松尾大社

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松尾大社
所在地 京都府京都市西京区嵐山宮町3
位置 北緯35度00分00秒
東経135度41分07秒
主祭神 大山咋神
中津島姫命
社格 式内社(名神大)・二十二社・官幣大社・別表神社
本殿の様式 流造
例祭 4月2日
  

松尾大社(まつのおたいしゃ)は、京都市西京区にある神社である。式内社(名神大)、二十二社の一社で、旧社格官幣大社。旧称松尾神社

大山咋神と中津島姫命を祀る。中津島姫命は市杵島姫命の別名とされるが、異説もある。

目次

[編集] 歴史

当社の背後の松尾山(223m)に古社地があり、山頂に近い大杉谷に磐座とされる巨石がある。5世紀ごろ、渡来人の秦氏が山城国一帯に居住し、松尾山の神(大山咋神)を氏神とした。大山咋神については、『古事記』に「亦の名は山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し、亦葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神ぞ」と記されており、古事記が編纂されたころには有力な神とされていたことがわかる。

大宝元年(701年)、勅命により秦忌寸都理(はたのいみきとり)が現在地に社殿を造営し、山頂附近の磐座から神霊を移し、娘を斎女として奉仕させた。以降、明治初期に神職の世襲が禁止されるまで、秦氏が当社の神職を務めた。

平安遷都により、皇城鎮護の神として崇敬されるようになり、「賀茂の厳神、松尾の猛神」と並び称された。『延喜式』では名神大社に列し、その後二十二社の一社ともなった。

近代社格制度のもと、明治4年(1871年)に松尾神社として官幣大社に列格し、戦後は別表神社となった。昭和25年(1950年)に松尾大社に改称した。

秦氏は酒造の技術も日本に伝えたことから、中世以降、松尾神は酒造の神としても信仰されるようになった。

[編集] 社殿

摂社 月読神社

本社と、摂末社の四大神・衣手・三宮・宗像(市杵島姫命)・櫟谷(いちたに、奥津島姫命)・月読月読尊)の各社を併せて松尾七社という。このうち月読神社と櫟谷神社(現在は宗像社と合祀されて櫟谷宗像神社)は式内社である。

[編集] 境内

境内に点在する庭園は、近代の作庭家、重森三玲晩年の作であり、同氏築庭、あるいは近代の日本庭園を代表するものの一つである。

[編集] 文化財

重要文化財
  • 本殿
屋根は「松尾造り」と呼ばれる両流造りの構造で、この様式の社殿は宗像大社厳島神社と当社のみである。現在のものは応永11年(1397年)の建立で、松尾造り社殿の中では最古である。
  • 木造神像 3躯(男神2、女神1)

[編集] 外部リンク

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