M46パットン

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M46 パットン
Marines-tank-Korea-19530705.JPEG
性能諸元
全長 8.48m
全幅 3.51m
全高 3.18m
重量 44t
懸架方式 トーションバー方式
速度 48km/h
行動距離 130km
主砲 50口径90mm M3A1
副武装 12.7mm M2重機関銃×1
7.62mm M1919A4機関銃×2
同軸1挺、車体正面右側1挺)
装甲 砲塔
防盾114.3mm 前面101.6mm
側面76.2mm 後面76.2mm
上面25.4mm
車体
前面上部101.6mm
前面下部76.2mm
側面76.2-50.8mm 上面22mm
後面上部50.8mm 後面下部19mm
エンジン コンチネンタル AVDS-1790-3
4ストロークV型12気筒空冷ガソリン
810HP(604kW)
乗員 5名
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M46 パットン英語: M46 Patton)は、アメリカ合衆国で開発・製造された戦車である。同車の愛称であるパットンは、第二次世界大戦中にヨーロッパ戦線で活躍したジョージ・パットン陸軍大将に由来する。

同車は、M1エイブラムスが開発されるまでアメリカ軍主力戦車であったM47M48M60で構成されるパットンシリーズの元祖である。

開発[編集]

後方から見たM46
M26とはエンジングリルが違うのがわかる

第二次世界大戦が終結すると、アメリカ戦車生産・開発は事実上ストップした。1950年代に向けての構想はあったものの、従来のM24 チャーフィー軽戦車M4A3E8 シャーマン中戦車M26 パーシング重戦車で機甲力の任務はカバーできるとされた。開発予算は航空機製造に回されがちで、地上兵器は既存車両の近代化計画で乗り越えることとなった。これは、1940年代末の国際情勢の悪化でも変わらなかった。

1946年5月、アメリカ陸軍はM26 パーシングを更新する戦車の開発を開始した。M26は、エンジンの出力不足による登坂力不足を指摘されていたため、より高出力のエンジンであるコンチネンタル AV-1790-3と、新型トランスミッションであるアリソン CD-850-1を搭載した試作車M26E2が開発され、試験が行われた。搭載する90mm砲長砲身T54に変更する案もあったが、結局従来の90mm砲に新設計の排煙器マズルブレーキを装備したM3A1が採用され、試作車も新たにT40の名が与えられた。結果が良好であったため、1949年には新しい形式番号M46と、ジェネラル・パットンの名を与えられ制式採用された。

M46は新規生産ではなくM26を改造して作られており、その生産途中で新型のM47パットンが開発されたが、初期トラブルが多発し生産が遅れ、つなぎとしてエンジンをAV-1790-5Bに、トランスミッションをCD-850-4に変更、ブレーキ周りなどを改良したM46A1が追加生産された。およそ2,000輌生産されたM26の内、800輌がM46に、360輌がM46A1に改造されている。

M26とM46の外見は非常に似通っているが、エンジングリルが大きく異なり、起動輪と最後部の下部転綸の間に追加された小型転綸で容易に識別できる。M46とM46A1は外見が同じで、登録ナンバー30163849以降であればA1と識別できる。

運用と戦闘[編集]

M46 パットンは、母体となったM26と共に朝鮮戦争に実戦投入され、朝鮮人民軍T-34-85よりも優れた性能を発揮した。M46は、この戦争で計12回の対戦車戦闘を経験し、8輌を失っている。後期には戦車戦の機会が無くなり、砲撃支援や車体を壕に隠して、トーチカ代わりとして働いた。

アメリカ軍のM46は、1957年2月に後継のM47M48にその座を譲り、全車退役した。

採用国[編集]

関連項目[編集]