野々村俊恵

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ののむら としえ
野々村 俊恵
本名 野々村 俊恵(ののむら としえ)
別名義 坂上 とし恵
生年月日 1964年3月16日(50歳)
出生地 日本の旗 日本 広島県三原市
血液型 O型
職業 タレント(元アイドル)
活動期間 1982年 -
配偶者 野々村真
著名な家族 野々村真(夫)
野々村香音(長女)
野々村侑隼(長男)

野々村 俊恵 (ののむら としえ、1964年3月16日 - )は、日本タレント。旧姓、坂上(さかうえ)。広島県三原市出身。血液型はO型。堀越高等学校卒業。

来歴・人物[編集]

緑ヶ丘女子商業高校(現・如水館高等学校)在学中から、広島市内の東京音楽学院広島校に通い、レッスンを受けながらスクールメイツとして活動。後に渡辺プロダクションのオーディションを受け合格。デビューのため休学し上京する(堀越学園堀越高等学校に編入)。

1982年7月21日坂上とし恵の芸名(読みは旧姓の本名と同じ)で、ビクターからアイドル歌手としてデビュー。デビュー曲は「き・い・てMY LOVE」。「クイズ・ドレミファドン!」(フジテレビ)のアシスタントを務めたほか、「笑福亭鶴光のオールナイトニッポンサンデースペシャル」(ニッポン放送)では「がけっぷちトリオ」の一員として活躍した。

10年以上にわたって交際(同棲)した野々村真1995年に結婚。翌年、本名の野々村俊恵で『はなまるマーケット』に金曜レギュラーとして出演、芸能界に復帰。夫婦共演でのテレビ出演も多い。1男1女(香音)の母。

エピソード[編集]

  • レッツゴーヤング』、サンデーズのオーディションの際、いったん不合格となるがスクールメイツで活動していたときの写真からピックアップされ逆転合格をする。
  • アイドル時代渡辺プロダクションの寮では、彼女が一番先輩で、気が強く、恐れられていた存在だった。(タレント・松本明子がテレビで暴露し、後になり、『はなまるマーケット』にて、共演を果たしその真実を討論していた)
  • 渡辺プロダクション在籍時代は、同事務所の当時の先輩小柳ルミ子に妹のようにかわいがられていた。
  • 鬼嫁のはしりとされる存在である。[1]
  • 夫の野々村真が語るように、月の小遣いは3万円など(今も)(2014年5万円と発言)、貧しかった交際期間時のエピソードは数多い。この数々のエピソードから、「しっかりしたお嫁さん」的イメージが強く、主婦タレントとしても番組に出演している。
  • 長年夫に対してビンタしたり「離婚する」と言ったりしたことは一度もなかったらしいが、2007年4月5日日本テレビ系列で放映された『くりぃむしちゅーの爆笑どっきり大作戦IV』での夫に対するドッキリで、初めて2つともやることになった。
  • 旧姓は「さかうえ」だが、それを知らない人から勝手に「さかがみ」と読まれて「『坂上二郎さんの娘さんですか?』とよく聞かれるんですよ」と、デビュー当時バラエティ番組で語っていた。またそのとき、併せて「坂上さんと目の部分が似てるんです」とも語っていた。

出演作品[編集]

テレビ[編集]

ドラマ[編集]

  • 胸キュン探偵団 (1983年8月4日から同年9月29日・TBS) 主演 (共演者は杉かおり、中島唱子、石井めぐみ)
  • うっかり婦人ちゃっかり婦人

ラジオ[編集]

  • 歌謡曲こんにちは (1982年 - 1984年 中波地方局のみネット) 魁三太郎のアシスタント
  • とし恵の今夜もカクテルシャワー (中波地方局のみネット)
  • お昼のハッピースタジオ (1984年RFラジオ日本) 月曜日アシスタント メインは山崎イサオ

映画[編集]

CM[編集]

ディスコグラフィー[編集]

シングル

  • き・い・てMY LOVE(1982年7月21日発売、B面:ひとりで街をゆくときも) SV-7235
  • 黒い瞳(1982年11月5日発売、B面:ト・シ・エ) SV-7262
  • ラスト・キッス(1983年3月21日発売、B面:恋のディクショナリー) SV-7296
  • 電話はスバヤク(1983年9月21日発売、B面:キッスのお時間) SV-7333 ※ TBS系テレビ「胸キュン探偵団」挿入歌

なお、アルバム企画され、録音まで済んでいたとの情報もあるが、発売はされていない。 

著書[編集]

  • 媚びない女(1996年 スコラ)タイトルのとおり、媚びずに生きる自分自身の考えを書いた本。文字数は少なめ 

交友関係がある芸能人[編集]

がけっぷちトリオ(笑福亭鶴光が『オールナイトニッポン』で命名)

脚注[編集]

関連項目[編集]