松尾大社

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松尾大社
Matsuo Taisha honden2.jpg
所在地 京都府京都市西京区嵐山宮町3
位置 北緯35度00分00秒
東経135度41分07秒
主祭神 大山咋神
中津島姫命
社格 式内社(名神大)・二十二社・官幣大社・別表神社
本殿の様式 流造
札所等 神仏霊場巡拝の道87番(京都7番)
例祭 4月2日
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松尾大社(まつのおたいしゃ)は、京都市西京区にある神社である。式内社名神大)、二十二社の一社で、旧社格官幣大社。旧称松尾神社

大山咋神と中津島姫命を祀る。中津島姫命は市杵島姫命の別名とされるが、異説もある。

目次

[編集] 歴史

当社の背後の松尾山(223m)に古社地があり、山頂に近い大杉谷に磐座とされる巨石がある。5世紀ごろ、渡来人の秦氏が山城国一帯に居住し、松尾山の神(大山咋神)を氏神とした。大山咋神については、『古事記』に「亦の名は山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し、亦葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神ぞ」と記されており、古事記が編纂されたころには有力な神とされていたことがわかる。

大宝元年(701年)、勅命により秦忌寸都理(はたのいみきとり)が現在地に社殿を造営し、山頂附近の磐座から神霊を移し、娘を斎女として奉仕させた。以降、明治初期に神職の世襲が禁止されるまで、秦氏が当社の神職を務めた。

平安遷都により、皇城鎮護の神として崇敬されるようになり、「賀茂の厳神、松尾の猛神」と並び称された。『延喜式』では名神大社に列し、二十二社上七社の一社ともなった。近代社格制度のもと、明治4年(1871年)に松尾神社として官幣大社に列格し、戦後は別表神社となった。昭和25年(1950年)に松尾大社に改称した。

秦氏は酒造の技術も日本に伝えたことから、中世以降、松尾神は酒造の神としても信仰されるようになった。

[編集] 境内

境内の面積は約12万坪で、全域が風致地区である。またその大部分が古都保存法の特別地区に指定されている。

[編集] 社殿

  • 本殿 - 室町時代1397年起工。国の重要文化財。
  • 拝殿
  • 楼門 - 江戸時代初期築
  • 神輿庫
  • 参集殿
  • 瑞翔殿
  • 客殿
  • 葵殿
  • 宝物館
  • 亀の井
  • 摂末社
    • 祖霊社
    • 金刀比羅社
    • 一挙社
    • 衣手社

[編集] 松風苑

境内に点在する庭園、「上古の庭」、「蓬莱の庭」、「曲水の庭」は松風苑三庭と呼ばれ、1975年に完成した。近代の作庭家、重森三玲最晩年の作であり、同氏築庭、且つ昭和の日本庭園を代表するものの一つである。

  • 上古之庭 - 古代に祭祀が執り行われていた磐座を模して造られた鑑賞式庭園
  • 曲水之庭 - 大歩危小歩危から採取した緑泥片岩で造られた
  • 蓬莱之庭 - 池泉回遊式庭園
  • 即興之庭

[編集] 境外摂末社

摂末社の四大神・衣手・三宮・宗像(市杵島姫命)・櫟谷(いちたに、奥津島姫命)・月読月読尊)の各社を併せて松尾七社という。このうち月読神社と櫟谷神社(現在は宗像社と合祀されて櫟谷宗像神社)は式内社である。

[編集] 文化財

重要文化財
  • 本殿
屋根は「松尾造り」と呼ばれる両流造りの構造で、この様式の社殿は宗像大社厳島神社と当社のみである。現在のものは応永11年(1397年)の建立で、松尾造り社殿の中では最古である。
  • 木造神像 3躯(男神2、女神1)

[編集] 書籍

  • 『松尾大社』 松尾大社編、学生社、平成19年(2007年2月)
  • 『松尾大社の四季 水野克比古写真集』 東方出版、平成17年(2005年)

[編集] 外部リンク

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