米子市
よなごし 米子市 | |||
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写真中央日野川河口右手が米子市中心市街 2007年9月19日撮影 | |||
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国 | 日本 | ||
地方 | 中国地方(山陰地方) | ||
都道府県 | 鳥取県 | ||
市町村コード | 31202-9 | ||
法人番号 | 8000020312029 | ||
面積 |
132.42km2 | ||
総人口 |
144,298人 [編集] (推計人口、2024年5月1日) | ||
人口密度 | 1,090人/km2 | ||
隣接自治体 |
鳥取県:境港市、日吉津村、 大山町、南部町、伯耆町 島根県:安来市 | ||
市の花 | ツツジ | ||
市の鳥 | コハクチョウ | ||
米子市役所 | |||
市長 | 伊木隆司 | ||
所在地 |
〒683-8686 鳥取県米子市加茂町一丁目1番地 | ||
外部リンク | 米子市 | ||
北緯35度25分30秒 東経133度20分01秒 / 北緯35.42500度 東経133.33361度 | |||
ウィキプロジェクト |
米子市(よなごし)は、鳥取県西部の都市。東は大山町、南は伯耆町、南部町、西は島根県安来市、北は境港市に隣接している。
概要
江戸時代初期から商業都市として発展し、『山陰の大阪』とも呼ばれる。
鉄道ではJR山陰本線と境線・伯備線の分岐点に当たり、JR米子支社が置かれ、また道路では国道9・180・181・431号及び山陰自動車道・米子自動車道が通り、岡山・鳥取・境港・松江と結ばれているほか、米子空港や境港からは韓国のソウル(仁川)や東海、ロシアのウラジオストクとも結ばれるなど、山陰随一の交通の要衝となっている。
山陰両県の中央に位置する立地から、両県を統括する企業や機関が米子市や同じくほぼ中央に当たる松江市に置かれるケースが多い。そのため、県庁所在地ではないが鳥取大学医学部や山陰放送(テレビ・ラジオ併設局)などがある拠点都市となっている。
本市を中心に山陰最大の人口を擁する米子都市圏が形成されている。また、隣接する松江都市圏・出雲都市圏とともに、雲伯地方に中海・宍道湖経済圏が形成されていると見なされる。
山陰最大の温泉地である皆生温泉は、日本におけるトライアスロン発祥の地としても有名[1]。
地理
市域はほぼ平坦で、南部は大山の裾野として丘陵地になっている。日野川が米子平野を流れており、北西部は弓ヶ浜半島となっている。 弓ヶ浜半島からは大山がみえる。 日野川の水を取水として、米子市から境港市にかけて用水路「米川」が流れている。
自然
隣接する自治体
人口
米子市(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
町名
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歴史
戦国末期には伯耆西部は出雲の東部とともに吉川広家が治めていた。
1601年、徳川家康により、伯耆国17万5000石の領主として中村一忠が封せられ、1602年に米子城を完成したといわれている。藩主中村一忠は11歳と幼少のため、執政家老横田村詮が新たに米子藩城下町を建設し藩政を治めた。1609年藩主中村一忠が急死し中村家は断絶した。
1610年に加藤貞泰が入城した。中江藤樹(近江聖人と呼ばれる)は少年期を過ごしたが、加藤家の伊予大洲藩へ移封に伴い米子を去った。 その後池田氏が治めることとなり、1632年以後は、池田氏家老荒尾氏が自分手政治 を行った。
1871年の廃藩置県で鳥取県となり、1872年に米子城の土地、建物は米子在駐の大四大隊の士族らに払い下げられた。
1889年町制施行、会見郡米子町となる。郡合併で西伯郡となった後、1927年に市制施行し米子市となる。
2000年10月6日13時30分頃に発生した鳥取県西部地震は、マグニチュード7.3、最大震度6強(鳥取県境港市、日野町)を観測したが、犠牲者がゼロという奇跡的な地震であった。
2005年3月31日に(旧)米子市・淀江町が新設合併し、(新)米子市となる。当初は、境港市・日吉津村を含む4市町村での合併を予定していたが、境港市・日吉津村は住民投票の結果、合併反対派が多数となったため、合併はせず、結局実現しなかった。
略年表
- 1575年 - 京都より薩摩に戻る途中の島津家久一行、米子を通過する。「よなこといへる町」との記述からも、少なくともこの頃には町が形成されていたと思われる。(『中書家久公御上京日記』)
- 1596年 - 吉川広家米子城を湊山に築城を始める
- 1601年 - 中村一忠が米子城に入城し米子藩とする。
- 1603年 - 一部側近の讒言に惑わされた中村一忠は執政家老横田村詮を殺害する(米子城騒動)。
- 1609年 - 藩主中村一忠が急死し中村家は断絶。
- 1610年 - 米子城に加藤貞泰が入城。
- 1617年 - 加藤貞安伊予国大洲に転封となる(米子藩廃藩)。池田光政、播磨から因幡・伯耆に移封。
- 1618年 - 米子町人大谷甚吉、村川市兵衛幕府より竹島渡航を許可され、あわびアシカ等の魚猟、木竹伐採を行う(竹島一件)。
- 1632年 - 池田光仲、池田光政と国替えとなり因幡・伯耆両国三十二万石を領し鳥取城主となる。荒尾氏による自分手政治はじまる。
- 1697年 - 河崎村開拓される。
- 1869年 - 荒尾氏による自分手政治廃止。
- 1871年7月 - 廃藩置県。鳥取県誕生。
- 1871年11月 - 因幡国、伯耆国は鳥取県となる。
- 1872年1月 - 区制をしき、町を3区にわけて戸長を置く。
- 第82区(東町・堀端町・郭内・西町・宮町・中町・五十人町・内町・天神町)
- 第83区(博労町・糀町・道笑町・日野町・茶町・塩町・大工町・新博労町)
- 第84区(法勝寺町・紺屋町・四日市町・東倉吉町・西倉吉町・尾高町・岩倉町・立町・灘町・灘町新田・寺町・新法勝寺町)
- 1873年12月 - 大区小区制施行により、米子は第13大区に入り、第82区は小4区、第83区は小3区、第84区は小5区となる。
- 1875年 - 米子城が切り売りされる。
- 1876年8月 - 鳥取県は島根県に合併。
- 1877年5月 - 勝田村を米子に編入。勝田町とする
- 1878年7月 - 郡区町村編制法により、島根県会見郡米子町・汗入郡淀江町として町制施行。
- 1881年9月 - 島根県から因幡国8郡・伯耆国6郡の2州を分割し、鳥取県が再置される。
- 1889年10月1日 - 町村制施行により、会見郡米子町・汗入郡淀江町が発足。
- 1896年3月29日 - 郡の統廃合により、会見郡・汗入郡から西伯郡に変更。
- 1926年9月10日 - 西伯郡成実村の一部を米子町に編入合併。
- 1927年4月1日 - 西伯郡米子町が鳥取県下で2番目に市制を施行。米子市となる。
- 1935年9月25日 - 西伯郡住吉村を米子市に編入合併。
- 1936年7月15日 - 西伯郡車尾村を米子市に編入合併。
- 1938年3月17日 - 西伯郡加茂村・福米村・福生村を米子市に編入合併。
- 1945年3月 - 米子医学専門学校(現・鳥取大学医学部)が開校。
- 1945年7月24日から7月28日にかけて、米子空襲。特に28日の空襲では最大の被害が出た。
- 1947年11月 - 昭和天皇米子市を行幸。
- 1950年4月 - 鳥取県産業観光米子大博覧会開催。8月 - 米子鉄道管理局開設。
- 1951年6月 - 土曜夜市始まる(1973年からは土曜市)。
- 1953年10月1日 - 西伯郡五千石村・尚徳村を米子市に編入合併。
- 1954年6月1日 - 西伯郡彦名村・崎津村(大崎・葭津)・和田村・大篠津村・成実村・富益村・夜見村・巌村を米子市に編入合併。
- 1955年9月1日 - 西伯郡淀江町・大和村・宇田川村及び高麗村の一部(今津)が新設合併。旧・淀江町を廃して新・淀江町となる。
- 1956年7月10日 - 西伯郡春日村を米子市に編入合併。
- 1964年4月 - 国立米子工業高等専門学校が開校。
- 1968年4月1日 - 西伯郡伯仙町を米子市に編入合併。
- 1974年8月 - 米子がいな祭始まる。
- 1981年8月 - 日本最初のトライアスロンを皆生で開催。
- 2000年10月6日 - 鳥取県西部地震発生。米子市博労町では震度5強を観測。
- 2005年3月31日 - 米子市・西伯郡淀江町が新設合併。旧・米子市を廃して新・米子市となる。
- 2008年11月11日 - 米子市中心市街地活性化基本計画が内閣総理大臣の認定を受ける。
行政
歴代米子町長
- 三好八次郎
- 鳩谷兼次
- 丹羽旦次
歴代米子市長
友好都市
姉妹都市
交流都市
災害時相互応援協定
官公庁
- 鳥取地方裁判所米子支部、鳥取家庭裁判所米子支部、米子簡易裁判所
- 法務省広島矯正管区松江刑務所米子拘置支所、美保学園
- 法務省鳥取保護観察所米子駐在官事務所
- 鳥取地方検察庁米子支部、米子区検察庁
- 国税庁広島国税局米子税務署
- 農林水産省中国四国農政局鳥取農政事務所米子統計・情報センター
- 林野庁近畿中国森林管理局鳥取森林管理署淀江森林事務所
- 厚生労働省鳥取労働局米子労働基準監督署
- 厚生労働省鳥取労働局米子公共職業安定所
- 国土交通省中国地方整備局日野川河川事務所
- 海上保安庁第八管区海上保安本部美保航空基地
- 環境省中国四国地方環境事務所米子自然環境事務所
- 防衛省中国四国防衛局美保防衛事務所
- 陸上自衛隊米子駐屯地(第8普通科連隊ほか)
- 鳥取県米子警察署
- 鳥取県警察本部西部地区運転免許センター
- 鳥取県西部広域行政管理組合
- 鳥取県西部広域行政管理組合消防局
- 隣保館
- 同和地区およびその周辺地域の住民を含めた地域社会全体の中で、福祉の向上や人権啓発のための住民交流の拠点となる地域に密着した福祉センター(コミュニティセンター)。人権・同和問題に対する理解を深めるための活動を行う。
- 米子市役所人権政策局前田隣保館 - 米子市尾高
- 米子市役所人権政策局中央隣保館・解放文化センター - 米子市冨士見町
- 米子市役所人権政策局下福万隣保館 - 米子市福万
議会
米子市議会を参照
産業
古くから商業都市として発展。商業圏は中海・宍道湖経済圏に及ぶ。
農業
- 白ねぎ
- 葉タバコ
漁業
この節の加筆が望まれています。 |
松葉ガニ
商業
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山陰地方の中心都市であるが、1972年に富士銀行が撤退して以降、都市銀行はない。
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工業
- 米子駅前通り土地区画整理事業
- 昭和45年度から進められていた米子駅前通り土地区画整理事業は、着工以来13年かけて整備され、昭和58年6月に完工式をした。
- この地区は、明治45年に鉄道が開通してから、米子の玄関として繁栄した。しかし昭和40年代に入って、急激に車が増え始め、交通事情が悪化し、自動車の進入ができない路地が多く、また火災、排水など防災の面でも対応が望まれるようになり、地権者と協議を重ねたうえ、昭和45年7月、事業計画について建設大臣が認可、着工した。
- 施行区域は茶町全域、明治町、万能町、末広町、塩町、東町、日野町、加茂町一、二丁目、久米町、弥生町の一部、計十一町、施行面積は二十万四千九百七十八平方メートル。[2]。
教育
人口密度において山陰最大級の都市であるが、受験の必要な小中学校は米子北斗中学校・高等学校のみであり、大都市圏ほどの受験戦争は見られない。 鳥取県西部の私立高校は3校(米子北高等学校、米子松蔭高等学校、米子北斗中学校・高等学校)とも米子市内にある。県立高校に関しては、普通科の学校は米子東高等学校と米子西高等学校だけである。
幼稚園
- 私立
- 良善幼稚園
- 米子幼稚園
- あけぼの幼稚園
- かいけ幼稚園
- 米子みどり幼稚園
- みずほ幼稚園
- 東みずほ幼稚園
- かもめ幼稚園
- にしき幼稚園
- 西部あおば幼稚園
小・中学校
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特別支援学校
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高等学校
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高等専門学校
- 国立
大学・短期大学
- 国立
学校教育以外の施設
- 児童福祉施設(保育所)
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医療
総合病院
- 鳥取大学医学部附属病院
- 山陰労災病院
- 国立病院機構米子医療センター(旧国立米子病院)
- 同愛会博愛病院
- 育生会高島病院
交通
JR3線、米子自動車道、山陰自動車道、米子空港などがあり、山陰の交通の要衝となっている。国道の数も多く、市内の道路は比較的広く整備されている。
鉄道
道路
- 一般道路
バス路線
- 日本交通
- 日ノ丸自動車
- だんだんバス(米子市巡回バス)
- どんぐりコロコロ(米子市淀江町巡回バス)
- 高速バス
- 米子 - 東京線(キャメル号)-共同運行便(日本交通・日ノ丸自動車・京浜急行バス)
- 出雲・松江・米子 - 名古屋線(出雲・松江・米子ドリーム名古屋号)-(中国ジェイアールバス)
- 米子 - 京都線(米子エクスプレス京都号)-共同運行便(日本交通・京阪シティバス)
- 米子 - 大阪線(山陰特急バス) - (日本交通)
- 米子 - 神戸線(山陰特急バス) - (日本交通)
- 出雲・松江・米子 - 岡山線(ももたろうエクスプレス号)-共同運行便(日ノ丸自動車・一畑バス・両備ホールディングス・中鉄バス・中国ジェイアールバス)
- 松江・米子 - 福山線(フライングフィッシュ号)-(中国バス)
- 米子 - 広島線(メリーバード号)-共同運行便(日本交通・日ノ丸自動車・広島電鉄)
- 鳥取・倉吉・米子 - 福岡線(大山号)-共同運行便(日本交通・日ノ丸自動車)
タクシー路線
空港
港
文化
観光地
- 皆生温泉
- 白鳳の里・淀江ゆめ温泉
- 史跡
- その他
- 寺町
- 淀江どんぐり村
- 旧加茂川と土蔵
- 加茂川・中海遊覧
- 彫刻ロード
- 弓ヶ浜展望台
施設
- 山陰歴史館
- 米子市立図書館
- 上淀白鳳の丘展示館(旧淀江歴史民俗資料館)
- 米子市美術館
- 和傘伝承館
- アジア博物館・井上靖記念館
- お菓子の壽城
- 米子コンベンションセンター(ビッグシップ)
- 米子市児童文化センター
- 米子市公会堂
- 米子市文化ホール
- 米子市淀江文化センター(さなめホール)
- 東山公園 - 米子市民球場、米子市営東山陸上競技場、東山球技場、東山市民体育館、東山ソフトボール場、東山水泳場、東山テニスコート、東山弓道場
- 湊山公園 - 錦公園(きんこうえん)、児童文化センター、野外ステージ、漕艇場、米子市営湊山球場、テニスコート
- 福市公園 - 福市遺跡公園
- 弓ヶ浜公園 - 弓ヶ浜わくわくランド(2006年閉園)
- 皆生海浜公園
- 米子水鳥公園
- 大神山神社菖蒲園
- 伯耆古代の丘公園
祭・イベント
- 米子市正月マラソン
- 米子桜まつり
- 桜ウォーク
- 米子つつじまつり
- 日吉神社神幸神事
- 勝田神社祭(春・秋)
- 24時間リレーマラソン
- 戸板市・日曜朝市・土曜市
- 皆生温泉海水浴場海開き
- 米子市民レガッタ
- 全日本トライアスロン皆生大会
- 米子がいな祭
- ビーチフェスティバルin皆生
- 米子盆踊り
- 淀江盆おどり花火大会
- 加茂川まつり
- サイクルカーニバルinYODOE
- 大助・花子の健康ウォーキング大会
- 城山フェスティバル
スポーツ
- 米子鉄道管理局(野球)
- 廃部。
- 王子製紙米子硬式野球部(野球)
- ホワイトエンジェルス(女子軟式野球)
- 米子で活動する女子軟式チーム。
- ガイナーレ鳥取(サッカー)
- Jリーグ所属。
- やまつみスポーツクラブ(ガイナーレをサッカー部として一時期受け入れていたが、現在トップチームは独立・株式会社法人化。2011年からアマチュアチームであるSC鳥取ドリームスの運営を開始)
- 米子コスモス(女子サッカー)
- 廃部。
ファン
プロ野球に関しては、戦前では木下勇、戦後ダイナマイト打線の時代に土井垣武、長谷川善三ら地元出身選手が活躍していたことも影響し、阪神タイガースファンの多い土地柄である。 サッカーではJFL参入後、ガイナーレ鳥取ファンが増えている。
名水
- 天の真名井
- 本宮の泉
- よなごの水
米子を舞台にした映画・テレビドラマ
出身人物・ゆかりある人物
政治家
実業家・政治家
官僚・政治家
官僚法曹実業家
医師
教育者・学者
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文化人
軍人
芸能人
スポーツアイウエオ順番 野球
サッカーその他
その他
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ゆかりある人物
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その他
住所表記
2005年3月31日の合併により、新制による米子市が発足した。このため、住所表記が以下の通り変更された。また、大字は表示しない。
- 旧米子市は従前のとおり(大字に相当する部分は町名で、元々「大字」はない)。
- 旧淀江町は「西伯郡淀江町△△」→「米子市淀江町△△」とする(ただし「大字」は付けない)。
- -例-
-
- 鳥取県米子市△△ → 鳥取県米子市△△
- 鳥取県西伯郡淀江町大字△△ → 鳥取県米子市淀江町△△
- 市庁舎は本庁舎の他に、淀江支所も存在する。
- 米子市役所
- 〒683-8686 鳥取県米子市加茂町1丁目1番地
- 淀江支所
- 〒689-3492 鳥取県米子市淀江町西原1129番地1
電話番号
市外局番は、0859(市内局番は22~63)となっている。
郵便
米子市・日吉津村・南部町・伯耆町の1市2町1村全域の郵便物の集配は、郵便事業米子支店が行う。
- 683-00xx、683-08xx、683-85xx、683-86xx、683-87xx、683-01xx、689-35xx、689-34xx、683-03xx、683-02xx、689-41xx、689-42xx
イメージキャラクター
- 2005年3月31日に、米子市と淀江町が合併し、「米子市」の名はそのままに新しい市が誕生した。これを機に、イメージキャラクター(自治体のマスコットキャラクターを参照。)を募集した。2006年2月28日、審査のうえ、決定したのが「ヨネギーズ」である[4]。
- 米子市特産のシロネギをモチーフに、Yonagoの頭文字「Y」をデザインした、「ネギ太」と「ネギ子」。淀江町出身のドングリ「柏木さん」と仲良し。「ネギ太」と「ネギ子」の2人は夫婦であるという設定になっており、2人あわせて「ヨネギーズ」と呼ばれる。
- 市の広報誌やホームページなどに登場するとともに、さまざまなキャラクターグッズも製造・販売され、市のイベントには着ぐるみが登場する。「ネギ太」はTwitterおよびFacebook上に公式アカウントも開設しており、いわゆる「軟式アカウント」の一つとしても知られている。「柏木さん」のTwitterも開設されている。
- 「ヨネギーズハンドタオル」という、丸めることによりネギの形になるタオルが販売されている。
- 2010年8月に「初音ミク」の派生キャラクターである「はちゅねミク」とのコラボレーション企画が行われた。詳細は「はちゅねミクの日常 ろいぱら!」を参照。
脚注
- ^ 皆生トライアスロン
- ^ 『米子商業史』332頁
- ^ 安養寺(あんにょうじ)、五千石地区 ― 後醍醐天皇の皇女瓊子内親王の墓がある
- ^ 米子市HPイメージキャラクター解説
外部リンク