M8 75mm自走榴弾砲

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M8 75mm自走榴弾砲
M8GMC-Saumur.0004z89h67.jpg
ソミュール戦車博物館に展示されるM8自走榴弾砲。
基礎データ
全長 4.98m
全幅 2.32m
全高 2.72m
重量 16.33t
乗員数 4名
乗員配置 車長兼装填手、砲手、操縦手、副操縦手
装甲・武装
装甲 最大44.5mm~9.5mm
主武装 M2/M3 75mm榴弾砲 (弾薬46発)
副武装 M2 12.7mm重機関銃 弾薬400発
機動力
速度 58km/h
エンジン ツイン・キャデラックシリーズ42、16気筒ガソリンエンジン
220馬力
行動距離 160km
出力重量比 13.47hp/t
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M8 75mm自走榴弾砲第二次世界大戦中に開発されたアメリカ合衆国自走砲である。M8スコットの名でも知られる。

開発[編集]

本車はM5軽戦車の車体を基に開発された。試験車両は量産型M5軽戦車の砲塔を撤去し、オープントップの新型砲塔に置き換えた。この車輛はT47(T17E1)と呼称された。

兵装[編集]

本車の兵装は、新規に開発されたオープントップの砲塔に口径75mmのM2榴弾砲を装備したもので、のちには改修を加えた75mm M3榴弾砲が装備された。本車は46発の75mm砲弾薬を搭載した。弾薬の種類はM89煙幕弾とM48高性能榴弾であった。

量産型M5軽戦車が同軸や車体前方に装備したM1919A4 7.62mm機銃は、本車には装備されなかった。副兵装には、近接防御と対空防御のため砲塔のタワーマウントにM2 12.7mm重機関銃1挺を装備し、12.7x99mm NATO弾400発を搭載した。

生産[編集]

1942年4月、T47はM8自走榴弾砲として量産に移行するよう命令された。量産が実行されたのは1942年9月から1944年1月までである。総計1,778輌が量産された。

戦歴[編集]

大戦の間、M8自走榴弾砲は、イタリアでの作戦西部戦線太平洋戦線での戦場に投入された。本車は第一次インドシナ戦争フランス連合およびベトナム国によって使用された。また本車は105mm榴弾砲を使用するM7自走砲によって広範に代替された。

派生型[編集]

T17
M5軽戦車の車台上に大型の固定戦闘室を設け、75mm榴弾砲を搭載した自走榴弾砲。試作車。計画のみ。
M8 75mm自走榴弾砲
M5軽戦車の車体を基として開発された車輛。
M8A1 75mm自走榴弾砲
M5A1軽戦車の車体を基としている。少数は主砲がM3 75mm榴弾砲に換装された[1]

参考文献[編集]

  1. ^ http://mailer.fsu.edu/~akirk/tanks/UnitedStates/selfpropelledguns/usspg-M8A1.jpg

関連項目[編集]

  • LVT LVT(A)-4がM8自走榴弾砲の砲塔を装備した。
  • DN-V Bufalo - メキシコ国産の装甲兵員輸送車「DN」をベースにM8の砲塔を搭載したメキシコ製の自走砲。

外部リンク[編集]