アンタッチャブル (お笑いコンビ)

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アンタッチャブル
UNTOUCHABLE
メンバー 山崎弘也
柴田英嗣
別名 アンタ
結成年 1994年
事務所 プロダクション人力舎
活動時期 1995年 - 2010年2月
2011年1月 - 2019年11月
(コンビ出演なし)
2019年11月 -
(コンビ活動再開)
出身 スクールJCA3期生
出会い スクールJCA
旧コンビ名 シカゴマンゴ
芸種 漫才コント
ネタ作成者 両者
過去の代表番組 爆笑オンエアバトル
エンタの神様
虎の門など
同期 ふかわりょう
サバンナ
次長課長
野生爆弾 など
公式サイト プロダクション人力舎によるプロフィール
受賞歴
2004年 爆笑オンエアバトル第6代チャンピオン
2004年 M-1グランプリ優勝
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アンタッチャブルは日本のお笑いコンビである。略称「アンタ」。所属事務所プロダクション人力舎爆笑オンエアバトル第6代チャンピオン、2004年M-1グランプリ王者。

メンバー[編集]

山崎 弘也(やまざき ひろなり、 (1976-01-14) 1976年1月14日(43歳)- )
ボケ担当。埼玉県春日部市出身。
柴田 英嗣(しばた ひでつぐ、 (1975-07-15) 1975年7月15日(44歳)- )
ツッコミ担当。静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。

略歴[編集]

1994年に、プロダクション人力舎が運営するタレント養成所、スクールJCAの3期生同士でコンビを組む。

1990年代半ばに、『ボキャブラ天国』(フジテレビ)シリーズへ出演する。

1990年代後半 - 2001年に、海砂利水魚アンジャッシュと3組で結成したユニット「ゲバルト一族」のオムニバスライブで人気を博した。

1999年、『爆笑オンエアバトル』(NHK総合テレビ)に第2回から出演し、毎回高得点で衆目を集める。

2003年、『M-1グランプリ』(朝日放送)で敗者復活戦を勝ち上がり、最終決戦進出(結果3位)。これをきっかけにテレビ出演が増える。

2004年に、『爆笑オンエアバトル』第6回チャンピオン大会優勝。第4回を除くすべてのチャンピオン大会に最終決戦まふで出場するも毎回優勝を逃していたが第6回で優勝した。北見収録回は、2004年度1位・歴代2位・自己最高の541KBを獲得している。10月から『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(テレビ朝日)にレギュラー出演。その後、『M-1グランプリ2004』優勝。関西出身でないコンビとして初の優勝となった。

2005年4月から『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日)にレギュラー出演する。

2007年5月に、恵比寿ザ・ガーデンルームで芸歴14年目にして初の単独トークライブ「アンタッチャブルトークライブ『っていうか、断りゃよかった。』」を開催する。

2009年8月に、草月ホールで「アンタッチャブルのシカゴマンゴ“他力本願”ライブ2009」を開催した。

2010年2月 - 2011年1月は、体調不良と女性トラブル[1]のため、柴田が芸能活動を休業した。

柴田の休養以降、コンビ活動を停止した。柴田復帰後も番組出演時は一部を除いて多くの場合でコンビ名が後ろに表記されているが、それぞれがピンで活動している。休業前からコンビでレギュラー出演する番組は山崎のみが出演している。

2019年11月29日放送のフジテレビ『全力!脱力タイムズ』に柴田がゲスト出演すると、番組終盤に山崎弘也が突然登場して約10年ぶりでコンビ漫才を演じ[2]FODの見逃し配信は視聴数が従来の約11.4倍であった[3]。11月30日の『めざましどようび』と12月2日の『めざましテレビ』でそれぞれ、コンビ復活の場面が放送された。12月8日放送予定の『THE MANZAI 2019』で約10年ぶりに新ネタを披露すると、11月30日に報じられた[4]

エピソード[編集]

爆笑オンエアバトル[編集]

  • NHK総合テレビで放送された「爆笑オンエアバトル」は放送開始当初から出場して好成績で活躍した。2003年度に6代目チャンピオンとなる。
  • 初オンエアは1999年4月3日放送回の第2回で、498KBを得て1位で通過する。4月10日放送回も出場して467KBで1位通過し、2週連続で同じ芸人が1位通過したのはアンタッチャブルが初めてで唯一である。
  • 1999年7月10日放送回に、312KBで初めてオフエアとなる演題はM-1で歴代最高得点を記録した「娘さんをください」であった。 その後第1回チャンピオン大会予選で同じネタを披露したが、201KBで8位敗退した。
  • その後も常連芸人として数多く出演し、オーバー500獲得回数7回で歴代4位となった。チャンピオン大会は第4回大会を除いて第7回まで全て出場している。
  • 第5回チャンピオン大会は818KBでファイナル2位となり、チャンピオンはアンジャッシュであった。 第6回大会はファイナルで954KBを獲得して第6代目チャンピオンとなったが、出演順はトップバッターで若干不利であった[注 1]。第5回大会から2年連続で人力舎所属の芸人が優勝した。
  • M-1優勝1か月前の2004年11月27日放送回(北海道・北見収録)に出場し、パーフェクトまで1ボールの541KBを得たが、演目が完成しないままで収録現場へ到着した直後に疲れた2人は眠り込み、本番1時間前ぐらいに目覚めて必死に完成させたと、2008年12月30日放送回の爆笑オンエアバトル10周年企画「ヒーローたちの伝説ネタSP」で本人たちが語った。
  • M-1優勝後の第7回チャンピオン大会ファイナルにシードで出場して926KBを獲得するも、986KBのタカアンドトシに及ばず2位となった。
  • コンビでは初めて「爆笑オンエアバトル」と「M-1グランプリ」の両方で優勝した。 NON STYLEも「爆笑オンエアバトル」の9代目チャンピオンで「M-1グランプリ2008」で優勝でしている[注 2]
  • ゴールドバトラープラチナバトラーの両方に認定されている[注 3]
  • 主に漫才を演じていたが第2回チャンピオン大会は予選・決勝共にコントを演じ、2001年12月22日放送回はコント「組体操」[注 4]を演じたが257KBで6位オフエアとなった。これが通常回で唯一のコントで、連勝記録は8でストップした。

M-1グランプリ[編集]

2003年(第3回)大会[編集]

  • 準決勝で敗退するも、敗者復活枠から決勝進出。敗者復活で勝ち残れると思っていなかった2人は前日、別々のところで徹夜マージャンをしていた。 敗者復活決定時に、おぎやはぎ小木博明はメンバー以上に喜んで山崎は「おぎやはぎが勝ち上がったのかな?」と思い、 最終決戦進出決定後は入室禁止の出演者控え室に戻り、最終決戦に臨む演目を「親友」と決めた。 最終決戦は3位だが、大会委員長の島田紳助は「来年は本命じゃないかと思うくらい凄かった」とコメントしている。
  • 1本目「ファーストフード店」の演目は、柴田のツッコミに対してラサール石井に「彼(柴田)のツッコミが普通ではない。僕はもう一度それを見たい」と評された。 一部分で2丁拳銃の演目と、二人とも自動ドアを開けてしまうボケ、が被り「前のコンビがウケていたからそのギャグをやっちゃった大胆なコンビ」と思われたが、実際は決勝戦本番中の2組目の後に敗者復活枠が決定するため、敗者復活組が5番目前後の演目は見られず偶然であた、と木曜JUNK『アンタッチャブルのシカゴマンゴ』2006年8月31日、2008年12月25日などでたびたび話題にしている。2丁拳銃はアンタッチャブルが3位になったことで4位に落ち、10年目の最後の年に決勝進出できなかった。
  • 山崎は当時、柴田に内緒でくりぃむしちゅー有田へ「芸人を辞めて有田の座付き作家になりたい」という相談するなど、 M-1で優勝するまでは本気で漫才師を辞めて作家になるつもりでいた。 有田は2003年大会以降でアンタッチャブルが躍進した理由を「(やろうとしている柴田と辞めようとしている山崎という)価値観が違う2人が漫才をやったから弾けた」と分析し、 「取材でなぜアンタッチャブルが優勝したかを聞かれたときも『山崎が(漫才を)辞めようと思ったからです』」と述べている[5][出典無効]

2004年(第4回)大会[編集]

  • 予選の段階は人力舎からあまり期待されていなかったが、決勝進出が決まると事務所は急に優勝を期待して M-1決勝の2日前に優勝賞金を当てにして事務所の改装工事が行われたものの、「M-1決勝のネタ合わせに事務所の稽古場を使いたい」と要望したが受け入れられずに近所の公園でネタ合わせをした。この大会で柴田が着ていたシャツは、おぎやはぎの矢作兼が2001年大会の決勝進出時に着ていたシャツで「自分たちの分も」と託された。スーツはくりぃむしちゅーの上田に買ってもらい「これでとってこい」と言われたと当人が語っている。
  • 優勝候補とされた笑い飯の得点が表示されたとき、メンバーの予想に反して点が伸びなかったため、 優勝候補とされるコンビのハードルの高さを知り、自分達も同様に優勝候補とされていたことから緊張した。 メンバーは出番が来るまで西田哲夫と談笑しており、笑い飯の出番直前では優勝が決まっているようなテンションで「いってらっしゃい!」と笑顔で送り出し、最終決戦進出が決まった際は「これで負けたら笑い飯に会わせる顔がない、笑い飯の分まで頑張ろう」と思ったという[6]
  • 決勝1回戦は「娘さんをください」を演じて一般審査制が廃止された第2回大会以後のファーストラウンド歴代最多得点(673 / 700点)を得た[注 5]。 唯一審査員全員から95点以上の得点を得て(最高97点、最低95点)審査員全員から単独1位評価を受けた[注 6]。決勝1回戦で審査員平均96.1点は未だ最高値う得点である。島田洋七は昨年のラサール石井に続いて「やっぱり、眼鏡かけてるツッコミの君上手いよ」と評すると、柴田が謙遜しようとしたが山崎が謙遜した。審査員の春風亭小朝に「これ以上のネタを持ってこれるか?」と心配されたが、2回戦で「息子の万引き」を演じて7人中6票を得て優勝した。

その後[編集]

  • 2010年以来5年ぶりに復活したM-1グランプリ2015は、2010年までの歴代王者の一方が審査員に起用されたが、アンタッチャブルのみスケジュールの都合で辞退している[7][注 7]
  • 復活した2019年の「THE MANZAI」では、二人が漫才を披露した際の視聴率が16.5%で、瞬間最高視聴率になった[8]

受賞歴[編集]

  • 1998年 OWARAIゴールドラッシュII - 第11回優勝
  • 1999年 OWARAIゴールドラッシュII - 第3回 グランドチャンピオン大会優勝
  • 2003年 爆笑オンエアバトル - 第5回チャンピオン大会準優勝
  • 2004年 爆笑オンエアバトル - 第6回チャンピオン大会優勝
  • 2004年 M-1グランプリ2004 - 優勝
  • 2005年 爆笑オンエアバトル - 第7回チャンピオン大会準優勝

出演作品[編集]

テレビ番組[編集]

ラジオ[編集]

テレビCM[編集]

映画[編集]

PV[編集]

  • NICOTINE「DON'T ESCAPE FROM REALITIES」(2006年)

CD[編集]

DVD[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 第5回大会でも順番がトップバッターであり、2年連続でトップバッターを務めたことになる。M-1グランプリ2004の最終決戦でもトップバッターを務めて優勝しており、最終決戦進出者が3組に増えた2002年以降は2017年にとろサーモンが優勝するまで、最終決戦でトップバッターにネタをして優勝したのは彼らだけであった。
  2. ^ ただし、後にトレンディエンジェルが『爆笑オンエアバトル』の後継番組『オンバト+』と『M-1グランプリ』の両方で優勝している。
  3. ^ 彼らを含めてアンジャッシュ・タカアンドトシ・トータルテンボスの4組しか認定されていない。
  4. ^ 内容は、2人が全く喋らないかなり珍しいタイプのネタだった。このネタは2008年度のみに行われたコーナー、オンバトヒーローズで一部オンエアされた。
  5. ^ 審査員が9人となった2015年(第11回)大会を除く。
  6. ^ ただし、後にメンバー自身が指摘しているように歴代最多の9回審査員を務めた松本人志、大会審査委員長である島田紳助はこの年は審査員を務めていない。
  7. ^ 大会前の2015年11月29日に放送された「M-1グランプリ復活記念SP 王者たちの緊急サミット!」(テレビ朝日系列)においても歴代王者の中で唯一不参加だった。
  8. ^ コンビ活動の休止中、不定期放送以降は過去に披露したネタが放送されている。なお、柴田の芸能活動復帰後(2012年4月7日以降)に過去の映像ではあるもののコンビで揃ってテレビ出演するのは初であった。
  9. ^ 当初は出演予定は無かったが、同日出演するはずだったキングオブコメディが、放送直前に発覚したメンバーの不祥事を受けて出演部分が急遽カットされたため、代わりにアンタッチャブルが過去に同番組で披露したネタ(同窓会)が流されている[9]

出典[編集]

  1. ^ 佐々木直まる (2012年4月23日). “【エンタがビタミン♪】アンタ柴田、長期休養の理由に「女性トラブルあった」自ら認める。相方・山崎との不協和音についても言及。”. Techinsight (株式会社メディアプロダクツジャパン). http://japan.techinsight.jp/2012/04/naomaru201204231100.html 
  2. ^ a b “アンタッチャブル、約10年ぶりのコンビ共演で漫才 『脱力タイムズ』での実現に柴田が大興奮”. ORICON NEWS. オリコン. (2019年11月29日). https://www.oricon.co.jp/news/2149811/full/ 2019年11月30日閲覧。 
  3. ^ “アンタッチャブル復活『脱力タイムズ』見逃し配信視聴は驚異の11.4倍”. マイナビニュース. (2019年12月2日). https://news.mynavi.jp/article/20191202-931760/ 2019年12月2日閲覧。 
  4. ^ “アンタッチャブルがTHE MANZAIで新作披露”. ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. (2019年11月30日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201911300000257.html 2019年11月30日閲覧。 
  5. ^ 木曜JUNK『アンタッチャブルのシカゴマンゴ』2009年4月16日放送分より。
  6. ^ 『お笑いタイフーンJAPAN vol.11』(エンターブレイン[要ページ番号]
  7. ^ M-1審査員はブラマヨ吉田、チュート徳井ら歴代王者! アンタッチャブルは辞退(2015年12月4日の記事)
  8. ^ アンタッチャブル漫才開始で瞬間最高16・5%(2019年12月9日の記事)
  9. ^ 高橋健一逮捕 「エンタの神様」でアンタッチャブルのネタ挿入(2015年12月27日の記事)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]