日本国政府専用機
日本国政府専用機(にほんこくせいふせんようき)とは、日本国政府が所有・運航を行い、政府要人の輸送および、在外の自国民保護などのために使用される航空機(政府専用機)であり、防衛省・航空自衛隊が管理および運用を行なっている。
目次 |
[編集] 沿革
- 1987年(昭和62年):政府専用機2機の導入を閣議決定(予算は両機で計360億円)[1]
- 1991年(平成3年):9月 一番機 JA8091 受領、11月 二番機 JA8092 受領
- 1992年(平成4年):4月 総理府から防衛庁(現在は防衛省)に管理移管、運輸省における民間航空機としての登録を抹消し、航空自衛隊の機体識別番号が与えられる[2]、同月 初の海外飛行(アメリカ合衆国ワシントンD.C.に試験飛行)
- 1993年(平成5年):2月 渡辺美智雄副総理兼外務大臣が初使用(訪米)、4月 宮澤喜一が内閣総理大臣として初使用(訪米)、6月 特別航空輸送隊を編成、9月 今上天皇・皇后が初使用(訪欧)
- 1995年(平成7年):8月 日本航空が羽田空港における地上ハンドリングを受託
- 2002年(平成14年):4月 要人輸送100回
- 2005年(平成17年):4月 政府が三番機の導入を断念
- 2006年(平成18年):9月 海外寄港地200か所
- 2007年(平成19年):4月 大規模改装工事終了(通信機能の強化、座席のグレードアップ、会議室及び随行員室の内装変更など)
[編集] 概説
日本は2010年現在、「日本国政府専用機」としてボーイング747-400 2機を所有、運用している。アメリカの大統領専用機が「空飛ぶホワイトハウス」と呼ばれていることにあやかり、「空飛ぶ総理官邸」と呼ばれるほか、天皇や皇族が搭乗する際は「御召機」(おめしき)または「御料機」(ごりょうき)、「空飛ぶ御所」とも呼ばれる。[要出典]
要人が政府専用機を使用する際は、通常任務機と副務機が共に飛行し[3]、任務機が故障した場合には直ちに副務機が使用できるという体制をとっている。
天皇・皇后の外国訪問と、内閣総理大臣の外遊が重なった場合には、政府専用機は、事実上日本の「元首」とされている天皇・皇后の搭乗機として優先使用される原則となっている。直近の例としては、2009年7月に天皇・皇后のカナダ訪問で政府専用機が使用中のため、イタリアでの主要先進国首脳会議(ラクイア・サミット)に出席する為に訪伊した麻生太郎内閣総理大臣が日本航空の特別機を使用した。
両機は総理府の予算で購入され、航空自衛隊に運用を委託する形で使用を開始。現在では防衛省が管理する航空自衛隊機で、乗組員は航空整備士[4]から、日本航空で訓練を受けた特別空中輸送員(客室乗務員)[5][6]まで、すべて「航空自衛隊特別航空輸送隊第701飛行隊」、通称「特輸隊」と呼ばれる組織に所属する航空自衛官である
日本国政府専用機は2機体制であるが、本来要人輸送機は最低でも「正(要人搭乗・主務機)」、「副(随行・副務機)」、「予備(正・副が出発した後基地で待機・非常時の代替機)」の3機体制で運用されるのが望ましいとされている。もし1機が故障していると使用できるのが1機のみになり予備機がなくなってしまうからで、また海外寄港地で2機とも故障した場合は代替機がなくなり、危機管理上の問題を呈すとみなされているからである[7]。
しかし当初の2機購入の数年後に防衛庁が上記の理由で三番機の予算も原案に組み込んだところ、大蔵省査定ではねられてしまった。そもそも政府専用機の導入は、当時日米間の最大懸念だったアメリカの巨額の対日貿易赤字を減らすための国策的要素が強いものだっただけに、やがてバブルが弾けて日本経済が長期にわたる不況に陥ると、三番機の購入に数百億円もの税金を充てるのは難しい状況となった[8]。
同じボーイング747シリーズを使用していることもあり、アメリカ大統領専用機のエアフォースワンと比べられることも多い日本の政府専用機だが、両者の大きな違いはその用途にある。エアフォースワンは「政府」専用機ではなく、事実上の「大統領の自家用機」で、大統領個人が「良識の範囲内」で公私にわたって自由に使用することが認められており、国内遊説や選挙戦はもとより、休暇時の保養地への移動にも使われている。一方、日本の政府専用機はあくまでも公用車や御料車と同様に政府所有機であり、その用途は公用に限られる(首相や内廷の所有物ではない)。しかも通常は外遊時にのみ使用され、国内での移動に利用されることはほとんどない[9]。したがって年間の飛行回数や飛行時間はエアフォースワンにくらべると格段に少なく、導入当初は「虎の子」「宝の持ち腐れ」などといった批判を浴びることも少なくなかった。
[編集] 導入への過程
第二次世界大戦終結後、皇族や首相、閣僚の海外公式訪問や国内移動の際に、半官半民の経営体制である日本航空の特別機が頻繁に使用されることになり、1954年8月には、北海道で開かれた国民体育大会開会式から帰京する昭和天皇と香淳皇后のために、初の皇族向け特別機のダグラスDC-4が千歳空港-羽田空港間で運航された[10]。
その後も特に海外公式訪問の際の特別機として、国際線を唯一運航していた日本航空の機材が利用されるケースが多かったものの、1970年代に入りアメリカ政府から対日貿易赤字の縮小を求められ、その過程で、アメリカ製の航空機を政府専用機として購入することで、アメリカ政府の態度を和らげる一助にすることなどを背景に、アメリカ製のボーイング747-SPやボーイング707、マクドネル・ダグラスDC-10などを中心に導入が検討されはじめた。
また、ベトナム戦争やイラン・イラク戦争など、海外の有事の際の邦人救援特別機として日本航空の機材を使用することを打診した際に、乗務員の安全面などから同社の労働組合が運航に反対するなどの問題があった。さらに自衛隊員の海外派遣に際して、同社の一部の労働組合から様々な反対があるなど、有事の際の海外移動を一民間会社に任せることへの問題が噴出し、この様な問題がない政府専用機の導入への検討が進められた。
その上、1951年の設立から長らく半官半民という経営体系であった同社が、1985年9月に、当時の中曽根康弘首相が進める国営企業や特殊法人の民営化推進政策を受けて完全民営化の方針を打ち出したことなど様々な理由から、1980年代半ばになり急速に政府専用機の導入が推し進められることとなった。
最終的に、日本から無給油でヨーロッパや北アメリカの主要都市に飛ぶことができる当時唯一の機材であることなどから、アメリカのボーイング社が当時開発していたボーイング747-400の導入が1987年に閣議決定され、予備機を含め2機が導入されることとなった。
[編集] 諸元
[編集] 名称
- 政府による正式呼称: 「日本国政府専用機」
- 航空自衛隊における正式名称: 「特別輸送機」
- 英語表記: 「Japanese Air Force One/Two」
[編集] コールサイン
- Japanese Airforce 001/002: 主務機/予備機。任務飛行中の政府専用機を指し、それ以外は下記となる。
- Cygnus 01/02[11]: 訓練時、および任務外移動時。
[編集] 機体
- 機種: ボーイング747-400[12]
- エンジン: ゼネラル・エレクトリック CF6-80C2B1F[13]
- 所属: 航空自衛隊 航空支援集団 特別航空輸送隊
- 機体番号: 20-1101、20-1102[2]
- 機数: 2機(通常2機を同時にペアとして運用)
[編集] 外装
- 胴体: 白地に、金のアンダーライン付き赤の帯。前方の左側には「日本国
JAPAN」、右側には「JAPAN
日本国」の文字(左右対称にするため)、後方の両側には小さく「航空自衛隊」の文字 - 主翼: 左翼の上に「JAPAN」の文字。両翼の上下計4か所に航空自衛隊の国籍標章
[14]。 - 尾翼: 垂直尾翼の左右両側に大きく航空自衛隊の国籍標章
、その前方部に小さく機体番号。
[編集] 内装
- 前方より、貴賓室、夫人室、秘書官室(11席)、会議室(4席)、事務室(2席)、随行員室(12席+21席)、一般客席(89席)がある。随行員室は2-3-2アブレスト(ビジネスクラス用シートを使用)、一般客席は2-4-2アブレストである。一般客席の中央部には記者会見席(3席)がある。
- 2階部分は25席あり、運航要員の座席となっている。
- コックピット: 他のボーイング747型機と同様に2階前方にある。コックピット天井にある脱出用ハッチの開口部には、専用器材を取り付けることにより国旗を立てることができる。コックピット後部は通信室と、隊員の休息室がある。
[編集] 用途
[編集] 運航及び整備の委託
通常は北海道の新千歳空港に格納されている。航空自衛隊千歳基地に所属する自衛隊機である。
日本航空とそのグループ企業が、政府専用機の国内外における運航ハンドリングおよび整備協力を運航先の世界各地において行っていた。
経営再建中の日本航空は燃費の悪い同型機を2011年度3月1日を以て退役させたことにより、部品や人員の関係から、数年後には整備を受けられなくなる見通しとなった。そのため、政府では2機を退役するか否かの検討に入った[18]。
2010年12月、日本貨物航空に、運航免許取得業務を委託した[19]。
[編集] その他の要人輸送機
政府専用機とほぼ同時期に購入したフランス製のアエロスパシアルAS332Lヘリコプター(陸上自衛隊運用・現在新機種のEC225LPへ更新中)があり、近・中距離移動に用いられている。また航空自衛隊の多用途支援機のガルフストリーム・エアロスペースU-4(ガルフストリーム IV)も国内の高速移動に使用されている。なお、このU-4であるが2008年8月には当時の福田首相が8日に北京オリンピックの開催式に出席後、9日の長崎原爆の日の平和式典に出席する日程であったことから、深夜の日中間を移動する手段として使われたことがある[20]。
[編集] 今後の課題
| 内閣総理大臣 |
|---|
| 現職・野田佳彦 (野田内閣) 就任日:2011年9月2日 |
| 歴代の首相と内閣 |
| 歴代内閣総理大臣 歴代内閣 |
| 首相が使う施設や機材 |
| 首相官邸 首相公邸 政府専用機 内閣総理大臣専用車 |
| 首相を補佐する人々 |
| 内閣官房長官 内閣総理大臣補佐官 内閣総理大臣秘書官 (内閣官房) |
| 内閣を組織する人々 |
| 副総理 国務大臣、副大臣 内閣官房副長官 大臣政務官 内閣法制局長官 |
| 首相関連の用語 |
| 首班指名選挙 内閣総理大臣臨時代理 内閣総理大臣臨時兼任 班列と無任所大臣 内閣総理大臣の辞令 |
| 首相関連の表彰 |
| 内閣総理大臣杯 内閣総理大臣顕彰 国民栄誉賞 |
アメリカやEUやロシア、フランスやドイツなどの航空機製造国は自国の新造機を政府専用機としているが、その他多くの国ではボーイング・ビジネス・ジェットやエアバス・コーポレート・ジェットなどの中型機を導入するか、民間からボーイング757やボーイング727などの中古の中・小型機、もしくはボーイング747-SPなどの中古のワイドボディ機を買い上げて改造する例も多く、製造国以外でボーイング747-400やエアバスA340など、非常に高価なワイドボディ新型機を新規に購入した例は、日本やブルネイ、カタールなど、極僅かな国のみである。
また近年において中・小型機の航続距離、双発機(ボーイング737、ボーイング777、エアバスA330など)の燃費やETOPSなどが飛躍的に向上した結果、短い滑走路を持つ地方の空港からでも容易に離着陸できる小振りの機種の方が汎用性の面においてより優れた選択肢となった[21]ことも、こうした政府専用機小型化傾向の背景となっている。
実際、ボーイング747が安全な離着陸を行うためには最低でも2500 - 2750mの滑走路が必要で、そのような長い滑走路を持つのは大都市の国際空港や空軍基地にほぼ限られてしまうことから大型機では運用が中途半端なものとなり、警備上の問題、経済性の低さなどが指摘されるようになっている[22][23][24]。その点、ボーイング737-600以降の新型機種などでは通常2000mの滑走路もあれば余裕を持って離着陸できるため、運用できる空港が非常に多くなる利点がある。
なお、2008年(平成20年)10月17日付の産経新聞によると、三菱重工業が国内産小型旅客機として開発中の「MRJ」を10機発注することが予想されている。MRJはボーイング737よりさらに小型で燃料効率がよいとされ、また開発に関して国が補助金を出していることから販売を促進する目的も兼ねているが、太平洋無着陸横断飛行などの長距離洋上飛行が出来ないため、国内及び近距離の外国への渡航用に使用する補助的な存在になると考えられている。
また、整備面からもボーイング747-400の安定的継続運用には疑問符がつく。現在、航空自衛隊では日常整備以外の整備(M整備・C整備・A整備)を日本航空に委託している[25]が、「2010年度路線便数計画」において同型機の年度内退役が決定されたことから、2011年度以降これら整備の新たな委託先について防衛省内で検討が行われている[26]。日本航空は退役後しばらくの間は受託を継続するとみられているものの経営再建中で機材を処分しており技術者も減る上、同社からの退役後も同機材を運航する予定の全日本空輸も近年中に退役を予定している上、その後もボーイング747-400の貨物型を運航する予定の日本貨物航空も旅客型の整備、運航実績がないために、防衛省では新機材の導入や民間チャーターの活用などを検討する事を表明している[27]。
2011年1月、現用中の2機について退役を含め政府内で検討を行うことが決まった[28]。
[編集] 逸話
[編集] ヒッチハイク外交
2002年(平成14年)6月28日に、カナダのカルガリー郊外の保養地、カナナスキスで行われた主要国首脳会議の帰途、ドイツのゲアハルト・シュレーダー首相と秘書官・警護員ら5人が小泉純一郎総理搭乗の日本国政府専用機に同乗して来日した。
翌々30日に横浜国際総合競技場で行われる2002 FIFAワールドカップの決勝・ブラジル対ドイツ戦を控え、「この観戦に間に合うよう、ぜひ相乗りで行かせて欲しい」というドイツ側からの異例の要請を日本側が快諾したものである。約10時間の飛行中、機内ではくつろいだ雰囲気のなかで日独首脳会談(「ヒッチハイク外交」、外務省)が行われたほか、両首脳は食事を共にしながら四方山話に花が咲いたという。小泉総理は総理執務室をシュレーダーに譲って、自らは官房副長官用の個室で休息した。
一国の首脳が他国の政府専用機に同乗して長時間に及ぶ海外フライトを行うというのは、外交プロトコル上の変則であることは言うに及ばず、危機管理の面から見ても異例なこと[29]であり、日本政府専用機ではこのシュレーダーの便乗が唯一の例、しかも例外中の例外となっている[30]。
ドイツ政府も元東ドイツのインターフルク所有機であったエアバスA310-300を政府要人専用機として保有しており、シュレーダーは同機でカルガリー入りしている。A310-300にはカナダ太平洋岸やアラスカなどで一回の給油を行えば羽田まで難なく飛ぶだけの航続距離があるはずだが、ETOPS180の認定は受けているものの双発機で飛びなれない洋上を長距離飛行することに不安があったのか、次大会のホスト国でもあるドイツが決勝進出したことでよほど気が急いたのか、この相乗りの背景にある詳細な事情が説明されることは一切なかった。
[編集] 副務機の活用
前述の通り政府専用機は、通常は任務機と副務機の2機体制で運航している。基本的に副務機は任務機に何らかの問題が発生した場合に任務機に替わり乗客を輸送するためのものであり、通常乗客が搭乗した状態では運航されないが、ときには特殊な事情で副務機に乗客を搭乗させるケースがある。
2004年5月には、北朝鮮による日本人拉致問題に関連して、2002年に日本に帰国していた蓮池薫夫妻・地村保志夫妻の子供5人を日本に帰国させる際に、副務機を使用した例がある[31]。
2009年4月には、タイ中部のパタヤで開かれる予定だった東南アジア諸国連合 (ASEAN) の会議に出席するため、麻生太郎首相が政府専用機でパタヤ入りしたが、反政府派による暴動のため会議が中止されたのみならず、タイ政府による非常事態宣言が出され安全確保に問題が生じる事態となったため、当初民間機で帰国する予定だった日本政府の関係職員らを急遽帰国させるために副務機が活用された。この際副務機には機内食などの用意がされていなかったため、麻生首相が自ら宿泊先のホテルからサンドイッチを手配して機内食代わりに差し入れたといったエピソードも生まれている[32]。
[編集] 注釈
- ^ 「政府専用機維持経費」防衛省 (PDF)
- ^ a b 納入時は民間機として機体記号 JA8091 と JA8092 で登録されていたが、自衛隊への移管時に軍用機扱いとなり、20-1101と20-1102の機体記号識別番号が与えられた。
- ^ 通常約30分の間隔をとって副務機が任務機の後を追う。
- ^ 政府専用機には1機につき7人の航空機体整備員が同乗し、海外でも自力で機体整備ができるようにしている。また各機には予備のパーツから照明灯や窓磨きにいたるまで、あらゆる状況を想定した備品が搭載されている。
- ^ 空軍同等である航空自衛隊に客室乗務員業務のノウハウはないので、担当の自衛官は運航ハンドリングを委託している日本航空グループの日本航空インターナショナルに約3か月間出向してサービス技能の研修を受ける。
- ^ 「政府専用機維持経費」防衛省 (PDF)
- ^ 1999年2月にヨルダン国王のフセイン1世が死去した際には、フセイン1世が行政府の長を兼ねていたことから国葬には皇太子徳仁親王夫妻と内閣総理大臣の小渕恵三夫妻が共に参列することになり、両者が二機に分乗したため、双方が主務機扱いとなった。このため両機は予備機なしで0泊3日の往復飛行をこなすこととなった。
- ^ なおイラク戦争以後、自衛隊の海外派遣などで政府専用機を活用する機会が増えたことに伴い、政府は三番機の購入を再び模索、防衛庁はこれをうけて空中給油機としての併用が可能なボーイング767を視野に入れた検討を始めたが、同じころ政府が導入を決定したミサイル防衛関連予算が膨大なものとなったことから、このときも結局導入を断念している。
- ^ 国内での利用は、2000年の九州・沖縄サミットの際の森喜朗首相の沖縄入り、2004年の日韓首脳会談の際の小泉純一郎首相の鹿児島入り、2008年の北海道洞爺湖サミットの際の福田康夫首相の北海道入り、2009年5月の太平洋・島サミットの際の麻生太郎首相の北海道入りなどこれまでに数回しかなく、しかもそのほとんどが国内遠隔地における外国首脳との会談がらみとなっている。
- ^ 往路はお召し列車と青函連絡船を利用。この際に青函連絡船でお召し船となったのが洞爺丸である
- ^ “Cygnus”(シグナス、意味は「はくちょう座」)は特別航空輸送隊所属機のコールサイン。
- ^ ボーイングのコードは 747-47Cで、末尾の「-7C」が「日本国政府」を表すカスタマーコード。自衛隊では B-747-400で、「B-」が「ボーイング」を表す(軍用の輸送機は通常「C-」、要人輸送にも使う多用途支援機は通常「U-」ではじまる)。
- ^ 日本航空・全日空と同じ仕様
- ^ 国籍標章は左右主翼の上下と垂直尾翼の両側の計6か所につけられており、どこから見ても日本国政府専用機だということが一目で分るよう配慮されているが、これを見た細川総理は「どこかの七つ紋みたいだね」と漏らしたという。
- ^ 法令で定められているのは 1) 天皇および皇族、2) 国賓およびこれに準ずる賓客、3) 最高裁判所長官、4) 衆議院議長および参議院議長、5) 内閣総理大臣、6) 国務大臣。ただし、実際には内閣総理大臣や天皇を初めとする皇族による使用がほとんどとなっており、その他の閣僚(国務大臣)や三権の長は一般の定期便を利用している。皇族では、オランダ公式訪問のため2009年8月21日に出発した秋篠宮夫妻も、成田国際空港から民間機を利用した。
- ^ なお、総理の外遊の際には報道各社の同行記者が同乗し、機内で記者会見が行われることもある。
- ^ 特に、軽武装の陸上自衛隊北部方面隊普通科隊員の緊急輸送。
- ^ 政府専用機:退役へ 経営再建中の日航、整備困難に 毎日.jp 2011年1月24日
- ^ 日本経済新聞 2010年12月8日
- ^ 朝日新聞2008年8月10日付けの「首相の1日」より
- ^ 2007年5月8日、麻生外相が閣僚懇談会で、緊急時の機動性などを理由に小型の政府専用機導入を提案したことが報じられた。ロシアのエリツィン前大統領の葬儀に日本の首脳特使が派遣できなかった事態を踏まえたもの。小型の政府専用機候補としてボーイング C-40 (737-700)、エアバスA320、ガルフストリーム IVなどが候補としてあげられている
- ^ 実際にアメリカ大統領が国内の地方都市を訪れる際に、VC-25では乗り入れができないためVC-137BやC-9を使用することも多い。なお、日本政府がボーイング747-400の導入を閣議決定した1987年当時、日本外交の中心だったアメリカ東海岸や欧州へノンストップで飛行できる機種がこの747-400の他にはなかったことも選定理由の一つである。日本航空がかつてボーイング747を世界一多く保有していた理由の一つもこれと同じである
- ^ 2002年4月の小泉純一郎内閣総理大臣の東ティモール訪問の際、首都ディリのプレジデンテ・ニコラウ・ロバト国際空港の滑走路が短かったため、政府専用機での直接訪問が出来ず、ジャカルタまでの運航となった
- ^ 2009年2月、麻生太郎日本国内閣総理大臣とドミートリー・メドヴェージェフロシア連邦大統領との日露首脳会談が、ロシア連邦サハリン州ユジノサハリンスクで開催される。麻生総理は、当初政府専用機で現地入りする予定であったが、ホムトヴォ空港の滑走路幅が狭く、着陸が不可能であるとして、政府専用機での現地入りを取りやめた。[1]
- ^ 「政府専用機維持経費(JAL関連)」防衛省 (PDF)
- ^ [2]
- ^ 「政府専用機維持経費(JAL関連)」 (PDF)防衛省
- ^ 政府専用機:退役へ 経営再建中の日航、整備困難に 毎日.jp 2011年1月24日
- ^ もし本国で緊急事態が発生した場合、迅速な情報収集に支障が出るばかりか、本国政府機関と首脳との交信が他国に筒抜けになってしまうため。
- ^ ただし訪問中の親しい外国首脳を政府専用機に乗せて国内で短距離飛行を行うという例は少なくない。2006年6月30日、アメリカのブッシュ大統領夫妻は退任を2か月半後に控えて最後の訪米となった小泉に念願の「グレースランド巡礼」をプレゼントしたが、その際ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地からテネシー州メンフィスまでの1時間強の空の旅に、小泉をエアフォースワンに同乗させて親しくもてなしている
- ^ 拉致被害者の家族5人帰国、曽我さんは第三国で再会案 - asahi.com
- ^ 麻生首相ら、混乱のタイから脱出 予備機もフル活用 - MSN産経ニュース・2009年4月13日