T28重戦車

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T28重戦車/T95駆逐戦車
T-28-1.jpg
性能諸元
全長 11.1 m
車体長 6.33 m
全幅 4.39 m
全高 2.84 m
重量 86.2 t
懸架方式 二重装軌式
速度 19.3 km/h[1]
行動距離 160 km
主砲 T5E1 105mm砲 (62発)
副武装 ブローニングM2重機関銃 (660発)
装甲 300mm
エンジン フォードGAF V型8気筒液冷ガソリンエンジン
500hp(372 kW)[2]
乗員 3名または4名[2][1]
2輌を生産
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T28重戦車(T28 Super Heavy Tank)、またはT95戦車駆逐車(T95 Gun Motor Carriage)と呼ばれるこの車輛は、第二次世界大戦中にアメリカ陸軍向けに設計された試作重戦車である。

その構造は砲塔を持つ通常の戦車よりはドイツの駆逐戦車のそれに近い。日本語訳としては、Super Heavy Tankを直訳した「超重戦車」、Gun Motor Carriageを意訳した「対戦車自走砲」といった語が充てられる場合もある。

開発[編集]

T28はマウスのような[3]ドイツ軍重戦車への対抗として設計され[1]、また重防御されたドイツ軍のジークフリート線に対する攻撃をも企図して準備されていた[4]

最初の発案は1945年春であったが、第二次世界大戦に投入するにはあまりにも遅すぎた。この計画の当初の名称はT28であった。パシフィック・カー・アンド・ファウンドリー社はヨーロッパ戦線における最後のひと押しのために本車を設計したが、試作一号車が完成し、投入準備を終えたころには戦争もまた終わっていた[2]。当初の計画では試作車両を5輌生産する予定であり、最終的には合計25輌の戦車が組み立てられるはずであった[4]

T28は砲塔を装備せず、主兵装を収めるケースメート方式の戦闘室を構築しておりそれは自走砲そのものであった。そこで本車は1945年にT95戦車駆逐車へ改称された。しかし1946年6月、この車輛は再びT28へと改称された[4]。この経緯には本車の性格に関する議論があったが、本車の実質は戦車ではなく戦車駆逐車、より正確に言うならばドイツ軍における駆逐戦車(Jagdpanzer)の様式に沿う重戦車駆逐車であり、ドイツ軍重戦車と戦うことを意図していた[1]

2種類のT28の試作車輛が製造された。これらの車輛は1947年までアバディーン性能試験場およびフォート・ノックスの施設で審査を受けた。1947年、T28のうち1輌がユマ試験場において試験走行中にエンジン火災を起こし、重大な損傷を受けて廃棄された。もう1輌のT28は解体された後にスクラップとして売られることが報告された。T28が配備されることは全くなかった。なぜならT28の開発と審査は、砲塔装備の重戦車設計であるT29重戦車T30重戦車に追い越されたからである[4]。T29は本車と同口径の砲を装備し、T30はより大口径の砲とさらに強力なエンジンを搭載して開発されていた。このため、T28の開発計画は1947年10月に終了した[4]

設計[編集]

車体後方に装着された、外側の走行装置の脱着作業用のホイスト

T28はパシフィック・カー・アンド・ファウンドリー社によって設計製造された[4]。機械的な構造はT23中戦車から流用された。当初の計画では5輌の試作車両を製造し、また総数25輌を量産する予定であった。総重量は装備品を完全に積みこんだ場合95米トン(86トン)に達した[2]。この重量を運用するため、本車は2本の無限軌道の代わりに4本の無限軌道を採用し、それぞれの履帯の幅は328mmであった[4]。外側の無限軌道は輸送を容易にするために取り外せた[2]。除去の後、これらは相互に固定され、一組とされて車輛の後ろで牽引された。本車は最大重量とエンジンの低出力により、非常に限定された障害物乗越能力しか持たず、また当時利用できたどのような仮設の架橋でも渡ることはできなかった。これらから、実戦では非実用的で、生産にふさわしくないものと判断された。

T28は従来のように砲塔を持たず、代わりにケースメート方式の戦闘室を構築した車体を採用し、この車輛に比較的低い姿勢を与えた。本車の主兵装はT5E1 105mm砲であり、これを車体正面上部の球形に成形された防楯に装備した[2]。これは技術的には防楯の一部であったが、それは本当に車体に取り付けられていた[1]。このようなことから本車は、本来の意味の戦車では全くなく、「戦車駆逐車」であった[1]。砲の旋回は右方向に10度、左方向に11度に限定された。また俯仰はプラス19.5度からマイナス5度であった。走行時、主砲は最大仰角で固定された[4]。主砲は砲口初速が1,130m/sに達し、最大射程は19kmであった[2]

主砲の他、50口径(12.7mm)ブローニングM2重機関銃を車長用ハッチの上方に装備した[2]

本車の車体前部上側の厚みは最大300mmに達しており、同時代の他の装甲戦闘車輛と比較して非常に厚かった。これは、戦車砲および対戦車砲に用いられたドイツ軍の88mm砲に対する防御として十分重装甲であったと考えられた[4]。車体正面下部は130mm厚、また側面は64mm厚であった。懸架装置と車体下部は100mm厚の鋼製のスカートでカバーされていた[4]。エンジンはフォード GAF V8ガソリンエンジンを採用し、出力は500馬力であった[2]。このエンジンは車輛に対して非力であり、最高速度は13km/h、また本車の障害物乗越能力を非常に制限した[4]

類似の車輛[編集]

イギリスで開発されたトータス重突撃戦車は、T28と同様の目的のために開発された超重駆逐戦車であった。96mm砲をもつ自重79トンの巨大な車輛は、第二次世界大戦終了当時に6輌(計画では25輌予定)が生産されていた。

アメリカで並行開発された車輛との比較[編集]

性能[2][4]
要目 T28 T29 T30
自重 86.2t 64t 65.8t
乗員数 4名 6名 6名
機関 フォード GAF V-8 / 500 hp (373 kW) フォード GAC 4サイクル 60度 V12 / 650 hp (485 kW) コンチネンタル AV1790-3 / 704 hp (525 kW)
速度 13km/h 32km/h 26.5km/h
最高装甲厚 305mm 279mm 280mm
全長 11.10m 11.57m 11.57m
全幅 4.39m 3.80m 3.80m
全高 2.84m 3.20m 3.20m
主兵装 T5E1 105mm砲 T5E2 105mm砲 T7 155mm砲
副兵装 ブローニングM2重機関銃
  • 2 x .50 (12.7mm) ブローニング M2HB 重機関銃;
  • 1x .50 M2HB 対空機銃;
  • 1x .30 ブローニング M1919A4
7.62mm 機関銃
弾薬 62発 63発 34発

他国の車輛との比較[編集]

性能[2][4]
T28 マウス トータス重突撃戦車
自重 86.2t 188t 79.2t
乗員数 4名 6名 7名
機関 フォード GAF V-8 / 500 hp (373 kW) MB517ディーゼル / 1,200 hp (895 kW) ロールスロイス メテオール V12 / 600 hp (447 kW)
速度 13km/h 13km/h 19km/h
最大装甲厚 305mm 460mm 178-228mm
全長 11.10m 10.2m 10.0m
全幅 4.39m 3.71m 3.90m
全高 2.84m 3.63m 3.00m
主兵装 T5E1 105mm砲 128mm 12.8 cm PaK 44 96mm オードナンス QF 32ポンド砲
副兵装 ブローニングM2重機関銃 同軸に75mm KwK 44 L/36.5 3 x 7.92mm ベサ機関銃
弾薬 62発 32発 60発

現存する車輛[編集]

1974年、バージニア州フォート・ベルボアで、バックフィールドに放棄された状態の試作車輛が発見された。この車輛がどこで27年間を過ごしたかについては知られていない。本車はこれらの戦車の唯一の残存例であり、ケンタッキー州にあるパットン博物館で展示された[2][5]。現在、本車はジョージア州に所在するフォート・ベニングの新しい展示先への輸送が準備されている。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • ピーター・チェンバレン&クリス・エリス『世界の戦車 1915~1945』大日本絵画、1996年。ISBN 4-499-22616-3

関連項目[編集]

外部リンク[編集]