『Endtroducing.....』は、2001年にギネス・ワールド・レコーズによって「初の完全なるサンプリングアルバム」と認定された[6]

E-mu systems SP-1200

日本での事例

日本ではRun-D.M.C.の「Walk This Way」(1986年)や、M.C.ハマーの「U can't Touch This」(1990年)の流行によりサンプリング手法が注目されていった。

1990年代に入ると、渋谷系アーティストのピチカート・ファイヴや、テクノ・ユニットの電気グルーヴらがサンプリングを取り入れ楽曲を制作した。また、歌謡曲などの日本の音楽(邦楽)からサンプリングのネタ(「和モノ」)を発掘する動きも加速し、和田アキ子かまやつひろしいずみたくらの再評価につながった[7]

1994年スチャダラパー小沢健二が共作した「今夜はブギー・バック」はアン・ヴォーグの「Give It up, Turn It Loose」のコード進行を引用し、EAST END×YURIが発表した「DA.YO.NE」はジョージ・ベンソンの「Turn Your Love Around」をサンプリングし、共にオリコンチャート最高15位[8]、最高7位のヒットを記録した[9]

これ以降、J-POPにおいてもサンプリングは徐々に浸透していった。しかし、邦楽からのサンプリング(和モノ)や有名曲からサンプリングの場合、途中の歌詞や曲の構成が原曲と全く異なっていてもしばしば単なる「ラップ調カバー曲」として紹介される[10]安室奈美恵60s 70s 80s」のように欧米のポピュラー音楽(洋楽)からのサンプリング楽曲でもカバー扱いの報道をされることもあり[11]、情報を提供する側もカバーとサンプリングの区別がついていない状況も散見される。

法的見地

アメリカ合衆国の法律事典『Black's Law Dictionary』は「音楽におけるサンプリング」を「サウンド・レコーディングのごく一部を取って新しいレコーディングの一部としてその部分をデジタル処理によって利用するプロセス」と定義している[12]

サンプリングが違法とされた例

ビズ・マーキー

サンプリングによる音楽製作が一般化するにつれ、他方ではこれは著作権の侵害にあたるのではないかという声があがり始めた。

1991年、ヒップホップ・アーティスト、ビズ・マーキーはアルバム『I Need a Haircut』収録曲「Alone Again」でギルバート・オサリバンによる同名の楽曲をサンプリング使用した。これを知ったオサリバンは著作権の侵害としてビズと発売元のワーナー・ブラザースを告訴し、同年12月16日全面勝訴が確定、『I Need a Haircut』は小売店から回収された。これを通称「ビズ・マーキー事件」という[13]。なお、ビズは1993年に『All Samples Cleared』(訳:『全てのサンプリングが許可されました』)というアルバムを出し同事件を皮肉った。

また、1989年ヒップ・ハウスグループ、ザ・クルーはボイド・ヤーヴィスの「The music's got me」を部分的にサンプリングした「Get Dumb! (Free your body) 」をリリースしたが、1993年にヤーヴィスはザ・クルーを訴え、ヤーヴィスが勝訴した[13]

さらに、イギリスのハウスグループ、KLFも他人の曲を無許可でサンプリングするなど[要出典]、サンプリング手法が広まり始めたころは著作権問題を引き起こすことが多かった。 これらの判例からアーティストはサンプリングの使用に際して代価を支払うべきという判例が確定し、メジャーレーベルから発表されるサンプリング作品のほとんどは正規にライセンスされたものとなった。また、クラシック音楽などのパブリックドメイン音源からのサンプリングも多くなり、サンプリング用の著作権フリー音源集のCDなども発売されるようになった。

サンプリングが合法とされた例

上記のような判例が出て以降、アメリカでは権利者に無断なサンプリングは違法とされたが、必ずしも全てのサンプリングが違法とされるわけではない。「法は些事に関せず」(デ・ミニミス ) の観点から、質的、または量的に些細なサンプリングは著作権侵害責任を問われないし[14]、「フェアユースの法理」(米国著作権法第107条)の観点から、元ネタとサンプリング楽曲の創作的表現における実質的類似性が立証されなければ著作権侵害責任は問われない[14][15][16]

1993年11月9日、ロイ・オービソンオー・プリティ・ウーマン」をサンプリングし、パロディ替え歌にしたツー・ライヴ・クルー「プリティ・ウーマン」を巡り、オービソンの権利を持つエイカフ=ローズ・ミュージック社がツー・ライブ・クルーを訴えたが、1994年3月7日に裁判所は「ツー・ライブ・クルーの曲は原曲のフェアユースを構成するパロディである」即ち、ツー・ライブ・クルーの曲によってオービソンの曲が売れなくなることはありえないとの判決を下して、ツー・ライブ・クルー側が勝訴した[15][16]。これを通称「プリティ・ウーマン事件」または、「キャンベル事件」と呼ぶ[15][16]

日本の著作権法ではフェアユース規定は存在しないが、知的財産戦略本部は2008年に日本版フェアユース規定(一般例外規定)導入へ向けた審議を開始した。2009年には文化庁でも審議が開始された[17]が、10年を経過した2019年現在も進展はみられていない。

サンプリング技法を使いビルボードHOT100で1位を獲得した主な曲

1990年代

2000年代

2010年代

脚注

  1. ^ Lott, Ryan. “History of Sampling”. Joyful Noise Recordings. 2013年9月27日閲覧。
  2. ^ The transparent tape music festival
  3. ^ a b c d 「サンプリングの17年」
  4. ^ Henry Self "Sampling: A Cultural Perspective"
  5. ^ ブラッドリー (2008, pp.333 - 335)
  6. ^ "Guinness World Records 2001"Bt Bound, 2001,ISBN 978-0613342445
  7. ^ hmv.co.jp
  8. ^ ORICON STYLE
  9. ^ ORICON STYLE
  10. ^ KICK THE CAN CREW「クリスマス・イブRap」[1]SEAMOルパン・ザ・ファイヤー[2][3]HALCALI「Re:やさしい気持ち」[4] など。
  11. ^ [5]
  12. ^ Bryan A. Garner, editor, "Black's Law Dictionary 8th ed." (West Group, 2004) ISBN 0-314-15199-0.
  13. ^ a b 安藤 (2005, pp.187 - 192)
  14. ^ a b 安藤和宏「アメリカにおけるミュージック・サンプリング 訴訟に関する一考察(1)
  15. ^ a b c CAMPBELL, AKA SKYYWALKER, ET AL. vs ACUFF-ROSE MUSIC, Inc.”. www.softic.or.jp/. 2010年10月23日閲覧。
  16. ^ a b c 野口 (2010, pp.211 - 214)
  17. ^ 野口 (2010, pp.210 - 211)
  18. ^ sxbd.net

参考文献

  • 「サンプリングの17年」『ミュージックマガジン』、ミュージックマガジン社、1997年12月。 
  • ロイド・ブラッドリー 著、高橋瑞穂 訳『ベース・カルチャー』シンコーミュージック、2007年。ISBN 978-4401631452 
  • 野口祐子『デジタル時代の著作権』ちくま新書、2010年10月10日。ISBN 978-4-480-06573-5 
  • 安藤和宏『よくわかる音楽著作権ビジネス-実践編』(3rd)リットーミュージック、2005年9月。ISBN 978-4845612338 

関連項目