カナデビア
本社 | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
機関設計 | 監査役会設置会社 |
市場情報 | |
略称 | Hitz |
本社所在地 |
日本 〒559-8559 大阪府大阪市住之江区南港北1-7-89 |
設立 |
1934年(昭和9年)5月29日 (株式会社日本産業大阪鉄工所) |
業種 | 機械 |
法人番号 | 3120001031541 |
事業内容 | 環境装置、工場設備、精密機械、産業機械、発電設備、内燃機関、圧力容器、鉄骨構造物、建設機械などの製造販売 |
代表者 |
谷所敬(代表取締役会長) 三野禎男(代表取締役社長兼CEO) |
資本金 |
454億4,236万円 (2020年3月31日時点) |
売上高 |
連結:4,417億9,700万円 単独:2,210億8,700万円 (2022年3月期) |
営業利益 |
連結:155億4,100万円 (2022年3月期) |
経常利益 |
連結:117億8,300万円 単独:66億7,900万円 (2022年3月期) |
純利益 |
連結:78億9,900万円 単独:17億2,100万円 (2022年3月期) |
純資産 |
連結:1,329億2,600万円 単独:904億3,600万円 (2022年3月31日時点) |
総資産 |
連結:4,611億6,100万円 単独:3,242億7,400万円 (2022年3月31日時点) |
従業員数 |
連結:11,540人 単独:4,001人 (2022年3月31日時点) |
決算期 | 3月31日 |
会計監査人 | 有限責任あずさ監査法人 |
主要株主 |
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 7.65% 日本カストディ銀行(信託口) 6.24% 三菱UFJ銀行 3.14% STATE STREET LONDON CARE OF STATE STREET BANK AND TRUST, BOSTON SSBTC A/C UK LONDON BRANCH CLIENTS- UNITED KINGDOM 2.81% DFA INTL SMALL CAP VALUE PORTFOLIO 1.99% (2018年9月30日現在[1]) |
主要子会社 |
ニチゾウテック 100.0% エイチアンドエフ 54.5% アイメックス 100.0% オーナミ 100.0% 地中空間開発 50.0% (2022年3月31日時点) |
関係する人物 |
E.H.ハンター(創業者) 範多龍太郎(設立者) |
外部リンク | https://www.hitachizosen.co.jp/ |
特記事項:1881年(明治14年)4月1日、大阪鐵工所として創業。 マスタートラストなど所有の株式割合 日本カストディ銀行(株)(信託口) 9.24% 日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 6.71% 日本カストディ銀行(株)(信託口9) 1.84% 日本カストディ銀行(株)(年金信託口) 1.01% (2016年3月31日時点) |
日立造船株式会社(ひたちぞうせん、英: Hitachi Zosen Corporation)は、環境装置、工場設備・産業機械、発電設備などを製造している日本の機械・プラントメーカーである。現在の主力事業は環境・プラント事業であり、造船事業からは撤退している。また日立製作所との資本関係もない。2025年度までに社名変更予定[2]。
大阪市発祥の企業で、現在も大阪市に本社を置いているため関西財界で活動しており、日立造船首脳が関西経済連合会で副会長などの役職を務めることもある[3]。東京証券取引所プライム市場に上場しており(証券コード:7004)、日経平均株価採用銘柄の1つである。
概要
商号に「造船」の文字が含まれるが、2002年(平成14年)に日本鋼管(現・JFEエンジニアリング)との合弁で両社の船舶・海洋部門を切り離して統合した持分法適用会社のユニバーサル造船(現・ジャパン マリンユナイテッド、現在は持分法適用会社ではない)を設立したことで、本社から主要事業だった造船事業を手放した。ただし船舶用のディーゼルエンジンなどの製造は継続している。2006年(平成18年)に子会社の内海造船の株式を売却したことにより2007年(平成19年)度決算から連結決算においても造船事業が無くなった。
かつて日立製作所の傘下にあったため「日立」の名を冠した商号であるが、太平洋戦争後の財閥解体により、現在では日立グループからは離脱している[注 1]。両社とも旧日産コンツェルン(春光グループ)の主要20社で組織する春光会[4]や、旧三和銀行(現・三菱UFJ銀行)の融資系列で組織する三水会及びみどり会(三和グループ)の会員企業である[5][6]。日立造船はみどり会の主要な構成企業であり、かつては帝人、旧宇部興産とともに「三和御三家」と呼ばれていた。
造船不況の打開策として手掛けた事業多角化により、一時期はグループ内で杜仲茶の製造販売[7] や旅行予約ウェブサイト『旅の窓口』の運営[8] なども行っていた。その後、杜仲茶は小林製薬へ[7]、旅の窓口は楽天へ[8](現・楽天トラベル)、それぞれ事業売却した。
また、子会社に東証二部上場の日立造船富岡機械があったが、今後の事業展開が見込めないとして2004年(平成16年)に通常清算した。通常解散とは経営破綻していない会社の資産を売却し、残余金を株主に分配し解散させることで、上場企業の通常清算は極めて珍しいケースである。他に上場企業では繊維商社「立川」、不動産会社「甲子園土地企業」[注 2]などが同様の通常解散を行っている。
沿革
大阪鐵工所時代
- 1881年(明治14年)4月1日[9] - 大阪府西成郡六軒家新田(安治川岸[10]、現・大阪市此花区西九条)にて、イギリス人実業家・E.H.ハンターにより、大阪鐵工所(Osaka Iron Works)として創業(個人経営)[10][11]。
- 1882年(明治15年)- 新造第1船として「初丸」を建造(木造14総トン)[11]。
- 1890年(明治23年)- 日本初の鋼船として、大阪商船向け貨客船「球麿川丸」を建造[11]。
- 1900年(明治33年)4月 - 大阪市西区桜島町(現・此花区桜島)にて桜島工場が操業開始[10][11]。
- 1907年(明治40年) - 日本初の洋式捕鯨船「第二捕鯨丸」を建造[11]。東京連絡所を開設[11]。
- 1908年(明治41年) - 日本初のタンカー「虎丸」を建造[11](スタンダード石油向け)。
- 1911年(明治44年)9月 - 因島船渠株式会社を買収し、因島工場とする[10][11]。
- 1914年(大正3年)3月 - 株式会社大阪鐵工所を設立[10]、大阪鐵工所の事業一切を継承する[10](株式会社への改組)[11]。代表者にはE.H.ハンターの子である範多龍太郎が就任。
- 1920年(大正9年)12月 - 株式会社田原造船所から、築港工場を買収する[10][11]。
- 1924年(大正13年)6月 - 彦島船渠株式会社を買収し、彦島工場とする[10]。
- 1927年(昭和2年) - 堂島大橋(大阪市)を建設[11]。
- 1930年(昭和5年) - 日本郵船向けに「平洋丸」、そして氷川丸型貨客船「平安丸」を建造[11]。
- 1932年(昭和7年) - 日本初のカーフェリーとされる若戸渡船「第八わかと丸」「第九わかと丸」(43総トン)を桜島工場で建造。
- 1934年(昭和9年)
- 1936年(昭和11年)3月23日 - 日本産業が保有する大阪鐵工所の全株式を日立製作所が取得し、同社の傘下に入る(日立グループ入り)[10]。
- 1937年(昭和12年)10月12日 - 長生橋(3代目)が竣工。当時は東北・北陸地方で最も長い道路橋梁であった。
日立造船に社名変更
- 1943年(昭和18年)
- 1944年(昭和19年)
- 1945年(昭和20年)3月 - 大阪市大淀区の此花商業学校校舎を買収し[10]、大淀工場として操業開始[10]。
- 1946年(昭和21年)12月7日 - 財閥解体の第2次指定に該当。日立製作所グループから離脱。
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)
- 1951年(昭和26年)1月 - 大淀工場を日立ミシン株式会社へ譲渡[10]。
- 1963年(昭和38年) - 飯野重工(旧・舞鶴海軍工廠)を傘下とし、舞鶴重工業とする。
- 1964年(昭和39年)8月 - 福井機械株式会社(現・エイチアンドエフ)を設立[10]。
- 1965年(昭和40年)
- 1966年(昭和41年) - 桜島工場の造船事業を廃止、機械工場に特化[11]。
- 1971年(昭和46年)4月 - 舞鶴重工業を吸収合併、日立造船舞鶴工場とする[10][11]。
- 1972年(昭和47年)9月 - 長生橋下流側に自歩道橋を増設、日立造船エンジニアリングが橋桁の躯体製作を担当。
- 1973年(昭和48年)4月 - 有明工場が操業開始[10][11]。
- 1975年(昭和50年)1月 - 日立造船非破壊検査株式会社(現・ニチゾウテック)を設立。
- 1977年(昭和52年)12月 - アタカ工業株式会社(現・アタカ大機)を系列化[10]。
- 1986年(昭和61年)7月 - 築港工場を閉鎖。
- 1987年(昭和62年)1月 - 堺工場を閉鎖[10]。
- 1991年(平成3年)4月 - 茨城工場が操業開始[10]。
- 1993年(平成5年)10月 - 旧堺工場(1987年閉鎖)の跡地に[10]、堺工場を新設[11]。
- 1994年(平成6年)3月 - 技術研究所を大阪市大正区に新設し移転[10]。
- 1996年(平成8年)12月 - 舞鶴工場内に環境総合開発センターを開設[10]。
- 1997年(平成9年)
- 1999年(平成11年)10月 - 有明機械工場(現・有明工場)を、日立造船ディーゼルアンドエンジニアリング株式会社として分社化(連結子会社)[10]。
- 2001年(平成13年)
- 3月31日 - 桜島工場跡地に、隣接する住友金属工業(現・日本製鉄)製鋼所の敷地の一部と共にユニバーサル・スタジオ・ジャパン開園。
- 6月11日 - 日立造船では初となるインターネットビジネス子会社「マイオピ」を設立。
造船事業からの撤退
- 2002年(平成14年)
- 2003年(平成17年)
- 2004年(平成18年)
- 世界最長の斜張橋・香港ストーンカッターズ橋を受注。
- 2005年(平成17年) - 日本初のPFI法による大館市向け一般廃棄物中間処理事業を開始。
- 2006年(平成18年)
- 2008年(平成20年)
- 3月31日 - 日立造船が所有するユニバーサル造船の株式50%のうち、35%分をJFEホールディングスに譲渡。ユニバーサル造船はJFEの子会社となる。
- 堺工場に産業機械等専用の新工場が竣工[11]。
- 2009年(平成21年)
- 2010年(平成22年) - 欧州ごみ焼却発電メーカー(現・Hitachi Zosen Inova AG)を買収。
- 2011年(平成23年)4月1日 - 創業130周年を迎える[11]。
- 2012年(平成24年)- 精密機械センターが竣工[11]。
- 2014年(平成26年)
- 2016年(平成28年)
- 2月1日 - 子会社で東証二部上場だったオーナミを100%子会社化。
- 4月 - 東京工場松戸事業所(旧・大機エンジニアリング→アタカ大機)閉鎖。
- 2017年(平成29年)2月2日 - 子会社でジャスダック上場だったエイチアンドエフを100%子会社化。
- 2020年(令和2年)12月 - 柏工場(旧・大機エンジニアリング→アタカ大機)を閉鎖[13]、築港工場へ移転[13]。
- 2023年(令和5年)4月 - 舶用原動機事業を日立造船マリンエンジンに事業継承。
歴代社長
代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
大阪鐵工所 | ||||
1 | 山岡順太郎 | 1914年3月18日 | 1915年1月29日 | [14] |
2 | 山口力 | 1915年 | 1918年 | 専務 |
3 | 中山説太郎 | 1918年 | 1921年 | 専務 |
4 | 津村秀松 | 1921年 | 1930年 | 専務 |
5 | 飯島幡司 | 1930年 | 1932年 | 専務 |
6 | 鮎川義介 | 1932年 | 1932年 | 会長 |
7 | 原田六郎 | 1932年 | 1934年 | |
日本産業大阪鐵工所 | ||||
7 | 原田六郎 | 1934年5月29日 | 1934年7月31日 | 社名改称[14] |
大阪鐵工所 | ||||
7 | 原田六郎 | 1934年8月1日 | 1936年2月9日 | 在職中に死去[14] |
8 | 六角三郎 | 1936年2月29日 | 1943年3月10日 | [14] |
日立造船 | ||||
8 | 六角三郎 | 1943年3月11日 | 1947年3月31日 | [14] |
9 | 出田孝行 | 1947年4月1日 | 1950年5月30日 | [14] |
10 | 松原與三松 | 1950年5月30日 | 1962年11月30日 | [14] |
11 | 永田敬生 | 1962年11月30日 | 1979年6月29日 | [14] |
12 | 木下昌雄 | 1979年6月29日[14] | 1983年 | |
13 | 村山利雄 | 1983年 | 1988年 | |
14 | 藤井義弘 | 1988年 | 1995年 | |
15 | 南維三 | 1995年 | 2001年 | |
16 | 重藤毅直 | 2001年 | 2005年 | |
17 | 古川実 | 2005年 | 2013年 | |
18 | 谷所敬 | 2013年 | 2020年 | |
19 | 三野禎男 | 2020年 | 現職 |
事業拠点
閉鎖された生産拠点
創業以来の拠点であった桜島工場は、現在の大阪市此花区桜島1丁目および同2丁目南部に所在した。1997年(平成9年)12月に閉鎖[10] された後、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン™の敷地として使用されている。
2016年(平成28年)に東京工場(松戸地区)は閉鎖され、東京工場(柏地区)は柏工場となった。
2020年(令和2年)に柏工場は閉鎖され[13][15]、築港工場へ移転した[13]。
- 桜島工場 - 大阪府大阪市西区桜島町(現・此花区桜島)
- 彦島工場 - 三菱重工業へ譲渡[10]。
- 大浪工場(旧:原田造船)[10]
- 小林工場(旧:ミツワ製材工業)[10]
- 大淀工場(旧:此花商業学校校舎[10])- 日立ミシン株式会社へ譲渡[10]。
- 神奈川工場 - 神奈川県川崎市川崎区水江町4番1号[16]
- 機械事業本部
主要製品
過去の製品
造船部門
戦前建造された主な艦艇・船舶
- 小艦艇を中心に受注した。
- 大阪鐵工所 桜島工場
戦後建造された主な艦艇・船舶
- はつゆき型護衛艦
- あさぎり型護衛艦
- DD-155 はまぎり(5番艦)
- むらさめ型護衛艦
- DD-107 いかづち(7番艦)
- ちくご型護衛艦
- ゆうばり型護衛艦
- DE-228 ゆうべつ(1番艦)
- あぶくま型護衛艦
- TV-3508 かしま
- おおすみ型輸送艦 (2代)
- LST-4003 くにさき(3番艦)
- MMC-951 そうや
- 特務艇
- ASY-91 はしだて
- 実験艇
- 商船
- 青函連絡船 「羊蹄丸」 - 1965年(昭和40年)竣工
- タンカー 「山寿丸」 - 1965年(昭和40年)竣工
- LPG船 「エッソ・フジ」 - 1973年(昭和48年)竣工
- タンカー 「エッソ・アトランティック」 - 1977年(昭和52年)竣工
- タンカー 「アローザ」 - 1993年(平成5年)竣工
- 高速旅客船 「シーマックス」 - 1998年(平成10年)竣工
鉄軌道車両
健康食品事業部
Hitz日立造船グループ
環境事業グループ
- Hitachi Zosen Inova AG
- エスエヌ環境テクノロジー
- Hitz環境サービス
- ニチゾウテック
- 関西設計
- 日立造船プラント技術サービス
- HITACHI ZOSEN VIETNAM CO., LTD.
- セラケム
- アタカメンテナンス
- 浅野環境ソリューション
- エコマネジ
- ヒッツ環境高松
- 四国環境サービス
- 柏環境テクノロジー
- 倉敷環境テクノロジー
- 松山環境テクノロジー
- T&Iリサイクルフォレスト
- 別杵速見環境テクノロジー
- 一宮環境テクノロジー
- 御殿場小山環境テクノロジー
- 村上環境テクノロジー
- はないろ
- 中・北空知環境テクノロジー
- Hitachi Zosen KRB AG
- HITACHI ZOSEN INOVA UK LTD
- Hitachi Zosen Inova U.S.A. LLC
- Hitachi Zosen Inova Deutschland GmbH
- Hitachi Zosen Inova Kraftwerkstechnik GmbH
- Hitachi Zosen Inova Australia Pty Ltd
- Hitachi Zosen Inova Biomethan GmbH
- ニチゾウ北海道サービス
- みちのくサービス
- ニチゾウ北陸サービス
- 日立造船中国工事
- ニチゾウ九州サービス
- ニツテク舞鶴
- 三晃工業
- 大館エコマネジ
機械事業グループ
- 地中空間開発
- エイチアンドエフ
- アイメックス
- NAC International Inc.
- Hitachi Zosen Catalyst U.S.A. LLC
- ブイテックス
- 日造精密研磨
- 日本GPSデータサービス
- 日立造船均豪精密系統科技(蘇州)有限公司
- 大機ゴム工業
- 東海精機
- Cumberland International L.L.C
- Cumberland Electrochemical Limited
- Cumberland Pte Limited
- Cumberland Engineering Private Limited
- オー・シー・エル
- 中基日造重工有限公司
- 鎮江中船日立造船机械有限公司
- 舟山普斯耐馳船舶机械有限公司
- ISGEC Hitachi Zosen Limited
- 那賀日造設備(大連)有限公司
- 神港精機
- H&F EUROPE LIMITED
- HITACHI ZOSEN FUKUI U.S.A., Inc.
- H&F Services (Thailand) Co., Ltd.
- HZF Services (Malaysia) Sdn. Bhd.
- ROSECC
- ESCOサービス
- VTEX Korea Co.,Ltd.
- VTEX America Inc.
社会インフラ事業グループ
その他
- HITACHI ZOSEN VIETNAM CO., LTD.[18]。
- 日立造船(楊凌)生物資源開発有限公司
- オーナミ
- シー・アンド・エフエンジニアリング
- スラリー21
- 伊東カントリークラブ
- Hitz総合サービス
- エーエフシー
- HITZ HOLDINGS U.S.A. INC.
- 内海造船
- スチールプランテック
- ユニキャリアハンドリングシステムズ
- 大昌産業
- 大浪陸運
- オーナミSBS
- 欧那美国際貨運代理(上海)有限公司
- 大連大通機械製品有限公司
- 日立造船ツーリスト
- 日立造船マリンエンジン
かつてのグループ会社
代理店例
- カナデン[20]
- HPCシステムズ[20]
脚注
注釈
出典
- ^ 四半期報告書(第122期第2四半期)
- ^ “日立造船、25年度までに社名変更へ”. 日本経済新聞 (2023年6月9日). 2023年6月9日閲覧。
- ^ 関経連歴代の正副会長 関西経済連合会(2015年5月25日)2018年11月12日閲覧。
- ^ “春光懇話会”. www.shunko.jp. 2023年6月2日閲覧。
- ^ 六大企業集団の無機能化 - 同志社大学学術情報検索システム内にあるPDFファイル。筆者は経済学者の田中彰。
- ^ メンバー会社一覧 - みどり会
- ^ a b “杜仲事業の営業譲渡について(中期経営計画「Hitz‐Advance」における関係会社の再編を加速化”. 日立造船株式会社 (2002年12月9日). 2021年2月4日閲覧。
- ^ a b “マイトリップ・ネット(株)の全株式を譲渡”. 日立造船株式会社 (2003年9月4日). 2021年2月4日閲覧。
- ^ a b c d “会社概要 - 企業情報”. Hitz 日立造船. 2021年1月28日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at “日立造船の歴史・創業ストーリー”. 経済メディア Strainer. 株式会社ストレイナー. 2021年1月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah “沿革|企業情報”. Hitz 日立造船. 2021年1月28日閲覧。
- ^ a b c “ヒッツ川崎発電所 完成|新着情報”. Hitz 日立造船 (2003年5月7日). 2021年1月28日閲覧。
- ^ a b c d “当社 柏工場の閉鎖および機械事業本部 産業装置ビジネスユニットの築港工場への移転のお知らせ”. Hitz 日立造船. 2021年1月28日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i 日立造船株式会社 1985, 761-805頁.
- ^ a b c d e f g h i j k l m “本社・事業所・生産拠点 - 企業情報”. Hitz 日立造船. 2021年1月28日閲覧。
- ^ “関係会社の本社および工場移転について”. Hitz 日立造船 (2008年4月8日). 2021年1月28日閲覧。
- ^ a b c d e f “本社・事業所・生産拠点 - 企業情報(2004年5月)”. Hitz 日立造船 (2004年5月). 2021年1月28日閲覧。
- ^ HITACHI ZOSEN VIETNAM CO., LTD.がハノイに支店を開設 日立造船(2018年10月1日)2018年11月12日閲覧。
- ^ 今治造船、舶用主機事業に参画。日立造船新会社に35%出資 - 日本海事新聞電子版(2022年9月27日)、2022年9月26日閲覧。
- ^ a b “「日立造船」の代理店9社 | メトリー”. metoree.com. 2022年8月25日閲覧。
参考文献
- 日立造船株式会社 編『日立造船百年史』日立造船、1985年。
関連項目
- ユニバーサル造船 - 船舶・海洋部門を分離、現・ジャパン マリンユナイテッド。
- アタカ大機 - 水処理事業、2014年4月1日に合併。
- エイチアンドエフ - プレス事業部門が分離。
- 長生橋 - 大阪鐵工所時代に橋梁躯体(3代目現橋)の製作を手掛けた。土木学会選奨土木遺産。
- 楽天トラベル - 前身の一つ「マイトリップ・ネット」(旅の窓口)は元は日立造船の子会社。
- エクイノール - 浮体式洋上風力発電で協力関係にある。
- 定詰雅彦 - 同社有明工場が硬式野球部を所有していた当時、選手として在籍。廃部により新日鐵広畑を経てプロ入り。