シュナイダーエレクトリック

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シュナイダーエレクトリック: Schneider Electric SA)は、フランスパリ近郊のリュエイユ=マルメゾンに本社を置く世界的な重電メーカーユーロネクスト上場企業(EuronextSU )。日本法人はドイツ語読みのシュナイダーと称するが、以前はフランス語読みでシュネデールエレクトリックと称した。

世界におけるエネルギーマネジメントのスペシャリストとして100カ国以上で、公共事業、インフラ、産業・機械製造、ビルディング、データセンター、ネットワーク、さらには住宅用アプリケーションまで、多様なマーケットを網羅した統合ソリューションを提供。 グループ全体で17万人以上の従業員を擁し、2015年の年間売上は266億ユーロ。

旧社名はシュナイダー社 (Schneider et Cie)英語版で、創業地からシュナイダー・クルーゾ (Schneider-Creusot) とも呼ばれた。戦前は軍需産業として有名であったが、戦後は総合メーカーとなり、後に電機専門のメーカーとなった。

概要[編集]

  • 従業員:約16万人 (2016年)
  • 代表者:ジャン=パスカル・トリコワ (Jean-Pascal Tricoire)執行役会長
  • 売上高:3兆6000億円 (2015年)
  • 販売・サービス拠点:世界100か国以上

なお、同社名は仏語読みに基づくと「シュネデール」であり、かつて日本法人も「シュネデールエレクトリック」としていた時期がある。現在も東芝シュネデール・インバータ株式会社などにこの名称を使っている。

吸収合併した会社名APC (エーピーシー)メランジェラン(英語読み:マランジェラン)、テレメカニックスクエアディーをそのままブランド名として使用しているのも特徴的である。

沿革[編集]

ヴァンデルのクルーゾ[編集]

1836年、ドイツ系フランス人のシュネデール(シュナイダー)兄弟[1]ル・クルーゾの製鉄所クルーゾ鋳造所 (Creusot Foundries) を買収して再生し、2年後シュナイダー社 (Schneider & Cie.) を創立した。

クルーゾは1784年200家族のヴァンデル(Famille de Wendel)がつくった。クルーゾは交錯した国際関係の産物である。往時フランスはアメリカ独立戦争で植民地軍を支援し英国と交戦しており、性能が高い武器を切望していた。そこで、産業革命を主導しアイアン・マッドの二つ名を手にしたジョン・ウィルキンソン(John Wilkinson)の弟、ウィリアムがフランス政府の要請でアンドル島に王立火砲鋳造工場を建てた。この工場へ原料を供給するため、クルーゾが設立された[2]。このとき着工されたサントル運河は1792年に開通した。以後、運河はクルーゾのホームグラウンドに利用された。ロワール川ソーヌ川の間を船で往来できるようになり、地中海大西洋の間にミディ運河よりずっと長い内陸水運が拓かれた。開削途中のフランス革命でヴァンデルがドイツへ追放されていた。クルーゾは経営者を次々と変えたが、やがてイギリスのマンビー・ウィルソン社(Manby Wilson & Co.)が買収した。1830年代の不況でマンビーが破産しクルーゾは競売にかけられ、1836年12月21日シュナイダー兄弟が268万フランで落札した。この資力がどこから来たかであるが、シュナイダー兄弟は2ヶ月前200家族セイエール(Famille Seillière)が設立した合資会社の支配人であった[3]

銀行家らしい事業拡大[編集]

1838年には機械工場を設置して国産第一号の蒸気機関車を製作した。翌年シャロン=シュル=ソーヌ造船所を吸収合併した。石炭採掘高は1837年の5800トンから1847年に10万トンへ躍進した。銑鉄は5000トンから1万8000トンに、錬鉄は2500トンから1万6000トンに、機械は1000トンから4500トンにそれぞれ生産量を増やした。1853年と1855年にクルーゾから約20km北方のクレオ(Créot)・メズネ(Mézenay)・シャンジュ(Change)の鉄鋼山を買収した。これらの鉱山は年間30万トンの鉄鉱石を供給した[4]。この間1854年にフランス銀行へ理事を輩出した。1860年に英仏間に通商条約が結ばれて、自由競争に耐えうるよう資本集中が進んだ。1867年で工場敷地120ヘクタール、建坪20ヘクタールの規模であった。普仏戦争のころになると大砲や装甲鋼板などの兵器の生産を初め、一定の評価を得た。1879年ドイツのヴァンデルと共同出資によりトーマス製鋼法の特許を80万フランで買収し、ミネット鉱が豊富なロレーヌへ進出した。1882年ボルドー付近でジロンド造船所(Forges et Chantiers de la Gironde)の創立するときに巨額を出資、また1897年には地中海性鉄造船(Forges et Chantiers de la Méditerranée)を買収した[5]。19世紀末には現在の事業の基盤となる重電機分野にも進出した。ベル・エポックパリ国際金融市場としてもてはやされる中で、サンゴバンと並ぶ大企業となった。具体的にはテール・ルージュ(Terres Rouges)の製鉄所を支配してアーベッド(現アルセロール・ミッタル)株を保有するようになった。1919年ユニオン・パリジェンヌと合弁の持株会社[6]、ユニオン・ユロペンヌ[7]を介し、ドイツ東ヨーロッパへシュナイダー製品を輸出するようになった。後者についてはシュコダ財閥などに手広く利権を獲得していた。その後、大手グローバル電気グループのウェスティングハウス・エレクトリックと提携し、発電所を建設したり、電気機関車用電気モーターやその他電気装置を製造したりするようになった。

親ベルギーのプロテスタント[編集]

ミュンヘン会談と1941年の間に、シュナイダーは東欧企業の株式を損失なしに売却した[8]。ユニオン・ユロペンヌはロスチャイルドやハンブローズ(現ソシエテ・ジェネラル)が参与してインドシナ銀行などに次ぐ有力な事業銀行となった。戦後シュナイダー本体は軍需産業から手を引いて、建設・製鋼所・電気の分野へ転換、アーベッド株保有率を戦前の10%から25%に増大させ副社長シャルルを送り込み、ベルギー総合会社などと参与した。1949年には多様化した新規市場を開拓するためクルーゾに工場管理権を譲り、持株会社シュナイダー・グループ (Group Schneider SA) とユニオン・ユロペンヌを中心とする組織となった。

1960年代になると、ベルギーのアンパン財閥が経営に介入するようになり、エドゥアール・アンパン英語版が経営権を奪取。シュナイダー・アンパン (Schneider-Empain)英語版と呼ばれるようになり、重工業を柱としながら事業を多角化し電話・土木・不動産・銀行も手がけた。1980年代になりアンパン財閥が経営から離れると、不採算事業を売却する傍ら、電気系で力を持つ海外企業の買収を行った。他にも数多くの戦略的資本提携を重ね、電気業界への集中を図った。1999年シュナイダーエレクトリック(Schneider Electric) と社名変更。2000年代に入ってからは、エネルギー関連の専門企業として発展している。

日本での展開[編集]

日本には、「シュナイダーエレクトリック株式会社」、「株式会社デジタル」、「インベンシス プロセス システムス株式会社」、「エナジープールジャパン株式会社」、「東芝シュネデール・インバータ株式会社」、「富士電機機器制御株式会社」のグループ会社がある。

シュナイダーエレクトリック株式会社[編集]

シュナイダーエレクトリック株式会社(東京都港区芝浦)

概要[編集]

  • 社名:シュナイダーエレクトリック株式会社 Schneider Electric Japan, Inc. (英語名)
  • 本社所在地:〒108-0023 東京都港区芝浦二丁目15-6 オアーゼ芝浦MJビル (2015年9月移転)
  • 設立:1996年4月

以前は、両社共に東京都台東区鳥越に本社を構えていたが、(初代)シュナイダーエレクトリックが2008年10月1日富士電機グループとの合弁会社「富士電機機器制御株式会社」へ移行すると同時に東京都中央区日本橋大伝馬町へ移転した。ホールディングスはしばらくしてから富士電機機器制御社内に移転したが、後に再移転。2011年10月1日、エーピーシー・ジャパンが2代目のシュナイダーエレクトリックとなった。2015年9月に芝浦に移転し、シュナイダーエレクトリック(株)本社、(株)デジタル東京支店、インベンシス プロセス システムス(株)、エナジープールジャパン(株)4グループ会社の東京拠点を集約した。 。

事業内容[編集]

  • IT事業:データセンター向けソリューション
    • データセンター向けに統合された UPS、ラック、空調機、 管理ソフトウェアなどに幅広い製品を提供。適応性に優れたデータセンターを目指す
  • IT事業:小型UPS
    • サーバー、デスクトップPC、ネットワーク機器、ストレージ等、IT機器向けに世界で最も選ばれている「APCブランド」のUPS(無停電電源装置)を提供
  • ソーラー事業
    • モニタリング機能・系統連系要件・パワコンを内蔵したパッケージ型昇圧変電所、モニタリングシステム、およびサービスを提供
  • ビルディング事業
    • 中小建物設備(空調、照明など)におけるエネルギー使用をデマンドコントロールや自動制御システムにより最適化するとともに、エネルギーの見える化やコンサルを提供し、運用改善を支援
  • エネルギー事業
    • 受配電の設計・設置・運用を可能とするハード・ソフト・サービス
  • デマンドレスポンス事業
    • 電力需給安定化を最も迅速、確実に実現するソリューションを電力会社、大口需要家に提供

日本法人群その他[編集]

  • 富士電機機器制御株式会社(東京都中央区日本橋大伝馬町)
    • 旧日本国内中核事業法人で初代のシュナイダーエレクトリック株式会社。2008年10月に富士電機グループとの合弁会社に移行し、社名変更。
    • 取扱製品:受配電機器・制御機器等
  • 株式会社デジタル大阪府大阪市
    • 2002年に傘下入り(フランス本社との提携)。2011年にシュナイダーエレクトリックホールディングス子会社のアロー株式会社(2008年傘下入り)と合併。
    • 取扱製品:HMIインターフェース・積層表示灯・回転灯・電子音警報機・音声合成装置
  • インベンシス プロセス システムス株式会社(東京都港区芝浦)
    • 事業:産業用プロセスオートメーション
  • エナジープールジャパン株式会社(東京都港区芝浦)
    • 事業:デマンドサイドマネジメント
  • 東芝シュネデール・インバータ株式会社(三重県三重郡朝日町
    • フランス本社と東芝の提携で設立されたシュネデール東芝インバータ社の日本法人
    • 取扱製品:産業用インバータ

脚注[編集]

  1. ^ アドルフ・シュネデール英語版、弟ウジェーヌ・シュネデール英語版
  2. ^ W.O. Henderson, Britain ahd Industrial Europe, pp.39-42; Pierre Brison, Histoire du Travail et des Travailleurs, pp.401-402.
  3. ^ Jean Chevalier, Le Creusot, p.159.
  4. ^ Chevalier, op, cit, p.169.
  5. ^ Henri Sée, Histoire Economique de la France, p.199.
  6. ^ ユニオン・パリジュンヌは1882年にシュナイダー・ミラボー・マレ等ユグノー系オートバンクが創設した。Economie et Politique, numéro spécual No 5-6; La France et les Trusts, 1954, pp.84-88.
  7. ^ 欧州工業金融連合、Banque de l'Union européenne industrielle et financière, 社史では European Industrial and Financial Union (EIFU) という英名が用いられている。
  8. ^ Henri Coston, Les Financiers, p.205.

外部リンク[編集]