M40 155mm自走加農砲

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M40 155mm自走加農砲
155mm Gun Motor Carriage M40 2.JPG
アメリカ陸軍兵器博物館におけるM40自走砲。
種類 自走砲
原開発国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
諸元
重量 36.3 t
全長 9.1m
全幅 3.15m
全高 2.7m
要員数 8名(車長、操縦手、砲手6名)

装甲 12 mm
主兵装 M2 155mm砲、弾薬20発携行
エンジン ライト(コンチネンタル)R975 EC2
340 hp (253 kW)
出力重量比 9.36 hp/t
懸架・駆動 HVSS(水平渦巻きスプリングサスペンション)
行動距離 170 km
速度 路上38 km/h、不整地上23 km/h

M40 155mm自走加農砲(155mm GMC M40)はアメリカの自走砲である。

“ビッグショット(BIG SHOT)”の愛称が知られているが、これは試作車であるT83にテスト時に記入されていた固有のニックネームであリ、当車種の公式な愛称ではない。

概要[編集]

M4A3戦車の車体を拡幅・延長して作られており、コンチネンタル製エンジンおよびHVSS(水平渦巻きスプリングサスペンション)を装備した。

第二次世界大戦の終了間際に就役した本車にはM2 155mmカノン砲が搭載されており、M12自走砲の初期生産型を代替する目的で設計されている。本車の試作車輌の呼称はT83であったが、これは1945年4月にM40へと変更された。

1輛の試作車輌が1945年のヨーロッパ戦線で第991野戦砲兵大隊により用いられた。他にこの大隊ではT89 8インチ自走榴弾砲を一緒に運用しており、この関連の深い車輌はしばしば155mm砲身を搭載した[1]。計画上600輌生産であったが、総計では311輌が大戦終了までに製造を完了した。この後、本車は朝鮮戦争中に作戦投入された。

第二次世界大戦後、M40自走砲はイギリス陸軍が使用しており、イギリスでは本車を155mm SP, M40と呼称した。

派生型[編集]

アメリカ陸軍ではT38と同様の車体を用いて各種の系列車輌の製造を計画していた。

  • T30 弾薬運搬車 - 砲と砲架を搭載しない弾薬運搬車型。1944年12月、より多数の自走砲用車体を生産することを優先するため計画中止となり、少数が生産されたのみとなった。
  • M43 8インチ自走榴弾砲(203mm HMC M43) - 砲をM1 8インチ(203mm)榴弾砲に変更した型。制式採用は1945年8月、48輌生産。
  • T94 250mm自走迫撃砲 - 10インチ(250 mm)迫撃砲を搭載した自走迫撃砲型。1945年2月に設計開始、1946年に1輌が試作された。
M43 8in GMC

関連車輌[編集]

  • M7B自走砲 - M4A3シャーマン戦車の車体を利用した105mm自走榴弾砲。
  • M12 155mm自走加農砲
    • M30弾薬運搬車 - 砲を搭載する代わりとして、M12自走砲の砲員と弾薬のスペースを設けた車輌。

脚注[編集]

  1. ^ Hunnicutt - Sherman: A History of the American Medium Tank, p 353-355, 570.

参考文献[編集]

  • Hunnicutt, R. P. (1994). Sherman: A History of the American Medium Tank. Presidio Press. ISBN 0-89141-080-5. 
  • Ness, Leland (2002). Janes World War II Tanks and Fighting Vehicles. Harper Collins. ISBN 0-00-711228-9. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]