りあるキッズ
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| りあるキッズ | |
|---|---|
| メンバー |
安田善紀 ゆうき |
| 結成年 | 1996年 |
| 解散年 | 2014年 |
| 事務所 | よしもとクリエイティブ・エージェンシー |
| 活動時期 | 1996年5月 - 2014年8月 |
| 出身 | 輝く日本の星! |
| 出会い | 輝く日本の星! |
| 旧コンビ名 |
ダブル関西(安田) アップダウン(ゆうき) |
| 現在の活動状況 | 解散 |
| 芸種 | 漫才 |
| ネタ作成者 | 安田善紀 |
| 過去の代表番組 |
爆笑オンエアバトル ごきげん!ブランニュ オールザッツ漫才 など |
| 同期 |
ライセンス ロザン すっちー アップダウン Bコース 西田幸治(笑い飯) 品川庄司 ハチミツ二郎(東京ダイナマイト)など |
| 受賞歴 | |
|
1998年 第19回マンザイ新人コンクール 福笑い大賞 1999年 平成11年度咲くやこの花賞 大衆芸能部門 1999年 第20回ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞 1999年 第34回上方漫才大賞 新人奨励賞 2000年 第30回上方漫才コンテスト 優秀賞 | |
りあるキッズは、かつて吉本興業で活動していたお笑いコンビ。1996年5月結成、2014年8月解散[1]。『M-1グランプリ2003』ファイナリスト。
プロフィール
[編集]- 安田 善紀(やすだ よしのり、1985年9月20日 - )(40歳)
- ボケ・ネタ作り[2]担当、立ち位置は向かって左。
- 奈良県橿原市出身。血液型O型。身長179cm、体重51kg。
- 阪神タイガースファン。その他プロレスにも詳しい。
- 20歳になった頃から急激に声変わりが起こり、声が低くなった。
- 2004年に奈良県立香芝高等学校卒業後、同年関西大学社会学部にAO入試で入学。2008年3月卒業予定だったが留年し、2010年に卒業した。
- 東京進出後は派遣会社でアルバイトをしていた。
- 解散後は「りあるキッズ安田」または「安田善紀」として活動している。
- 2016年6月から濱田ツトムと漫才ユニット『閃光少女』としても活動していた[3][4][5]。2017年4月30日の「漫才ヒーローズ」において閃光少女を解散。
- 2017年に、ユニットコンビ『ミッションモード』を結成し、芸人の活動を続ける。
- 2010年以降バイセクシャルを公言していたが[6][7]、2021年5月1日放送の『馬鹿よ貴方は、新道竜巳のごみラジオ』で否定した[8]。
- 2023年末に地元である奈良県へ帰郷した[9]、2024年2月8日から奈良県住みます芸人に就任し活動を開始[10]。
- ゆうき(1985年7月30日 - )(40歳)
- ツッコミ担当、立ち位置は向かって右。
- 大阪府大阪市出身。
- 此花学院高等学校卒業。
- 血液型O型。身長166cm、体重68kg。
- 本名:長田 融季(ながた ゆうき)
- だんじり祭に対する思い入れが深く、自らも地元のだんじり祭りに参加している。
- レゲエが大好きで小学校の友達と音楽グループ「REGGAE SOUND」、「SUCCESS GROW」を結成。
- 趣味は競艇とサーフィン、ゴルフ、野球、ゲーム。
- チバユウスケに14歳から憧れており、漫才師時代からピンになっての現在まで舞台の出囃子は全て、 THEE MICHELLE GUN ELEPHANT. The Birthdayしている。
- チバが亡くなって行われたお別れの献花式に参列した。
- 競艇専門チャンネルJLCの『めざせ新鋭マスター ゴールドラッシュ』に2013年5月からメインMCとして出演していた。
- 阪神タイガース、オリックス・バファローズの熱烈なファン。
- 2011年5月24日、自身のブログで7歳年上の一般女性との結婚を発表[11]。
- 2011年10月17日午前5時44分、大阪市内の病院で長男が誕生。体重は約3300グラム[12]。
- 2014年8月11日、自身のプライベートな借金問題により8月1日付で吉本を退社したことが明らかになった[1]。
- 2014年に離婚し上京。2016年に交際していた女性と再婚し、2018年に長女、2019年に次女が誕生。
- 2021年2月末、約7年ぶりにTwitterの更新を再開し自身のYouTubeチャンネルも開設。3月12日発売の『FRIDAY』(講談社)のインタビューに登場し、関係各所への謝罪と再始動を宣言している[13]。5月発売の『FRIDAY』では約7年ぶりに元相方・安田と再会した[2]。
- 2023年、ラジオトークアプリで『長田融季の生ごみラジオ』がスタート。月刊投げ銭ランキングにおいて180万円を超える結果で1位を数ヶ月獲得した。ピンになって初めての全国ツアー『長田融季の全国入場無料生ごみライブ Japan Surf Tripping Tour2023』を北海道、大阪、徳島、岡山、名古屋、神奈川、福岡の全国7ヶ所で開催。最終日の神奈川公演はゲストにお見送り芸人しんいち、楽しんご、TOKYO COOL、古谷健太などが出演した。
- 2025年、メイン配信をTIKTOKに変更。毎日配信の成果で、りあるキッズ時代の長田融季を知らない新規ファンを獲得し、自身2度目の全国ツアー『CHICKEN ZOMBIESTOUR25』を開催。北海道、東京、兵庫、大阪、神奈川の5ヶ所で開催。生配信の反響で各地の公演チケットはほぼ完売した。このツアーでは、吉本時代から親交の深い中山功太やヘッドライトらが出演した。ファイナル大阪公演では、40歳を機に結成したロックバンド『Let's UPPER CUTS』をお披露目。同10月から自身の居住する湘南のFMおだわらにて毎週金曜日10:30から『長田融季のちょっと聞いて〜な〜』がスタート。長田自ら獲得したスポンサーが11社付いている。
- 2026年、メインプラットホームをふわっちに変更。トークライブを定期的に各地で開催している。
略歴
[編集]- 1996年11月、『輝く日本の星! 次代のダウンタウンを創る』という番組に、安田は「ダブル関西」、長田は「アップダウン」という別々のコンビで出演し、安田が未来の松本人志、長田が未来の浜田雅功として選ばれコンビ結成。当時はまだ11歳だった。同番組内で、1988年12月12日放送の『4時ですよーだ』で当時3歳の長田が浜田のそっくりさんとして出演していたことも明かしている。
- 1998年、吉本興業へ正式に所属。長田が『岸和田少年愚連隊 望郷』に主演として抜擢される。番外編の『岸和田少年野球団』にも出演。
- 2001年、NHKのドラマ愛の詩の『幻のペンフレンド2001』に出演。
- 2002年、NHK連続テレビ小説『まんてん』に出演。
- 2003年、うめだ花月が再オープンし、常時出られる舞台を得る。
- 2003年、『M-1グランプリ2003』で決勝戦進出、現時点でも唯一の10代ファイナリストとなる。正統派のしゃべくり漫才を披露し、審査員の島田洋七からは「いとしこいしを超えた、めちゃくちゃおもしろい」と絶賛された。当時はまだ現役高校生だったが、既に結成8年目であったため、2006年大会がラストイヤーだった。
- 2005年1月1日 - 2日、NHK「古代史ドラマスペシャル」第2作『大化改新』に出演。
- 2014年、シンクタンクのタンクの店でアルバイトしている安田がタンクからサービス残業の強要や暴力を受けていてタンクとの関係を断つため、よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京に移籍するも、長田の借金問題により8月1日付けで解散[1]。
特徴・エピソード
[編集]- 子供のときから芸人をやっているため、年上の後輩芸人が多い。そのため後輩芸人は年下なのに敬語で話すが、彼らより売れている後輩(麒麟、南海キャンディーズ等)からは本来年上ということもありタメ口や呼び捨てされることも多い(『やりすぎコージー』にて)。なお、吉本の風習では年下の先輩に対して、必ずしも敬語を使う義務はない。
- NSC大阪校15期・東京校1期とほぼ同期にあたり、それ以外では同期にロザン、すっちー(元ビッキーズ)などがいる。
- 関西ローカルの歳末特番『オールザッツ漫才』(毎日放送)には、彼らが深夜の生放送出演に対応できる2003年からの出演。また2007年の回で披露したネタでは安田がパンツ一丁に包丁を持った姿で「未来のダウンタウン言われてた頃に戻りたい!」と、過去の功績を活かしきれない自虐ネタを行った(留年が決まった事、ギャラが少ないから吉本からの借金を振込めと督促状が来た事もネタにした)。
賞レース成績・受賞歴など
[編集]M-1グランプリ
[編集]| 年 | 結果 | エントリーNo. | 決勝戦キャッチコピー | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2001年 | 準決勝敗退 | 1101[14] | 当時は敗者復活戦なし | |
| 2002年 | 準決勝敗退 | 1748 | ||
| 2003年 | 決勝5位[15] | 1902 | 最年少 | 史上唯一の10代ファイナリスト |
| 2004年 | 準決勝敗退 | |||
| 2005年 | 準決勝敗退 | |||
| 2006年 | 準決勝敗退 | ラストイヤー |
その他
[編集]- 1998年 第19回マンザイ新人コンクール 福笑い大賞
- 1999年 平成11年度咲くやこの花賞 大衆芸能部門
- 1999年 第20回ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞
- 1999年 第34回上方漫才大賞 新人奨励賞
- 2000年 第30回上方漫才コンテスト 優秀賞
出演
[編集]テレビ
[編集]- 第1回に出場、最初のオンエアとなる。ネタは「大阪と奈良」。番組終了後も史上最年少出場・オンエア記録を持っている。
- オールザッツ漫才(毎日放送)
- たけしの誰でもピカソ(テレビ東京)
- いろもん(日本テレビ)
- ジャイケルマクソン(毎日放送)
- よしもとサンサンTV(サンテレビ)
- 新春!!漫才大爆ショー(サンテレビ)
- 上方演芸ホール(NHK大阪放送局)
- 千鳥のぼっけぇTV!(GAORA)
- スザンヌの「勉強できない!」脱出計画(NHK教育)
- めざせ新鋭マスター ゴールドラッシュ(JLC)(長田のみ)
- 芸人報道(日本テレビ)(安田のみ)
- 千鳥のおもしろツライ話買い取ります(読売テレビ)
ほか多数
ウェブテレビ
[編集]- スピードワゴンの月曜The NIGHT(2019年8月20日、AbemaTV)安田のみ
- 街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜(2021年、YouTube番組)
ラジオ
[編集]- りあるデルフィン(ABCラジオ、 - 2005年9月)
- キングコングのほにゃらじお(ABCラジオ)
- 丑バラ(MBSラジオ)
ドラマ
[編集]映画
[編集]CM
[編集]脚注
[編集]- 1 2 3 “「りあるキッズ」解散、長田融季は吉本退社 多額借金が原因か”. スポーツニッポン. 2014年8月12日閲覧。
- 1 2 “借金問題で解散した元『りあるキッズ』7年ぶりの再会に密着”. FRIDAYデジタル. 2021年5月18日閲覧。
- ↑ りあるキッズ安田の「パラレルワールド」 (2016年6月14日). “重大発表!”. 2016年7月2日閲覧。
- ↑ “りあるキッズ安田、新たな相方は元サンドウィッチマン 目指すは『M-1』決勝の舞台”. ORICON STYLE. (2016年8月19日) 2016年8月19日閲覧。
- ↑ “閃光少女 | コンビ情報”. M-1グランプリ 公式サイト. 2021年5月18日閲覧。
- ↑ “興味ない?りあるキッズ・安田「あっち系なのになんで呼ばれた?」”. スポニチアネックス. スポーツニッポン新聞社 (2011年5月13日). 2019年8月19日閲覧。
- ↑ “りある安田 小泉エリにフラれゲイの道へ/デイリースポーツ online”. デイリースポーツ online (2013年4月29日). 2019年8月19日閲覧。
- ↑ https://www.youtube.com/watch?v=ILwFx62cCk4&t=2245s
- ↑ https://twitter.com/realkidsyasuda/status/1738086214333604289
- ↑ “元天才少年漫才師が奈良県住みます芸人として活動!亀田忠彦橿原市長を表敬訪問!!”. よしもと住みます芸人47web 奈良. 2024年2月24日閲覧。
- ↑ ご報告 Archived 2011年5月27日, at the Wayback Machine.(りあるキッズゆうきのBIG UP!!、2011年5月24日)
- ↑ “りあるキッズ長田に第1子男児誕生”. eltha (2011年10月18日). 2021年5月23日閲覧。
- ↑ ““次世代のダウンタウン”と呼ばれた元「りあるキッズ」ゆうきが芸能界復帰! 古巣・吉本にケンカ売るも「黙殺」されるワケ”. サイゾーウーマン. (2021年3月12日) 2021年3月21日閲覧。
- ↑ 第3回戦 11/18(日)大阪 NGKスタジオ合格者 - ウェイバックマシン(2001年12月18日アーカイブ分)
- ↑ “大会の歴史”. M-1グランプリ 公式サイト. 2024年1月5日閲覧。
外部リンク
[編集]- 安田善紀 - 安田公式プロフィール
- 安田善紀(元りあるキッズ) (@realkidsyasuda) - X(旧Twitter)(安田の個人アカウント)
- ヤスダの時間 - YouTubeチャンネル(安田の個人チャンネル)
- 長田 融季 (ながたゆうき) (100001138851075) - Facebook(長田の個人アカウント)
- 元りあるキッズ長田融季のゲキヤバナシ (yuukinagata1985) - note(長田の個人アカウント)
- 長田融季のりあるに行こうや!! - YouTubeチャンネル(長田の個人チャンネル)
- 長田融季の生ごみラジオ - YouTubeチャンネル (長田の個人チャンネル)
- りあるキッズのブログ案内所 - ウェイバックマシン(2008年9月6日アーカイブ分)