日立国際電気

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株式会社日立国際電気
Hitachi Kokusai Electric Inc.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6756
1961年9月1日 - 2018年3月9日
大証1部(廃止) 6756
1996年2月15日上場
本社所在地 日本の旗 日本
105-8039
東京都港区西新橋二丁目15番12号
設立 1949年昭和24年)11月17日
(国際電気株式会社)
業種 電気機器
法人番号 2010001098064
事業内容 情報通信システム、電力・産業システム及びデジタルメディア・民生機器関連製品、半導体製造装置の製造及び販売・サービス
代表者 佐久間嘉一郎
(取締役兼代表執行役社長)
資本金 10,058百万円
発行済株式総数 105,221,259株
売上高 連結:1,836億32百万円
単独:1,457億38百万円
(2015年3月期)
純資産 連結:930億99百万円
単独:911億25百万円
(2015年3月31日現在)
総資産 連結:1,881億89百万円
単独:1,664億35百万円
(2015年3月31日現在)
従業員数 連結:4,962名 単独:2,456名
(2017年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要子会社 (株)日立国際八木ソリューションズ
外部リンク http://www.hitachi-kokusai.co.jp/
特記事項:財務数値は日本基準
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株式会社日立国際電気(ひたちこくさいでんき、: Hitachi Kokusai Electric Inc.)は、日本の大手電気機器メーカー。

同社は、日立グループ内にて無線通信機器や放送・映像機器の製造販売を手がけていた、国際電気・日立電子・八木アンテナの3社が、2000年10月1日付で、旧国際電気を存続会社として合併して誕生した(八木アンテナはその後同社の100%子会社として分社化)。

旧国際電気は、国際無線電信・国際無線電話・国際海底線電話の設備建設保守を業務とする特殊会社として国策により設立された、国際電気通信(株)の狛江工場を源流とする。

主な事業内容[編集]

主に無線通信システム、放送映像システム、半導体製造装置が主力。かつては音声タイプの携帯電話ポケットベルも製造していた(旧国際電気にて)。現在でもNTTドコモ向けなどに、FOMA通信モジュール(UM02-KO)などを製造している。

セグメント別事業内容 ※子会社取り扱い事業を含む

  • 映像・通信ソリューションセグメント
    • 無線通信システム
      移動体通信用インフラ、防災行政無線システム、交通・運輸向け無線システム、構内無線システム、消防無線システム、各種無線機器、ワイヤレスブロードバンド、無線パケット通信機、航空管制用無線電話装置、航空機・船舶搭載機器
    • 情報処理システム
      証券・金融ソリューションシステム、株価通報システム、マルチメディア情報表示システム
    • 放送システム
      ファイルベース映像報道編集・記録・送出システム、伝送・送信システム、中大電力送信機、受信システム、放送カメラ、エリアワンセグシステム、家庭用テレビ受信機器、共同受信用機器、CATV用設備・機器
    • 監視システム・画像処理
      広域ネットワーク監視システム、プラント監視システム、セキュリティー監視システム、産業用カメラ
  • 成膜プロセスソリューションセグメント
    • 半導体製造装置
      バッチサーマルプロセス装置、バッチ高温アニール装置、バッチEpi-SiGe・Epi-Si装置、200mmウェーハ対応バッチサーマルプロセス装置、シリコンエピタキシャル成長装置、枚葉プラズマ窒化・酸化装置、枚葉アッシング装置

沿革[編集]

前述したように日立グループの同業3社が合併して成立した会社である。

旧国際電気[編集]

無線通信機器や情報処理装置、そして半導体製造システムを手がけていた。

旧日立電子[編集]

無線通信機器や放送・映像機器を手がけていた。

  • 1948年 芝電気株式会社設立。(商標:シバデン)
  • 1955年 昭和電子株式会社設立。
  • 1956年 テレビカメラの国産化に成功。
  • 1958年 アナログコンピュータがベルギー万博でグランプリを受賞。小金井工場を新設。
  • 1958年 国産初の放送用VTRを完成。
  • 1961年 芝電気、東証・大証2部上場。昭和電子株式会社が日立電子株式会社に社名変更。
  • 1964年 東京オリンピックにVTR独占供給、カメラ、中継機も大活躍。
  • 1967年 芝電気の製造会社として東北シバデン株式会社設立。(後に日立電子仙台工場→日立国際電気仙台事業所→東北電子エンジニアリング→日立国際電気仙台分工場を経て、現在の五洋電子仙台工場)
  • 1973年 芝電気と(旧)日立電子が合併(存続会社は芝電気)し、新生・日立電子が発足。
  • 1975年 山梨県北巨摩郡小淵沢町(現・北杜市)に小淵沢工場を開設。(2001年12月閉鎖)
  • 1978年 家庭用ビデオカメラ(発売元は日立家電販売)を開発。国産初の固体化カメラを発売。

旧八木アンテナ[編集]

八木式アンテナの発明者である八木秀次博士が設立した。

合併後[編集]

  • 2000年10月1日 国際電気を存続会社として、日立電子・八木アンテナが合併し現社名に。
  • 2001年 アキタ電子(現・アキタ電子システムズ)の持ち株全てを日立製作所に売却し、電子部品事業より撤退。同年、小淵沢事業所を閉鎖。仙台事業所を分社化し東北電子エンジニアリングを設立。
  • 2002年 富士吉田事業所を閉鎖。
  • 2003年 千歳事業所と、八木記念情報通信システム研究所(仙台市内に存在した)を閉鎖。
  • 2004年 八木アンテナ事業部を分社化。
  • 2006年 本社を秋葉原UDXビルに移転。富山工場に生産棟を新設。小金井工場に事務・設計棟を新設。
  • 2009年3月 日立製作所の株式公開買付けにより出資比率が約52%に達し、同社の子会社となる。
  • 2010年 東北電子エンジニアリングを吸収合併し仙台分工場を設立。
  • 2013年4月 仙台分工場を子会社・五洋電子に移管。事業集約により八木アンテナなど一部子会社が消滅。
  • 2013年10月 小金井工場の生産棟を改築。旧国際電気の主力工場であった羽村工場を閉鎖しその機能を小金井工場に集約。旧八木アンテナ大宮工場の機能も同工場に集約[3]。小金井工場を東京事業所へ改称。
  • 2016年10月 本社を東京都港区西新橋の日立愛宕別館に移転。
  • 2017年4月 米国プライベート・エクイティ・ファンドコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)が株式公開買付け(TOB)を発表した。しかし、市場価格が買付け価格を上回る状態が続いたことから、KKRはTOBを見送った[4]
  • 2017年10月 KKR傘下のHKEホールディングスはTOB価格を従来の2503円から2900円に引き上げ、TOBを再開した[5]。一方、米ヘッジファンドエリオット・マネジメントも株式購入を進め、当局への報告書において8.59%の株式を保有していることが判明した[6]
  • 2017年12月15日 TOB成立によりKKR傘下のHKEホールディングスは普通株式25.55%(2624万2364株)を取得[7]
  • 2018年3月9日 東京証券取引所上場廃止
  • 2018年3月14日 株式併合を行い、株主が日立製作所及びHKEホールディングス株式会社のみとなる。親会社の日立製作所は保有株式について、日立国際電気が実施する自社株買いに応じる予定[8]

事業所[編集]

  • 本社(東京都港区)- 主として企画・営業部門が存在。
  • 富山事業所(富山県富山市、半導体製造装置)- 富山八尾中核工業団地に立地。
  • 東京事業所(東京都小平市、通信・情報システム、放送・映像システム、特機システム)- 旧日立電子の主力工場であった。

主なグループ会社[編集]

  • (株)日立国際八木ソリューションズ東京都小平市)- 無線通信機器及び放送・映像機器、アンテナの設計、製造、販売、工事、保守サービス。(株)日立国際電気サービス・八木アンテナ(株)・(株)日立国際電気エンジニアリングの3社が2013年4月1日をもって合併・統合[3]
  • (株)五洋電子(秋田県潟上市、宮城県柴田郡柴田町)- 映像・無線ネットワーク部門の生産を担っている。
  • (株)国際電気テクノサービス(東京都小平市)- 保険、商事、ビルメンテナンス、技術、情報、人材派遣、物流サービス事業。
  • (株)国際電気セミコンダクターサービス(富山県富山市)- 半導体製造装置の保守サービスほか。
  • (株)エッチエスサービス(東京都新宿区)- 電気工事、各種無線機、ビデオ機器の設計、製造、販売、据付工事、保守
  • Hitachi Kokusai Linear Equipamentos Eletrônicos S/A(ブラジル)- 南米における地上デジタル放送機器事業を手がける。
  • Kokusai Electric Korea Co., Ltd.(韓国)- 韓国半導体メーカー向け製造装置の製造、販売、保守、据付を手がける。

他、北米・欧州・アジア各地にグループ会社が存在している。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]