T29重戦車

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T29重戦車
T29.Fort Knox.0007x8yr.jpg
試作のみに終わったT29重戦車。
性能諸元
全長 11.57 m
車体長 7.62 m
全幅 3.81 m
全高 3.226 m
重量 64.2 t
懸架方式 トーションバーサスペンション
速度 32 km/h(整地
不整地
行動距離 160 km
主砲 105mm T5E2砲 弾薬63発
副武装 同軸に12.7mm M2ブローニング機銃 2挺、対空機銃架に12.7mm機銃。弾薬2,420発
7.62mm M1919ブローニング機銃。弾薬2,500発
装甲 車体正面上部102mm、鉛直に対し54度 車体正面下部70mm、58度
砲防楯203mmから279mm 砲塔正面178mm、0度 砲塔側面127mm、0度[1]
エンジン 27リッター フォードGAC 4サイクルV型12気筒[1]ガソリンエンジン
650 馬力(2,800回転時)
乗員 6名 運転手、戦車長、砲手、装填手(右側に位置)、装填手(左側に位置)[1]
出力重量比 10馬力/t
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T29重戦車ナチス・ドイツの新型戦車への対抗として1944年4月に開発開始されたアメリカの戦車計画である。T26E3(後のM26パーシング)は約45tの重量を持つものの、ドイツ国防軍の配備した重量約70tのティーガーIIに対抗するに十分な火力ある兵装と装甲を施したとみなされていなかった。T29重戦車はヨーロッパ戦線への投入には準備が間に合わなかったものの、本車は第二次世界大戦後のエンジニアに対し、砲兵装と車輌の各構成要素において、技術的概念を試験する機会を与えた。

概要[編集]

T29重戦車は、T26E3の車体を延長した仕様のものを設計の基礎とし、より重防御の装甲を付加され、出力約750軸馬力のフォードGACエンジンを提供された。また高初速の105mmT5砲を装備した強固な新型砲塔が装備された。

本車は約70トンの車重を持ち、火力と防御力に関してはドイツ軍のティーガーIIと非常によく似ていた。他の試作モデルは、アリソンV1710 V12エンジンを装備していた[2]。トランスミッションはゼネラルモーターズのCD-850-1 クロスドライブ方式を採用し、前進二段後進一段が選択できた。後輪に起動輪を置いた。携行燃料は1,140リットル、オクタン価80である。地上と車体底面との最低地上高は48cmだった。

T29重戦車と強い関連性を持つT30重戦車は同時期に開発が進行し、ほぼ同一の構造であったが、この車輛は兵装として155mm T7砲を装備し、より強力なエンジンを搭載、また砲への装填補助として追加の装填手を搭乗させた。

1945年、ヨーロッパ戦線での戦争はすでに終結しており、T29重戦車とT30重戦車は「限定的な調達」に分類された。これら車輛の大口径砲と重装甲は、日本軍の防御陣地を攻略する上で役にたつという根拠から、小規模な発注が行われた。アーミー・グラウンド・フォーシズの司令部はしかしながら、このような大型車両の配備に反対した。また問題が解決される前に戦争は終結した。このため少数の試作車両のみが製造された。

T29重戦車のコンセプトにおける最終的なバリエーションはT34重戦車である。この車輛は120mm高射砲を基礎とした120mm砲を搭載した。2輌の試作戦車のみが生産され、1輌はT29重戦車のパイロットモデルから改造された。もう1輌はT30重戦車から改修されたものである。最終的な戦争の終結はこれら車輛のさらなる開発を減らすこととなった。しかし、T34重戦車の試験において蓄積された経験は、M103重戦車の開発に際して貴重であった。

T29は2両の残存車輛がケンタッキー州フォートノックスに残されている。1輌はパットン戦車博物館の正面に展示され、もう1輌はマーシャルベイに展示されている。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ a b c Hunnicutt, Firepower, p.197.
  2. ^ Hunnicutt, Firepower, p.198.
  • ピーター・チェンバレン クリス・エリス『世界の戦車1915~1945』大日本絵画、1996年。ISBN 4-499-22616-3