LMD-649

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LMD-649は、手作りされた初期のサンプラーである。

目次

[編集] 生い立ち

LMD-649は当時、東芝EMIのエンジニアだった村田研治のアイディアから誕生した。ミックスダウン中に、MTRに収録されたドラムなどの短い音の入れ替え(差し替え)に迫られたとき、MTRに録音された音に合わせて自動的に短い音を再生するマシン、というのがもともとの意図である。長時間かかる作業を効率化する…完成すると、レコーディング機器というもともとの目的を超え、楽器としての積極的な利用がされた。

50万円ほどの費用で手作りされており、当時はまだサンプラーという概念がなかったことからスタッフの間ではPCM録音機と呼ばれていた。製作時点では、すでにオーストラリアでフェアライトCMI、アメリカでEmulatorというサンプラーが発売されていた。しかし開発当時、あと半年待てばEmulatorとMC-4が接続できる(EmulatorへのCV/ゲート端子の取り付け改造サービスが開始される)ことを知りながら、「高価な輸入品を使わずして、音楽創作の新しいマシンを音楽創造の現場に届けたい」との熱意で製作した[1]

[編集] 命名

「LMD-649」は、「ロジック」の「L」、「村田研治」の「M」、「ドラム」の「D」、「ロジック」に音をあてた数字「649」から由来する。

[編集] 機能

  • 設定レベル以上の音が入力されると、録音が自動的に開始する。
  • 録音された音にスタートポイントとエンドポイントを設定して、限られた範囲のみ再生する。
  • 再生開始のトリガー信号には、打楽器などの音響信号のほか、ローランド MC-8のトリガー信号や、パルス信号も利用可能。
  • 主な仕様は、サンプリング周波数32KHz、分解能12bit、最大録音時間1.2秒。

[編集] デビューと活躍

LMD-649が最初に使われたのは、大貫妙子のレコーディング現場だった。しかし、レコードのリリース時期としてはYMOのアルバム「テクノデリック」が早く、サンプリング主体のレコーディングが行われた最初期のアルバムとして有名となった。

「テクノデリック」では、一斗缶を叩いた音をドラムとして使ったり、声をリズムとして使ったりしたが、中でも圧巻は工場の騒音を大幅に使って構成された、ラスト2曲「PROLOGUE/前奏」「EPILOGUE/後奏」であった。現代音楽の「ミュジーク・コンクレート」など、現実音を音楽に取り入れる手法はすでに多く存在した。しかし、「PROLOGUE」「EPILOGUE」ほどまとめ上げられている曲は商業音楽としては異例の存在であった。

ライヴでの使用も大貫のライヴが最初で、後にYMOのウィンター・ライヴ1981でも利用された。このときは高橋幸宏のブースにはトリガーを発生させる黒いボックスが置いてあり、ドラムスティックや手で叩いたりして発音させていた。

[編集] 後継機

LMD-649はノイズなど音質に問題があり、録音時間も短かったために、すぐに改良版が作られた。当時秋葉原などに数多く出回っていた、Apple IIの互換機製作用のプラスチックケースに後継機は納められた。Apple IIそっくりになった外観から、アップルをもじって「オレンジ」と命名。以降、数々のレコーディングの現場で、ジャケットにはクレジットされることなく活躍した。

雑誌「サウンド&レコーディング・マガジン」に、オレンジの製作記事が数ヶ月にわたり、スペックを限定した内容で連載されている。

[編集] 参考文献

  • 田中雄二『電子音楽 in JAPAN』アスペクト、2001年

[編集] 出典

  1. ^ ロッキンf 1982年3月号