内閣総理大臣専用車
内閣総理大臣専用車(ないかくそうりだいじんせんようしゃ)は、内閣総理大臣が日常的に使用する公用リムジンである。
目次 |
[編集] 概要
| 内閣総理大臣 |
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| 現職・野田佳彦 (野田内閣) 就任日:2011年9月2日 |
| 歴代の首相と内閣 |
| 歴代内閣総理大臣 歴代内閣 |
| 首相が使う施設や機材 |
| 首相官邸 首相公邸 政府専用機 内閣総理大臣専用車 |
| 首相を補佐する人々 |
| 内閣官房長官 内閣総理大臣補佐官 内閣総理大臣秘書官 (内閣官房) |
| 内閣を組織する人々 |
| 副総理 国務大臣、副大臣 内閣官房副長官 大臣政務官 内閣法制局長官 |
| 首相関連の用語 |
| 首班指名選挙 内閣総理大臣臨時代理 内閣総理大臣臨時兼任 班列と無任所大臣 内閣総理大臣の辞令 |
| 首相関連の表彰 |
| 内閣総理大臣杯 内閣総理大臣顕彰 国民栄誉賞 |
内閣総理大臣が外出のため移動する際は、公用・私用(選挙の遊説も含む)問わず専用車を使用する。
防弾ガラスや特殊鋼の装甲が施された防弾車仕様であるが、セキュリティ上の理由から詳しいスペックは明らかにされていない。他の国務大臣の公用車には防弾改造は施されておらず、この意味で総理大臣専用車は特別な扱いである。総理大臣専用車の運転手は総理大臣官邸職員であり、総理大臣の任期とともに役割を終えるのが慣例で、仮に総理大臣の任期が短期で終わったとしても交代する。車検証上の所有者は内閣である。
総理大臣乗車の際は、専用車の助手席にSPキャップが同乗して警護に当たる。 専用車は、回送時を除いて単独で移動せず、車列でまとまって移動する。専用車と、これを挟む形で前後2台の警護車を加えた3台が車列の最小構成単位であり、あとは状況に応じ、車列に警護車や白黒パトカーが増えたり、共同通信社と時事通信社所属の総理大臣担当記者(番記者)が乗るいわゆる「番車」や、随行の官僚の公用車が加わる。
なお、見た目の問題と思われるが、車列の最小構成単位の3台(すなわち、専用車と2台の警護車)は、可能な限りメーカーが統一される。現在の総理大臣専用車は、下記のとおりいずれもトヨタ自動車製であり、警護車もこれに倣ってトヨタ・センチュリー、トヨタ・セルシオ、トヨタ・クラウンマジェスタが使われる。専用車警護車のボディーカラーも黒で統一される。 警護車が増車される場合や地方での運用等の場合は、スバル・レガシィなどトヨタ製以外の車も使われる。
専用車に交付されるナンバープレートは、老朽化等で車両の入れ替えがあっても番号が不変であるのが特徴的である。
フロントグリルの内または外およびリアバンパーには、白熱球(トヨタ・センチュリー)やLED(レクサス・LS600hL)が光源の青灯が仕込んであり、総理大臣乗車時にはこれを点灯させて走る。
移動先や移動ルートがあらかじめ決まっている皇室や最高裁長官などと違い、政治家である総理大臣は移動ルートが頻繁に変わるので、警察が事前に把握したルートと移動タイミングに合わせて信号をすべて青にするなどの特別措置は基本的に取られず、赤信号でも停車するなど道路交通法を遵守しながら走行する。
危険が予知される場合は、警護車に乗車の警察官が箱乗りをしながら赤い誘導灯を振り回して四囲の車を適宜規制する。 この対応でも危険を排除できなさそうな場合は、警察の緊急自動車に誘導されている他の車両は緊急自動車とみなす法令上の規定を利用し(道路交通法施行令第13条第2項)、先導警護車の緊急走行に従って専用車も緊急走行する。
平常時では、不穏な一般車の動きを防ぐため、専用車に先行する警護車は不審な動きの車両がないか目を光らせ、後続の警護車は、自車を追い抜いて専用車に近づく車両がないか目を光らせるとともに、カーブで急加速して専用車の外に大きくふくらみ、横から専用車に突進しようとする暴走車に備える。このとおり、専用車は常に警護車に守られている。 過去には、当時の小泉純一郎首相の乗った信号待ち中の専用車を、左後方から強引に追い抜こうとした、33歳会社員男性の運転する不穏なミニバイクの行く手を、SPが警護車のドアを開けることでブロックするという事故も起きた(2003年12月3日、東京都渋谷区の交差点で。本来は後方不注意であり、人身事故となった場合は責任を問われる)。
[編集] 歴史
第26代田中義一、第27代浜口雄幸内閣時代は第一次世界大戦の青島で戦利品としたベンツ、第28代若槻礼次郎内閣時代は若槻が内務大臣時代に使用していた内務省のパッカード、第29代犬養毅内閣時代は宮内省が1928年(昭和3年)11月6日 の御大典のパレード用に購入した1928年式クライスラー、第30代斎藤実、第31代岡田啓介、第32代広田弘毅、第33代林銑十郎、第34代近衛文麿、第35代平沼騏一郎、第36代阿部信行内閣時代は新車で購入した1931年式リンカーンであった。このリンカーンには途中から防弾ガラスとボディに装甲が施されかなりの重量過大となったことで阿部信行から「戦車に乗っているようだ。」と不興を買うこととなった。阿部がこの車に乗ることを拒否したため一時的に南洋庁のパッカードを使用していたが、代替となる車を探そうにも当時新たな車を輸入する目途は無かった。その後、上海に駐留する津田中将の乗車との交換で1939年式ビュイックが総理専用車となり、第38代米内光政までこの車が使用された[1]。
戦争の進行と共に燃料が不足し市中の車は木炭自動車に改造されていた第40代東条英機内閣の頃になると総理専用車もプロパンガス仕様に改造されることとなった[2]が、皮肉にもこの頃になると占領地域で接収された車が入手できる状況となっていた。東条の専用車はシンガポールで接収された1940年式クライスラーで、これと並行して陸軍省にあった1936年式ビュイックをオープントップに改造した車も使用した[3]。
1960年代初頭、佐藤栄作首相の時代から国産車(トヨタ・クラウンエイト、日産・プレジデント、トヨタ・センチュリーなど)が使用されるようになった。
1963年のケネディ大統領暗殺事件を機に総理大臣専用車の安全性向上が考慮されるようになり、当時発売されて間もないセンチュリーを開発したトヨタ自動車がこれを引き受けることになった。ボディに使用する特殊鋼は富士製鐵、はめ殺し式の防弾ガラスは旭硝子が開発したものであった[4]。
1967年以来、トヨタ自動車が開発したセンチュリーが代々、専用車として納入されてきたが、北海道洞爺湖サミットを控えた2008年6月からは、新たに低燃費かつCO2排出量が従来のセンチュリーよりも少ないことから、新たにレクサス・LS600hLが導入された。なお継続してセンチュリーも併用されている。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 『首相官邸・今昔物語』(大須賀瑞夫 著、朝日ソノラマ、1995年、ISBN 4257034092)
- 『バックミラーの証言 -20人の宰相を運んだ男』(柄澤好三郎/NHK取材班 著、日本放送出版協会、昭和57年6月1日、ISBN 4-14-008275-5)
[編集] 外部リンク
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