M4中戦車

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M4 シャーマン
Utah Beach 2006-Sherman.jpg
M4A1E8
フランスノルマンディーの“ユタ・ビーチ”戦跡記念公園に展示されている車両[1]
性能諸元
車体長 5.84 m(19 ft 2 in)
全幅 2.62 m
全高 2.67 m
重量 30.3 t
懸架方式 VVSS(垂直渦巻きスプリングサスペンション)
速度 38.6 km/h(整地
19.3 km/h(不整地
行動距離 193 km
主砲 75mm M3 gun(90発)
副武装 12.7 mm M2機関銃×1(600発)
7.62 mm M1919機関銃×2(6,250発)
装甲 防盾76 mm (2.99 in)
砲塔
前面64–76 mm (2.52–2.99 in)、側面50 mm (1.97 in)、後面64 mm
車体
前面51 mm、側面38–45 mm (1.50–1.77 in)、後面38.1 mm(1.50 in)
エンジン Continental R975 C4
4ストローク星型
9気筒空冷ガソリン
400 馬力(gross)
乗員 5 名
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M4中戦車とは、第二次世界大戦時にアメリカ合衆国で開発・製造された中戦車である。通称はシャーマン(Sherman)であるが、これはイギリス軍がつけた名称であり、南北戦争の時に北部の将軍だったウィリアム・シャーマンにちなむ。アメリカ軍では非公式の呼び名であったが、兵士達の間では使われることも多かった。

生産に参加した主要企業は11社にも及び、1945年までに全車種で49,234輌が生産された。

目次

[編集] 概要

M4A4 cutaway.svg

優れた信頼性と量産性により、第二次世界大戦の連合国戦車の代名詞になった戦車。アメリカの高い工業力を基盤にして大量生産された。M4という形式名で呼ばれているものの、車体・発動機・砲塔・砲・サスペンション・履帯など多くのバリエーションを持つのは、各生産工場の得意とする生産方式・部品を活かして並行生産させたためであるが、構成部品の規格化により殆どの車体構成部品に互換性を持たせることに成功し、高い信頼性が保たれていた。敵対するナチス・ドイツの特にV号戦車パンターVI号戦車などに車輌単体での性能こそ劣っていたが、数で圧倒することができた。

ヨーロッパでの米軍対ナチス・ドイツの戦いに加えて日本軍を敵とする太平洋戦争にも投入された。またイギリスカナダオーストラリアをはじめとするイギリス連邦加盟国の他、ソビエト連邦に4,000輌以上が、自由フランス軍ポーランド亡命政府軍にもレンドリースされている。

「M4の75 / 76 mm 砲で十分」とするAGF(Army Ground Forces 陸軍地上軍)の甘い判断で、M26パーシングの配備が遅らされ、終戦まで連合国軍の主力戦車として活躍した。

第二次世界大戦後も朝鮮戦争印パ戦争中東戦争などで使用され、特にイスラエル国防軍はM4の中古・スクラップを大量にかき集めて再生し初期の陸戦力の中核として活用、その後独自の改良により「最強のシャーマン」と呼ばれるM50/M51スーパーシャーマンを生み出している。

第一線を退いた後も装甲回収車などの支援車両に改造され最近まで各国で使用されていた。

M4A3E8型はMSA協定により日本陸上自衛隊にも供与されて1970年代半ばまで使用され、70年代末には61式戦車と交代するかたちで全車が退役した。

現在ではほとんどの国で引退しているが、パラグアイでは現在でも少数が主力戦車として使用されている。

[編集] 開発と改良

第二次世界大戦勃発時の1939年アメリカ陸軍は戦車の保有数が少なく、唯一の中戦車であるM2中戦車も全くの時代遅れであるなど陸戦力には不安があった。これはアメリカが主戦場であるヨーロッパから大西洋を隔てていた事や当初は中立的な立場(孤立主義)を取っていた事にも起因するが、やがてナチス・ドイツによりフランスはじめ欧州の連合国が次々と陥落し、さらに東南アジアに進出した日本との関係悪化などから、1940年頃には連合各国へのレンドリースによる支援やアメリカ自身の参戦に備えて、全周旋回砲塔に大型砲を搭載した戦車が必要と認識された。しかし当時のアメリカでは大直径の砲塔リングを量産できる体制になかったため、繋ぎとして車体に75 mm 砲を搭載したM3中戦車が先行生産された。

続いてM3のシャーシをベースに75 mm 砲を搭載した大型砲塔を持つ新戦車T6の開発と同時に航空・自動車産業を中心に生産体制の整備が急ピッチで行われた。1941年10月にM4中戦車として制式採用されたが、鋳造生産能力の不足からT6と同じ鋳造一体構造の上部車体を持つM4A1と板金溶接車体のM4とが同時に量産される事になり、M4A1はアメリカ参戦直後の1942年2月から量産が開始され、M4は1942年7月から量産が開始された。さらに各生産拠点に適したエンジン形式や生産方法を採る形で、多くの生産型が生み出される事となった。

車体および動力系の構成はM3と同様で、車体後部に配置されたエンジンからドライブシャフトを介して最前部の変速機に動力を伝える前輪駆動になっている。主に航空機用の星型エンジンの使用を考慮した設計のために、エンジンデッキとドライブシャフトの位置が高く、結果的に同時代の中戦車としてはかなり嵩高な車体となっている(同じエンジンでもM18ヘルキャットではユニバーサルジョイントを介してシャフトが水平になり、設置場所が下がり車高も低くなっている)。足周りもM3とほぼ同じ形式のVVSS(垂直渦巻きスプリング式サスペンション)が採用された。履帯は大きく全金属製の物とゴムブロックを含む物とに大別され、さらに滑り止めパターンの形状の違いなどで多くの種類がある。

車体前部左右に正操縦席と副操縦席兼前方機関銃座が設けられている。砲塔内には車長・砲手・装填手の三名が搭乗。砲塔上面ハッチは当初は車長用のみだったがまもなく左側に砲手/装填手用ハッチが追加され、さらに車長用ハッチは防弾窓付きキューポラに発展した。左側面には対歩兵射撃用の開閉式ガンポートが設けられており、防御力向上のために一時廃止されているが、弾薬搬入や薬莢搬出に便利だったためすぐに復活している。

信頼性・生産性など工業製品としての完成度は高かったM4も、戦場で戦う兵器としてはアメリカ軍自身の戦車戦の経験不足もあって問題点も多く、特に百戦錬磨のドイツ軍相手ではワンサイドゲームで撃破されることも珍しくなかった。M4の能力不足はアメリカ軍上層部にも理解している者がいたが、AGFがその性能を過信したことと、兵器の数を揃え種類を統一して稼働率を上げることとしたドクトリンにより、M4の配備が将兵の生命より優先された。

そこで戦場からの要望に伴い順次改良(装填手用ハッチ追加、全周ビジョンブロック付き車長用キューポラの導入、弾薬誘爆を防ぐ湿式弾庫の採用、そしてティーガーを撃破する為の76 mm 砲と新型徹甲弾の導入など)が施されていった。特に、生産初期の圧延装甲溶接車体の車体前面は、避弾経始を考慮して56度の傾斜が付けられ、そこから操縦席・副操縦手席部分が前方に張り出した構造になっていたが、後には生産性の向上と車内容積の増加(特に76 mm 砲塔や湿式弾庫搭載のため)などの目的で、傾斜角47度の一枚板に変更されており、併せてA1の鋳造車体も含めて操縦手用ハッチの大型化が行われた。これらは一般的に「前期型車体」「後期型車体」と呼ばれている。ただしこれらの改良も各生産拠点による差異や現地改修などにより千差万別であり、車体分類なども後世の研究による物であるため定まっていない。

[編集] 武装

1945年4月18日、ドイツのライプツィヒ市街戦で被弾炎上するM4(75)。主砲防盾は初期の幅の狭い型のまま、車体側面弾薬庫の補助装甲と、砲塔のスタビライザー搭載で肉薄になった部分の補助装甲が確認できる。

量産型のシャーマンの多くは、武装として主砲1門と、1挺の12.7 mm 機銃(砲塔上)、2挺の7.62 mm 機銃(主砲同軸/車体前面)を搭載していた。しかしイギリス連邦軍で使用した車輌では、12.7 mm 機銃を装備していない物が大半である。一方、M4A1とA2の極初期型にはM3中戦車のように車体前方に二丁の7.62 mm 固定機銃が付いていたが、すぐに廃止された。

主砲は75 mm 戦車砲 M3(M61弾で初速619m/s)がオリジナルであり、次いで高射砲から発展した76 mm 戦車砲 M1(口径3インチ=76.2 mm、M62弾で初速792m/s)を搭載した車両も生産された。火力支援用として105 mm 榴弾砲M4を装備した形式も作られている。なおイギリス軍では、75 mm 砲搭載型を無記号、76.2 mm 砲型をA、105 mm 砲型をB、17ポンド砲型をCと分類し、例えば「シャーマンIC」だと、シャーマンI(M4)ベースのファイアフライ、「シャーマンIIIA」だとM4A2ベースの76.2 mm 砲型ということになる。またイスラエル国防軍では、車体に関係なく搭載火砲の種別のみで「M1」「M3」「M4」と分類していた(これはM50/M51スーパーシャーマンも同様である)。

75 mm 戦車砲に比べ、後に採用された76.2 mm 戦車砲は装甲貫徹力に優れていたが、砲弾が長く搭載数が比較的少なくなったこと(71発)、発射時の砲煙が多いこと、榴弾の炸薬量が75 mm 砲より少ないなど欠点もあったため、それぞれの砲を搭載した車両が並行生産された。大型化した76.2 mm 用砲塔は、75 mm 用砲塔と共通の砲塔リングであるが、前期型車体では搭載スペースが不十分なため、前面装甲板の一体化などで車内容積が増えた後期改良型車体にのみ載せられていた。砲身を含むと全長が7.47mとなる。
そしてこの76.2 mm 戦車砲は、タングステン鋼芯入りの高速徹甲弾(HVAP)M93を用いるとスペック上ドイツの88 mm 砲並みの貫通力(距離914m、30°で135mmを貫通)が得られたが、砲身の寿命が半減するという欠点もあり、また発射時の反動が大きいため砲口にマズルブレーキが追加された。この砲弾は第二次大戦中はM10駆逐戦車などに優先供給され、シャーマンには十分供給されなかったが、後の朝鮮戦争では十分に供給されT-34を撃破する威力を見せた。

主砲弾薬庫は前期型車体では左右袖部(スポンソン)に設けられていたが、敵弾貫通時に誘爆して炎上大破するケースが多く(実に60~80%)、応急策として車体側面に補助装甲板が溶接されるも、ドイツ軍の火力の前には却って照準ポイントを教える事になり逆効果であった。そのため後期改良型車体では床に移され、さらに弾薬庫全体を不凍液グリセリン溶液)で満たして引火を防ぐ湿式弾庫が導入(湿式弾庫搭載型は末尾にWaterの略である「W」が付けられている)され、炎上する率が低下(10~15%)した。

日本兵の肉薄攻撃に対抗するため、車体側面を板とコンクリートで強化した、硫黄島における海兵隊のM4A3(75)W。

一方で、根本的な装甲防御力の不足はほとんど対策が成されないままであり、前線では予備の履帯や転輪、土嚢コンクリート、に至るまで、形振り構わぬ追加防御策が行われている。多くは調達や交換の容易で、パンツァーファウスト成型炸薬弾対策となる土嚢が用いられた。この効果に対しては賛否両論あり、かえって貫徹力を高める間合いを作ってしまうという意見が出る反面、実戦で効果があった(例・一発のパンツァーファウストで40個の土嚢が破れた反面、側面装甲にひびが入った程度に止まった)と主張する者もいた。パットン将軍は軍人の所業らしくないとこれを嫌って土嚢装甲を禁止し、麾下のアメリカ第3軍では撃破された友軍やドイツ軍の戦車の車体から切り出した鋼板を貼り付けていた。

また太平洋戦域では、日本兵の肉薄攻撃への対策として、ハッチに爆薬を密着させられないように多数のスパイクや金網を周囲に溶接、また車体側面に木の板を装着、またはこれを型枠のように取り付け、車体との間にコンクリートを流し込み磁力吸着式の破甲爆雷対策とした例も見られる。

しかしこれらの現地改造も小細工の域を出ず、本来格下であるはずのIV号戦車後期型相手でさえ一対一では劣勢で、「陽動と包囲を併用し、五対一の物量作戦を基本とする」のが定石であった(ただし、ドイツ戦車兵もかつてはKVやT-34相手に同様の戦術を用いている)。アメリカ兵自身も「池のアヒルみたいに簡単にやられちまう」と自嘲し、捕虜になった戦車長がティーガー戦車を見上げて「こんなでかい砲と戦うのは不公平だ」と言ってドイツ兵を笑わせたという逸話もあったという。

戦後、イスラエル国防軍が独自改良を行ったM50/M51スーパーシャーマンにおいては、火力はフランス製のAMX-13用75 mm 砲やAMX-30用105 mm 砲の装備によって一線級を保っていたのに対し、装甲防御力については重量的限界からほとんど対策されないままであった。

[編集] バリエーション

M4
M4
ブレスド・スチール・カー社、ボールドウィン・ロコモティブ・ワークスアメリカン・ロコモーティブ社、ブルマン・スタンダード社で製造。航空機用であったコンチネンタルR975エンジンを、陸上部隊向けの低オクタン価ガソリンで動くように改良して採用した。
車体前面はハッチまわりの操縦席フードが鋳造製(組み立て方の違う二種類がある)で、これに(生産工場や時期により仕様が異なる)数枚の圧延鋼板の装甲を溶接で繋げた作りになっていた。しかしこれは強度が劣るため前線改修用の前面増加装甲キットが開発されたり、生産途中から後部は溶接型のままで、車体前面のみをA1と同様の一体鋳造型に変更した「コンポジット型」(ハイブリッド型)が、デトロイト戦車工廠で製造された。なおM4を改良してM4A1以降の型になったわけではなく、各型は異なる工場で並行生産されている。ノルマンディー上陸作戦のころはA1と共にアメリカ軍の主力であったが、次第にA3に更新されていった。
76.2 mm 砲搭型は量産されていないが、支援用に後期型車体で105 mm 榴弾砲を搭載したタイプや、中古の前期型車体でカリオペ・ロケットランチャーを搭載した物も多い。
75 mm 砲型は1942年7月から一年間に6,748輌、105 mm 砲型は1944年2月から翌5月までに1,641輌が生産された。イギリス軍名称「シャーマンI」。
M4E9
本土で訓練用に用いられていた初期生産車輌を1943年12月からオーバーホールした際、「ダックビル」型エンドコネクターを、足回りにスペーサーをかませ履帯の両側に装着した仕様。接地圧が履帯幅の広いE8仕様のように低減された。
鋳造車体のM4A1
M4A1
ライマ・ロコモティブ・ワークス、プレスド・スチール社、パシフィック・カー&ファウンドリー社で製造。後述するように生産開始や実戦投入はもっとも早い。M4と同じエンジンを搭載しているが、車体上部が溶接式ではなく一体鋳造されているため見分けがつきやすい。
車体前面は丸みを帯びているため避弾経始は高まったが、車内スペースが狭くなってしまった。操縦士ハッチを大型の物に変更、湿式弾薬庫を持つ後期型車体のM4A1(75)Wもある。(以前は75 mm 砲塔のA1に後期型車体は無いと思われていたが、実戦部隊で運用されている写真が確認されている。)エンジンが共通であるため、M4と同じ部隊に混成配備されることもあった。当初、鋳造装甲の強度に疑問を持つ部隊に使用を拒否されたこともあったが、前述の通り前期型溶接車体よりA1の方が被弾に強いと認識された。後期型車体でT23砲塔に76.2 mm 砲を搭載するM4A1(76)Wも作られた。
75 mm 砲型は1942年2月から翌11月までに6281輌が、76.2 mm 砲型は1944年1月から翌5月までに3426輌が生産された。イギリス軍名称「シャーマンII」。
M4A1E4
戦後、75 mm 砲搭に76.2 mm 砲を搭載したもの。パキスタンに給与され、カシミール紛争などで使われた。
M4A1E9
M4A1の初期型をM4E9同様にクライスラー・エヴェンスビル工場で改修、E9仕様にしたもの。
M4A2 75 mm 砲型
M4A2
ブルマン・スタンダード社、グランド・ブランク戦車工廠、フェデラル・マシーン&ウェルダー社、アメリカン・ロコモーティブ社(少数)で製造された。M4の生産開始時から、装備されていた空冷星型エンジンが練習機増産のために不足することが予想されていた。エンジン不足を避けるための代替エンジンが要求され、民間トラック用にゼネラルモーターズ社が生産していたGM 6046直列6気筒2ストローク液冷ディーゼルエンジン2基を連結して搭載された。これは埃にやや弱いとの批判もあったが、一基停まっても走行可能でトルクも空冷星型より強力であり好評だった。しかし米陸軍では使用燃料をガソリンに統一していることから、生産量のほとんどが上陸用舟艇と燃料を共用できるアメリカ海兵隊(後にA3に更新)、及びレンドリース用としてイギリス軍と自由フランス軍で使用され、後には全てソ連向けに供与されるようになった。ソ連軍の報告書では、T-34より故障が少なく操縦も楽で扱いやすく、十分な戦闘力もある戦車であるとされ「エムチャ」(M4=エム・チトィーリェの略)または「シェールマン」(シャーマンのロシア語読み)と呼ばれ、目立つ車高や泥濘地での機動性、重心が高いためしばしば横転すること以外は大変好評であり、エリート部隊である親衛戦車連隊に優先配備された。
また砲塔上の12.7 mm 機銃(搭載された車輌とされていない車輌があった)は、瓦礫の陰などで待ち伏せるパンツァーファウストを持った敵歩兵を障害物ごと吹き飛ばし掃討したり、また満州侵攻時に肉薄攻撃をかける日本軍歩兵に対しても有効であったのと証言もあり、IS-2戦車に12.7 mm DShk 機銃が装備されたのもこれがきっかけであったとみられる。東部戦線では1943年1月から部隊配備が始まり、ベルリン市街戦でもM4A2(76)Wの写真が多く見られる。なおA2では後期型車体でも75 mm 砲塔型の湿式弾庫タイプは無い。またフィッシャー社で生産されたA2の操縦席フードは、途中から鋳造型ではなく溶接組み立て型に変更されている。
75 mm 砲型は1942年4月から1944年4月までに8,053輌が、76.2 mm 砲型は1944年5月から翌5月までに2,915輌が生産された。イギリス軍名称「シャーマンIII」。
75 mm 砲を76 mm 砲に換装したM4A3
M4A3
それまでの航空機用エンジンの流用から、フォード社が戦車用に開発したGAA液冷V型8気筒エンジン(450馬力)を搭載しており、M4やM4A1の空冷星型エンジンよりも整備性や低速時のトルクで勝り、各エンジンの中で最も評判が良かった。そのためアメリカ軍に主力戦車として優先的に供給され、大戦中に他国へ渡された台数は極めて少ないが、戦後に余剰となってからは大量に供与された。
また前面装甲が一枚板で「湿式弾庫」を持つ後期型車体が初めて採用され、デトロイト戦車工廠やグランド・ブランク戦車工廠で製造された。M4戦車系列としては後発であるためフォード社製造の前期型車体は比較的少なく(それでも1690輌もあったが)、実戦で見られるA3の多くは後期型車体である。
75 mm 砲型は1942年6月から1945年5月までに4761輌が、76.2 mm 砲型は1944年3月から翌4月までに4,542輌、105 mm 砲型は1944年3月から翌6月までに3,039輌が生産された。イギリス軍名称「シャーマンIV」。
ティーガー戦車以上の重装甲を誇るM4A3E2。この展示車輌ではダックビルが
装着されていない。
M4A3E2(ジャンボ)
M4A3の装甲強化型。グランド・ブランク戦車工廠による生産数は254輌ほどと少ないが、最大装甲厚152 mm の重装甲を生かして、ドイツの対戦車砲が待ちうけていそうな場所を先陣を切って突破するために重宝された。
一部は現地で主砲を76.2 mm 砲に換装しているが、もともと装甲を強化した76.2 mm 用砲塔に(歩兵支援・陣地攻撃に適した)75 mm 砲を装備していたので容易なことであった。
重量増加で上がった接地圧を下げるために、履帯の脇に「ダックビル」と呼ばれるアタッチメントを装着している。


M4A3E4
朝鮮戦争当時、北朝鮮のT-34-85に対抗するため東京都赤羽で進駐軍の75 mm 砲搭型を76.2 mm 砲に換えたもの。後に同じ改造を施されたものがユーゴスラビアに供与され、映画「戦略大作戦」でその姿を見ることが出来る。
アメリカ軍におけるシャーマンの最終型、M4A3E8
M4A3E8(イージーエイト)
デトロイト戦車工廠製。M4系列のアメリカ軍での最終型で、バルジの戦いの頃から登場した。1944年8月から1945年9月までに2,539輌が生産された。元になったM4A3(76)Wは、試作戦車T23から流用された砲塔に52口径76.2 mm 戦車砲M1A2を搭載している。車体も前面装甲を一枚板にして生産性と対弾性能を向上させ、湿式弾庫を備える後期型である。
懸架装置はそれまでのVVSS(垂直渦巻きスプリングサスペンション)から重量の増加に対応したHVSS(水平渦巻きスプリングサスペンション)に変更され履帯幅も広くなり、それにあわせてフェンダーが増設されている。(戦後になってから他国に供与されたA1~A4型の多くも同様にHVSSのE8に改修されている。)
朝鮮戦争ではT-34-85と戦って活躍した。1954年からは自衛隊に、また他のNATO諸国など親米国家にも供与された。イスラエルでも少数が使われているが、時期的にアメリカ軍からの供与ではなく、スクラップヤードや各国の余剰品から寄せ集めた中のM4A3(76)WをE8化したものと思われる。
M4A4
デトロイト戦車工廠製造。クライスラーA-57「マルチバンクエンジン」を搭載した型。これは従来搭載されていたコンチネンタルR-975空冷星形エンジンが、練習機向けを優先するために供給不足となり、そのためM3A4用に設計されたもので、バス用に生産されていた直列6気筒ガソリンエンジン5基を扇形に束ねて連結した複列30気筒液冷ガソリンエンジンである。30気筒という他に例を見ない構成のため整備性には問題があり、点火時期やベルトの調整方法など高度に教本化することで乗り切ろうとした。結局ほとんどがイギリス連邦軍に供与され「シャーマンV」と呼称されたが、同時代のイギリス製戦車に比べれば故障は少なく、イギリス軍での運用実績は良かったようだ。エンジンルームの関係でこの型とA6型のみ他の型より全長がわずかに長い。
イギリス軍の他、カナダ軍、自由ポーランド軍、自由フランス軍、中国国民党軍にも供与された。後期型車体や76.2 mm 砲搭型、湿式弾庫は無く、デファレンシャルカバーは三分割タイプのみである。
1942年6月から翌8月までに7,499輌が生産された。
M4A5
カナダが国産装甲戦闘車輌として独自生産したラム巡航戦車にアメリカ陸軍軍需部が与えた形式番号。M3をベースに独自開発した物だが、パーツの多くをアメリカから供給を受けた事もあり、M4に酷似している。その後生産はグリズリー巡航戦車(M4A1のライセンス生産)へと移行した。
M4A6
生産終了するA4をコンポジット車体にして、キャタピラー社製空冷星型ディーゼルエンジンに換装したもの。生産数は1943年10月からの三ヶ月間で75輌にとどまり、本国での訓練専用車となった。武装は75 mm 砲型のみ。

[編集] 派生型

グリズリー巡航戦車。カナダ独自のシングルピンの履帯になっている。
グリズリー巡航戦車
Cruiser Tank Grizzly Mk.I
M4A1(シャーマンII)をカナダのモントリオール・ロコモーティブ・ワークスでライセンス生産するにあたり、装備品などの規格をイギリス・カナダにあわせるための改設計を行った車輌。砲塔後部にNo.19型無線機を格納するための張り出しを設けたり、2インチ発煙弾発射機などが増設されている。当初は大量生産される予定であったが、イギリス連邦軍向けに特別なシャーマンを生産することは非効率だと判断され、生産は188輌にとどまった。そのほとんどはイギリス軍で訓練用の戦車として用いられた。


17ポンド対戦車砲を搭載した、シャーマン・ファイアフライ。車体機関銃が撤去されている
シャーマン ファイアフライ
Sharman Firefiy
イギリス軍の開発であり、重装甲のドイツ軍戦車に対抗して75 mm 砲塔に17ポンド対戦車砲を搭載。前期にはM4A4(シャーマンV)、後期には前期型車体又はハイブリッド車体のM4(シャーマンI)から改造された。重戦車を仕留めることのできる火力はドイツ軍にとって脅威であり、優先撃破目標に指定されたため、通常の75 mm 砲型シャーマンの後ろに付いて駆逐戦車的に用いられた。ミハエル・ヴィットマンティーガーIを撃破したのもこのファイアフライである。


M10ウルヴァリン/M36ジャクソン
M4車体をベースにした駆逐戦車。詳細は各項目を参照。
M7プリースト
自走105 mm 榴弾砲車。初期型はM3ベースだが、改良型のB1/B2はM4ベースとなっている。
M32 戦車回収車
砲塔を除去して回収用クレーンを装備した車輌。イスラエルも退役したM1/M50の一部に同様の改造を施している。
シャーマンDD
イギリス軍がノルマンディー上陸作戦のために開発した水陸両用戦車(Duplex Drive)。車体周囲に展開する防水スクリーンと、後部に誘導輪で駆動する推進用プロペラ2基を備えていたが、沖合いから発進せざるをえなかったDDの大半が波を被って沈没してしまった。
シャーマンフレイル
シャーマンフレイル
地雷処理用のチェーンローラーを装備した車輌。シャーマン・クラブと呼ばれる例も有る。

このほかにも、M4の車体にフランス製AMX-13軽戦車の砲塔を搭載した「ニコイチ」戦車がエジプトで製造され、第二次中東戦争イスラエル国防軍がM4の砲塔にAMX-13の主砲を装備させたM50スーパーシャーマンと交戦した。エジプトで使用されたM4戦車の中には、M4A4の車体にM4A2用のディーゼルエンジンを載せるという独自改修の行われた物も多い。

[編集] イスラエル製の派生形

M1シャーマン
フランス軍が使用していた中古のM4A1(76)WおよびM4A1E8を、イスラエルが60輌(250輌程度とする資料も有る)買い取ったものが、それまで使用していた75 mm 砲搭載型との差別化のためこう呼ばれた。第二次中東戦争に投入された当時は、足回りがVVSSのものとHVSSのものが混在して使われているのが確認できる。これらは後に全てHVSS化され、さらにM51に大改造された。
M4A4の車体にAMX-13の砲塔を搭載した改造戦車。
M50スーパーシャーマン
イスラエル国防軍(IDF)が改修したシャーマン。世界中から第一線を退いた各種シャーマンを掻き集め、砲塔にフランスのAMX-13と同じ高初速の75 mm 砲を搭載。砲身長に合わせて砲塔後部のカウンターウェイトも延長されている。また後期には懸架装置をHVSSに換装し、エンジンをカミンズ製ディーゼルエンジンに換装している。


M51スーパーシャーマン
75 mm 砲塔型がベースのM50に対し、76 mm 砲搭型のM1シャーマンにフランス製CN105・F1型105 mm 戦車砲の短縮型を搭載し、エンジンもカミンズVT8-460ディーゼルエンジンに換装している。砲口には板金溶接製の巨大なマズルブレーキを装着したが、それでも105 mm 砲の反動は強烈であるため、停車しギアをニュートラルに入れて車体全体で反動を吸収して射撃したという。また少数ではあるが鋼板溶接車体のM4A3E8をベースに改造したものもある。第三次~第四次中東戦争でT-34-85T-54/55T-62などを相手に奮戦した。なお一部資料やプラモデル商品名などに見られる「アイシャーマン」という呼称は、M50との区別のために西側ジャーナリストが勝手に命名した物で、実際にはそう呼ばれていない。
M60
M50/M51の主砲を新開発のイスラエル製60 mm 高速砲に換装した物。チリ陸軍に売却され、現在も使用されている。
155 mm 自走榴弾砲L33 
イスラエルのソルタム社が退役したM50/M51を改造した自走榴弾砲。密閉式の戦闘室を設け、ソルタム社製33口径155 mm 榴弾砲M68(搭載弾数60発、うち16発を即用弾薬架に収容)を搭載。200輛前後が改造されて第四次中東戦争で使用された。
160 mm 自走迫撃砲
ソルタム社がM50/M51を改造した自走迫撃砲。車体を大型の戦闘室に改装、ソルタム社製の160 mm 後装迫撃砲(搭載弾数56発)を搭載したものである。

[編集] 運用国

アルゼンチンの旗 アルゼンチン
オーストラリアの旗 オーストラリア
ブラジルの旗 ブラジル
カナダの旗 カナダ
チリの旗 チリ
キューバの旗 キューバ
デンマークの旗 デンマーク
エジプトの旗 エジプト
フランスの旗 フランス
ナチス・ドイツの旗 ドイツ鹵獲した車両を使用)
インドの旗 インド
イランの旗 イラン
イスラエルの旗 イスラエル
レバノンの旗 レバノン
ニュージーランドの旗 ニュージーランド
ニカラグアの旗 ニカラグア
ペルーの旗 ペルー
ポーランドの旗 ポーランド
ポルトガルの旗 ポルトガル
中華民国の旗 中華民国
南アフリカの旗 南アフリカ連邦
韓国の旗 韓国
日本の旗 日本
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
トルコの旗 トルコ
イギリスの旗 イギリス
Flag of SFR Yugoslavia.svg ユーゴスラビア


[編集] 登場作品

砲身に鉄パイプを被せて90 mm 砲に偽装した車輛として登場するが、実際は76.2 mm 砲に換装され、ユーゴスラビア(映画のロケ地)に供与されたM4A3E4である。
M4A1をカナダで生産したグリズリー巡航戦車がアメリカ軍戦車役で登場。
上陸用のシャーマンDD風の装備(おそらく撮影用のダミー)を付けた、76.2 mm 砲型のM4A2またはA3が登場(撮影現場のフランスに供与されたものと思われる)。
マーケット・ガーデン作戦の失敗を描く大作。イギリス軍装備として、M4A1E8など各種シャーマンが登場。ファイアフライも本物が少なくとも1輌は登場しているが、多くはM4(105)の砲身に細いダミー砲身を差し込んで延長した改造車か、遠景で走っているのはランドローバーにグラスファイバー製のボディーを被せた撮影用プロップである。
  • 『撃滅戦車隊3000粁』
イギリス軍に供与された前期型車体のM4が多数登場。
  • 『戦火のかなた』
終戦の翌年に制作されたオムニバス形式のイタリア映画。ドーザーブレード用取り付け具の付いたM4A1(75)の前期型が登場。
  • 『戦闘機対戦車』
TV映画。北アフリカ戦線、損傷して滑走しかできなくなったP-40戦闘機を追い回す、執拗なドイツ戦車役でM4A3E8が登場。
  • 『最前線物語』
チュニジアでアメリカ第一師団を苦しめるティーガー戦車役?としてM51が登場。
陸上自衛隊の協力で、M4A3E8シャーマンがアメリカ軍戦車役で登場している。
大野安之作画版では、自衛隊の装備を改造したと思われるM4A3をベースとした、足回りがVVSSの形式不明の回収車(破砕砲とクレーンを装備)を、革命軍の物資調達部隊が使用。ただし近藤和久作画版(未完)ではベース車輌不明のオリジナルデザインだった。
ペリリューの戦いを描いた第5章と第6章、硫黄島の戦いを描いた第8章、沖縄戦を描いた第9章に登場。
中盤に入手できる戦車。

特撮では、自衛隊に供与されたM4A3E8がよく登場する。

アメリカ軍が使用登場してすぐに日本軍の砲撃で撃破される。
日本映画初登場。防衛軍(防衛隊=自衛隊)の陸上兵力の主力として、以後、『昭和ゴジラシリーズ』等、数々の東宝特撮映画に登場した。
61式戦車と共に陸上自衛隊の主要兵力として登場。
この他、『ウルトラマン』等の特撮作品でも防衛隊(防衛軍=自衛隊)の主要兵力として数々の怪獣を迎撃。

[編集] 脚注

  1. ^ M4A1E8型はノルマンディ上陸作戦には投入されていない

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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