中合会津店

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中合会津店
NAKAGO Aizu
中合会津店(営業最終日に撮影)
中合会津店(営業最終日に撮影)
店舗概要
所在地 965-0042
福島県会津若松市大町1丁目10-35
開業日 1963年(昭和38年)7月[1]
閉業日 2010年(平成22年)2月28日[1]
建物名称 中合会津店
施設所有者 株式会社中合
敷地面積 2,235[3]
延床面積 本館:9,590m2[3]
別館:約970[4]
商業施設面積 6,975[2]
営業時間 10:00 - 19:00
前身 若松デパート[2]
会津中合[2]
最寄駅 会津若松駅
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中合サテライトショップ会津
NAKAGO Satellite Shop Aizu
店舗概要
所在地 965-0878
福島県会津若松市中町3丁目53
会津ロイヤルプラザ2階
開業日 2013年(平成25年)10月25日
正式名称 中合サテライトショップ会津
建物名称 会津ロイヤルプラザ
施設所有者 株式会社中合
施設管理者 株式会社会津ロイヤルプラザ
商業施設面積 445(婦人服等)+530(催事場)[5]
営業時間 10:00 - 18:00[5]
前身 タイトーゲームセンター会津店
最寄駅 七日町駅
外部リンク http://www.nakago.com/aidu/
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中合会津店(なかごうあいづてん)は、福島県会津若松市にあった日本の百貨店である。

1963年(昭和38年)に「若松デパート」として開店し、2010年(平成22年)に閉店するまで47年間にわたり会津若松市民に親しまれた百貨店であった。

ここでは、2013年(平成25年)10月25日より営業している関連施設「中合サテライトショップ会津」についても述べる。

歴史・概要[編集]

1963年(昭和38年)7月[1]に地元財界が共同出資して地下1階・地上4階建て[2]の店舗を建設し、若松デパートとして会津若松市で百貨店を開業したのが始まりである[1][2]

会津で初めて設置されたエスカレーターが人気を呼び[6]、会津若松市の中心商店街「神明通り」を代表する商業施設となった[2]

1968年(昭和43年)には福島市の老舗百貨店中合と提携して会津中合となり[2]1971年(昭和46年)に増床[2]

1992年(平成4年)2月期に売上高49.3億円を上げる[1][7][8]など会津地方唯一の百貨店として親しまれた。

1993年(平成5年)には中合と合併して中合会津店となり[1]ダイエーグループの一員として営業していた[7]

しかし、福島県内の百貨店売上の総額が1994年(平成6年)の約864億円から15年連続で前年割れが続いて2008年(平成20年)に約410億円と半分以下に落ち込む[7]ような状況の中で、中合会津店も他の百貨店と同様に郊外に進出した大型店との競合やリーマン・ショック前後からの消費不況などの影響を受けて[2]売上は3年連続で10%以上減少[2][7]して2009年(平成21年)2月期には25.4億円[1][2][8]とピークだった1992年(平成4年)の約半分に落ち込んでしまった。

大幅な売上減少にもかかわらず赤字には陥っていなかったが[2][8]、そうした売上の減少や売上の基礎となる来店客数の減少傾向を考慮すると[9]、開店時の地下1階・地上4階建てから地下1階・地上8階建て[9]に増築した建物は老朽化して維持費が嵩む[8]上、耐震基準を満たすためには建て替えが必要となっていた[2]が、その投資回収の目処が立たない[2][9]として、年度末の2010年(平成22年)2月28日に閉店となり、若松デパート時代から数えて47年の歴史に幕を閉じた[1]

その後、同年3月より、同市中町3丁目に所在するレジャー施設『会津ロイヤルプラザ』1階に「中合福島店 会津営業所」が入居し、さらに2013年(平成25年)10月25日からは、同プラザ2階にて「中合サテライトショップ会津」が営業を開始している[5]

なお、閉店後建物はそのまま放置されていたが、2012年(平成24年)12月~2013年(平成25年)8月にかけて建物の解体工事が行われ、現在はフレンドパーク会津若松神明通り(コインパーキング)となっている。

閉店への対応[編集]

2009年(平成21年)5月22日の会津若松市役所で開かれた記者会見で中合閉店が発表された[2]のを受けて、会津若松市長を会長にして地元政財界などで「中合会津店対策協議会」[4]を立上げて対応を協議し、閉店した翌月の3月末には会津若松市と国の2009年(平成21年)度の補助金計1.45億円を活用した街なかテナントミックス事業が街開きのセレモニーを行った[10]

この街なかテナントミックス事業[10]は、2009年(平成21年)7月23日に開かれた会津若松市の7月臨時市議会で、総額12億円の補正予算案の一部として可決されたもので[11]、中合会津店と会津サティ(同年6月末閉店)に入っていた約40店に中心市街地での営業継続を促し[11]、既存店17店もシャッターからガラス張りへの改装すると同時に空き店舗を改修して中合会津店のテナント13店を含む16店の新店舗を招致して商店街全体をデパート化することで[10]郊外への店舗[11]と顧客の流失阻止を目指した事業である[10]

また、中合が跡地を売却する方針[4]だったため、会津若松市の第三セクターまちづくり会津2010年(平成22年)9月末の入札で買収価格1円という条件で応札して交渉に入り[3]、「市中心市街地活性化基本計画」の一環に位置付けられて国や会津若松市が事業費の3分の2を負担して市の公共施設も入居することを条件に会津若松商工会議所も移転して入居する[3]2階建ての複合施設建設構想が進められた[12]

しかし、この構想は株式の半分を持つ会津若松市幹部が入札参加の連絡を受けたのは当日朝で入札後の10月上旬に開かれた臨時取締役会で詳細を知った取締役がいるなど[3]、会津若松商工会議所副会頭で民間出身のまちづくり会津社長主導で十分な議論や説明がなかったことが問題視されたほか[3]、地元の神明通り商店街が「集客が期待できない」と反対したため2011年(平成23年)3月に頓挫してしまった[12]

「定住者を増やす」ことで街の賑わいを取り戻すことが必要だとして、地元商店主ら[13]が商業施設とマンションを組み合わせた施設の建設を構想しているほか、民間企業数社が跡地利用に関心を示している[13]と言われているが、実現には至っていない[13]

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h “中合:会津店が閉店 神明通りで46年間営業、最終日にぎわう-会津若松市”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2010年3月1日) 
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o “若松駅前再開発協が解散へ 協議は今後も継続”. 福島民報 (福島民報). (2009年5月23日) 
  3. ^ a b c d e f “まちづくり会津、1円で入札 旧中合会津店の土地・建物”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2010年12月3日) 
  4. ^ a b c “中合旧会津店 土地建物売却へ 27日に説明会 解体が契約条件”. 福島民報 (福島民報). (2010年8月21日) 
  5. ^ a b c 中合が若松に「サテライト店」閉店から3年半ぶり”. 福島民友 (2013年10月26日). 2013年11月13日閲覧。
  6. ^ “「今とむかし 時間散歩」街中のありよう”. 市政だより 2010年9月1日号 (会津若松市) (2010-9-1). 
  7. ^ a b c d “地方百貨店の苦境またも、会津若松で閉店へ”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2009年5月23日) 
  8. ^ a b c d “中合会津来年2月閉店 老朽化、郊外店競合で”. 読売新聞 (読売新聞社). (2009年5月23日) 
  9. ^ a b c “中合、会津若松市内の店舗を閉鎖-10年2月末に”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2009年5月22日) 
  10. ^ a b c d “商店街全体を“デパート化”大型店2店撤退の会津若松中心”. 河北新報 (河北新報社). (2010年4月9日) 
  11. ^ a b c “会津若松市、空き店舗整備し小売店誘致 大型店の閉鎖対策”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2009年7月25日) 
  12. ^ a b “活気再び 会津若松市長選(下)市街地空洞化”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2011年8月5日) 
  13. ^ a b c “若松駅前再開発協が解散へ 協議は今後も継続”. 福島民報 (福島民報). (2012年1月28日) 
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関連項目[編集]

  • 中合:途中から経営に参画し、1993年の対等合併を経て、営業を継承。
  • 大善デパート→ニチイダイゼン:神明通り内の中町に所在した百貨店。「会津サティ」の前身。現在はコインパーキング。
  • 長崎屋会津若松店:神明通り内の栄町に所在した総合スーパー。現在は、TSUTAYA神明通り店などが入るテナントビル「リオン・ドールガーデンスクエア」。

外部リンク[編集]