神社

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出雲大社(神代創建、島根県出雲市
八坂神社(飛鳥時代創建、京都市

神社(じんじゃ・かむやしろ)とは、神道の信仰に基づき作られた、恒設の祭祀施設。一方で神社によっては式年遷宮の習わしがあり(代表例は伊勢神宮)、必ずしも同じ社が恒設される物ではない。

古くは社殿がなくとも「神社」とした。山、滝、岩、森、巨木など多く自然を畏れ「カミ」(=信仰対象、神)とみなしたのである。すなわち現在の社殿を伴う「神社」は、これら神々が祭祀時に御神体から移し祀られた祭殿があって、これが常設化した物だと考えられている。教会寺院といった礼拝堂や説法・布教する場とは趣が異なるのが特色である。

現在では参拝用の施設の他に、結婚式の設備(斯様な近代的建築としては明治神宮外苑が顯著)などが造られることも多い。戦前にはいわゆる「国家神道」のことを単に「神社」と称した[1]

目次

[編集] 起源

神社の起源は、磐座(いわくら)やの住む場所である禁足地(俗に神体山)などで行われた祭事の際に臨時に建てた神籬(ひもろぎ)などの祭壇であり、元々は常設のものではなかった。元来は沖縄御嶽(ウタキ)のようなものだったと考えられる。

古代から続く神社では現在も本殿を持たない神社があり、磐座や禁足地の山や島などの手前に拝殿を建てるのみの神社(参考:大神神社石上神宮宗像大社)、全く社殿が無い神社(那智大社飛瀧神社など)がある。神社には常に神がいるとされるようになったのは、社殿が建てられるようになってからと言われる。また常設されるようになった過程に仏教寺院の影響もあるとされる。

従って古社は何らかの縁起から御神体に近い場所に社殿を構える、越木岩神社は磐座の近くと云った具合に、事が必然的に多くなる。一方で新しく神社を必要とした場合、村が発生した時、適当な場所に分霊氏神を祀ることで造営した。由来は簡単に一括りとできないが、縁起から選ぶ(一族発祥の地、菅家遠流の地太宰府など)、清浄な場所を選ぶ(穢れを嫌うことから。明治神宮の造営候補地など)、参拝のしやすさ(二荒山神社は山頂にあったので別に社殿を造営した)で選ぶなど、種々の便宜が図られたと想像される(古い信仰における神への畏れよりも、人々が信仰対象を必要としたからである)。場所により社殿を海上・山頂、現代ではビルの屋上などに祀ることもある。

[編集] 施設、設備

神社境内図

神社の周りには鎮守の杜と呼ばれる森林があるのが一般的である(都市部などでないこともある)。御神木といわれる名木には、注連縄を結ばれているものもある。神社の入口には、境内と俗界の境界を示す鳥居があり、社殿まで参道が通じる。参道のそばには身を清めるための手水舎(手洗所)、神社を管理する社務所などがある。大きな神社では神池神橋がある場合もある。

社殿は一般に本殿(神殿)・拝殿からなる。人々が普段参拝するときに目にするのは拝殿で、神体が安置される本殿は拝殿の奥にある。本殿と拝殿の間に参詣者が幣帛を供えるための幣殿が設置されていることもある。

神社の敷地(境内)には、その神社の祭神に関係のある神や元々その土地に祀られていた神を祀る摂社や、それ以外の神を祀る末社があり、両者をあわせて摂末社と総称する。境内の外に摂末社がある場合もあり、それは境外社と呼ばれる。

また、神仏習合が始まる奈良時代には神社の境内に神を供養する神宮寺(別当寺、宮寺)が建てられるようになり、それ以後、神社内に寺院が建てられることもあったが、明治初期の明治政府による神仏判然令(神仏分離令)により、神社と寺院は分離され、神社境内にあった五重塔や仏堂などは撤去され、僧侶と神官も区別された。

[編集] 建物

概ね宮大工による木造の日本式建築である。建築技術の変化や法律上の問題(耐震強度や防火)により、伝統的建築法だけではなく、一部で鉄筋コンクリート造が増えている(このことは寺やその修復時にもいえる)。前述のようにビルの中にある神社もあるので、必ず建物が日本風というわけではない。ただし、神体が安置される本殿の形は日本式建築である。

神社は周囲が森で囲まれていることも多く、夜間は警備の目が行き届かないところもあり、放火事件も発生している。そのため、一部の神社では警備会社と契約して機械警備を行っている。防火や盗賊除けの神が鎮座する神社に警備会社のステッカーが貼ってあるのが見かけられることも多い。

[編集] 神社の付属施設 

本殿と神殿は別とされることもあるが通常は同一の物。絵馬は後世に馬の代わりとして奉納されたものである事から、絵馬殿のように時代によって共通な常設施設は変化するとも考えられている。摂末社は神社の規模によって存在しない。また本来の祭神(その土地の氏神)が祀られて居る事もある。

その他の共通施設も規模による所もあるので、以上は一定の目安である。

[編集] 本殿の様式

代表的な様式
他の様式

[編集] 神職

[編集] 祭祀対象

祭祀対象は主に神道であり、日本古来の神に属さない民俗神、実在の人物や伝説昔話の人物や、陰陽道道教の神、神仏分離を免れた一部の仏教の仏神などの外来の神も含まれている。

[編集] 神社の名称

神社の名称の名付けられ方にはいくつか種類がある。もっとも一般的なのは地名である。鹿島神宮・八坂神社・春日神社・宗像神社・日枝神社などはいずれもそうである。

「~坐神社」というのもある。また祭神名を冠するものも多い。稲荷神社・住吉神社・八幡神社・天満宮・丹生都比売神社などが挙げられる。ほかに奉斎する氏族の名前を冠するもの(倭文神社)や祭神に関連する語句を冠するもの(平安神宮・八重垣神社)、神社の種別を表すもの(招魂社・祖霊社)・祭神の座数によるもの(六所宮・四柱神社)などがある。また由来のよく分からない神社名も少なくない(浅間神社)。稲荷神社や八幡宮など全国に広く分布するものは、それらの社名にさらに地名を冠することが多い(伏見稲荷大社・函館八幡宮)。

天満宮は音読みで、八幡宮や浅間神社は音読みと訓読みの場合があるが、音読みで社号を読むのは仏教の影響である。天満宮はそのもととなった天満天神の祭神名自体が仏教の影響を受けているため、漢語の社名となっている。八幡宮と浅間神社はいずれも元来は「やわた」「あさま」と訓読みしたものであったが、神仏習合のもと仏教の影響で、音読みが定着することとなった。

神社名において注意すべき点として、次のことがある。原則として全ての神社を「~神社」(宮号・神宮号を除く)と称するようになったのは近代になってから、ということである。「~明神」や「~権現」などと神名をもって社号としていたところや、もしくは「~稲荷」「~八幡」と「神社」の部分が省略されていたところ、「~社」としていたところなどがあったが、全て原則として「~神社」と称することになったのである。これを権現号の使用禁止と関連させて、排仏政策によるものだという指摘もあるが、それよりはむしろ国家管理の施設としての合理化によるものといえるだろう。

終戦まで近代においては神社はいわば国家の施設であり、法令上の規則があって、神社と認められるには備えるべき設備や財産などの条件があり、それ以外は「神社」とは認められなかったのである。

[編集] 社号

近世まで、固有名の部分を除いた「神社」「大社」「宮」などの社号に特別な基準はなく、一つの神社が状況によって異なる呼ばれ方をすることも珍しくはなかった。明治時代に神社が国家の管理下に入ると、公認の神社は「神社」を名乗り、大社・神宮などを名乗るためには勅許などが必要とされた。さらに後、第2次世界大戦後には政教分離により国家、皇室が神社に直接関与しなくなったため、特に許可を受けなくても、大社、神宮を名乗ることができるようになった。

神宮号は7世紀まで遡る古いもので、代表的なものに伊勢神宮があり、その他皇室神話に関わる由緒を持つごく少数が神宮と名乗ることを許された。明治時代には過去の天皇・皇族・功臣を祭神とする神社が多数創建されたが、このとき天皇・皇族を祭神とする神社を宮、それ以外を祭るものを神社とした。明治時代には、単に神宮といえば伊勢神宮を指した。明治天皇を祭る明治神宮が創建されると、他の天皇を祭神とする神社も順次神宮に昇格した。こうして、歴史上の人物を祭る神社につき、天皇を祭神とする神社を神宮皇族を祭神とする神社を、功臣等を祭神とするものは神社とする序列が作られた[2]

戦後になって新たに神宮を名乗るようになった神社には北海道神宮(旧札幌神社・北海道)、伊弉諾神宮兵庫県)、英彦山神宮(福岡県)がある(京都府亀岡市の元官幣中社出雲大神宮等の「大神宮」は「神宮」号とは異なるものと解されている)。福岡県福岡市東区香椎宮はいわゆる神宮ではないが、最寄り駅が香椎神宮駅香椎線)というため、誤解される例もある。

大社は江戸時代までは杵築大社(現出雲大社)・熊野大社(いずれも島根県)の二社が名乗っていたが、明治時代から1945年(昭和20年)までは大社を名乗る神社は出雲大社が唯一であった。戦後は旧官幣大社・国幣大社・官幣中社の神社の一部26社が大社を名乗っている。

現在、大社を名乗っている神社は上記の二社のほか、気多大社(石川県)、諏訪大社(長野県)、南宮大社(岐阜県)、三嶋大社富士山本宮浅間大社(静岡県)、多度大社(三重県)、日吉大社多賀大社建部大社(滋賀県)、松尾大社伏見稲荷大社(京都府)、住吉大社(大阪府)、春日大社龍田大社広瀬大社(奈良県)、熊野本宮大社熊野速玉大社熊野那智大社(和歌山県)、宗像大社高良大社(福岡県)などがある。

また、梅宮大社(京都府)や大鳥大社(大阪府)のように表記が定まっていないものもある。また平野神社(京都府)もかつては扁額に「平野大社」と書かれていた。

[編集] 上社、下社

富士山本宮浅間大社奥宮(富士山頂に鎮座)

神社には上社と下社、あるいは上の宮と下の宮など二社に分かれているものが多数あり、これを二社制という。上社、中社、下社の三社に分かれているものもある(三社制)。

上社と下社はその位置関係から呼称されているものが多く、上手にあるものを上社、低地にあるものを下社と呼んだりする。また、本宮、本社から見て深奥部にある社は奥社、奥宮(おくのみや)、山宮、人里近い社は前宮、里宮などと呼ばれ、僻遠地の元宮に対し集落近郊に新たに建てられたものを新宮と呼んだりもする。

これらの上下社では祭神を異にする場合もあるが、一方がもう一方の若宮であったり、本宮の配偶神を祭っているケースもある。これらの起源ははっきりしないが山奥に埋葬墓、都邑近郊に礼拝墓を設ける「両墓制」との関係を指摘する声もある。また、山岳そのものをご神体として、その山麓に遙拝施設を建てたものを里宮の起源とし、神霊降臨の思想から山頂にもう1社を建ててこれに分祀したものが山宮の起源だとする説もある。

[編集] 主な信仰

多くの神社では、有名な神社から祭神を分霊(ぶんれい)【または勧請ともいう】している。分霊とは、祭神の分霊(わけみたま)を他の神社に招いて祀ることである。ロウソクからロウソクへ灯を移すように、神道の神は無限に分霊することができ、それしても本来の神威が損なわれることがないとされている。分霊した神社は、その祭神に応じた名称がつけられる。以下に主な神社の名称とその祭神を挙げる。

神社名 本社 祭神 神使
神明神社・皇大神社(お伊勢さん) 伊勢神宮内宮 天照大御神
八幡神社 宇佐神宮 八幡神応神天皇
天満宮・天神神社・北野神社・菅原神社 太宰府天満宮
北野天満宮
菅原道真
宗像神社 宗像大社 宗像三女神
厳島神社 厳島神社 宗像三女神
八坂神社・祇園社 八坂神社 素盞嗚尊
津島神社・天王社・須賀神社 津島神社 素盞嗚尊
氷川神社 氷川神社 素盞嗚尊
諏訪神社 諏訪大社 建御名方神
日吉神社・日枝神社(山王さん) 日吉大社東本宮 大山咋神
松尾神社 松尾大社 大山咋神
熊野神社 熊野三山 熊野神
白山神社 白山比咩神社 菊理媛神
熱田神社 熱田神宮 熱田大神(草薙剣
浅間神社 富士山本宮浅間大社 木花咲耶姫命
鹿島神社 鹿島神宮 武甕槌命 鹿
香取神社 香取神宮 経津主命 鹿
春日神社 春日大社 武甕槌命経津主命 鹿
愛宕神社 愛宕神社 迦具土神
秋葉神社 秋葉山本宮秋葉神社 迦具土神
金毘羅神社・琴平神社(こんぴらさん) 金刀比羅宮 金毘羅神(現在は大物主神
住吉神社 住吉大社 住吉大神
多賀神社 (お多賀さん) 多賀大社 伊邪那岐命伊邪那美命 せんじきさん(
貴船神社・貴布祢神社 貴船神社 闇淤加美神・高淤加美神
出雲神社 出雲大社 大国主命
塩竈神社 鹽竈神社 塩土老翁神
賀茂神社 賀茂別雷神社(上賀茂神社)
賀茂御祖神社(下鴨神社)
賀茂別雷神
大鳥(鷲・鳳)神社 大鳥大社(西日本) 日本武尊・大鳥連祖神
鷲宮神社大鷲神社(東日本) 日本武尊
大神神社・三輪神社(三輪明神) 大神神社 大物主命
稲荷神社 伏見稲荷大社 宇迦之御魂神保食神ほか穀物神
淡嶋神社 淡嶋神社 少彦名命淡島神
猿田彦神社・佐田神社・大田神社・白髭神社
賽神社・道祖神
椿大神社 猿田彦神
恵比寿(恵比須・戎)神社 西宮神社 蛭子命(ひるこ・えびす
美保神社 事代主命
大三島神社・山祗神社(三島明神) 大山祇神社 大山祇神
三島神社(三島明神) 三嶋大社 事代主命
御嶽神社・御岳神社 御嶽神社 造化三神

中には神社名と一般的な祭神が一致しない神社もある。また近代になって新造された靖国神社招魂社護国神社)のようなものもある。

[編集] 符号位置

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神社を表す記号は以下の通り。

記号 Unicode JIS X 0213 文字参照 名称
U+26E9 - ⛩
⛩
神社

[編集] 脚注

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  1. ^ 宮沢俊義 『憲法講話』 岩波書店岩波新書〉、1967年6月1日(原著1967年4月20日)、第2版、pp. 28-29。2009年5月22日閲覧。
  2. ^ 岡田米夫「神宮・神社創建史」5頁。

[編集] 参考文献

  • 岡田米夫「神宮・神社創建史」、松山能夫・編『明治維新神道百年史』第2巻、神道文化会、1966年。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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