マンチェスター・ユナイテッドFC

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
マンチェスター・ユナイテッドFC
原語表記 Manchester United Football Club
愛称 The Red Devils,
The Reds,
Man United/Utd, United, MUFC
クラブカラー    
創設年 1878年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン マンチェスター
ホームスタジアム Old Trafford inside 20060726 1.jpgオールド・トラッフォード
収容人数 75,653
代表者 アメリカ合衆国の旗 アヴラム・グレーザー英語版
監督 ノルウェーの旗 オーレ・グンナー・スールシャール
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

マンチェスター・ユナイテッドFC英語: Manchester United Football Clubイギリス英語発音: [ˈmænʧistə juːˈnaitid ˈfutˌbɔːl klʌb])は、イングランドマンチェスターをホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。クラブカラーは。愛称は赤い悪魔(レッド・デビルズ、The Red Devils)。ホームスタジアムはマンチェスターのオールド・トラッフォード。1974-75シーズンを例外として、1938年から現在まで一貫してイングランドのトップリーグに属している。

概要[編集]

1967-68シーズンに、サー・マット・バスビー監督の指揮の下で、イングランドのクラブとして初めてUEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)のトロフィーを獲得したクラブであり、その後、1998-99シーズン、2007-08シーズンと通算3回の優勝を経験した。

近年では、1985-86シーズンから2012-13シーズンまでクラブを率いたサー・アレックス・ファーガソン監督の下で、13回のプレミアリーグ優勝と2回のUEFAチャンピオンズリーグ優勝を含む20以上の主要なタイトルを獲得し、長きにわたってイングランドのフットボールを代表してきたビッグクラブである。現在、イングランドのトップリーグで歴代最多となる20回の優勝を経験している。2位はリヴァプールFCの19回である。

世界有数の経済規模を有するクラブであり、2017年にアメリカの経済誌『フォーブス』が発表したクラブの資産価値では、同クラブの資産価値は36億9000万ドルと算定され、世界のサッカークラブの中で5年ぶりに第1位となった[1]。また、デロイト・フットボール・マネー・リーグにおける最新シーズン(2018-19)の収入規模は、世界第3位である[2]

クラブの一般的な略称は複数存在するが、「ユナイテッド(United)」の他、英語圏ではニューカッスル・ユナイテッドなどチーム名に「ユナイテッド」が含まれる他のクラブと区別するため、マンチェスターをマンと略し「マン・ユナイテッド(Man United, Man Utd)」などと呼称・表記される。また、新聞・雑誌のスポーツ報道やニューヨーク証券取引所ティッカーシンボルなどでは「マンユー(マンU[3][4][5],Man U[6][7][8][9][10][11][12][13][14][15],ManU[16][17][18],MANU[19])」と呼称される場合もある。

同じ市内にあるマンチェスター・シティとのマンチェスター・ダービーは、マージーサイド・ダービーノース・ロンドン・ダービーと並ぶリーグの三大ダービーの一つに数えられ、世界でも有名なダービーマッチの一つである。伝統的にライバル関係にあるとされるリヴァプールとの試合は、ノースウェスト・ダービー(あるいはイングランド・ダービー、イングリッシュ・ダービー)と呼ばれ、世界中に数多く存在する伝統の一戦の一つに数えられる。両者の間ではこれまで数多くの白熱した試合が繰り広げられてきた。

伝統的に背番号7は特別な番号として扱われており、「栄光の7番」と言われている。ジョージ・ベストスティーヴ・コッペルブライアン・ロブソンエリック・カントナデビッド・ベッカムクリスティアーノ・ロナウドなど、人気や実力においてその時代のチームを代表する選手がこの番号を付けてプレーしてきた。

経済的優良クラブの典型とされてきたが、アメリカ・NFLタンパベイ・バッカニアーズのオーナーであるマルコム・グレーザーによって買収され、物議を醸している。グレーザーによるクラブ支配に反対するサポーターの一部は、クラブの負債が3億2,000万ポンドに達していることを懸念し、新クラブFCユナイテッド・オブ・マンチェスターを結成した。

歴史[編集]

マンチェスター・ユナイテッドは現在ではイングランドを代表する名門として認識され、世界中に多数のサポーターを抱えるクラブとなっているが、その歴史自体は長いイングランドのフットボールの歴史と比較するとさほど古いものではない。また近年の成功とは対照的に、このクラブは数々の苦難を経験してきた。

創立[編集]

1892-93シーズンのニュートン・ヒース(Newton Heath FC)

1878年、マンチェスターの鉄道員が中心となって、ニュートン・ヒース・ランカシャー&ヨークシャー・レイルウェイズFC(Newton Heath LYR FC)として創立。初め数年はほとんど公式試合はせず、チーム内のメンバー同士で試合を行う以外は専ら他の鉄道会社のチームと非公式に対戦していた。1882年から1883年の間に26試合の親善試合をした記録が残っている。1884年、地元のカップ戦であるランカシャーカップに出場するも、1回戦で昨年のFAカップ覇者のブラックバーン・オリンピックのリザーブチームに2-7で敗戦した。1885年にプロサッカークラブへと転向し、1892年にニュートン・ヒース(Newton Heath FC)と名称を変更し運営を行った。当時のオーナーの方針で観客から入場料を取らなかったことやグラウンド移転費用が嵩んだことなどの事情が影響し、1902年に一旦破産している。地元マンチェスターの醸造業主のジョン・ヘンリー・デイヴィスが500ポンドをクラブに投資してオーナーに就任し、クラブ再建に着手した。1902年にチーム名が変更され、マンチェスター・ユナイテッドとなったが、名称変更前の2日間だけはマンチェスター・セルティック (Manchester Celtic)という名称であった。

2日間だけではあるが、セルティックと名乗ったことでこのクラブがローマ・カトリック系であると思われることが多いが、ローマ・カトリック教会とは全くの無縁である。

創生期に2度のリーグ優勝後、1910年代から1950年頃までは低迷。第二次世界大戦時には空襲でオールド・トラッフォードが被災し、戦後も資金不足から修復できず、マンチェスター・シティの当時の本拠地メイン・ロードを拝借せざるをえなかった。

マット・バスビー時代の二度の栄光[編集]

マット・バスビー

1945年、マット・バスビーが監督に就任すると、クラブ最初の黄金期が訪れる。バスビーは、チーム選考や移籍市場、トレーニングセッション等を全て自身の管理下に置くというイングランドサッカーのマネージャー像の先駆けとなり、1946–47シーズンから3シーズン連続でリーグ2位と躍進し、1947–48のFAカップでは優勝を果たし、チームに36年ぶりのトロフィーをもたらした。そして、1951–52シーズンに41年ぶりとなる悲願のリーグ優勝を果たした。

バスビーは、その後のクラブの重要なアイデンティティとなる、下部組織の整備にも取り掛かった。バスビーの就任は、終戦直後の財政難の時期であたっため、彼は下部組織選手の育成に重きを置くことにより、長期的視野での戦力強化を行ったのである。バスビーが下部組織から見出したダンカン・エドワーズボビー・チャールトンといった選手たちは「バスビー・ベイブス」(Busby Babes, バスビーの子どもたち)と呼ばれ、1956年からは国内リーグ2連覇を達成する快進撃を繰り広げた。

クラブが見事に復活を遂げたように見えた矢先の1958年2月6日ミュンヘンの悲劇で主将のダンカン・エドワーズを含む選手8名とスタッフ3名が死亡。バスビーも重傷を負った。これによりイギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)のクラブチームとして初のヨーロッパ大陸選手権大会での栄光は、スコットランドセルティックに譲ることとなった。一時はフットボールへの情熱を失ったバスビーだったが、夫人らの説得もあり翌シーズンから現場に復帰。同じく事故のショックから立ち直ったボビー・チャールトンをチームの柱に据え、クラブの建て直しに着手した。

1960年代に入ると、2度めの黄金期が訪れる。デニス・ロージョージ・ベストといった才能が次々に頭角を現し、1963年にFAカップ優勝、1965年と1967年には国内リーグも制した。そして1968年、チャンピオンズカップで優勝を果たし、ミュンヘンの悲劇で志半ばに潰えた悲願を達成した。同年、チャンピオンズカップ優勝の功績を称えられ、バスビーにナイトの称号が与えられた。

しかし、1970年代に入ると世代交代に失敗。1974年には2部落ち(翌年1部に復帰)の憂き目にも遭い、再び低迷期が始まった。

アレックス・ファーガソン時代の栄光[編集]

アレックス・ファーガソン

低迷期を終わらせたのは、スコットランド人監督アレックス・ファーガソンである。1986年に就任した彼は若手の育成と、暴れ馬と呼ばれた選手たちの融合に見事成功し、常勝軍団の系譜をスタートさせた。

プレミアリーグの優勝回数は13回で最多で、旧フットボールリーグ・ファーストディビジョン時代を通じても、優勝20回は歴代1位である。FAカップで11回、カーリングカップで2回、UEFAチャンピオンズリーグで3回、UEFAカップウィナーズカップで1回のタイトルを勝ち獲っている。

1998-99シーズンは、クラブにとって特筆すべきシーズンである。ファーガソン監督の下、ユース時代から育て上げられたデビッド・ベッカムガリー・ネヴィルポール・スコールズ及びライアン・ギグスら、いわゆる「ファーギーズ・フレッジリングス(ファーガソンの雛鳥)」と呼ばれた選手達を中心に、UEFAチャンピオンズリーグ決勝でバイエルン・ミュンヘンを劇的な逆転で下し、ヨーロッパ覇者となった(カンプ・ノウの奇跡)。このシーズンは、リーグ優勝とFAカップ優勝を合わせたトレブル(3冠)を達成。ヨーロッパのサッカーシーンに「赤い悪魔」の名を轟かせた。このカンプ・ノウの奇跡の試合と、FAカップ準決勝のアーセナル戦でギグスが見せた、ハーフウェイライン付近からドリブルしてのゴールは今でもサポーターに語り継がれている。

ヨーロッパのフットボール史において、UEFAチャンピオンズリーグ(旧UEFAチャンピオンズカップ)、国内リーグ、国内カップを制し、3冠を成し遂げたのは、1966-67シーズンのセルティック、1971-72シーズンのアヤックス、1987-88シーズンのPSV、2008-09シーズンと2014-15シーズンのバルセロナ、2009-10シーズンのインテル、2012-13シーズンと2019-20シーズンのバイエルン・ミュンヘンのみである。

1995年にイプスウィッチ・タウン戦でリーグレコードの9-0の大差で勝利。1999-20シーズン、2000-01シーズンとリーグ優勝し、クラブ史上初のリーグ3連覇を達成した。

ユナイテッドはファーガソン監督の下、高い実力と人気を兼ね備え、1990年代はアーセナルとともに2強と呼ばれた。2002-03シーズン以降はアーセナル(2003-04シーズンに無敗優勝)、チェルシー(2004-05、2005-06シーズンに2連覇)からの王座奪還を目標とした。2005年10月29日、ミドルスブラ戦でクリスティアーノ・ロナウドが決めたゴールが、クラブのプレミアリーグ通算1000ゴール目(リーグ最速)となった。

2006-07シーズンにこれまでリーグ2連覇をしていたチェルシーとの激闘を制し、2002-03シーズン以来となるリーグ優勝を達成。2007-08シーズンにUEFAチャンピオンズリーグ決勝でチェルシーと対戦し、延長戦の末PK戦を制し、9年ぶり3回目のUEFAチャンピオンズリーグ優勝を成し遂げた。2007-08シーズン、2008-09シーズン共にリーグ優勝し、2度目となるリーグ3連覇を達成した。

コンスタントにタイトルを獲得し続けたファーガソンは、最後の指揮となる2012-13シーズン、自ら獲得した香川真司ロビン・ファン・ペルシを巧みに用いて、クラブ20回目となるリーグ優勝を置き土産に、27年間務めたマンチェスター・ユナイテッドの監督職を勇退した[20]

ファーガソンの最終年2012-2013シーズン、プレミアリーグ最直近優勝時の基本フォーメーション

ファーガソン退任による迷走期への突入[編集]

2013年5月、ユナイテッドはファーガソンの後任に、エヴァートンを11年にわたり率いたファーガソンの同胞、デイヴィッド・モイーズが6年契約で就任すると発表した[21]。夏の移籍市場でモイーズはエヴァートン時代の教え子であるマルアン・フェライニを獲得し、冬の移籍市場ではチェルシーからフアン・マタを獲得した。しかしスウォンジー・シティに史上初めてホームで敗戦を喫し、またプレミアリーグ以前も含めて史上初となるマージーサイドの2強(エヴァートンとリヴァプール)に揃って連敗するなど成績が低迷し、1994-95シーズン以来となるUEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃した。結果として、モイーズは監督就任から1年持たず、2014年4月22日に解任が発表され[22]、同シーズンの残り試合については、当シーズンからコーチ兼任だったライアン・ギグスが暫定監督に就任すると発表された[23]。リーグ戦は7位で終了。25年ぶりにヨーロッパのカップ戦を逃すこととなった。

2014年5月18日、当時オランダ代表を率いていたルイ・ファン・ハールが、ワールドカップ後に3年契約で新監督に就任することが決定した[24]。暫定監督を務めたギグスは選手を引退し、アシスタントコーチへの就任が決定。クラブは夏の移籍市場において、選手の補強費用に約260億円もの大金を投じた。ワールドカップブラジル大会で準優勝に輝いたアルゼンチン代表のマルコス・ロホアンヘル・ディ・マリア、ファン・ハールのオランダ代表監督時代の教え子であるダレイ・ブリントのほか、アスレティック・ビルバオからアンデル・エレーラサウサンプトンからルーク・ショー、移籍期限ギリギリにASモナコからラダメル・ファルカオを獲得した。即戦力として期待されていたファルカオとディ・マリアが不調に陥ったものの、ルーニーやデ・ヘア、マタといった既存の戦力が機能し、リーグ戦は4位で終え、無冠ながら来季のUEFAチャンピオンズリーグプレーオフの出場権を獲得した。

2015-16シーズンはPSVから2014 FIFAワールドカップオランダ代表の3位入りに貢献したファン・ハールの教え子でもあるメンフィス・デパイを始めとし、モナコからアントニー・マルシャルバイエルン・ミュンヘンからバスティアン・シュヴァインシュタイガーサウサンプトンからモルガン・シュネデルランサンプドリアからセルヒオ・ロメロトリノからマッテオ・ダルミアンを獲得するなど、前年に続いての大型補強を行った。しかしチャンピオンズリーグにおいては、ヴォルフスブルクPSVCSKAモスクワとのグループリーグで3位に終わり、グループステージ敗退となったほか、その後進んだヨーロッパリーグでもプレミアリーグの長年のライバルであるリヴァプールに2戦合計1-3で敗れ、ベスト16で姿を消した。2016年5月21日のFAカップ決勝でクリスタル・パレスを延長戦で破って12大会ぶり12度目のFAカップ優勝を飾ったものの、リーグ戦は5位に終わり、来季のUEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃したことから、ファン・ハールは契約を1年残しての解任となった。

2016-17シーズンよりジョゼ・モウリーニョが新監督に就任。これまで2度チェルシーの監督を努め、3度のプレミアリーグ制覇を成し遂げた名将に名門マンチェスター・ユナイテッドの復活が期待された。夏の移籍市場ではズラタン・イブラヒモビッチヘンリク・ムヒタリアンエリック・バイリーや下部組織出身のポール・ポグバを獲得するなどの相変わらずの大型補強を実施し、リーグカップの決勝でサウサンプトンを下してモウリーニョ体制で初のタイトルを獲得した。リーグでは失点数がリーグ2位の29と堅守を披露し、クラブレコードとなるリーグ戦25試合連続無敗を記録したが、そのうち12試合で引き分けるなど勝ちきれない試合が続いて勝ち点が伸びず、最終的にヨーロッパのカップ戦出場圏外の6位に終わった。しかしUEFAヨーロッパリーグでは決勝まで勝ち進み、決勝でアヤックスに2-0で勝利して同大会初優勝をあげ、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。UEFAヨーロッパリーグの優勝によって、ユナイテッドはユヴェントスアヤックスバイエルンチェルシーに次いでUEFA主催の主要3大会を制覇した5番目のクラブとなった[25]

モウリーニョ体制2年目の2017-18シーズンは、センターフォワードにエヴァートンからロメル・ルカク、ボランチにチェルシーからネマニャ・マティッチ、センターバックにSLベンフィカからビクトル・リンデロフと、昨シーズン問題のあったポジションに即戦力を獲得する補強を展開。これが功を奏し、前半戦終了時点で14勝3分2敗の勝ち点45と歴代優勝クラブに匹敵する好成績を叩き出すが、それを上回るペースで勝ち点を積んだ宿敵マンチェスター・シティの後塵を拝し2位で折り返す。冬の移籍市場でムヒタリアンとのトレードでアレクシス・サンチェスを獲得し追撃態勢を整えるが、シティの独走は止まらず、4月7日のマンチェスター・ダービーに3-2で逆転勝利して目の前での優勝決定を阻止するのが精一杯で、例年なら優勝もあり得た勝ち点81[注釈 1](25勝6分7敗)で、シティに歴代最多勝ち点差での優勝を許す2位に終わった。UEFAチャンピオンズリーグもベスト16でセビージャ相手に2戦合計1-2で不覚を取り、満足のいかないシーズンとなった。当シーズンをもって、13シーズンに渡ってユナイテッドで活躍したマイケル・キャリックが引退し、翌シーズンからコーチに就任した[26]

モウリーニョ体制3年目の2018-19シーズンは、アカデミー出身のGKサム・ジョンストンやブリントらを放出した一方で、サイドバックにポルトからディオゴ・ダロト、ミッドフィールダーにシャフタール・ドネツクからフレッジ、控えGKにリー・グラントを獲得。ところが、リーグ開始17試合の時点で昨季の28失点を上回り、特にリヴァプール、マンチェスター・シティ、トッテナム、チェルシー、アーセナルといった欧州カップ圏を争うBIG6間では3敗2分6得点13失点と後塵を拝することとなり、1-3で敗北した12月16日のリヴァプール戦をもってモウリーニョは解任となった[27]

ファーガソンの教え子の帰還[編集]

2018年12月19日、モウリーニョ解任後の暫定監督にOBのオーレ・グンナー・スールシャールが就任した[28]。スールシャールは、就任後のサポーターからの好感や、6連勝スタートを含め就任から12試合連続リーグ戦無敗などの好成績もあって、2019年3月28日に3年契約で正式に監督就任を果たした[29]。ところが、奇跡と言われたUEFAチャンピオンズリーグPSG[30]後の公式戦でわずか2勝しかできず、最終節を待たずして来季のUEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃すことになった。この結果に全世界のファンが黙っているはずもなく、twitter上に「#UnfollowManUnited」というハッシュタグが登場した[31]。オーナーであるグレイザー一族やCEOであるエド・ウッドワードに対する抗議の意であるが、Twitter公式アカウントのフォロワーが減るのと比例してニューヨーク証券取引所においても株価が一時下落した。

スールシャールにとって初めてのフルシーズンとなる2019-20シーズン、夏の移籍市場では、クリスタル・パレスから昨季ブレークしたアーロン・ワン=ビサカレスター・シティからDF史上最高額となる移籍金でハリー・マグワイアを獲得し、長年懸案だった守備陣の強化に成功したものの、MFは退団したアンデル・エレーラ、FWはインテルに移籍したロメル・ルカクの後釜の獲得に失敗し、費やした移籍金の高さも相まってウッドワードCEOは再び非難を浴びることになった[32]。開幕戦こそチェルシーに4-0で圧勝したものの、そこからクリスタル・パレス、サウサンプトン、ウェストハムといった格下から勝ち点をとりこぼし続け、前半戦は8位で折り返した。冬の移籍市場でスポルティングCPからMFブルーノ・フェルナンデスを獲得すると、彼を起用した第25節から13戦負けなしと猛烈な追い上げを見せ、第37節にレスター・シティとチェルシーを捉えてCL出場圏内の3位に浮上した。最終節は5位レスターとの直接対決となり、負ければ5位転落の可能性もあったこの試合を2-0で制し、2年ぶりにCL出場権を獲得した。

2020-21シーズン、スールシャール体制も3シーズン目に突入。夏の移籍市場は、終盤まで新戦力がドニー・ファン・デ・ベークのみと補強が進まずファンも苛立ちを募らせたものの、最終日にエディンソン・カバーニアレックス・テレスの獲得が決まって補強を終えた。

サポーター[編集]

世界屈指の人気・規模を誇るクラブであり、2012年に大手市場調査会社であるカンター社により、ファンの数が世界人口のおよそ11人に1人にあたる6億5,900万人との推定が発表された。フットボールに限らず、すべてのスポーツクラブの中で世界一ファンの多いクラブである[33]

著名人のファンとして挙げられるのは、地元出身のロックバンドストーン・ローゼズのメンバーで、熱狂的なファンで知られる彼らの楽曲「This Is The One」は入場曲として長らく使用されている。また、ギャリー・ネヴィルの引退試合では、ボーカルのイアン・ブラウンが同曲をアカペラで合唱した。他にも、自身がチェアマンを務めるバンド “シンプリー・レッド” の名前の由来に「地毛が赤」と「マンチェスター・ユナイテッドが好きだから」を掲げるミック・ハックネルや、父親が元在籍選手だったイアン・マクシェーン、2012年と2014年のPGAツアー賞金王であるローリー・マキロイクリケット選手のマヘンドラ・シン・ドーニ、世界最高峰のプロレス団体WWEにて史上初のクルーザー級かつ覆面スーパースターとして当時の番組最高王座を獲得したレイ・ミステリオ、2009年に練習場を訪れたこともある100m走200m走の世界記録保持者ウサイン・ボルト、元選手のガリー・ネヴィルに「モウリーニョはまるで彼のようだ」と例えられたフロイド・メイウェザー[34]、そのメイウェザーと偉大なる戦いで対峙したマニー・パッキャオらである。

ユニフォーム[編集]

創立時のユニフォームは白いシャツに青いパンツであり、その後は創立時のニュートン・ヒースLYRのチームカラーである緑色と黄色を基調としたものであった。1902年に名称が変更されてから赤が基調となった。

発足当初のユニフォームに付けられたエンブレムはマンチェスター市に由来する紋章であり、帆船が中心に描かれている。帆船は現在まで描かれているが、愛称の「赤い悪魔」に由来する悪魔が描かれるのは1970年代に入ってからである。

2001-02シーズンは「マンチェスター・ユナイテッド」という名称になってから100周年ということで、アウェイでは白色と金色で構成されたユニフォームを着用した。

2018-19シーズンのサードユニフォームは、アディダスとコラボレーションした、海洋プラスチックでできたユニフォームを発表した。[35]

歴代ユニフォーム[編集]

1879–1880, 1896–1902
1880–1887
1887–1893
1893–1894
1894–1896
1902–1920, 1921–1922, 1927–1934, 1934–1960, 1971–現在
1920–1921, 1963–1971
1922–1927
1934
1960–1963

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • FAカップ:12回
    • 1908-09, 1947-48, 1962-63, 1976-77, 1982-83, 1984-85, 1989-90, 1993-94, 1995-96, 1998-99, 2003-04, 2015-16
  • EFLカップ:5回
    • 1991-92, 2005-06, 2008-09, 2009-10, 2016-17

国際タイトル[編集]

親善大会(非公式大会)[編集]

過去の成績[編集]

優勝 準優勝 昇格 降格
1946年以降の成績
シーズン 国内リーグ FAカップ リーグカップ Com-munity
Shield
UEFA FIFA 得点王
ディビジョン 順位 CL CWC EL USC CWC IC 名前 得点数
1946-47 EFL 42 22 12 8 95 54 56 2位 4回戦 大会創設前 大会創設前 大会創設前 大会創設前 大会創設前 大会創設前 大会創設前 Jack Rowley 28
1947-48 EFL 42 19 14 9 81 48 52 2位 優勝 Jack Rowley 28
1948-49 EFL 42 21 11 10 77 44 53 2位 準決勝 準優勝 Jack Rowley 29
1949-50 EFL 42 18 14 10 69 44 50 4位 6回戦 Jack Rowley 23
1950-51 EFL 42 24 8 10 74 40 56 2位 6回戦 Stan Pearson 23
1951-52 EFL 42 23 11 8 95 52 57 1位 3回戦 Jack Rowley 30
1952-53 EFL 42 18 10 14 69 72 46 8位 5回戦 優勝 Stan Pearson 18
1953-54 EFL 42 18 12 12 73 58 48 4位 3回戦 Tommy Taylor 23
1954-55 EFL 42 20 7 15 84 74 47 5位 4回戦 Dennis Viollet 21
1955-56 EFL 42 25 10 7 83 51 60 1位 3回戦 UICとして開催 Tommy Taylor 25
1956-57 EFL 42 28 8 6 103 54 64 1位 準優勝 優勝 準決勝 Tommy Taylor 34
1957-58 EFL 42 16 11 15 85 75 43 9位 準優勝 優勝 準決勝 Dennis Viollet 23
1958-59 EFL 42 24 7 11 103 66 55 2位 3回戦 Bobby Charlton 29
1959-60 EFL 42 19 7 16 102 80 45 7位 5回戦 Dennis Viollet 32
1960-61 EFL 42 18 9 15 88 76 45 7位 4回戦 2回戦 Bobby Charlton 21
1961-62 EFL 42 15 9 18 72 75 39 15位 準決勝 不参加 David Herd 17
1962-63 EFL 42 12 10 20 67 81 34 19位 優勝 不参加 Denis Law 29
1963-64 EFL 42 23 7 12 90 62 53 2位 準決勝 不参加 準優勝 準々決勝 Denis Law 46
1964-65 EFL 42 26 9 7 89 39 61 1位 準決勝 不参加 Denis Law 39
1965-66 EFL 42 18 15 9 84 59 51 4位 準決勝 不参加 引分 準決勝 David Herd 33
1966-67 EFL 42 24 12 6 84 45 60 1位 4回戦 2回戦 Denis Law 25
1967-68 EFL 42 24 8 10 89 55 56 2位 3回戦 引分 優勝 George Best 32
1968-69 EFL 42 15 12 15 57 53 42 11位 6回戦 準決勝 準決勝 Denis Law 30
1969-70 EFL 42 14 17 11 66 61 45 8位 3回戦 準決勝 George Best 23
1970-71 EFL 42 16 11 15 65 66 43 8位 3回戦 準決勝 George Best 21
1971-72 EFL 42 19 10 13 69 61 48 8位 6回戦 4回戦 George Best 26
1972-73 EFL 42 12 13 17 44 60 37 18位 3回戦 3回戦 Bobby Charlton 7
1973-74 EFL 42 10 12 20 38 48 32 21位 4回戦 2回戦 Lou Macari 6
Sammy McIlroy
1974-75 EFL2 42 26 9 7 66 30 61 1位 3回戦 準決勝 Lou Macari 18
Stuart Pearson
1975-76 EFL 42 23 10 9 68 42 56 3位 準優勝 4回戦 Lou Macari 15
1976-77 EFL 42 18 11 13 71 62 47 6位 優勝 5回戦 2回戦 Gordon Hill 22
1977-78 EFL 42 16 10 16 67 63 42 10位 4回戦 2回戦 引分 2回戦 Gordon Hill 19
1978-79 EFL 42 15 15 12 60 63 45 9位 準優勝 3回戦 Jimmy Greenhoff 17
1979-80 EFL 42 24 10 8 65 35 58 2位 3回戦 3回戦 Joe Jordan 13
1980-81 EFL 42 15 18 9 51 36 48 8位 4回戦 2回戦 1回戦 Joe Jordan 15
1981-82 EFL 42 22 12 8 59 29 78 3位 3回戦 2回戦 Frank Stapleton 13
1982-83 EFL 42 19 13 10 56 38 70 3位 優勝 準優勝 1回戦 Frank Stapleton 19
1983-84 EFL 42 20 14 8 71 41 74 4位 3回戦 4回戦 優勝 準決勝 Frank Stapleton 19
1984-85 EFL 42 22 10 10 77 47 76 4位 優勝 3回戦 準々決勝 Mark Hughes 24
1985-86 EFL 42 22 10 10 70 36 76 4位 5回戦 4回戦 準優勝 Mark Hughes 18
1986-87 EFL 42 14 14 14 52 45 56 11位 4回戦 3回戦 Peter Davenport 16
1987-88 EFL 40 23 12 5 71 38 81 2位 5回戦 5回戦 ブライアン・マクレアー 31
1988-89 EFL 38 13 12 13 45 35 51 11位 6回戦 3回戦 マーク・ヒューズ 16
ブライアン・マクレアー
1989-90 EFL 38 13 9 16 46 47 48 13位 優勝 3回戦 ブライアン・マクレアー 15
1990-91 EFL 38 16 12 10 58 45 59 6位 5回戦 準優勝 引分 優勝 マーク・ヒューズ 21
ブライアン・マクレアー
1991-92 EFL 42 21 15 6 63 33 78 2位 4回戦 優勝 2回戦 優勝 ブライアン・マクレアー 24
1992-93 EPL 42 24 12 6 67 31 84 1位 5回戦 3回戦 1回戦 マーク・ヒューズ 16
1993-94 EPL 42 27 11 4 80 38 92 1位 優勝 準優勝 優勝 2回戦 エリック・カントナ 25
1994-95 EPL 42 26 10 6 77 28 88 2位 準優勝 3回戦 優勝 グループ アンドレイ・カンチェルスキス 15
1995-96 EPL 38 25 7 6 73 35 82 1位 優勝 2回戦 1回戦 エリック・カントナ 19
1996-97 EPL 38 21 12 5 76 44 75 1位 4回戦 4回戦 優勝 準決勝 オーレ・グンナー・スールシャール 19
1997-98 EPL 38 23 8 7 73 26 77 2位 5回戦 3回戦 優勝 準々決勝 アンディ・コール 25
1998-99 EPL 38 22 13 3 80 37 79 1位 優勝 5回戦 準優勝 優勝 ドワイト・ヨーク 29
1999-00 EPL 38 28 7 3 97 45 91 1位 不参加 3回戦 準優勝 準々決勝 大会廃止 準優勝 グループ 優勝 ドワイト・ヨーク 24
2000-01 EPL 38 24 8 6 79 31 80 1位 4回戦 4回戦 準優勝 準々決勝 テディ・シェリンガム 21
2001-02 EPL 38 24 5 9 87 45 77 3位 4回戦 3回戦 準優勝 準決勝 ルート・ファン・ニステルローイ 36
2002-03 EPL 38 25 8 5 74 34 83 1位 5回戦 準優勝 準々決勝 ルート・ファン・ニステルローイ 44
2003-04 EPL 38 23 6 9 64 35 75 3位 優勝 4回戦 優勝 準々決勝 ルート・ファン・ニステルローイ 30
2004-05 EPL 38 22 11 5 58 26 77 3位 準優勝 準決勝 準優勝 準々決勝 ウェイン・ルーニー 17
2005-06 EPL 38 25 8 5 72 34 83 2位 5回戦 優勝 グループ CWCへ移行 ルート・ファン・ニステルローイ 24
2006-07 EPL 38 28 5 5 83 27 89 1位 準優勝 4回戦 準決勝 ウェイン・ルーニー 23
クリスティアーノ・ロナウド
2007-08 EPL 38 27 6 5 80 22 87 1位 6回戦 3回戦 優勝 優勝 クリスティアーノ・ロナウド 42
2008-09 EPL 38 28 6 4 68 24 90 1位 準決勝 優勝 優勝 準優勝 準優勝 優勝 クリスティアーノ・ロナウド 26
2009-10 EPL 38 27 4 7 86 28 85 2位 3回戦 優勝 準優勝 準々決勝 ウェイン・ルーニー 34
2010-11 EPL 38 23 11 4 78 37 80 1位 準決勝 5回戦 優勝 準優勝 ディミタール・ベルバトフ 21
2011-12 EPL 38 28 5 5 89 33 89 2位 4回戦 5回戦 優勝 グループ 準々決勝 ウェイン・ルーニー 34
2012-13 EPL 38 28 5 5 86 43 89 1位 6回戦 4回戦 準々決勝 ロビン・ファン・ペルシ 30
2013-14 EPL 38 19 7 12 64 43 64 7位 3回戦 準決勝 優勝 準々決勝 ウェイン・ルーニー 19
2014-15 EPL 38 20 10 8 62 37 70 4位 6回戦 2回戦 ウェイン・ルーニー 14
2015-16 EPL 38 19 9 10 49 35 66 5位 優勝 4回戦 グループ 準々決勝 アントニー・マルシャル 17
2016-17 EPL 38 18 15 5 54 29 69 6位 準々決勝 優勝 優勝 優勝 ズラタン・イブラヒモビッチ 28
2017-18 EPL 38 25 6 7 68 28 81 2位 準優勝 5回戦 ベスト16 準決勝 ロメル・ルカク 27
2018-19 EPL 38 19 9 10 65 54 66 6位 準々決勝 3回戦 準々決勝 ポール・ポグバ 16
2019-20 EPL 38 18 12 8 66 36 66 3位 準決勝 準決勝 準決勝 アントニー・マルシャル 23
2020-21 EPL 38

現所属メンバー[編集]

2020-21シーズン 開幕戦フォーメーション

Soccer Field Transparant.svg

2020年10月5日現在
No. Pos. 選手名
1 スペインの旗 GK ダビド・デ・ヘア
2 スウェーデンの旗 DF ヴィクトル・リンデロフ
3 コートジボワールの旗 DF エリック・バイリー
4 イングランドの旗 DF フィル・ジョーンズ
5 イングランドの旗 DF ハリー・マグワイア キャプテン
6 フランスの旗 MF ポール・ポグバ (Flag of Guinea.svg) ★
7 ウルグアイの旗 FW エディンソン・カバーニ (Flag of Italy.svg)
8 スペインの旗 MF フアン・マタ
9 フランスの旗 FW アントニー・マルシャル (Flag of France.svg)
10 イングランドの旗 FW マーカス・ラッシュフォード (Flag of Saint Kitts and Nevis.svg) ★
11 イングランドの旗 FW メイソン・グリーンウッド (Flag of Jamaica.svg) ★☆
13 イングランドの旗 GK リー・グラント
14 イングランドの旗 MF ジェシー・リンガード (Flag of Saint Vincent and the Grenadines.svg) ★
16 アルゼンチンの旗 DF マルコス・ロホ
17 ブラジルの旗 MF フレッジ
18 ポルトガルの旗 MF ブルーノ・フェルナンデス
No. Pos. 選手名
21 ウェールズの旗 MF ダニエル・ジェームズ (Flag of England.svg) ★
22 アルゼンチンの旗 GK セルヒオ・ロメロ (Flag of Italy.svg)
23 イングランドの旗 DF ルーク・ショー
24 オランダの旗 DF ティモシー・フォス=メンサー (Flag of Ghana.svg) ★☆
25 ナイジェリアの旗 FW オディオン・イガロ (Flag of Italy.svg)
26 イングランドの旗 GK ディーン・ヘンダーソン
27 ブラジルの旗 DF アレックス・テレス (Flag of Italy.svg)
28 ウルグアイの旗 MF ファクンド・ペリストリ (Flag of Italy.svg) ☆
29 イングランドの旗 DF アーロン・ワン=ビサカ (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg) ★
31 セルビアの旗 MF ネマニャ・マティッチ (Flag of Slovakia.svg)
33 イングランドの旗 DF ブランドン・ウィリアムズ ★☆
34 オランダの旗 MF ドニー・ファン・デ・ベーク
38 イングランドの旗 DF アクセル・トゥアンゼベ (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg) ★
39 スコットランドの旗 MF スコット・マクトミネイ (Flag of England.svg) ★
43 イングランドの旗 DF テデン・メンギ (Flag of Angola.svg) ★☆

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、★はホーム・グロウン選手、☆はU-21登録選手を示す。

監督

ローン移籍[編集]

in
No. Pos. 選手名
25 ナイジェリアの旗 FW オディオン・イガロ (上海緑地申花)
out
No. Pos. 選手名
15 ブラジルの旗 MF アンドレアス・ペレイラ (SSラツィオ)
20 ポルトガルの旗 DF ディオゴ・ダロト (ACミラン)
37 イングランドの旗 MF ジェームズ・ガーナー (ワトフォードFC)
No. Pos. 選手名
40 ポルトガルの旗 GK ジョエル・ペレイラ (ハダースフィールド・タウンFC)
44 オランダの旗 FW タヒス・チョン (ヴェルダー・ブレーメン)

加入内定選手[編集]

No. Pos. 選手名
-- コートジボワールの旗 MF アマド・トラオレ (アタランタBC)


リザーブ・アカデミー[編集]

歴代監督[編集]

氏名 国籍 期間 備考
アルフレッド・ハロルド・カサヤ イングランドの旗 イングランド 1892 - 1900
ジェームス・ウエスト イングランドの旗 イングランド 1900 - 1903
ジェームス・アーネスト・マングノール イングランドの旗 イングランド 1903 - 1912
ジョン・ベントレー イングランドの旗 イングランド 1912 - 1914
ジョン・ロブソン イングランドの旗 イングランド 1914 - 1921
ジョン・チャップマン イングランドの旗 イングランド 1921 - 1926
ラル・ヒルディッチ イングランドの旗 イングランド 1926 - 1927
ハーバート・バムレット イングランドの旗 イングランド 1927 - 1931
ウォルター・クリックマー イングランドの旗 イングランド 1931 - 1932
スコット・ダンカン スコットランドの旗 スコットランド 1932 - 1937
ウォルター・クリックマー イングランドの旗 イングランド 1937 - 1945
マット・バスビー スコットランドの旗 スコットランド 1945 - 1969
ウィルフレッド・マクギネス イングランドの旗 イングランド 1969 - 1970
マット・バスビー スコットランドの旗 スコットランド 1970 - 1971
フランク・オファレル アイルランドの旗 アイルランド 1971 - 1972
トミー・ドハーティー スコットランドの旗 スコットランド 1972 - 1977
デーブ・セクストン イングランドの旗 イングランド 1977 - 1981
ロン・アトキンソン イングランドの旗 イングランド 1981 - 1986
アレックス・ファーガソン スコットランドの旗 スコットランド 1986 - 2013
デイヴィッド・モイーズ スコットランドの旗 スコットランド 2013 - 2014
ライアン・ギグス ウェールズの旗 ウェールズ 2014 暫定プレイングマネジャー
ルイ・ファン・ハール オランダの旗 オランダ 2014 - 2016
ジョゼ・モウリーニョ ポルトガルの旗 ポルトガル 2016 - 2018
オーレ・グンナー・スールシャール  ノルウェー 2018- 2019年3月28日まで暫定監督

歴代在籍選手[編集]

出場試合数記録[編集]

順位 選手名 所属期間 試合数
1 ウェールズの旗 ライアン・ギグス 1991-2014 963
2 イングランドの旗 ボビー・チャールトン 1956-1973 758
3 イングランドの旗 ポール・スコールズ 1994-2011, 2012-2013 718
4 イングランドの旗 ビル・フォルケス 1952-1970 688
5 イングランドの旗 ガリー・ネヴィル 1992-2011 602
6 イングランドの旗 ウェイン・ルーニー 2004-2017 559
7 イングランドの旗 アレックス・ステップニー 1966-1978 539
8 アイルランドの旗 トニー・ダン 1960-1973 535
9 アイルランドの旗 デニス・アーウィン 1990–2002 529
10 イングランドの旗 ジョー・スペンス 1919–1933 510

総得点数記録[編集]

順位 選手名 所属期間 得点数
1 イングランドの旗 ウェイン・ルーニー 2004-2017 253
2 イングランドの旗 ボビー・チャールトン 1956-1973 249
3 スコットランドの旗 デニス・ロー 1962-1973 237
4 イングランドの旗 ジャック・ローリー 1937–1955 211
5 イングランドの旗 デニス・ヴァイオレット 1952–1962 179
北アイルランドの旗 ジョージ・ベスト 1963–1974
7 イングランドの旗 ジョー・スペンス 1919–1933 168
ウェールズの旗 ライアン・ギグス 1991-2014
9 ウェールズの旗 マーク・ヒューズ 1983–1986, 1988–1995 163
10 イングランドの旗 ポール・スコールズ 1994-2011, 2012-2013 155

練習場[編集]

トラッフォード・トレーニング・センター英語版。2000年にザ・クリフ英語版から当地に移転。現在は、スポンサー名を冠しAon Training Complexが正式名称。また、単に施設所在地の地名からキャリントンとも呼ばれている。

コナミ

スポンサー[編集]

年度 メーカー 胸 スポンサー 袖 スポンサー
1945–1975 Umbro
1975–1980 Admiral
1980–1982 Adidas
1982–1992 SHARP
1992–2000 Umbro
2000–2002 Vodafone
2002–2006 Nike
2006–2010 AIG
2010–2014 Aon
2014–2015 Chevrolet
2015-2018 Adidas
2018- Kohler

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ ユナイテッドは、2000-01シーズン2010-11シーズンに勝ち点80で優勝した。

出典[編集]

  1. ^ The World's Most Valuable Soccer Teams 2017 Forbes 2017年6月現在。
  2. ^ Deloitte Football Money League | Deloitte UK” (英語). Deloitte United Kingdom. 2020年10月3日閲覧。
  3. ^ “マンU香川、3戦連続で先発”. 朝日新聞デジタル. (2012年9月3日). http://www.asahi.com/sports/update2/0903/TKY201209020409.html 2017年8月5日閲覧。 
  4. ^ “マンU香川「この1年が勝負」 プレミア2季目に向け渡英”. 日本経済新聞. (2013年8月2日). http://www.nikkei.com/article/DGXNSSXKF0273_S3A800C1000000/ 2017年8月5日閲覧。 
  5. ^ 山中忍 (2016年6月4日). “マンUとモウリーニョの復活が始まる。240億円の予算で「背骨」は出来るか。”. Number Web. 文藝春秋. 2017年8月27日閲覧。
  6. ^ Tony Barrett (2011年10月31日). “Everton 0 Man U 1: United fans delight in riding their luck” (英語). The Times. https://www.thetimes.co.uk/article/everton-0-man-u-1-united-fans-delight-in-riding-their-luck-qlr3tnjc8kj 2017年8月24日閲覧。 
  7. ^ 1989: Man U sold in record takeover deal” (英語). 18 August, BBC On This Day. BBC. 2017年8月5日閲覧。
  8. ^ Rob Hughes (2012年10月28日). “Man U Finally Finds a Way to Win at Chelsea” (英語). The New York Times. http://www.nytimes.com/2012/10/29/sports/soccer/29iht-chelsea29.html 2017年8月24日閲覧。 
  9. ^ “Man U rediscovers aura, winning mentality under Mourinho” (英語). USA Today. (2017年5月25日). https://www.usatoday.com/story/sports/soccer/2017/05/25/man-u-rediscovers-aura-winning-mentality-under-mourinho/102138040/ 2017年8月27日閲覧。 
  10. ^ “Man U wins World Club Cup thriller” (英語). ESPN.com. (1999年12月5日). http://www.espn.com/soccer/news/1999/1130/203784.html 2017年8月1日閲覧。 
  11. ^ Rob Harris (2017年2月26日). “Man U rebounds to capture League Cup, Tottenham grabs second in Premier League” (英語). The Globe and Mail. https://beta.theglobeandmail.com/sports/soccer/manchester-united-rebounds-to-capture-league-cup/article34142538 2017年8月27日閲覧。 
  12. ^ Marc Roche (2010年3月4日). “Golden boys et Diables rouges” (フランス語). Le Monde. http://www.lemonde.fr/sport/article/2010/03/04/golden-boys-et-diables-rouges_1314340_3242.html 2017年8月24日閲覧。 
  13. ^ Xavier Condamine (2017年7月6日). “PSG, Monaco, Man U: Une offre improbable de 180 M€ pour Ronaldo?” (フランス語). Le Figaro. http://sport24.lefigaro.fr/football/transferts/actualites/psg-monaco-man-u-une-offre-improbable-de-180-m-pour-ronaldo-862970 2017年8月24日閲覧。 
  14. ^ Vincente Verdú (2002年6月30日). “Debate: Fútbol y Poder - La clave está en el corazón” (スペイン語). El País. https://elpais.com/diario/2002/06/30/opinion/1025388013_850215.html 2017年8月24日閲覧。 
  15. ^ “Ronaldo e Nani marcam na vitória do Man U” (ポルトガル語). Record. (2009年2月15日). http://www.record.pt/internacional/detalhe/ronaldo-e-nani-marcam-na-vitoria-do-man-u.html 2017年8月27日閲覧。 
  16. ^ “Fußball: ManU holt Ole Gunnar Solskjaer als Interimstrainer” (ドイツ語). Zeit Online. (2018年12月19日). オリジナルの2019年1月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190113020559/https://www.zeit.de/news/2018-12/19/manu-holt-ole-gunnar-solskjaer-als-interimstrainer-181219-99-284439 2019年1月13日閲覧。 
  17. ^ Marcel Reich (2017年7月27日). “Ibrahimovic macht in Falschgeld – und ManU die Tür auf” (ドイツ語). Die Welt. https://www.welt.de/sport/article167092897/Ibrahimovic-macht-in-Falschgeld-und-ManU-die-Tuer-auf.html 2017年8月24日閲覧。 
  18. ^ “Rooney e ManU insieme fino al 2019” (イタリア語). La Gazzetta dello Sport. (2014年2月21日). オリジナルの2017年8月24日時点におけるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20170824174610/http://www.gazzetta.it/notizie-ultima-ora/Calcio/Rooney-ManU-insieme-2019/21-02-2014/2-A_011019614.shtml 2020年8月16日閲覧。 
  19. ^ "NYSEMANU"、ニューヨーク証券取引所、2017年8月5日閲覧。
  20. ^ ファーガソン、今季限りで監督を引退
  21. ^ マンチェスター・ユナイテッド、モイーズ新監督就任を発表
  22. ^ ユナイテッド、モイーズ解任を正式に発表
  23. ^ ユナイテッドのモイーズ監督が退団(uefa.com日本語版)
  24. ^ Van Gaal named United manager
  25. ^ Manchester United achieve European clean sweep uefa.com
  26. ^ マイケル・ キャリック” (日本語). www.manutd.com. 2020年7月28日閲覧。
  27. ^ モウリーニョが辞任” (日本語). www.manutd.com. 2018年12月31日閲覧。
  28. ^ 暫定監督はスールシャール” (日本語). www.manutd.com. 2018年12月31日閲覧。
  29. ^ オーレがフルタイムの監督に就任” (日本語). www.manutd.com. 2019年3月28日閲覧。
  30. ^ [4-4-2]、一撃の殺気、ラスト5分の奇跡…PSG戦、あのユナイテッドが帰って来た | footballista.jp” (日本語). footballista. 2019年5月8日閲覧。
  31. ^ #UnfollowManUnited: Fans' social media protest” (英語). ESPN.com (2019年5月7日). 2019年5月8日閲覧。
  32. ^ 「その仕事が自分にはできないと認めるべき」補強失敗で批判を浴びるマンUのCEO、クラブOBをディレクターに招聘か | サッカーダイジェストWeb” (日本語). www.soccerdigestweb.com. 2019年8月11日閲覧。
  33. ^ マンチェスター・ユナイテッド、世界で最も人気のあるクラブに” (日本語). 共同通信PRワイヤー. 2020年3月1日閲覧。
  34. ^ “Mou uses defence like Mayweather - Neville” (英語). ESPN.com. http://global.espn.com/football/manchester-united/story/3251887/man-united-boss-jose-mourinho-is-like-floyd-mayweather-gary-neville 2018年12月2日閲覧。 
  35. ^ マンチェスターU、海洋プラスチックでできた新ユニフォームを発表 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン” (日本語). IDEAS FOR GOOD (2018年5月28日). 2020年1月10日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公式