しゃべくり漫才

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しゃべくり漫才(しゃべくりまんざい)とは、単純に話芸のみで行なう漫才の総称であり手法。生みの親は横山エンタツ花菱アチャコ

概要[編集]

具体的にはネタの途中で2人とも特定のシチュエーションを模した芝居に突入しない形式の漫才を指す。いわゆる、正統派漫才と言われるものである。

明治時代からの伝統的な寄席演芸であった「万才」(当初はこの表記)は和装でお囃子の演奏を伴っていたが、1930年(昭和5年)に吉本興業に入社したエンタツ・アチャコが漫才作家秋田實の示唆により初めて背広姿で高座に上がり、「きみ」「ぼく」と呼び合いながら、当時の流行事象であった『早慶戦』をネタにした日常の雑談のような演目で人気を博した[1]。これはアメリカの話芸ダブルアクトの影響を受けたものであった。ラジオ番組との相性の良さもあって漫才は急速に普及し、戦後の1950-60年代が最盛期となった。80年代にはテレビ番組THE MANZAI』から漫才ブームが起き、しゃべくり漫才が「漫才の王道・正統派」のスタイルとして確立した。

ダウンタウンの登場以降、漫才の中に芝居的要素を持ち込む「コント漫才」の手法を取り入れた若手漫才師が増加し[2]、しゃべくり漫才を演じる若手は少なくなった。そのためしゃべくり漫才を行う若手は伝統芸能の担い手とみなされることが多くなってきている。

代表的なしゃべくり漫才師[編集]

コント漫才と並んで行う漫才師も存在する。

他多数

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ しゃべくり漫才の誕生
  2. ^ 漫才の中に芝居を取り入れること自体は、しゃべくり漫才に分類される横山やすし・西川きよしからすでに始まっている。