今治造船

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今治造船 株式会社
Imabari Shipbuilding Co., LTD.
Imabari shiopbuilding.jpg
本社ビル
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 IMAZO(いまぞう)
本社所在地 日本の旗 日本
799-2195
愛媛県今治市小浦町一丁目4番52号
設立 1942年1月15日
業種 輸送用機器
法人番号 7500001011179 ウィキデータを編集
事業内容 造船業
代表者 代表取締役社長 檜垣幸人
資本金 300億円
売上高 3910億8500万円(2019年03月31日時点)[1]
営業利益 24億6000万円(2019年03月31日時点)[1]
経常利益 168億0700万円(2019年03月31日時点)[1]
純利益 116億4400万円(2019年03月31日時点)[1]
総資産 7064億6400万円(2019年03月31日時点)[1]
従業員数 1,414名
決算期 3月
主要子会社 檜垣産業
今治国際ホテル
りんかい日産建設
関係する人物 檜垣正一(元会長)
外部リンク http://www.imazo.co.jp/
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今治工場

今治造船株式会社(いまばりぞうせん)は、愛媛県今治市に本社を置く造船メーカーである。

概要[編集]

本社を置く愛媛県今治市を中心にグループで10の造船所を保有している。

新造船竣工量において国内トップ、造船売上高において三井造船に次いで国内2位を誇る[2][3]。日本経済新聞社が実施した2014年の世界シェア調査では大宇造船海洋現代重工業に次いで3位に入っている[4]

事業所及び建造能力[編集]

  • 本社・今治工場 - 愛媛県今治市小浦町一丁目4番52号
    • 第1号船台: L 166m × B 28m
    • 第2号船渠: L 211m × B 43m
  • 丸亀事業本部 - 香川県丸亀市昭和町30番地
    • 第1号船渠: L 270m × B 45m
    • 第2号船渠: L 370m × B 57m
    • 第3号船渠: L 610m × B 80m
    • 蓬莱事業部 - 香川県丸亀市蓬莱町12-1
    • 多度津事業部 - 香川県仲多度郡多度津町西港町1-1
  • 西条工場 - 愛媛県西条市ひうち7番6号
    • L 420m × B 89m
    • 東ひうち事業部 - 愛媛県西条市ひうち東ひうち29番
  • 広島工場 - 広島県三原市幸崎能地2-1-1[5]
    • 第1号造船船渠 : L 378.0m × B 59.0m
    • 第2号造船船渠 : L 382.0m × B 56.0m
  • 東京支社 - 東京都千代田区有楽町1丁目5番1号日比谷マリンビル14階
  • アムステルダム事務所 - オランダアムステルダム[6]

沿革[編集]

1901年に檜垣為治が檜垣造船所を創業したのが始まりである。1933年には為治の息子である檜垣正一らが「檜垣造船有限会社」を設立。1940年暮れには、檜垣造船、村上(実)造船、渡辺造船、村上造船、吉岡造船、黒川造船の6社が合併して「今治造船有限会社」が誕生した[7]。当時は木造船であっても厳しい資材統制があったため、業界での生き残りを賭けての会社併合であった[7]。その後、今治造船有限会社は今治船渠株式会社と合併し「今治造船株式会社」が誕生した。今治船渠は、「国策に沿って今治にも設備の充実した造船所を作ろう」というねらいで、今治市内の無尽会社、鉄工会社、建築、電業会社、呉服屋など今治でも上位にランクされる商工業者の出資によって生まれた造船所であった[8]

戦後、今治造船は仕事が無く、従業員の多くが離散。檜垣一族も退社し、今治造船で現場総監督を務めていた檜垣正一は檜垣造船所を設立した。 時代が木船から鋼船へ移行する中、今治造船は技術者の離散で鋼船建造の見通しが立たなくなり、1954年には休業に追いこまれた。檜垣正一は檜垣造船所を吸収合併し、今治造船の再建を図った。愛媛汽船社長の赤尾柳吉を社長に迎えて、今治造船は1955年に再出発することとなった[9]1959年には檜垣正一が社長に就任した。

船舶が大型化する中で、波止浜地区では湾の大きさや深さなどから大型船建造が困難であるため、1970年には香川県丸亀市に進出。1973年オイルショックで造船業が不況に陥る中、経営不振に陥った中小の造船所を買収して傘下におさめた。1993年には愛媛県西条市での近代的な設備を備えた工場の建設に着手。2015年には400億円を投じて丸亀市に大型ドックを新設する事を発表、2016年に稼動開始予定である。

2019年11月29日、ジャパンマリンユナイテッドと資本業務提携することで合意したと発表した[10][11]

年表[編集]

  • 1901年明治34年) - 創業
  • 1942年昭和17年) - 周辺の造船所を統合し、今治造船株式会社設立。
  • 1958年(昭和33年) - 今治本社工場設備完成。
  • 1967年(昭和42年) - 東京事務所開設。
  • 1970年(昭和45年) - 丸亀工場建設着手。
  • 1976年(昭和51年) - 香港代表事務所開設。
  • 1982年(昭和57年) - 神戸事務所開設。東京事務所を東京支社に改組。
  • 1983年(昭和58年) - 岩城造船をグループ会社化。
  • 1986年(昭和61年) - 幸陽船渠をグループ会社化。
  • 1993年平成5年) - 西条工場建設着手。
  • 1995年(平成7年) - 神戸事務所閉鎖に伴い、阪神事務所開設。
  • 1996年(平成8年) - 今治国際ホテルがオープン。
  • 1997年(平成9年) - 1000隻の建造を達成。
  • 2001年(平成13年) - ハシゾウをグループ会社化。
  • 2005年(平成17年) - 丸亀工場多度津事業部を設立。渡邉造船(現:しまなみ造船)・新笠戸ドックをグループ会社化。
  • 2006年(平成18年) - 西条工場の東の工場用地を取得。1500隻の建造を達成。
  • 2007年(平成19年) - アムステルダム事務所開設。
  • 2008年(平成20年) - 西造船とハシゾウを統合しあいえす造船を設立。
  • 2012年(平成24年) - 三菱重工業と低燃費コンテナ船で技術提携。[12]
  • 2013年(平成25年) - 三菱重工業と共同出資でLNG運搬船の設計・販売を行う「MI LNGカンパニー」を設立[13]
  • 2014年(平成26年) - 幸陽船渠を吸収合併し、今治造船 広島工場とする。
  • 2015年(平成27年) - 多度津造船をグループ会社化。
  • 2016年(平成28年) - りんかい日産建設を子会社化[14]
  • 2018年(平成29年) - 南日本造船株式会社を系列化(新笠戸ドック100%子会社)。子会社の檜垣産業が横河電子機器を子会社化[15]

グループ会社[編集]

主要建造船[編集]

四国開発フェリー「おれんじ8」

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 今治造船株式会社 第87期決算公告
  2. ^ 東洋経済新報社「会社四季報業界地図2008年版」
  3. ^ 中国が拡大、三井造船が5位に/世界造船所売上ランク、本紙調べ
  4. ^ 世界シェア調査、4品目で首位交代 中国の販売拡大映す - 日本経済新聞(2015年7月6日)、2016年10月10日閲覧。
  5. ^ 幸崎町能地 - Google マップ
  6. ^ 今治造船株式会社 会社概要
  7. ^ a b 今治市産業部海事都市推進課(2012年)『日本一の海事都市・いまばりを探る 海のまち・今治』、53頁。
  8. ^ 今治造船(1977年)『今治造船史』、79頁。
  9. ^ 今治市産業部海事都市推進課(2012年)『日本一の海事都市・いまばりを探る 海のまち・今治』、54頁。
  10. ^ ジャパンマリンユナイテッド株式会社との資本業務提携に関する基本合意書締結について”. 今治造船株式会社 (2019年11月29日). 2019年11月30日閲覧。
  11. ^ 今治造船、JMUに出資 国内1・2位で中韓に対抗”. 日本経済新聞 (2019年11月29日). 2019年11月30日閲覧。
  12. ^ 三菱重工と今治造船、低燃費コンテナ船で提携 - 日本経済新聞(2012年5月29日)、2012年10月28日閲覧。
  13. ^ 三菱重工、今治造船とLNG船の新会社 - 日本経済新聞(2013年3月25日)、2013年3月27日閲覧。
  14. ^ 今治造船、りんかい日産を買収 工場の維持管理強化 - 日本経済新聞(2016年10月4日)、2016年10月8日閲覧。
  15. ^ 横河電機、舶用機器メーカーの子会社を売却 - 日本経済新聞(2018年10月3日)、2019年2月18日閲覧。
  16. ^ LNG運搬船の設計・販売事業を行う企業。三菱重工業との共同出資会社で今治造船が49%の株式を保有。
  17. ^ 企業概要”. 株式会社スチールハブ. 2013年7月31日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]