真清田神社
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| 真清田神社 | |
|---|---|
拝殿と境内 |
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| 所在地 | 愛知県一宮市真清田1-2-1 |
| 位置 | 北緯35度18分26.97秒 東経136度48分7.37秒 |
| 主祭神 | 天火明命 |
| 社格等 | 式内社(名神大)・尾張国一宮・国幣中社・別表神社 |
| 創建 | 神武天皇33年(紀元前628年) |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 例祭 | 4月3日(桃花祭) |
| 主な神事 | 駒牽神事 |
真清田神社(ますみだじんじゃ)は愛知県一宮市にある神社である。
延喜式神名帳に「眞墨田神社」として記載され、名神大社に列している。古くより尾張国一宮とされ、所在地の「一宮」の地名は当社に由来する。
明治以降の社格は国幣中社で、第二次世界大戦後は神社本庁の別表神社となっている。周辺は大宮公園となっている。
目次 |
[編集] 祭神
祭神については古くから諸説あるが、現在は天火明命(あめのほあかりのみこと)とされている。天火明命は、神武天皇33年(紀元前628年)、この地を「尾張」と名づけて開拓をしたという天香山命の父神である。天香山命の子孫が尾張氏とされ、天火明命は尾張氏の祖神とされる。
[編集] 歴史
尾張氏の一部が尾張国中嶋郡に移住した時に、祖神である天火明命を祭ったのが起こりであると考えられる。尾張氏はこの神社を中心に開拓を進め、後に一族の名が国名になり、日本武尊の妃として宮簀媛を出すなど栄えることとなった。
平安時代ごろより、尾張国一宮と称されるようになった。阿仏尼の『十六夜日記』に「一の宮といふ社を過ぐる」という記述があり、これは当社のことである。他に同市内の大神神社も尾張国一宮を称している。
戦国武将でのちに森家の家臣となった関成政は、織田信長から正倉院の名香蘭奢待の破片を拝領し、真清田神社に奉納している。
[編集] 文化財
- 木造舞楽面 12面
- 朱漆角切盤(すみきりばん)8枚、朱漆入角盤(いりすみばん)12枚、朱漆擎子(けいし)5枚 附:銅鋺