吉井和哉

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吉井和哉
基本情報
出生名 吉井一哉
別名 ロビン
出生 1966年10月8日(42歳)
出身地 東京都北区
ジャンル ロック
ポップス
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ギター
ボーカル
活動期間 1992年 - 現在
  

吉井 和哉(よしい かずや、1966年10月8日 - )は、東京都出身静岡県育ちのミュージシャン。本名は吉井 一哉。身長183cm。足のサイズは27cm。血液型A型。

1986年にアーグ・ポリスでベーシストとして活動した後、1988年ロックバンドTHE YELLOW MONKEYを結成し(吉井はボーカルギター作詞作曲を担当)、1992年にメジャーデビュー、その後2003年YOSHII LOVINSON(ヨシイロビンソン)としてソロデビューし、2004年にTHE YELLOW MONKEYを解散する。2006年吉井和哉と名義を変更し、現在に至る。

目次

[編集] 人物

  • 幼少の頃は肥満児で、それがコンプレックスだった。現在は痩せているが非常に太り易い体質である為、レコーディング中などのオフショットではまるで別人のようになっていることがある。また、すぐに過激なダイエットをして痩せるので、一時期「癌ではないか」、「実は余命○ヶ月(年)」などという噂が立っていたこともある。最近は年齢のせいもあり、過度なダイエットをしなくてもいいように普段からトレーニングや体調管理を行っている。
  • 中学時代は柔道部だった、コーラダイエットで急激なダイエットに成功したらしい。またチープ・トリックのライヴアルバム「at 武道館」を毎日聴いていたこともあった。
  • 本人曰く「実は根暗な性格。」中学生の頃は深夜ラジオを聴きながらマンガを描く毎日だったという。
  • 義務教育終了と同時にフリーター生活、その後上京し「25歳までにデビュー出来なければ音楽は諦めよう」と決意。その後、25歳でデビューが決まり、26歳でメジャーデビュー。次に「30歳までにバンドがブレイクしなければ辞める」との目標を立て、28歳の時にシングル『太陽が燃えている』がTOP10入りし、29歳の時にアルバム『FOUR SEASONS』がオリコン1位を獲得した。なお、元々はボーカルではなくベーシストであった。
  • バンド時代(特に初期)は派手なメイクや衣装で時には女装することもあった。ソロになってからはあまり過度なメイクは施さず、YOSHII LOVINSON時代はジーンズにTシャツ姿でライブを行うこともあったが、40代に突入した2006年のツアーでは自らを「ロックスター」と称し、再び派手なメイクと衣装でステージに立った。これは後述の美輪明宏との対談などが影響している。
  • オーディオマニアで、自宅には数百万円のオーディオシステムが組まれている。THE YELLOW MONKEYのアルバム『8』のレコーディング中に、ディレクターが「スタジオに置いてあるラジカセの音が悪い」と言って持参してきたラジカセと音を聞き比べたところ、余りの違いに愕然としたのがきっかけ。バンド活動休止後のオフの間に名盤と言われるレコードを改めて聴き直したとき、今までは気付かなかった自分の作品とのクオリティの差を痛感し、一時期は音楽をやめようとまで思っていたという。
  • THE YELLOW MONKEYのメンバーとは現在でも交流があり、ベーシストであった廣瀬洋一の2003年活動開始のバンドHEESEY WITH DUDESのアルバムの中の1曲「ならず者アイムソーリー」で作詞を担当したが、提供料の相談が面倒になり「500円でいい」と伝えた。しかし、歌詞カードには、「Lyrics KAZUYA YOSHII」と表記されてしまった。印税を受け取ったかどうかは定かではない。因みに廣瀬は100円玉5枚で吉井に500円を払ったらしい。また廣瀬が2007年5月に渋谷La.mama(THE YELLOW MONKEYがインディーズ時代拠点としていたライブハウス)の25周年記念ライブに出演した際、吉井から廣瀬宛に花が贈られていた。同じくギターの菊地英昭はソロになってからのライブのサポートメンバーであり、ツアーを共に公演している。
  • DIOR HOMMEの服を好み、衣装としても頻繁に着ている。
  • 好きな食べ物はカレー。利きカレー(どのルーを使っているか食べただけでわかる)が出来るほど。
  • 2007年2月14日、右手首にドラゴンのタトゥーを入れた。
  • 悩みやすい性格で常に試行錯誤を繰り返しているせいか、何かと宣言しては、すぐに覆す癖があり、そういったエピソードが多々ある。
    • 2000年頃「もう金髪にはしない」と宣言し、黒髪の短髪にしたが、バンド活動休止後の2001年には金髪になっていた。
    • 2006年7月27日に行われたファンクラブ限定ライブのMCでは「吉井和哉、タバコやめました」と宣言。が、その後アルバムのプロモーション中に喫煙していた。本人がCDでーたに連載をしていた「吉井和哉今月の格言」では「(タバコは)何度も助けてもらったので絶対に止めない」といっていた。
  • 本名は吉井一哉だが、字面や画数が悪いため「和哉」としている。「音楽と人」誌でそう語っていたが、イエローモンキー時代に出演したミュージックステーションの免許公開時の免許は「吉井和哉」名義であった。
  • YOSHII KAZUYA OFFICIAL MOBILE SITEにて、2008年に「吉井さんの好きな俳優さんてだれですか?」と聞かれ、山田孝之と答えている。2009年1月発売のシングル「ビルマニア」のPVには山田孝之が出演しており、The Yellow Monkey時代の吉井和哉を思わせる様相をしている。アルバム「VOLT」発売時のMTV・MVセレクションでは、「このPV(ビルマニア)は全てのカラオケで配信されている。自身がボーカリストではなくただバンドに徹することで、歌っているのはあなた自身だということを強調したかった」と語っている。
  • 外見が崖の上のポニョに登場する「フジモト」に似ていることをネタにして2008年の武道館ライブのアンコールではフジモトのコスプレをしながらポニョ主題歌を歌った。
  • 自伝で4人の子の父親であることを明かしている(娘3人息子1人)。

[編集] 来歴

[編集] ディスコグラフィー

※2003年~2005年にリリースされた作品は全て「YOSHII LOVINSON」名義

[編集] シングル

  1. TALI cw. TALI (seaside mix) / スティルアライブ (2003年10月1日)
    ソロデビューシングル。吉井の作品の中で唯一のCCCD
  2. SWEET CANDY RAIN cw. SPIRIT'S COMING (GET OUT I LOVE ROLLING STONES) / 70 GO (2004年1月9日)
    当初2ndシングルは「red leaves」とアナウンスされていた[1]が歌詞に問題があり放送出来ないとして変更になった。
  3. トブヨウニ cw. BLOWN UP CHILDREN / HATE (2004年7月28日)
    カップリングの「BLOWN UP CHILDREN」は前述の「red leaves」の歌詞を替え、リアレンジした曲。
  4. CALL ME cw. MUDDY WATER / FINAL COUNTDOWN (2005年1月13日)
    カップリングのFINAL COUNTDOWNは花王サクセスCMソングに起用された。
  5. BEAUTIFUL cw. HIKARETA / MY FOOLISH HEART (2006年1月25日)
  6. WINNER cw. 発光 / WINNER (instrumental) / 発光 (instrumental)(2007年5月23日)
    劇場公開作品「GOAL!2 」<日本語吹替え版>テーマソング。アルバムに収録されているのはLAレコーディングだがこちらは国内レコーディング。
  7. Shine and Eternity cw. マンチー / Shine and Eternity (instrumental) / マンチー (instrumental) (2007年7月25日)
  8. シュレッダー cw. 上海(エルビス風バージョン) / シュレッダー (instrumental) / 上海 (instrumental) (2007年8月22日)
  9. バッカ cw. シュレッダー (Live) / バッカ (Live Acoustic Version) (2007年12月19日)
    初回盤のみ「シュレッダー」、「バッカ」のPVを収録したDVD付。「バッカ」のPVはTHE YELLOW MONKEYのPVを多く撮影した高橋栄樹が監督を務めたショートフィルム仕立ての内容で、「JAM」とリンクしたものとなっている。(高橋栄樹による解説
  10. ビルマニア cw. くちびるモーション / ビルマニア (instrumental) / くちびるモーション (instrumental) (2009年1月28日発売 オリコン初登場4位)

[編集] アルバム

[編集] オリジナル・アルバム

  1. at the BLACK HOLE (2004年2月11日)
    初回限定盤はレコーディング風景やインタビューなどを収録したDVD付。
    20 GO/TALI/CALIFORNIAN RIDER/SADE JOPLIN/SIDE BY SIDE/FALLIN' FALLIN'/SPIRIT'S COMING (GET OUT I LOVE ROLLING STONES)/BLACK COCK'S HORSE/SWEET CANDY RAIN/AT THE BLACK HOLE
  2. WHITE ROOM (2005年3月9日)
    PHOENIX/CALL ME/欲望/WANTED AND SHEEP/RAINBOW/JUST A LITTLE DAY/FINAL COUNTDOWN/NATURALLY/トブヨウニ(ALBUM VERSION)/FOR ME NOW/WHAT TIME
  3. 39108 (2006年10月4日)
    通常盤・初回限定盤・アナログ盤・プレミアム盤の4種類を同時発売。初回限定盤はPVやレコーディング風景を収録したDVD付で、それにツアー「MY FOOLISH HEART」のライブDVD、写真集をセットにしたのがプレミアム盤。
    人それぞれのマイウェイ/LIVING TIME/LONELY/黄金バット/ポジネガマン/HOLD ME TIGHT/I WANT YOU I NEED YOU/WEEKENDER/ALL BY LOVE/BEAUTIFUL/恋の花/BELIEVE
  4. Hummingbird in Forest of Space (2007年9月5日)
    初回限定盤はPVやレコーディング風景を収録したDVD付。
    Introduction/Do The Flipping/Biri/シュレッダー/上海/ルーザー/ワセドン3/Pain/Shine and Eternity/バッカ/Winner (Album Version) /マンチー/雨雲
  5. VOLT (2009年3月18日)
    初回限定盤はYOSHII BUDOKAN 2008を収録したライブDVDとポスター付。
    ビルマニア/フロリダ/ウォーキングマン/ノーパン/へヴンリー/魔法使いジェニー/SNOW/ONE DAY/ルビー/またチャンダラ

[編集] その他のアルバム

  1. Dragon head Miracle (2008年4月30日)
    初のライブアルバム。DVD未収録の「バッカ」が収録されている。

[編集] DVD

  1. STILL ALIVE -YOSHII LOVINSON TOUR 2005 AT the WHITE ROOM- (2005年11月23日)
    初回限定盤のみPV集+αを収録したDVD付。
  2. THANK YOU YOSHII KAZUYA Live At Budoukan (2007年4月4日)
    初回限定盤のみ日本武道館LIVE音源のCD付。
  3. Dragon head Miracle tour 2008 (2008年5月21日)
  4. KAZUYA YOSHII LIVE DVD BOX『LIVE LIVE LIVE』 (2008年5月21日)
    前述の『Dragon head Miracle tour 2008』に『GENIUS INDIAN TOUR 2007』、『YOSHII BUDOKAN 2007』のライブ映像ディスクと『Dragon head Miracle tour 2008』のドキュメンタリー映像ディスクをセットにした4枚組BOX。

[編集] オンライン配信限定

  • WEEKENDER (2006年8月2日)
  • BELIEVE (2006年9月20日)
  • THANK YOU YOSHII KAZUYA (2007年4月11日)
    DVD初回生産限定盤付属のボーナスCDとは曲目が異なる。
  • KAZUYA YOSHII GENIUS INDIAN TOUR 2007 (2008年2月6日)

[編集] その他の参加作品

[編集] 書籍

[編集] 著書


[編集] ラジオ

過去のレギュラー番組


[編集] 関連項目

吉井が最も影響を受け、また最も尊敬するアーティストである。家にあるCDでは一番多いらしい。
上京したとき美輪の著書『紫の履歴書』を持っていった。雑誌での対談を機に知り合い、大成したのち美輪の前で歌を披露し、認められた。ソロになってから「僕らの音楽」に出演した際、吉井は対談の相手に美輪を指名した。
高級オーディオメーカー。「YOSHII LOVINSON」の元ネタである。シングル「SWEET CANDY RAIN」に封入されたステッカーは同社のロゴのパロディ。
ブラックミュージック界の大御所。「YOSHII LOVINSON」の元ネタその2。
吉井は自身の著書で「ユニコーンのファン」と発言している。ソロになってからの音楽性も民生のそれと通ずるところがあり、他にも釣りオーディオマニア、サポートミュージシャンなど共通点が多い。親交があり、民生の方が先輩にあたるが吉井は「民生君」と呼んでいる。日本テレビダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の企画「芸能人釣り選手権」では過去2回共にゲスト出演した。経緯は不明だが吉井のシングル『WINNER』のクレジットにはスペシャルサンクスとして民生の名前が載っている。2007年10月24日発売のユニコーン・トリビュートに「与える男」で参加、ドラムは民生が担当している。以前から「与える男」をカバーしたいと口にしていた。
音楽的に多大な影響のあったことなどの文章を、あがた森魚「20世紀漂流記」の解説に載せている。
上記の縁かバッカのPVに出演している。
イエローモンキー以前のインディーズ・バンド時代に、hideのバンドと対バンをしたことがあり、交流があった。また、吉井がレギュラーをつとめていたオールナイトニッポンにゲストとして招いたり、自伝「失われた愛を求めて」にhideへの思い入れ、亡くなった時のショックの大きさなどについて記述がある。またhideもROCKIN'ON JAPAN1998年6月号でのインタビューにおいて、やりたい音楽をそのまま表現しているバンドとしてthee michelle gun elephantとイエローモンキーを挙げ「凄ぇなと思った」と評している。

[編集] 外部リンク