野々村真

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ののむら まこと
野々村 真
本名 野々村 真
別名義 野々村 誠
生年月日 (1964-06-24) 1964年6月24日(56歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都 文京区本郷
身長 182 cm
血液型 A型
職業 タレント俳優司会者
活動期間 1981年 -
配偶者 野々村俊恵
著名な家族 野々村香音(長女)
事務所 スターダストプロモーション
公式サイト スターダストプロモーションによるプロフィール
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野々村 真(ののむら まこと、本名同じ[1]1964年6月24日 - )は日本タレント俳優司会者。旧芸名は野々村 誠東京都文京区本郷出身。スターダストプロモーション所属。

妻は野々村俊恵(旧芸名・坂上とし恵)で、一女一男の父親。長女は野々村香音[2]香音の弟となる長男がいる。血液型はA型。

経歴[編集]

本郷で、祖父の代から青果店を営む家庭に生まれる[3]文京区立湯島小学校文京区立第四中学校を経て、城西高等学校中退後、明治大学付属中野高等学校定時制編入・卒業(同級生には、近藤真彦野村義男がいる)。

1982年、18歳当時に劇男一世風靡が分裂する前の劇男零心会に参加していた。渋谷のNHK前や原宿の路上で踊っていたことがある(劇男零心会には参加していたが、劇男一世風靡には参加していない)。同劇団の公演をフジテレビプロデューサー(当時)の横澤彪が見学に来ており、新番組(『森田一義アワー 笑っていいとも!』)のアシスタントを選出するオーディションを勧められる。後日、劇団員数人とオーディションに参加。劇団員の中で唯一合格を果たし[4]、既にタレントとして活動していた羽賀研二久保田篤と初代いいとも青年隊としてデビュー

10年以上にわたって交際(同棲)していた元アイドル・坂上とし恵と1995年に結婚。翌年、妻は芸名を野々村姓の本名に改名し、野々村俊恵名義で芸能界に復帰。夫婦共演でのTV出演も多く、恐妻家タレントとしても有名となった。その後、二児を儲け、現在は基本的に主婦業に専念している。

エピソード・その他[編集]

  • 少年時代から野球好きで、高校時代途中まで野球部に所属していたポジションは投手で左投げで、1年時からレギュラーを獲得したほど。しかし、それを快く思わなかった同級生からは白い目で見られ、罵倒されるなどしていた。結局、病を患い、退部してしまう。その後、通っていた高校も中退し、定時制高校に通っていた。その後、渋谷で見たタケノコ族に出会い加入し、美少年を求めていた劇男零心会からスカウトされ入団(風見しんご哀川翔柳葉敏郎なども、劇男零心会に参加している)。劇団員としての厳しい稽古と並行して、番組オーディションでは不合格の日々が続く。その中で、いいとも青年隊のオーディションに合格し、芸能界入りを果たす。
    • C-C-B渡辺英樹とは家も近く、幼馴染である。また双方の実家が商売をしていたこともあり(渡辺家は米販売店)、父親同士も親しかった。野々村も渡辺も芸能界で名をあげようと奮闘していた時期が重なっていたこともあり、父親同士で「どちらの息子が先に有名になるか」という賭けをした。結果は野々村の方がいいとも青年隊で先に有名になったため、負けを認めた渡辺家から米が届けられたというエピソードがある。
    • 小学生の頃に通っていた塾の教師は歌手の安部恭弘であり、後に安部が夜のヒットスタジオに出演した際には野々村が応援に駆けつけることとなった。
  • 恐妻家としても知られ[5]、ドッキリ番組では俊恵夫人も仕掛け人側に回る事も多い。私生活では亭主関白な面も持っているらしく、『まさかのホントバラエティー イカさまタコさま』に愛娘が出演した際に「テレビでは弱いキャラだけど家では滅茶苦茶怖い」と暴露していた。一方で、芸能界きってのおしどり夫婦でもあり、俊恵夫人とは野々村が売れない時代からの付き合いという事もあり、エピソードも数多い。
    • 1997年1月18日サイパンのカラオケバーで佐々木主浩と俊恵夫人ともに日本人の一般客と喧嘩になり、佐々木が額を11針縫う傷を負った。後に、喧嘩相手が週刊誌などに喧嘩の経緯を告発したため、ワイドショーの取材攻勢を受ける騒動となった。
  • 初代いいとも青年隊として『笑っていいとも!』出演期間に、大学受験を経験した。第一志望だった青山学院大学のみに絞っての受験という気迫の選択だった。その際は『笑っていいとも!』番組放送中に合否発表を受けるという演出がなされたが、結果は不合格だった。その後野々村は大学入学を諦め、それ以降は芸能活動に一貫した。
  • 1999年4月6日からは、朝日放送テレビで放送されている『おはよう朝日です』に2020年9月28日まで曜日コメンテーターとして出演しており、月曜日のコメンテーターとしてレギュラー出演し、同番組に曜日別コメンテーターの制度が設けられてからは、井上公造に次いで出演期間が2番目に長いコメンテーターであったが前述のとおり2020年9月28日放送分をもって番組リニューアルを機に卒業した。
  • 2014年4月からはフジテレビ系列の生放送番組『バイキング』の月曜レギュラーに就任。そのため2020年9月28日までは日曜夜に大阪入りし、翌朝『おはよう朝日です』に出演。おは朝放送終了後すぐに東京に戻り、昼から『バイキング』に出演するというハードスケジュールをこなしていた。この関係から交通機関のアクシデントにより『バイキング』を欠席した事が何度かある(実例は、2014年10月6日の放送など[6])。
  • 「世界・ふしぎ発見」に長年レギュラー出演している縁から、毎年8月15日に行われる1『日立連』の徳島市阿波おどりに10年以上に渡って参加している[7][8]
  • 2020年4月6日放送からの『バイキング』はリモート出演を含めた必要最小限の出演者の進行になり、野々村真はこの日以降、スタジオ及びリモート出演機会が皆無となった。6月22日、フジテレビ局内にある別スタジオからのリモート出演で12週ぶりに番組出演した[9][10][11]

出演[編集]

バラエティ(現在)[編集]

バラエティ(過去)[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

  • アイドルを探せ(1987年) - 野々原誠 役
  • (1988年) - 日暮大次郎 役
  • 青い山脈'88(1988年) - 金谷六助 役
  • 遺産相続(1990年) - 勅使瓦英俊 役
  • 結婚(1993年) - 中岡鉄幹 役
  • 桜姫(2013年) - 吉田左門 役

劇場アニメ[編集]

CM[編集]

その他[編集]

音楽[編集]

  • 全てのシングル・アルバムはRVCから、野々村誠名義でリリースされた。

シングル[編集]

# 発売日 A/B面 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格品番
1 1985年
6月5日
A面 純情時代 荒木とよひさ 馬飼野康二 RHS-201
B面 国道から 榊杏 熊谷安廣 戸塚修
2 1985年
9月5日
A面 俱楽部メリハリ 嶺岸未来 水谷公生 RHS-212
B面 ナイト・ストレンジャー 榊杏 水谷公生 松下誠
3 1986年
2月5日
A面 横須賀不良時代 大津あきら 熊谷安廣 馬飼野康二 RHS-233
B面 涙のリフレイン 榊杏 馬飼野康二 大谷和夫

アルバム[編集]

タイアップ曲[編集]

楽曲 タイアップ
1985年 純情時代 テレビ東京系テレビドラマ「花の女子校 聖カトレア学園」EDテーマ

著書[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

外部リンク[編集]