高知スーパーマーケット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

株式会社高知スーパーマーケツト(こうちスーパーマーケット)は、高知県で営業展開していたスーパーマーケットである。

通称は高知スーパー

ダイエーグループの企業で、高知市高須に本社を置いていたが、2006年8月16日に自主解散(事実上の自主廃業)し、10月15日に全店舗を閉鎖している。

概要[編集]

1958年(昭和33年)に設立され、サニーマートと共に高知県の主要スーパーとしての地位を築いてきた。高知県はスーパーマーケットのチェーン展開が四国の他県と比べ早い段階で進行したため、県内では他にサンプラザサンシャインナンコクスーパーハイパープラザ(現在はナンコクスーパー傘下)といった会社ともしのぎを削ってきた。昭和末期までは県下の郡部である香北町物部村などにも小規模の店舗を出店していた。これらの店舗はのちにCGCグループとなる。

しかし昭和末期になって徐々に経営が悪化したため、1988年(昭和63年)に中内功率いる(当時)ダイエーに支援を求め、ダイエーグループとして再生を図ることになった。これは中内の先祖が高知県出身だったことも強く働いたともいわれている(この翌年に、福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)が高知にキャンプを張ることになった)。

ダイエーグループになったことにより一時的に経営を持ち直したものの、90年代後半から今まで進出してこなかったマルナカ香川)やフジ愛媛)あるいは大手のジャスコイオン)といった高知県外の四国地区・全国区の県外資本のスーパーが相次いで高知県に進出したことにより、今まで以上に競争が激化した。さらに親会社ダイエーの急速な経営悪化も働き、再び苦しい経営状態に陥ることになった。

2003年(平成15年)の2月に2月末のフランチャイズ契約の満了と共にダイエーグループからの離脱を表明し、自力で経営改善を図ることになったが、経営は持ち直すどころか競争の激化により悪化の一途をたどったため、2006年(平成18年)8月16日に自主解散し、2006年10月15日までに全店舗を閉店した。

店舗[編集]

高知県で自主解散を表明するまで7店舗で営業していた。かつて9店舗あったが、そのうち2店舗をサニーマートに譲渡した。最終期まで営業を続けた店舗はすべて高知市内にあり、その内訳は以下のとおりである。

  • みその店 - 高知市一ツ橋町1丁目。店名は近隣地域の町名「三園町」に由来。
  • さえんば店 - 高知市菜園場町。菜園場商店街、高知プリンスホテル別館に近接。現在は取り壊されて、駐車場となっている。
  • グルメステーション バルザ - 高知市帯屋町2丁目。食品店街として知られる大橋通商店街の北端に位置した。1987年に「大橋通店」から改称。
  • 宝永(ほうえい) - 高知市中宝永町。土佐電気鉄道後免線宝永町電停近く。高知県内のスーパーでは稀少な24時間営業店であった。
  • 江の口(えのくち) - 高知市愛宕町1丁目。JR四国高知駅西方約800mの愛宕商店街にあった。「江の口」は愛宕地区南部一帯の古い呼び名。
  • 横浜店 - 高知市横浜新町4丁目。横浜ニュータウンの商業中心をなした。閉店後はエースワンに引き継がれ、12月16日に「A★MAX 横浜店」として営業が開始された。
  • 前里(まえさと) - 高知市前里。市北部の基幹店として位置づけられたが、2000年同店東向かいにイオン高知ショッピングセンターが開店すると、その直撃を受ける形になった。閉店後は、サンシャインチェーンに引き継がれ、12月16日に「サンシャイン・ベルティス」として営業が開始された。

2006年に自主解散する方針を明らかにした際、みその店とさえんば店は9月末に閉店、残り5店舗は10月15日に閉店した。そのうち、横浜店はエースワンに、前里店はサンシャインチェーンに経営が引き継がれ、とも12月16日に営業が開始された。

備考[編集]

  • ダイエーグループだった時代は、ダイエー直営店と同じ日に特価セールの「一の市」を開催した。2003年3月にダイエーグループからは離脱したものの、商品の供給などは閉店まで継続した。またオーエムシーカード(OMCカード)も署名なしで使用できた。さらにある一定の規模の店舗にはショッパーズプラザコウチ(高知)ともどもコニカカラーのプリントサービスの営業もしており店内で現像・プリントしていた。
  • 髙知スーパーのロゴタイプは、「高」の字が髙島屋などと同じ「はしごだか」になっていたのが特徴である。

関連項目[編集]