中合

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株式会社中合
NAKAGO Co.,Ltd.
NAKAGO.svg
Nakagou fukushima.JPG
本社所在地にあった中合福島店
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地

日本の旗 日本
960-8501[1]
福島県福島市栄町5番1号[1]

北緯37度45分12.7秒 東経140度27分41.7秒 / 北緯37.753528度 東経140.461583度 / 37.753528; 140.461583座標: 北緯37度45分12.7秒 東経140度27分41.7秒 / 北緯37.753528度 東経140.461583度 / 37.753528; 140.461583
設立 1935年昭和10年)10月[1]
業種 小売業
法人番号 1380001001074 ウィキデータを編集
事業内容 百貨店事業[1]
代表者 代表取締役社長 黒崎浩一[2]
資本金 5000万円[1]
純利益 ▲7億8300万円
(2021年02月28日時点)[3]
総資産 5億6900万円
(2021年02月28日時点)[3]
従業員数 580名(契約社員含む)[1]
主要株主 ダイエー 100%
外部リンク nakago.co.jp ウィキデータを編集
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株式会社中合(なかごう、英語: NAKAGO Co.,Ltd.)は、福島県福島市に本社を置き、かつて百貨店を運営していた企業1830年天保元年)創業[1]1874年明治7年)11月創立[1]日本百貨店協会に加盟していた[4]

福島の老舗百貨店であり、1970年代以降はダイエーグループに属していた[1]2020年(平成2年)8月31日の福島店閉店[5][6]により全店舗が閉店[7]、146年の歴史に幕を下ろした[8][9]

福島店の閉店により、福島県内の百貨店は郡山市うすい百貨店のみとなり、同じく2020年8月31日に西武百貨店大津店が閉店した滋賀県[10][11]とともに、県内に百貨店はあるものの、県庁所在地に百貨店が存在しない都道府県となった[9]

グループスローガンは「この街と人が好きだから」。本店である福島店(1号館)の外壁には樹木の白い模様があり、福島市の木・ケヤキを象っていた。

概要[編集]

創業[編集]

創業者の中村治朗兵衛家の本家は、近江麻布の製織と行商で巨万の富を成したとされる近江商人・中村治兵衛家である[12]。「三方よし」の原典となる家訓を残した[13]1874年明治7年)に三代目中村治郎兵衛(安藤芳兵衛)が福島市荒町に開業した中村呉服店を源流とする[14]

1884年(明治17年)には東京日本橋富沢町の問屋街に呉服仕入店として東京店を開業[15]。東京店は1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災により被災し失われたが、福島店の援助により再建した[16]。東京店は第二次世界大戦終戦後、開店から100年にあたる1984年昭和59年)に閉店した[17]

1893年(明治26年)に中村合名会社を設立[18]1935年昭和10年)10月に合名会社から株式会社へ改組[1]。その際に、中村合名会社のを取って、新社名を「株式会社中合」とした。社名は専務取締役を勤めた安藤順造の発案とされる。中合の読みは湯桶読みの「なかごう」であり、「ちゅうあい」「なかあい」ではない[19]

1913年大正2年)に福島店を荒町から大町へ移転[1]1938年(昭和13年)に百貨店業を開始[20]日本百貨店組合(現:一般社団法人日本百貨店協会)に加盟した[4]

ダイエーグループ入り[編集]

本店である福島店は、創業の地である福島市荒町から移転後、長らく福島市大町にあったが、1973年(昭和48年)10月1日福島駅前へ移転し、旧店舗の2倍以上に増床した[20]。大町の店舗は移転後に閉鎖していたが、地元商店街からの要望もあり、翌1974年(昭和49年)6月に総合スーパー業態の「中合大町支店」として営業を再開し、愛称を「大町パルク」とした[21][22]

しかし、1973年から1974年にかけて発生した第1次オイルショックの影響に加え、駅前進出による建設費等の設備投資の返済、大町パルクの業績不振などで業績不振に陥ったため、1978年(昭和53年)に大手スーパーのダイエーと提携し、ダイエーグループ入りした。一説には、山一證券との仲介が関係していたとされる[23]

1984年(昭和59年)8月28日、「大町パルク」は赤字増大や店舗老朽化、周辺での再開発事業計画などにより閉店し[24]、店舗の建物は閉店後に解体された。

1998年(平成10年)3月、福島店に隣接する平和ビル(旧「山田百貨店」と「福島ビブレ[注釈 1]」跡地)に出店し「中合福島店二番館」として増床した[25]

中合は2005年12月1日、北海道函館市棒二森屋青森県八戸市三春屋を運営するアドバンスド・デパートメントストアーズオブジャパン吸収合併した[26]。また同時に、ダイエーを引き受け先として増資を行い[27]十字屋から山形店の経営権を譲り受けた[26]

しかし2009年に、中合は会社全体の構造改革の一環として1店舗を閉店する方針を決定し、店舗老朽化による維持費用の増大を理由に会津店の閉店を発表[28][29]、翌2010年(平成22年)2月28日に閉店した[30](詳細は中合会津店を参照)。

2010年7月1日には、ダイエー以外の株主が保有していた全株式を無償で取得した上で、取得株式の一部をダイエーに50億円で売却して債務超過を解消し、ダイエーの完全子会社となった[27]

東日本大震災の影響[編集]

2011年(平成23年)3月11日東日本大震災が発生。福島市は震度5強の揺れに襲われたが、中合福島店では毎月1回避難訓練を行っており、避難訓練の日は毎月11日の開店前としていた。ちょうど3月11日の開店前にも避難訓練を実施していたため、従業員は冷静に避難誘導を行うことができ、天井が落下するなどの被害があったが怪我人は出なかった。地下食品フロアでは従業員の判断で、店内の買い物かごをヘルメット代わりに客に配った。また自家用車以外で来客し鉄道が運休して帰宅困難となった客にはタクシー代を負担するなどした。

震災からわずか3日後の3月14日には、店頭で食料品と生活雑貨の販売を再開。県内の流通が滞り、コンビニエンスストアにも商品がなかったため、市民の間で口コミで情報が広がり、店頭には商品を求める行列ができた。5日後の3月16日には、福島市内ではスーパーマーケットも営業できない中で、地下食品フロアと学生服売場の営業を再開。4月の新入学時期を控えて多くの客が制服を買い求めた。3月24日には福島店1号館が営業を再開、その後に続いて2号館も営業再開し、ほぼ通常営業となった。

しかしその後、1998年に増床出店した「中合福島店二番館」は、福島市が実施した耐震診断で震度6強以上の地震で「倒壊や崩壊の危険性が高い」と判定され、耐震基準を満たせなかったことから[25][25][31]2017年(平成29年)8月31日に閉店した。

また同2017年8月30日には、十字屋山形店も営業不振に加え、ビル所有者との耐震改修費などを巡る条件交渉が折り合わなかったため、翌2018年1月末をもって閉店すると発表[32]。2018年(平成30年)1月31日をもって発表どおり閉店した。

福島店閉店と会社精算[編集]

2019年(平成31年)1月31日には函館市の棒二森屋も閉店した。同2019年(令和元年)11月6日には、青森県八戸市にある中合三春屋の事業を「やまき」へ事業譲渡したため、再び福島県の店舗のみの運営となった。

しかし福島市宮城県仙台市の商圏にあり、仙台市の百貨店への流出(仙台都市圏へのストロー効果)により福島店への来客は年々減少し赤字が深刻化した上、福島駅東口再開発事業計画に伴う建物取り壊しの影響もあり、2020年(令和2年)8月31日をもって福島店の営業を終了し、これにより中合の店舗は全店閉店となった[5][6][7]

福島店閉店後、再開発地区への再出店は行わず、株式会社中合も清算される予定となっている[7]

福島市街なか交流館[編集]

中合福島店が閉店した2020年、福島市は12月15日に中合福島店が入居していた「辰巳屋ビル」の1階と2階を活用して「福島市街なか交流館」をオープンした[33]

辰巳屋ビルは10階建てで[34]、1階から7階に中合福島店[34]、8階から10階に「ホテル辰巳屋」が入居していたが[34]、ホテルは2019年8月に営業を終了した[34]。再開発ビルの建設に伴い、2022年度(令和4年度)に辰巳屋ビルの解体が開始されるため[34]「街なか交流館」は同年2月28日までの期間限定での開館を予定している[33][34]

「街なか交流館」の1階には、福島市に本社を置くスーパーマーケットいちいが「いちい街なか店」を出店[35]。福島市がいちいに賃料の一部を補助して支援する[34]。1階は食品スーパー、地元の農産物や特産品を販売する「福島の名産品」、定期開催する「物産展」のエリアに分かれており[33]、中合で行われていた物産展も開催する[34]。翌2021年(令和3年)1月にはモスバーガー街なか店[注釈 2]がオープンした[33]。2階は「街なか交流スペース」として、福島市の震災復興を記録した「震災復興パネル展」、福島市出身の作曲家古関裕而に関する常設展示、多目的スペースの一般貸出を行う[33][37]。「街なか交流スペース」の運営は、福島市の第三セクターである株式会社福島市まちづくりセンター[37]に委託し、市が業務委託料を支払う[34]

「震災復興パネル展」は東日本大震災発生から10年の節目に、福島市が「被災県の県都として、支援に対する感謝を表するとともに、復興の軌跡と新たなまちづくりの方向性などを発信し、記憶と教訓を次世代に継承する」ことを目的に開催している[38]。「震災復興パネル展」は、開館日から2022年2月末(予定)まで常設展示される[33][37]

歴史[編集]

展開していた店舗[編集]

中合福島店(一番館)
  • 中合福島店(福島県福島市[1]
  • (旧)福島店→中合大町支店(大町パルク)(福島県福島市大町、1913年(大正2年)開店 - 1984年(昭和59年)8月28日閉店[24]、旧店舗)
  • 地上5階建て、地下1階[21]
  • 1913年(大正2年)に、呉服店として荒町から移転開業[44]。1938年(昭和13年)に百貨店として増改築[59]。1956年(昭和31年)から1963年(昭和38年)にかけて増築を繰り返し[49]、1961年(昭和36年)1月には「中合ミサイルタワー」が設置された[22]
  • 福島駅前へ店舗移転後閉鎖していたものの、地元商店街からの要望もあり、1974年(昭和49年)6月には、総合スーパー業態として「中合大町支店」(愛称「大町パルク」)が開店[21][22]。その際に3階から5階は一時閉鎖された[60]が、後に3階と4階も売り場として再開した[21]
  • 1984年(昭和59年)当時、年商15億円だったものの、累計赤字がかさみ、採算が合わなくなったこと。また、店内の老朽化に伴い改修費を見積もったところ高額になったことや、周囲の再開発が浮上したため、「大町パルク」を閉鎖することを決定[21]。1984年(昭和59年)8月28日に閉店し、荒町から移転以来53年の歴史に幕を下ろした[24]
  • 閉鎖・解体後、1995年3月に「三共福島ビル」が竣工。「ホテルサンルートプラザ福島」を経て、2017年12月1日から「HOTEL SANKYO FUKUSHIMA」として営業している。
  • 当時の荒町の店舗で火災で消失した影響を受け[61]、東京方面へ呉服の仕入れの活路を見出す一環で、繊維問屋街と成していた日本橋の富沢町に呉服等の卸仕入店として開店[15]。実店舗ではなかった。
  • 東京店は、関東大震災[16]や太平洋戦争[62]で2度ほど焼失した。
  • 開店から100年にあたる1984年に閉鎖された[17]
  • 中合会津店(福島県会津若松市、2010年(平成22年)2月28日閉店、2013年(平成25年)に解体。(旧)若松デパート→会津中合)。
  • 閉店後は小規模店舗・「サテライトショップ会津」として営業していたが、2020年7月末閉店。
  • 福島店ニ番館(1998年(平成10年)3月1日開店 - 2017年(平成29年)8月31日閉店)
  • 隣接していた平和ビルのファッションビルの「福島ビブレ」(旧・山田百貨店)の移転跡に1998年(平成10年)3月に出店し、「福島店・2番館」として紳士服や食品などの売り場を開設した[25]
  • しかし福島市が実施した耐震診断で、震度6強以上の地震で「倒壊や崩壊の危険性が高い」と判定され[25]2015年(平成27年)ごろから耐震補強の交渉を行ったが[25]、耐震工事に伴う休業での売上減の影響を「中合」が懸念し[56]、ビル所有者の「平和ビル」側は中合から長期の賃貸借契約を得られなかったことで改修費用の借入が困難と判断したため[56]2017年(平成29年)2月28日に「福島店ニ番館」を閉店することが発表され[25][56]、同年8月31日に閉店した[64]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 中合 会社概要”. 中合. 2017年3月14日閲覧。
  2. ^ “県都に衝撃...「さみしくなる」 福島駅前の顔・中合2番館終了へ”. 福島民友新聞 (福島民友新聞社). (2017年3月1日) 
  3. ^ a b 株式会社中合 第87期決算公告
  4. ^ a b c ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、172頁。
  5. ^ a b c “「中合福島店」の営業終了のお知らせ” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 中合管理部, (2020年5月26日), オリジナルの2020年9月17日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20200917103607/https://nakago.co.jp/news/pdf/200526.pdf 2020年11月14日閲覧。 
  6. ^ a b c “中合福島店が8月末で営業終了”. 福島民報. (2020年5月26日). オリジナルの2020年5月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200526133051/https://www.minpo.jp/news/detail/2020052675817 2020年5月26日閲覧。 
  7. ^ a b c “中合福島店が8月末に閉店へ 老舗百貨店、会社も清算”. 河北新報. (2020年5月27日). https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/202005/20200527_62010.html 2020年10月17日閲覧。 
  8. ^ 百貨店の中合が閉店 146年の歴史に幕 日本経済新聞、2020年8月31日、2021年5月8日閲覧。
  9. ^ a b 福島市唯一の百貨店「中合」閉店 昨年まで八戸の三春屋を営業 デーリー東北、デーリー東北新聞社、2020年8月31日、2021年5月8日閲覧。
  10. ^ 滋賀県初のデパート、惜しまれながら「西武大津店」閉店 エルマガ.jp、京阪神エルマガジン社、2020年8月31日、2021年5月8日閲覧。
  11. ^ 西武が月末閉店 県庁所在地に百貨店ゼロの県に 西武グループ創業者の地 京都新聞、京都新聞社、2020年8月22日、2021年5月8日閲覧。
  12. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』10-11頁、13-15頁、民報印刷、2002年7月。
  13. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』12-13頁、民報印刷、2002年7月。
  14. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、24-25・28頁。
  15. ^ a b c d ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、34-37頁。
  16. ^ a b c ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、77-104頁。
  17. ^ a b c d ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、224頁。
  18. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、39-45頁。
  19. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』162-163頁、民報印刷、2002年7月。
  20. ^ a b c d 新家健精. “福島商調協の軌跡 大店法は地域商業に何をもたらしたか”. 福島大学地域研究 第4巻第3号 (福島大学地域研究センター) (1993-1). 
  21. ^ a b c d e 「大町パルク、来月で閉店」『福島民報縮刷版1984年7月号』(福島民報社)、83頁(1984年(昭和59年)7月5日、朝刊3面)。
  22. ^ a b c d ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、220頁。
  23. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、221-223頁。
  24. ^ a b c 「大町パルクついに閉店」『福島民報(福島民報社)、1984年(昭和59年)8月29日、朝刊18面。
  25. ^ a b c d e f g h i “「中合福島店・2番館」8月末営業終了 売り場を1番館に集約”. 福島民友新聞 (福島民友新聞社). (2017年3月1日) 
  26. ^ a b c “ダイエー、棒二森屋を当面存続へ”. 函館新聞 (函館新聞社). (2005年9月2日) 
  27. ^ a b c d “三春屋などダイエー完全子会社に”. 東奥日報 (東奥日報社). (2010年5月31日) 
  28. ^ “「中合会津店」閉店へ 建物老朽化が主因”. 福島民友. (2009年5月22日). http://www.minyu-net.com/news/news/0522/news1.html 2009年5月25日閲覧。 
  29. ^ “若松駅前再開発協が解散へ 協議は今後も継続”. 福島民報 (福島民報). (2009年5月23日) 
  30. ^ a b c “中合会津店が約50年の歴史に幕 店長「地域に感謝」”. 河北新報 (河北新報社). (2010年3月1日) 
  31. ^ “中合福島店 2号館閉店 耐震基準満たさず”. 河北新報 (河北新報社). (2017年3月1日) 
  32. ^ “中合 十字屋山形店を閉鎖 来年1月末”. 日本経済新聞. (2017年8月31日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASFB30H8L_Q7A830C1L01000/ 2017年9月1日閲覧。 
  33. ^ a b c d e f g h 福島市街なか交流館 2020年12月15日開館 貸出最終日は令和4年2月28日(予定) 福島市観光ノート、一般社団法人福島市観光コンベンション協会、2020年12月14日掲載(2021年3月16日更新)、2021年5月8日閲覧。
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  40. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、24-25・28頁。
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  42. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、39-45頁。
  43. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、35-37頁。
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  50. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、217頁。
  51. ^ 貨車から突然有毒ガス 危険物指定外の漂白剤が発熱 繁華街、涙やセキ『朝日新聞』昭和51年2月6日朝刊、13版、23面
  52. ^ ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、221-223頁。
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  63. ^ https://archive.ph/KRBwh
  64. ^ “福島店2番館閉店 百貨店の中合”. 日本経済新聞. (2017年9月1日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASFB31H5L_R30C17A8L01000/ 2017年9月1日閲覧。 

参考文献[編集]

  • ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』民報印刷、2002年7月。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]