出雲 (列車)

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サンライズ出雲
伯備線を走行する「サンライズ出雲」(備中川面駅 - 方谷駅間 2009年5月3日)
伯備線を走行する「サンライズ出雲」
(備中川面駅 - 方谷駅間 2009年5月3日)
運行鉄道事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
東海旅客鉄道(JR東海)
列車種別 寝台特急列車
運転区間 東京駅 - 岡山駅 - 出雲市駅
経由線区 東海道本線山陽本線伯備線山陰本線
使用車両
(所属区所)
285系電車(後藤総合車両所出雲支所大垣車両区
運転開始日 1998年7月10日

サンライズ出雲(サンライズいずも)は、西日本旅客鉄道(JR西日本)・東海旅客鉄道(JR東海)が東京駅 - 出雲市駅間を東海道本線山陽本線伯備線山陰本線を経由して運行している寝台特急列車である。

本項では歴史的経緯から、2006年3月18日ダイヤ改正まで存在した寝台特急「出雲」、および1975年から1978年まで運行された後に「出雲」に統合された寝台特急「いなば」など、首都圏と山陰地方を結んでいた優等列車についても記述する。

目次

[編集] 概要

「サンライズ出雲」は、1998年7月に24系25形客車を使用した客車寝台(いわゆるブルートレイン)を285系電車に置き換える形で運転を開始し、それまで単独で運転されていた東京駅 - 岡山駅間を、同じく特急「瀬戸」から置き換えられた特急「サンライズ瀬戸」とともに併結して運転されるようになった。

[編集] 列車名の由来

愛称は、島根県東部の旧国名である「出雲国」に由来する。2往復のうち1往復を285系電車で置き換えた際、イメージの刷新に加え、客車列車のまま存置されたもう1往復との区別の意味も含め、置き換えた列車に同形式の愛称である「サンライズエクスプレス」の一部を冠することとなった。

[編集] サンライズ出雲

[編集] 運行概況

東海道本線を走行する「サンライズ瀬戸・出雲」

伯備線を介して首都圏岡山県鳥取県西部・島根県東部を結ぶ役割を担っている。東京駅 - 岡山駅間は「サンライズ瀬戸」と併結して運転されている。

列車番号は区間により異なり、東京駅 - 岡山駅間は、併結相手の「サンライズ瀬戸」に合わせて下りが5031M、上りが5032Mであるが、岡山駅 - 出雲市駅間は下りが4031M、上りが4032Mとなっている。

2006年3月17日(発車)までは、東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両で運行する山陰本線経由の「出雲」とJR西日本・JR東海の車両で運行する伯備線経由の「サンライズ出雲」の2系統が存在したが、利用客が低迷し車両の老朽化も進んだ「出雲」は2006年3月17日の東京・出雲市発の列車をもって廃止された。鳥取県は廃止に対し、鳥取駅から東京駅へ直通する列車の消滅を理由に最後まで反対した(ウィキニュースの記事も参照)。現在、鳥取県内で寝台列車が停車するのは、唯一「サンライズ出雲」の米子駅のみとなっている。

[編集] 停車駅

東京駅 - 横浜駅 - 熱海駅 - 沼津駅 - 富士駅 - 静岡駅 - (浜松駅) - 〈大阪駅〉 - 〈三ノ宮駅〉 - 姫路駅 - 岡山駅 - 倉敷駅 - 新見駅 - 米子駅 - 安来駅 - 松江駅 - 宍道駅 - 出雲市駅

  • ( )は下り列車のみ停車、〈 〉は上り列車のみ停車
  • 浜松駅(上り)・豊橋駅・名古屋駅米原駅・大阪駅(下り)は運転停車を行う。

なお、大幅な遅延が生じた場合は品川駅で運転を打ち切ることがある。この場合、次の運行ルートとなる。

  • 横浜到着がラッシュと重なる場合は小田原駅 - 品川駅間は東海道貨物線経由で運転する。ただし横浜駅を経由しないため、小田原駅に臨時停車する。
  • 横浜到着が9時以降の場合は、通常ルートで運行される。

[編集] 使用車両

1998年7月10日からの編成図
PJRPJRNC
サンライズ瀬戸・サンライズ出雲
← 出雲市・高松
松山・東京 →
号車 1 2 3 4 5 6 7
座席
種類
BS   BS   A1   BS   BS
B1/2 B1C B1 L B2 BS B1/2 B1/2
下り サンライズ瀬戸
上り サンライズ出雲
8 9 10 11 12 13 14 号車
BS   BS   A1   BS   BS 座席
種類
B1/2 B1C B1 L B2 BS B1/2 B1/2
サンライズ出雲 下り
サンライズ瀬戸 上り
凡例
A1=1人用A個室寝台「シングルデラックス」
B1=1人用B個室寝台「ソロ」(一階式)
BS=1用B個室寝台「シングル」(二階式・一部車端部)
B1/2=1 - 2人用B個室寝台「シングルツイン」(車端部)
B1C=1 - 2人用B個室寝台「シングルツイン」バリアフリー対応(車端部)
B2=2人用B個室寝台「サンライズツイン」
指=普通車座席指定席「ノビノビ座席」(簡易寝台・座席車扱い)
L=ミニロビーシャワー室・自動販売機付)

JR西日本の後藤総合車両所および、JR東海の大垣車両区所属の285系電車を使用している。7両編成で個室A寝台シングルデラックス」、個室B寝台「サンライズツイン」「シングルツイン」「シングル」「ソロ」、普通車指定席「ノビノビ座席」で組成されている。また、3号車と10号車にはミニサロンが設けられている。

東京駅 - 岡山駅間は「サンライズ出雲」と「サンライズ瀬戸」を併結して岡山駅で増解結を行うため、車両の運用は一巡するように組まれており、「サンライズ出雲」東京行→「サンライズ瀬戸」高松行→「サンライズ瀬戸」東京行→「サンライズ出雲」出雲市行の順に運用されている。この運用形態は1994年 - 1999年までの「さくら」、2005年 - 2009年までの「はやぶさ」「富士」で見られた。

シャワー室は、3号車・4号車・10号車・11号車にあるが、4号車・11号車は個室A寝台利用客専用となっており、シャワーカードにより6分間利用することができる。個室A寝台利用客は車掌から配布されるシャワーカードで利用できるが、個室B寝台・ノビノビ座席利用客は、車掌から310円のシャワーカードを購入することにより、シャワー室を利用することができる。また、タオルと歯ブラシのアメニティセットも200円で車掌から購入することができる。

ノビノビ座席の様子


[編集] 出雲

出雲
「出雲」1号(岡山駅、1993年から1995年の山陰線高速化によるう回運転)
「出雲」1号(岡山駅、1993年から1995年の山陰線高速化によるう回運転)
運行鉄道事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
東海旅客鉄道(JR東海)
列車種別 寝台特急列車
運転区間 東京駅 - 福知山駅 - 出雲市駅
経由線区 東海道本線山陰本線
使用車両
(所属区所)
DD51形)・(EF65形電気機関車)・(24系25形客車
運転開始日 1928年12月(大阪駅~大社駅間)・1972年3月(東京~出雲市)
運転終了日 2006年3月18日
備考 乗車率低迷・車両老朽化による廃止
「出雲」ヘッドマーク

「出雲」は、1928年12月に大阪駅 - 浜田駅・浜田駅米子駅間を福知山線・山陰本線経由で運転していた準急列車(料金不要、戦後では快速列車に相当する)がそのルーツで、1935年3月に急行列車に格上げして出雲今市駅(現在の出雲市駅)から大社線に直通し、大阪駅 - 大社駅間を運転していた。

1943年には太平洋戦争の激化に伴い廃止されたが、1947年に準急として復活、1951年には再び急行に格上げして「いずも」と列車名が与えられ、編成の一部が大阪駅から東京駅 - 宇野駅間を運転する急行「せと」に併結されて東京駅まで直通したため、東京駅まで乗り入れるようになった。また、大阪駅から浜田駅発着の編成を連結も行われるようになったが、出雲市駅 - 浜田駅間は快速列車として運行されていた。

1956年には「いずも」から漢字の「出雲」に改称されて急行「せと」との併結を取りやめ、東京駅 - 大社駅間を単独運転するようになった。1961年10月から京都駅 - 福知山駅間を山陰本線経由に変更し、従来の京阪神山陰地方を結ぶ列車の役割を捨て、東京と山陰地方を結ぶ列車としての性格を強めはじめ、1972年3月には特急列車化され東京駅 - 浜田駅間を運転していた。

1975年3月には、急行「銀河」を格上げして運転系統の整理し、東京駅 - 米子駅間で特急「いなば」の運転を開始したが、1978年10月には出雲市駅発着に変更して「出雲」に変更し、この時から「出雲」は2往復運転されるようになった。

しかし1998年7月から、1往復に285系を投入して電車化を行い「サンライズ出雲」として伯備線経由で運行開始。残りの1往復は引き続き山陰本線経由で運転されていたが、2006年3月に車両の老朽化や利用客の減少などの理由により、「出雲」が廃止された。

2006年3月廃止時点の「出雲」運行状況を記述する。

最後のダイヤは停車駅・車両性能・経由線区の違いから、東京駅を先に発車する「出雲」があとから発車する「サンライズ出雲」より後に終点の出雲市駅に到着する、つまり「出雲」は途中で「サンライズ出雲」に追い越されるというもので、上り列車の場合は早く発車する「出雲」が遅く発車する「サンライズ出雲」より30分近く先に東京駅に到着となっていた。列車番号は、3・4と運転線区等で変更がなく、下りが3、上りが4で運転されていた。ただし、3月17日の最終列車のみ臨時列車扱いとしたため、下り=9003、上り=9004となった。ダイヤが乱れた場合、下り列車は京都駅 - 福知山駅間は福知山線経由での迂回運転していたこともあった。この時は綾部駅を経由せず、福知山駅以西で大幅に遅れて到着した。

「出雲」の廃止により「東京駅を発着する単独運転の寝台特急列車」、「定期列車から食堂車オシ24形の運用」、「EF65形電気機関車の寝台特急牽引」、以上の事例が消滅した。

[編集] 停車駅

東京駅 - 横浜駅 - 沼津駅 - 静岡駅 - (浜松駅) - 京都駅 - 綾部駅 - 福知山駅 - 豊岡駅 - 城崎温泉駅 - 香住駅 - 浜坂駅 - 鳥取駅 - 倉吉駅 - 米子駅 - 安来駅 - 松江駅 - 宍道駅 - 出雲市駅


[編集] 使用車両・編成

出雲
← 出雲市
東京 →
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
EGC A1 B B B D B B B B B B
  • 9 - 11号車は多客期のみ東京駅 - 米子駅間で連結。
座席種別凡例
A1=1人用個室A寝台「シングルデラックス」
B=開放式B寝台
D=フリースペース
EG/C=電源車
非電化区間で「出雲」を牽いていたDD51 1186号機

客車は、JR東日本の尾久車両センター所属、田町車両センター常駐していた24系25形客車を使用し、電源車を含む9両編成で運転していた。なお、多客期は東京駅 - 米子駅間に3両を増結していた。客車は個室A寝台「シングルデラックス」この車両のみ金帯化はされてない・B寝台・「フリースペース」で組成されており、「フリースペース」については営業休止となった食堂車を利用していた。

牽引機関車は、東京駅 - 京都駅間をJR東日本の田端運転所に所属するEF65形1000番台が、京都駅 - 出雲市間駅はJR西日本の後藤総合車両所所属するDD51形が牽引を行い、機関車の付け替えは京都駅で行われていた。

ただし、DD51形の車両基地が米子駅(後藤総合車両所)にあるため、下り列車は機関車付け替えを行わずに京都駅 - 出雲市駅間を連続してDD51形が牽引しており、上り列車の米子駅で機関車付け替えを行った。

「出雲」1号が電化工事のため、伯備線経由で迂回運転時はDD51形が岡山→米子間を重連で牽引しており、米子駅→岡山駅間DD51形を重連で回送されていた。この迂回運転により、「出雲」3号も京都→米子間を重連で牽引していた(「出雲」4号は通常通り山陰本線で京都駅まで牽引して、その牽引してきたDD51形を所属基地の米子駅まで回送するため)。

1972年3月に特急化された時は、20系客車を使用し、東京駅 - 京都駅間がEF65形、京都駅 - 浜田駅間は当時山陰本線の主力機関車だったDD54形が牽引していたが、DD54形の故障が続出し問題となったため、1974年度中にDD51形に変更された。

1975年に24系客車が投入されたものの、翌年1976年には24系25形された。このとき初めて1人用個室A寝台も同時に連結を行い、1人用個室A寝台には1986年より「シングルデラックス(DX)」と命名されるようになった。当時の「出雲」は国鉄有数の寝台券入手が困難な人気列車として知られており、定員減でそれが更に強調される結果となった。1978年10月に「いなば」から「出雲」に変更した列車には、引き続き14系客車を使用していた。

食堂車は、1935年に列車名のない急行化された時から和食堂車を連結していたが、1978年1月に「あさかぜ」1号・4号(いわゆる博多「あさかぜ」)の24系25形化に伴い、食堂車の運用を捻出するため、食堂車は浜田駅までの本編成から出雲市駅までの付属編成へと変更された。この措置は共通運用の「富士」「はやぶさ」についても同様に行われた。食堂車については増備を行わない方針であったため、運行時間が丸一日となる「富士」「はやぶさ」の食堂車を途中折り返しとすることで東京駅に戻る日を一日早めることができた。「出雲」は運行時間から言えば変更によるメリットはなかったが、「富士」「はやぶさ」との共通運用である側杖を被った格好であった。

1991年3月に「出雲」2号・3号にB寝台個室は1人用B寝台個室「シングルツイン」、2人用B寝台個室「ツイン」を連結し、A寝台は開放式から1人用A寝台個室「シングルデラックス」へ変更した。個室A寝台は従来より連結していた「出雲」1号・4号とは異なり、同時期に連結を開始した「あさかぜ」2号・3号および「瀬戸」に準じ、個室B寝台は従前のB寝台個室「ソロ」「デュエット」とは異なる料金を徴するが、同じ形態を持つ「トワイライトエクスプレス」に準じた室内を持つ車両を連結した。

[編集] 利用状況と競合交通機関

首都圏山陰地方を往来する乗客が大半を占める。それ以外の利用として、同列車は岡山駅 - 出雲市駅間の特急「やくも」より下りは早く、上りは遅い時間に運行されるため、岡山や倉敷を発着地として「ノビノビ座席」を利用する乗客もいる。岡山では新大阪発の鹿児島中央行き「みずほ」の一番列車に乗り継ぐことで福岡県佐賀県熊本県鹿児島県には午前中到着が可能であり、さらに小倉駅・九州新幹線停車駅から大分県宮崎県長崎県には特急などで乗り換えれば早くても午前中に到着可能で、上りも夕方に九州方面から逆ルートで九州・山陽新幹線「さくら」で岡山駅まで乗車して同駅で乗り換えると、早朝には静岡駅 - 東京駅に着く利便性の高さを表している。乗車率は2008年時点で69%となっており[1]、運行後期の乗車率が不振で廃止となった「銀河(2007年12月時点30 - 40%[2])」、「あさかぜ(後期20[3] - 30%程度[4])」、「はやぶさ富士(2007年度平均約20%[5])」と比べ安定した乗車率を獲得している。

上り列車は深夜0時台に三ノ宮駅大阪駅に停車するため、「ノビノビ座席」を中心に姫路、神戸、大阪地区からの利用者も少なくない。2008年3月15日ダイヤ改正で寝台急行「銀河」が廃止されたため、唯一大阪から乗車可能な東京行き寝台列車となった。

首都圏と山陰地方を結ぶ交通機関は、羽田空港鳥取米子出雲石見の各空港を結ぶ航空路線の他に、高速バスのキャメル号(東京 - 鳥取・倉吉・米子)、スサノオ号(東京 - 松江・出雲市)、いわみエクスプレス(東京 - 浜田・益田・津和野)が運転されている。

廃止された「出雲」に代わる首都圏と鳥取県東部を結ぶ役割を担う列車として、「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」の停車駅に上郡駅を追加し、上郡駅で「スーパーいなば」91・92号(サンライズリレー号)と接続が考慮された。東京駅 - 鳥取駅間については走行距離が「出雲」は743.9kmであるのに対し、「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」と「スーパーいなば」91・92号(サンライズリレー号)の乗り継ぎの場合は767.1kmと約20km長くなっているが、逆に所要時間は約1時間短縮されている。2010年3月からは岡山駅で「スーパーいなば」1号・12号と接続が考慮されるようになった(いずれの接続でも特急券乗り継ぎ料金制度や乗車制度の特例はない)。

一方で、京都府北部地域や兵庫県北部地域では「出雲」の代替列車および、「サンライズ瀬戸・出雲」と接続する列車は設定されなかった。その後「銀河」も廃止された後は、同地域と首都圏との鉄道連絡は東海道新幹線との乗り換えを介した昼行特急網が担うことになった。

[編集] 沿革

[編集] 戦前・戦後の山陰夜行列車「いずも」から「出雲」へ

  • 1928年昭和3年)12月25日:福知山線・山陰本線経由で、下りが大阪発浜田行、上りが米子発大阪行の昼行準急行列車407・408列車(料金不要、戦後では快速列車に相当する)を新設。
    • 山陰本線・福知山線にはそれまで優等列車が存在せず、これが両線で初めての速達列車となった。列車愛称はなかった。
  • 1934年(昭和9年)12月1日:準急407・408列車の運転区間を上下列車とも大阪駅 - 出雲今市駅(現在の出雲市駅)間とする。
  • 1935年(昭和10年)3月15日:準急407・408列車を急行列車に格上げし401・402列車へと再編成、上下列車とも出雲今市駅から大社線に直通し、大阪駅 - 大社駅間運転とする。
    • 上り列車は同区間では最速となり8時間20分を要した。また、二等車との合造車ではあるが和食堂車を連結した。
  • 1943年(昭和18年)2月太平洋戦争の激化に伴い、大阪駅 - 大社駅間急行401・402列車廃止、大阪駅 - 出雲今市駅間の普通列車に格下げされる。
  • 1947年(昭和22年)6月29日:大阪駅 - 大社駅間に昼行準急列車として運行を復活。この時点でもまだ列車に愛称はなかった。
  • 1951年(昭和26年)11月25日:大阪駅 - 大社駅間準急が急行に格上げされ、初めて「いずも」と列車愛称を与えられる。また、編成の一部が大阪から東京駅 - 宇野駅間急行「せと」に併結されて東京駅まで直通したため、東京駅 - 大社駅間列車となる。
  • 1951年(昭和26年):大阪駅から浜田駅発着の編成を連結開始。なお、出雲市駅 - 浜田駅間は快速列車として運行される。
  • 1956年(昭和31年)11月:列車名を「いずも」から漢字の「出雲」に改称。また、急行「せと」との併結を取りやめ、東京駅 - 大社駅間を単独運転開始。
  • 1961年(昭和36年):浜田編成も浜田駅までの全区間を急行列車とする。

[編集] 東京対山陰直通夜行列車「出雲」の変遷

  • 1961年(昭和36年)10月1日サンロクトオのダイヤ改正により大阪駅経由を取りやめ、京都駅 - 福知山駅間を山陰本線園部駅経由に変更。
  • 1964年(昭和42年)10月1日:東海道新幹線開業に伴うダイヤ改正に伴い、東海道本線内も「出雲」単独での運転とする。この際、編成のほとんどを寝台車と座席指定席座席車で組成されることとなり、東京 - 米子間では食堂車も連結された。食堂営業は特急「出雲」への格上げを経て国鉄分割民営化後の1987年(昭和62年)5月まで一貫して日本食堂米子営業所が担当した。
  • 1972年(昭和47年)3月15日:山陽新幹線岡山駅まで開業したことに伴うダイヤ改正により、急行「出雲」を特急に格上げし、20系客車により、東京駅 - 浜田駅間で寝台特急「出雲」の運行を開始。なお、食堂車は全区間で連結に変更された。
  • 1975年(昭和50年)3月10日:山陽新幹線博多駅延伸に伴うダイヤ改正により、以下のように変更。
    1. 「出雲」は同じ東京駅発着の「はやぶさ」「富士」と同時に24系客車化。このときの「出雲」の編成図はこちらを参照のこと。
    2. 急行「銀河」(下り・上りとも)1号を格上げ。系統立替えにより、寝台特急「いなば」運行を東京駅 - 米子駅間で運転開始。
      • 「いなば」の東京駅 - 名古屋駅間には、紀勢本線紀伊勝浦駅発着の特急「紀伊」を併結。「あさかぜ」の1往復削減で捻出された14系客車を使用。なお、同じ14系客車を使う「さくら」「みずほ」と共通運用を組む関係上食堂車が編成に組み込まれていたが、当初より非営業であった。また、名古屋駅で「紀伊」と分割・併結作業を行うが下りが2時台(運転停車)、上りが0 - 1時台に作業を行う為に作業中の連結器の衝撃音で目を覚ます乗客からの苦情が絶えなかった。「いなば」の編成図はこちらを参照のこと。
    • 「いなば」の牽引機は東京駅 - 京都駅間がEF58形、京都駅 - 米子駅間がDD51形
  • 1976年(昭和51年):「出雲」が24系25形化。
    • 「出雲」の24系25形化も「はやぶさ」「富士]」と同時で、東京駅発着の定期寝台特急初の2段B寝台投入であった。
    • 1人用個室A寝台も同時に連結される。この1人用個室A寝台には1986年より「シングルデラックス(DX)」と命名。このときの「出雲」編成図はこちらを参照のこと。
    • 「いなば」は、14系寝台車の難燃化改造工事への対応策とはいえ、一部のB寝台車を座席車1 - 2両に代替して運転した時期もあった。
  • 1978年(昭和53年)
    • 1月:食堂車を浜田駅までの本編成から出雲市駅までの付属編成へと変更。この時の「出雲」の編成はこちらを参照のこと。
    • 10月1日:「いなば」の運転区間を出雲市駅発着とし、「出雲」2号・3号に変更。従来の東京駅 - 浜田駅間運行の「出雲」は、「出雲」1・4号となる。この時期から「出雲」ほか日食米子営業所担当の食堂車に「大山おこわ定食」などの郷土メニューが登場する。
  • 1980年(昭和55年)10月:「出雲」2号・3号の東京駅 - 京都駅間牽引機が、EF65形に置き換えられる。
「出雲」3号・2号 編成の変遷
← 出雲市
東京 →
1984年時点
1 2 3 4 5 6 7 8
B A B B B B B B
凡例
A=開放式A寝台
B=開放式B寝台

B寝台は1984年2月1日の時点では3段式寝台であったが、1984年中には2段式に改造されている。

1991年時点
1 2 3 4 5 6 7 8
B A1 B1/2 3B B B B B
凡例
A1=1人用個室A寝台「シングルデラックス」
B=2段式開放B寝台
B1/2=1人用B寝台個室「シングルツイン」・2人用B寝台個室「ツイン」合造車
3B=3段式開放B寝台
  • 1984年(昭和59年)2月1日このときのダイヤ改正により、「紀伊」が廃止されたことにより「出雲」2・3号は単独運転となり非営業で連結された食堂車とB寝台1両が外されて8両編成で運転される。なお、外された食堂車は「はやぶさ」の「ロビーカー」の種車として使用された。
    • また時期を並行し、使用する14系B寝台車を2段化改造、約半年後に完了。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:国鉄分割民営化に先立って行われたこのときのダイヤ改正で「出雲」2号・3号の車両受持ちを品川運転所から出雲運転区に変更。

[編集] JR化以降の展開

  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、24系客車による「出雲」1号・4号をJR東日本が、14系客車による「出雲」2号・3号をJR西日本が管轄する共同運行列車となる。
    • 6月1日:「出雲」1号・4号の食堂車の担当を日本食堂本社(上野営業所)に移行。なお、人気が高い限定メニューの「大山おこわ定食」は1988年(昭和63年)6月30日まで続けられる。
    • 1987年から翌1988年にかけての一時期、出雲市行きの「出雲」3号は、毎日運転の臨時普通列車として出雲市駅の1駅先の知井宮駅(現在の西出雲駅)まで延長運転を行っていた。「出雲」3号の車両を回送する際の間合い運用であったが、寝台特急列車の末端区間を普通列車として運転するのは極めて珍しい事例であった。
  • 1989年(平成元年):「出雲」2号・3号に3段式B寝台車が1両のみ復活。前年に現れた高速バスに価格対抗した「出雲B3きっぷ」が山陰側で発売されるのに合わせたもの。
  • 1991年平成3年)
    • 3月:「出雲」2号・3号にB寝台個室は1人用B寝台個室「シングルツイン」、2人用B寝台個室「ツイン」を連結。なお、A寝台は開放式から1人用A寝台個室「シングルデラックス」へ変更。
    • 6月1日:「出雲」1号・4号の食堂車が営業を休止して売店営業に差し替える。その理由は、朝食時間帯の食堂営業が下りは1時間30分と短いばかりか上りでは東京到着が7時台と営業としては成立できないことに加え、郷土メニュー廃止などで夕食時間帯の食堂利用者が減少した面もあった。
  • 1993年(平成5年)9月1日:山陰本線園部駅 - 福知山駅間電化・高速化工事に伴い、下り「出雲」1号のみ伯備線経由に変更[6]
  • 1994年(平成6年)12月3日:品川運転所の車両無配置化に伴い「出雲」1号・4号の受持ちを尾久客車区(現在の尾久車両センター)に変更。
  • 1995年(平成7年)
    • 1月17日 - 3月31日阪神・淡路大震災により「出雲」1・4号の運転を取りやめ。これによって使用されない機関車は「なは」「あかつき」の迂回運転用に捻出[7]
    • 4月1日 - 4月16日:4月1日にJR神戸線が開通。「出雲」2号は「出雲」4号の時刻で運転。臨時列車「出雲」84号は「出雲」2号の時刻で運転[7]
    • 12月1日:「出雲」1号が元の山陰本線経由に変更[8]

[編集] 「サンライズ出雲」の登場と「出雲」の終焉

  • 1998年(平成10年)7月10日:285系電車(サンライズエクスプレス)導入に伴い、以下のように変更。
    1. JR西日本の「出雲」2号・3号を電車化し、「サンライズ出雲」として運行開始。また、東京駅 - 岡山駅間は、「サンライズ瀬戸」を連結、伯備線経由に変更して、下りは東京発22時台に繰り下げ。
    2. JR東日本の「出雲」1号・4号は、出雲市駅 - 浜田駅間を廃止。東京駅 - 出雲市駅間を山陰本線経由「出雲」として運行。列車番号を初めて東京対九州寝台特急群と同じ下り出発順に番号を改めた。
      • なお、この改正で、客車「出雲」のダイヤは旧3号・4号の時間帯となり、特に下りは名古屋駅から山陰方面への直通利用ができなくなったため、名古屋の民放局で「サンライズの名古屋飛ばし」とニュース報道した局があった。また、日本レストランエンタプライズ(旧日本食堂)による食堂車を利用した売店営業は同年8月18日から下りの営業時間が短い事などで中止され、連結されていた食堂車は「フリースペース」として使用された。ただし、その後も下り列車の浜坂駅 - 鳥取駅では車内販売が乗り込む形で弁当類を販売したほか、2006年(平成18年)3月1日 - 3月17日の最終運転までの間は弁当とグッズ中心の売店営業を出雲市 - 鳥取駅間で行った。
  • 2005年(平成17年)3月1日:「出雲」の東京駅 - 松江駅間で行われていたブルトレ便を廃止。
  • 2006年(平成18年)3月18日:ダイヤ改正により次のように変更。
    1. 車両の老朽化や利用客の減少などの理由により、「出雲」が廃止。
    2. 「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」の停車駅に上郡駅を追加し、「スーパーいなば」91号・92号(サンライズリレー号)と上郡駅で接続(特急券の乗り継ぎ料金制度はない)。
    3. 鳥取駅 - 米子駅間については「出雲」の時間帯に「スーパーまつかぜ」を1往復増発。
  • 2009年(平成21年)
    • 3月14日:九州方面のブルートレインの「富士」「はやぶさ」が廃止され、東京発着の定期客車列車は全て消滅。
    • 9月30日:岡山駅 - 新見駅間で行われていた車内販売の営業を終了。
  • 2010年(平成22年)3月13日:上郡駅の停車を取り止め[9]

[編集] 登場する主な作品

小説

[編集] 脚注

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  1. ^ 「走る家」おはよう大山 サンライズ出雲 - 朝日新聞 2008年6月14日
  2. ^ 石鍋仁美 NET EYE プロの視点 寝台急行「銀河」、復活の日ウェブ魚拓) - 日本経済新聞 2008年3月19日
  3. ^ 東京駅発、消えゆくブルトレ「銀河」「富士」「はやぶさ」…利用客減、廃止の方向 - 朝日新聞 2007年11月26日
  4. ^ 『「あさかぜ」最終列車、1分半で完売 ツアーも人気』 - 朝日新聞 2005年1月27日
  5. ^ 東京発ブルートレイン「はやぶさ・富士」最終日 - Response. 2009年3月13日
  6. ^ 『JR気動車客車編成表』'94年版 ジェー・アール・アール 1994年 ISBN 4-88283-115-5
  7. ^ a b 『阪神・淡路大震災 鉄道復旧記録誌』西日本旅客鉄道 1996年
  8. ^ 『JR気動車客車編成表』'96年版 ジェー・アール・アール 1996年 ISBN 4-88283-117-1
  9. ^ 平成22年春ダイヤ改正について (PDF) - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2009年12月18日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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