鹿児島神宮

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鹿児島神宮
勅使殿
勅使殿
所在地 鹿児島県霧島市隼人町内2496
位置 北緯31度45分13.37秒
東経130度44分16.33秒
主祭神 天津日高彦穂々出見尊
豊玉比売命
帯中比子尊
息長帯比売命
品陀和気尊
中比売尊
姫大神
太伯
社格 式内社(大)・大隅国一宮・官幣大社・別表神社
創建 伝 神武天皇 御代
本殿の様式 入母屋造
別名 大隅正八幡宮
例祭 旧暦8月15日
主な神事 初午祭
御田植祭
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初午祭の様子(2012年撮影)

鹿児島神宮(かごしまじんぐう)は鹿児島県霧島市隼人町内(旧隼人町)にある神社。大隅国一宮、旧社格官幣大社で、別名は大隅正八幡宮

目次

[編集] 祭神

天津日高彦穂々出見尊(山幸彦)とその后神の豊玉比売命、および、八幡神を合祀した関係から帯中比子尊(仲哀天皇)・息長帯比売命(神功皇后)・品陀和気尊(応神天皇)・中比売尊(応神天皇の皇后)を祭神とする。句呉太伯を祀る唯一の神社である。

[編集] 歴史

創始は社伝によると「神武天皇の時に天津日高彦穗穗出見尊の宮殿であった高千穂宮を神社としたもの」とされるが、実際の所は「あまりにも古くてはっきり分からない」と言うのが正しいようである。当社の北西13kmの地点に、穗穗出見尊の御陵とされる高屋山陵がある。

信頼できる史料での初出は、醍醐天皇の時に編纂された『延喜式』に「鹿児嶋神社」とあるもので、大社に列している。その高い社格から桑幡氏税所氏などの有力国人をその神職より輩出した。平安時代に、宇佐八幡が九州各地に別宮を作ったのに伴い、当社に八幡神が合祀され、それ以降、正八幡宮・大隅八幡宮などとも称される。

戦国時代から江戸時代には、地元の大名である島津氏の尊崇を受けた。明治7年(1874年)に神宮号宣下及び官幣中社に列し、明治28年(1895年)に官幣大社に昇格した。戦後は神社本庁別表神社となった。

[編集] 主な行事

  • 初午祭(はつうまさい) -- 旧暦2月の初午の日に近い日曜日(毎年変動)
  • 御田植祭(おたうえさい) -- 旧暦5月5日

[編集] 文化財

[編集] 重要文化財(国指定)

上記のうち刀2件は、第二次世界大戦後、進駐軍に接収され、所在不明となっていた。うち、秋広銘の刀はアメリカのオークションに出品されているのが発見され、2003年に神社が買い戻した。伝則重の刀は所在不明である。

[編集] 鹿児島県指定有形文化財

  • 本殿、拝殿、勅使殿 島津重豪建立
  • 鹿児島神宮文書(『正八幡宮神官命婦職補任状』・『正八幡宮執印下文』・『酒井季時 正宮修理職補任状』・『酒井為春正八幡宮修理所職補任状』)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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