神 (神道)
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神道における神(かみ)とは、信仰や畏怖の対象である。日本では信仰・畏怖の対象はあらゆるものが「神」と称することができる(神 (曖昧さ回避)参照)。「八百万(やおよろず)の神」と言う場合の「八百万」は数が多いことの例えであり、このようなことから神道は多神教(汎神教)だとされている。
目次 |
[編集] 分類
神道の神々は人と同じような姿や人格を有する「人格神」であり、現世の人間に恩恵を与える「守護神」であるが、祟る性格も持っている。(「祟り」参照)災害をもたらし、祟るからこそ、神は畏れられたのである。神道の神は、この祟りと密接な関係にある。
神は大別して以下のように分類できる。
- 自然物や自然現象を神格化したアニミズム的もしくは汎神論的な神
- 思考・災いといった抽象的なものを神格化した観念神
- 古代の指導者・有力者などを神格化したと思われる神(エウヘメリズム)
- 万物の創造主としての神(ここにおいてはthe Godである)
- 万物の創造主・主宰者としての全能の天皇
- 王権神授説(Theory of the divine right of kings)における「divine」としての神(天皇)
[編集] 自然物や自然現象を神格化したアニミズム的もしくは汎神論的な神
この中で最も古いのは1.のアニミズム的な神である。古代の日本人は、山、川、巨石、巨木、動物、植物などといった自然物、火、雨、風、雷などといった自然現象の中に、神々しい「何か」を感じ取った。この感覚は今日でも神道の根本として残るものであり、小泉八雲はこれを「神道の感覚」と呼んでいる。自然は人々に恩恵をもたらすとともに、時には人に危害を及ぼす。古代人はこれを神々しい「何か」の怒り(祟り)と考え、怒りを鎮め、恵みを与えてくれるよう願い、それを崇敬するようになった。これが後に「カミ(神)」と呼ばれるようになる。
[編集] 思考・災いといった抽象的なものを神格化した観念神
[編集] 古代の指導者・有力者の神格化
3.については、日本において天皇のことを戦前は現人神と呼び、神道上の概念としてだけでなく、政治上においても神とされていたことが挙げられる。現在では、昭和天皇によるいわゆる人間宣言により政治との関わり、国民との関係は変わった。だが、神道においては天照大御神の血を引くとされる天皇の存在は現在も大きな位置を占め、信仰活動の頂点として位置付けられている。また、その時代の有力者を死後に神として祭る例(豊臣秀吉=豊国大明神、徳川家康=東照大権現ど)や、権力闘争に敗れまた逆賊として処刑された者を、後世において「怒りを鎮める」という意味で神として祭る例(菅原道真、平将門など)もこの分類に含まれる。
さまざまな部族が個々に固有の神を信仰していた。それらの部族が交流するにしたがって各部族の神が習合し、それによって変容するようになった。さらに、北方系のシャーマニズムなども影響を与えた。これを「神神習合」と呼ぶ学者もいる。この神神習合が、後に仏教をはじめとする他宗教の神々を受け入れる素地となった。
[編集] 万物の創造主
4.は平田篤胤が禁書であったキリスト教関係の書の影響を受け、天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)を万物の創造主として位置づけたものである。尊王攘夷思想の基盤を形成し、近代の教派神道各派にも強い影響を与えている。国家神道の基盤ともなったが、神道事務局祭神論争(1880~1881年)での出雲派の敗退により表舞台からは消えて潜勢力となった。天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神は造化三神とされた。造化三神は、多くの復古神道において現在でも究極神とされている。なかでも天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)は最高位に位置づけられている。[1]
[編集] 万物の創造主・主宰者としての全能の天皇
5.は明治の初期に祭政一致の国家体制を企図した神祇事務局の亀井茲監らが「天皇」と「天」とが同体しているという神儒合一的な観念によって全能の存在としたもの。「天皇ハ万物ノ主宰ニシテ、剖判(ほうはん・「宇宙創造時」の意)以来天統間断無ク天地ト与(とも)ニ化育ヲ同シ玉ヒ……」(『勤斎公奉務要書残編』)などとされる。[2] 石原莞爾は『最終戦争論・戦争史大観』(原型は1929年7月の中国の長春での「講話要領」)のなかで、
- 人類が心から現人神(あらひとがみ)の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。 最終戦争即ち王道・覇道の決勝戦は結局、天皇を信仰するものと然らざるものの決勝戦であり、具体的には天皇が世界の天皇とならせられるか、西洋の大統領が世界の指導者となるかを決定するところの、人類歴史の中で空前絶後の大事件である。
と述べている。関東軍参謀であった石原はこのようなイデオロギーから満州事変を勃発させた。前項および次項参照。
[編集] 王権神授説(Theory of the divine right of kings)における「divine」としての神(天皇)
人間宣言を参照
6.は「現人神」の対訳として昭和天皇の人間宣言(1946年)の英文詔書において用いられた。
[編集] 神名
神道の神の名前である神名(しんめい)は、大きく3つの部分に分けられる。例えばアメノウズメノミコトの場合
- 「アメ」ノ
- 「ウズメ」ノ
- 「ミコト」
となる。
この他に、その神の神得を賛える様々な文言がつけられることがある。例えば、通常「ニニギ」と呼ばれる神の正式な神名は「アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト」である。
神名は、1.の部分を省略して呼ぶことがある。また、民俗学・神話学など学術的な場面では神号(3.の部分)を略すことが多い。
[編集] 「アメ」ノ(神の属性)
1.はその神の属性を示すものである。最も多い「アメ」「アマ」(天)は天津神であること、または天・高天原に関係のあることを示す。「クニ」(国)は国津神を表すこともあるが、多くは天を表わす「アメ」のつく神と対になって地面もしくは国に関係のあることを示す。「ホ」(穂)は稲穂に関係のあることを示す。この部分が神名にない神も多い。
[編集] 「ウズメ」ノ(神の名前)
2.はその神の名前に当たる。これもよく見ると、末尾が同じ音である神が多くいることがわかる。例えば「チ」「ミ」「ムチ」「ヌシ」「ムスビ」「ヲ」「メ」「ヒコ」「ヒメ」などである。これらは、神神習合が起こる前の各部族での「カミ」を指す呼び名であったとも考えられる。「チ」「ミ」は自然神によくつけられ、精霊を表す(カグツチ、オオヤマツミなど。ツは「の」の意味)。「チ」より「ミ」の方が神格が高いとされている。「ムチ」「ヌシ」は位の高い神につけられる(オオヒルメノムチ(アマテラスの別名)、大国主など)。「ムスビ」は何かを産み出す神を表し、「産霊」の字が宛てられる。「キ」「ヲ」(男)「ヒコ」(彦・比古・毘古)は男神、「メ」(女)「ヒメ」(媛・姫・比売・毘売)は女神につけられるものである。特に「メ」のつく神は、巫女を神格化した神であるとされることが多い。
[編集] 「ミコト」(神号)
3.は神号(しんごう)と呼ばれる。いわば尊称である。代表的なのは「カミ」(神)と「ミコト」(命・尊)である。「ミコト」は「御事」すなわち命令のことで、何かの命令を受けた神につけられるものである。例えばイザナギ・イザナミは、現れた時の神号は「神」である。別天津神より「国を固めよ」との命令を受けてから「命」に神号が変わっている。ただし、日本書紀では全て「ミコト」で統一している。特に貴い神に「尊」、それ以外の神に「命」の字を用いている。特に貴い神には大神(おおかみ)・大御神(おおみかみ)の神号がつけられる。また、後の時代には明神(みょうじん)、権現(ごんげん)などの神号も表れた。
[編集] 「神」という言葉
日本語における「神」という言葉は、元々神道の神を指すものであった。ただし『日本書紀』にはすでに仏教の尊格を「蕃神」とする記述が見られる。16世紀にキリスト教が日本に入ってきた時、キリスト教で信仰の対象となるものは「デウス」「天主」などと呼ばれ、神道の神とは(仏教の仏とも)別のものとされた。しかし、明治時代になってそれが「神」と訳された。
[編集] 出典
- ^ 村岡典嗣「平田篤胤の神学に於ける耶蘇教の影響」1920年3月、雑誌「芸文」。所収『新編日本思想史研究』2004.5平凡社東洋文庫。
- ^ 安丸良夫「近代転換期における宗教と国家」(『日本近代思想大系第5巻(宗教と国家)』岩波書店、1988年、p497)

