マンチェスター・ユナイテッドFC

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マンチェスター・ユナイテッドFC
原語表記 Manchester United Football Club
愛称 The Red Devils, The Reds
クラブカラー    
創設年 1878年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン マンチェスター
ホームスタジアム Old Trafford inside 20060726 1.jpgオールド・トラッフォード
収容人数 75,653
代表者 アメリカ合衆国の旗 アヴラム・グレーザー英語版
監督 ポルトガルの旗 ジョゼ・モウリーニョ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

マンチェスター・ユナイテッド・フットボール・クラブ(英語: Manchester United Football Clubイギリス英語発音[ˈmænʧistə juːˈnaitid ˈfutˌbɔːl klʌb] ンチスタ・ユーイティドゥ・トゥボール・クブ)は、イングランドマンチェスターをホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。愛称は赤い悪魔(The Red Devils)もしくはレッズ(The Reds)。

概要[編集]

世界を代表するビッグクラブの一つであり、設立時からの構成クラブである。リヴァプールFCと並び、国内外のコンペティションにおいてイングランドのフットボール史上最も成功を収めてきたクラブとして知られている。1968年サー・マット・バスビー監督の指揮の下、イングランドのクラブとして初めてUEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)のトロフィーを獲得したクラブであり、その後、1999年2008年と通算3回の優勝を経験した。また近年では1986年から2013年までクラブを率いたサー・アレックス・ファーガソン監督の下、13回のプレミアリーグ優勝と2回のUEFAチャンピオンズリーグ優勝を含む20以上の主要なタイトルを獲得し、長きにわたってイングランドのフットボールをリードしてきた。2016年1月現在、イングランドのトップリーグで歴代最多となる20回の優勝を経験している[1]

世界屈指の人気・規模を誇るクラブであり、2012年に大手市場調査会社であるカンター社により、ファンの数が世界人口のおよそ11人に1人にあたる6億5,900万人との推定が発表され、フットボールに限らず全てのスポーツクラブの中で世界一ファンの多いクラブであるとの報告が発表された。2017年アメリカの経済誌『フォーブス』が発表したクラブの資産価値では、同クラブの資産価値が36億9000万ドルと算定されており、世界のサッカークラブの中では5年ぶりに第1位である[2]。2015-16シーズンのクラブ収入は6億8900万ユーロと算定されており、12年ぶりに第1位である[3]

経済的優良クラブの典型とされてきたが、アメリカNFLタンパベイ・バッカニアーズのオーナーであるマルコム・グレーザーによって買収され、物議を醸している。マルコム・グレーザーによるクラブ支配に反対するサポーターの一部は、クラブの負債が3億2,000万ポンドに達していることに懸念し、新クラブFCユナイテッド・オブ・マンチェスターを結成した。

同じ市内にあるマンチェスター・シティとの「マンチェスター・ダービー」は、「マージーサイド・ダービー」(リヴァプールエヴァートン)、「ノース・ロンドン・ダービー」(アーセナルトッテナム)と並ぶ3大ダービーの一つに数えられ、世界でも有名なダービーマッチの一つである。また伝統的にライバル関係にあるとされるリヴァプールとの試合は、ノースウェスト・ダービーイングランド・ダービー、あるいはナショナル・ダービーと呼ばれ、世界中に数多く存在する「伝統の一戦」の一つに数えられており、白熱した試合が繰り広げられてきた。

伝統的に背番号7は特別な番号として扱われており、「栄光の7番」と言われている。ジョージ・ベストスティーヴ・コッペルブライアン・ロブソンエリック・カントナデビッド・ベッカムクリスティアーノ・ロナウドマイケル・オーウェンなど、人気や実力においてその時代のチームを代表する選手がこの番号を付けてプレーしてきた。

クラブの一般的な略称は複数存在し、ユナイテッド(United)の他、英語圏ではニューカッスル・ユナイテッドFCなどチーム名に「ユナイテッド」が含まれる他のクラブと区別する為、マンチェスターをマンと略し「マン・ユナイテッド(Man United, Man Utd)」などと呼称・表記される。また主に英語圏のサポーターコミュニティにおいては、チームカラーである赤色にちなんで「レッズ(Reds, The Reds)」とも呼称される。その他、新聞・雑誌のスポーツ報道やニューヨーク証券取引所ティッカーシンボルなどでは「マンユー(マンU[4][5][6]、Man U[7][8][9][10][11][12][13][14][15][16]、ManU[17][18][19]、MANU[20])」と呼称される場合もある。

1974-75シーズンを例外として、1938年からこれまで一貫してイングランドのトップリーグに属している。

歴史[編集]

マット・バスビー
アレックス・ファーガソン

マンチェスター・ユナイテッドは現在でこそイングランドを代表する名門として認識され、世界中に多数のサポーターを抱えるクラブとなっているが、その歴史自体は長いイングランドのフットボールの歴史と比較するとさほど古いものではない。また近年の成功とは対照的に、このクラブは数々の苦難を経験してきた。

創立[編集]

マンチェスターの鉄道員が中心となり、ニュートン・ヒース・ランカシャー&ヨークシャー・レイルウェイズFC (Newton Heath LYR FC)として1878年に創立。初めの数年は殆ど公式試合はせず、チーム内のメンバー同士で試合を行う以外は専ら他の鉄道会社のチームと非公式に対戦していた。1882年から1883年の間に26試合の親善試合をした記録が残っている。翌年、地元のカップ戦であるランカシャーカップに出場するも、1回戦で昨年のFAカップ覇者のブラックバーン・オリンピックのリザーブチームに7-2で敗戦した。1885年プロサッカークラブへと転向し、1892年にはニュートン・ヒース (Newton Heath FC)へと名称を変更し、運営を行っていたが、当時のオーナーの方針で観客から入場料を取らなかったことやグラウンド移転費用が嵩んだこと等の事情が影響し、1902年に一旦破産した。その後、地元マンチェスターの醸造業主のジョン・ヘンリー・デイヴィスが500ポンドをクラブに投資してオーナーに就任し、クラブ再建に着手した。その後、1902年にチーム名が変更され、マンチェスター・ユナイテッドとなった。名称変更前の2日間だけマンチェスター・セルティック (Manchester Celtic)という名称であった。

2日間だけではあるが、セルティックと名乗ったことでこのクラブがローマ・カトリック系であると思われることが多いが、このクラブはローマ・カトリック教会とは全くの無縁である。

草創期に2度のリーグ優勝後、1910年代から1950年頃までは低迷。第二次世界大戦時には空襲でオールド・トラッフォードが被災し、戦後も資金不足から修復できず、マンチェスター・シティの本拠地(メイン・ロード)を拝借するといった有様だった。

マット・バスビー時代の二度の栄光[編集]

1950年代に入り、マット・バスビーを監督としてチームの大改革を行い、復活を遂げたかに見えたが、その矢先ミュンヘンの悲劇で主力の多数を失った。これにより英国(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)のクラブチームとして初のヨーロッパでの栄光はスコットランドセルティックに譲ることになってしまう。ボビー・チャールトンデニス・ロージョージ・ベストらを擁して栄光を勝ち取る1960年代後半の後、1970年代に入り、世代交代に失敗。1974年には(1シーズンだけ)2部落ちの憂き目にも遭っている。ちなみに、マット・バスビーは当時からチームの愛称となっていたレッド・デビルスという名をクラブの商標や、エンブレムに使用した先駆者でもある。

アレックス・ファーガソン時代の栄光[編集]

長い低迷期を終わらせたのは、スコットランド人監督、アレックス・ファーガソンである。1986年に就任した彼は若手の育成と、暴れ馬と呼ばれた選手たちの融合に見事成功。現在に至る常勝軍団の系譜をスタートさせる。

FAプレミアリーグの優勝回数は13回で、最多優勝クラブ。旧フットボールリーグ・ファーストディビジョン時代を通じても、優勝20回は歴代1位。その他に、FAカップで11回、カーリングカップで2回、UEFAチャンピオンズリーグで3回、UEFAカップウィナーズカップで1回のタイトルを勝ち取っている。

中でも1998-99シーズンはクラブにとって特筆すべきシーズンである。ファーガソン監督の下、ユース時代から育て上げられたデビッド・ベッカムガリー・ネヴィルポール・スコールズライアン・ギグスら、いわゆる「ファーギーズ・フレッジリングス(アレックス・ファーガソンの雛鳥)」と呼ばれた選手達を中心に、UEFAチャンピオンズリーグ決勝では、バイエルン・ミュンヘンを劇的な逆転で下しヨーロッパ覇者となった(カンプ・ノウの奇跡)。さらにこのシーズンはリーグ優勝とFAカップ優勝を合わせたトレブル(三冠)を達成。ヨーロッパのサッカーシーンに「赤い悪魔」の名を轟かせた。このカンプ・ノウの奇跡の試合と、FAカップでライアン・ギクスが見せたハーフライン付近からのドリブルしてのゴールは今でもサポーターの中では語り継がれている。

ヨーロッパフットボール史において、他にUEFAチャンピオンズリーグ(旧UEFAチャンピオンズカップ時代を含む)、国内リーグ、国内カップを制し、3冠を成し遂げたのは、1966-67シーズンのセルティック、1971-72シーズンのアヤックス、1987-88シーズンのPSV、2008-09シーズンと2014-2015シーズンのバルセロナ、2009-2010シーズンのインテル、2012-2013シーズンのバイエルン・ミュンヘンである。

1995年には、イプスウィッチ戦でリーグレコードの9-0の大差で勝利。2005年10月29日ミドルスブラ戦でクリスティアーノ・ロナウドがマンチェスター・ユナイテッドとしてのイングランド・プレミアリーグの通算1,000ゴール目を記録。これはプレミア最速記録でもある。

このようにプレミアシップ発足後も高い実力と人気を兼ね備え、アーセナルとともに2強と呼ばれた。しかし2002-03シーズン以降はアーセナル(2003-04シーズンの無敗優勝)、チェルシー(2004-05、2005-06シーズンにかけての2連覇)からの王座奪還を目標としていた。そして、2006-07シーズンではリーグ2連覇をしていたチェルシーとの激闘を制し、2002-03シーズン以来4年ぶりのリーグ優勝を果たした。

2012-2013シーズンの基本フォーメーション。

ファーガソンの退任からモウリーニョの就任まで[編集]

2013年5月、27年間監督を務めたファーガソン監督が退任[21]、後任はエヴァートンFCを11年にわたり率いたデイヴィッド・モイーズが就任した。[22]移籍市場ではモイーズ監督のエヴァートン時代の教え子であるマルアン・フェライニを獲得し、冬の移籍市場ではチェルシーFCからファン・マタを獲得した。しかしスウォンジー・シティに史上初めてホームで敗戦を喫したり、プレミアリーグ以前も含めて史上初となるマージーサイド・ダービーの2強(エヴァートンとリヴァプール)に揃って2連敗するといった、記録的な敗戦も含めて成績が低迷しチャンピオンズリーグ出場権を逃した事(1994-95シーズン以来)により2014年4月22日、同シーズン限りでの解任が発表され[23]、2013-14シーズンの残りについてはライアン・ギグス(兼任コーチ)が暫定監督に就任すると発表した[24]。そしてチームは7位で終了。25年ぶりにヨーロッパのカップ戦を逃すこととなった。

2014年5月18日、オランダ代表を率いているルイ・ファン・ハールワールドカップ後の就任が決定した[25]。暫定監督を務めたライアン・ギグスは選手を引退しアシスタントコーチへの就任が決定。

2014年夏の移籍市場において、選手の補強費用に約260億円を投じた。ワールドカップブラジル大会で準優勝に輝いたアルゼンチン代表DFマルコス・ロホとMFアンヘル・ディ・マリアを、ファン・ハール監督のオランダ代表監督時代の教え子のダレイ・ブリントアスレティック・ビルバオからアンデル・エレーラサウサンプトンFCからルーク・ショー、移籍期限ギリギリになって、ASモナコからラダメル・ファルカオを獲得した。即戦力として期待されていたファルカオとディ・マリアが不調に陥ったものの、ルーニー、デ・ヘア、マタといった既存の戦力が機能し4位でシーズンを終え、来季とチャンピオンズリーグプレーオフへの出場権を獲得した。

2015-16シーズンはPSVアイントホーフェンから2014 FIFAワールドカップオランダ代表の3位入りに貢献し、ファン・ハール監督の教え子でもあるメンフィス・デパイを始めとし、ASモナコからフランス代表FWアントニー・マルシャルバイエルン・ミュンヘンからドイツ代表MFバスティアン・シュヴァインシュタイガーサウサンプトンFCからフランス代表MFモルガン・シュネデルランUCサンプドリアからアルゼンチン代表GKセルヒオ・ロメロトリノFCからイタリア代表DFマッテオ・ダルミアンを獲得した。チャンピオンズリーグにおいては、VfLヴォルフスブルクPSVアイントホーフェンCSKAモスクワと同席になったが3位に終わりグループステージ敗退となった。その後進んだヨーロッパリーグでも、プレミアリーグの長年のライバルであるリヴァプールFCに2戦合計1-3で敗れベスト16で敗退した。2016年5月21日のFAカップ決勝でクリスタル・パレスを延長戦で破り、12大会ぶり12度目の優勝を飾ったが、その3日後、来シーズンのチャンピオンズリーグ出場権を逃すなどの成績不振により契約を1年残してルイ・ファン・ハール監督の解任を発表。同月27日、2016-17シーズンの新監督にジョゼ・モウリーニョが就任することを発表。

モウリーニョ新体制[編集]

2016-17シーズンよりモウリーニョ体制。夏の移籍市場ではズラタン・イブラヒモビッチヘンリク・ムヒタリアンエリック・バイリーや下部組織出身のポール・ポグバを獲得した。フットボールリーグカップでは決勝でサウサンプトンを下して、モウリーニョ体制で初のタイトルを獲得した。プレミアリーグでは失点数がリーグ2位の29と堅守を披露し、クラブレコードのリーグ戦25試合連続無敗を記録したが、そのうち12試合で引き分けるなど勝ちきれない試合が続いて勝ち点が伸びず、結局ヨーロッパのカップ戦出場圏外の6位に終わった。しかし、ヨーロッパリーグでは決勝まで勝ち進み、決勝でアヤックスに2-0で勝利して同大会初優勝をあげ、欧州CL出場権を獲得した。また、ヨーロッパリーグの優勝によりユヴェントス、アヤックス、バイエルン、チェルシーに次いでUEFA主催の主要3大会を制覇した5番目のクラブとなった[26]

モウリーニョ体制2年目である2017-18シーズン。13年チームに在籍したウェイン・ルーニーが退団したが、エヴァートンFCからベルギー代表FWロメル・ルカクSLベンフィカからスウェーデン代表DFビクトル・リンデロフを獲得した。

ユニフォーム[編集]

1878年創立時のユニフォームは白いシャツに青いパンツであり、その後は創立時のニュートン・ヒースLYRのチームカラーである緑色と黄色を基調としたものであった。1902年に名称が変更されてから赤が基調となった。

また、発足当初のユニフォームに付けられたエンブレムはマンチェスター市に由来する紋章であり、帆船が中心に描かれている。帆船は現在まで描かれているが、愛称の「赤い悪魔」に由来する悪魔が描かれるのは1970年代に入ってからである。

2001-2002シーズンは「マンチェスター・ユナイテッド」という名称になってから100周年ということで、アウェイでは白色と金色で構成されたユニフォームを着用した。

歴代ユニフォーム[編集]

1879–1880, 1896–1902
1880–1887
1887–1893
1893–1894
1894–1896
1902–1920, 1921–1922, 1927–1934, 1934–1960, 1971–現在[EN]
1920–1921, 1963–1971
1922–1927
1934
1960–1963
(1997–現在)[EU]

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • フットボールリーグ・セカンドディビジョン:2回
    • 1935-36, 1974-75
  • FAカップ:12回
    • 1909, 1948, 1963, 1977, 1983, 1985, 1990, 1994, 1996, 1999, 2004, 2016

国際タイトル[編集]

親善大会(非公式大会)[編集]

現所属メンバー[編集]

2017-18シーズン

Soccer Field Transparant.svg

2017年8月24日現在
No. Pos. 選手名
1 スペインの旗 GK ダビド・デ・ヘア
2 スウェーデンの旗 DF ビクトル・リンデロフ
3 コートジボワールの旗 DF エリック・バイリー
4 イングランドの旗 DF フィル・ジョーンズ
5 アルゼンチンの旗 DF マルコス・ロホ
6 フランスの旗 MF ポール・ポグバ (Flag of Guinea.svg)
8 スペインの旗 MF フアン・マタ
9 ベルギーの旗 FW ロメル・ルカク
10 スウェーデンの旗 FW ズラタン・イブラヒモビッチ
11 フランスの旗 FW アントニー・マルシャル (Flag of Guadeloupe (local).svg)
12 イングランドの旗 DF クリス・スモーリング
14 イングランドの旗 MF ジェシー・リンガード
16 イングランドの旗 MF マイケル・キャリック (Captain sports.svg)
17 オランダの旗 DF デイリー・ブリント
18 イングランドの旗 MF アシュリー・ヤング (Flag of Jamaica.svg)
No. Pos. 選手名
19 イングランドの旗 FW マーカス・ラッシュフォード
20 アルゼンチンの旗 GK セルヒオ・ロメロ (Flag of Italy.svg)
21 スペインの旗 MF アンデル・エレーラ
22 アルメニアの旗 MF ヘンリク・ムヒタリアン
23 イングランドの旗 DF ルーク・ショー
25 エクアドルの旗 DF アントニオ・バレンシア
27 ベルギーの旗 MF マルアン・フェライニ (Flag of Morocco.svg)
31 セルビアの旗 MF ネマニャ・マティッチ (Flag of Slovakia.svg)
35 イングランドの旗 DF デミ・ミッチェル
36 イタリアの旗 DF マッテオ・ダルミアン
38 イングランドの旗 DF アクセル・トゥアンゼベ
39 イングランドの旗 MF スコット・マクトミネイ
40 ポルトガルの旗 GK ジョエル・カストロ・ペレイラ
47 イングランドの旗 MF アンヘル・ゴメス (Flag of Portugal.svg) (Flag of Cape Verde.svg)
49 イングランドの旗 FW ジェームズ・ウィルソン

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

監督

ローン移籍[編集]

in
No. Pos. 選手名
out
No. Pos. 選手名
15 ブラジルの旗 MF アンドレアス・ペレイラ (バレンシアCF)
24 オランダの旗 DF ティモシー・フォス=メンサー (クリスタル・パレスFC)
32 イングランドの旗 GK サム・ジョンストン (アストン・ヴィラFC)
No. Pos. 選手名
42 イングランドの旗 MF マティ・ウィロック (FCユトレヒト)
43 イングランドの旗 DF キャメロン・ボースウィック=ジャクソン (リーズ・ユナイテッドAFC)

リザーブ・アカデミー[編集]

歴代監督[編集]

氏名 国籍 期間
アルフレッド・ハロルド・アルバット イングランドの旗 イングランド 1892 - 1900
ジェームス・ウエスト イングランドの旗 イングランド 1900 - 1903
ジェームス・アーネスト・マングノール イングランドの旗 イングランド 1903 - 1912
ジョン・ベントレー イングランドの旗 イングランド 1912 - 1914
ジョン・ロブソン イングランドの旗 イングランド 1914 - 1921
ジョン・チャップマン イングランドの旗 イングランド 1921 - 1926
ラル・ヒルディッチ イングランドの旗 イングランド 1926 - 1927
ハーバート・バムレット イングランドの旗 イングランド 1927 - 1931
ウォルター・クリックマー イングランドの旗 イングランド 1931 - 1932
スコット・ダンカン スコットランドの旗 スコットランド 1932 - 1937
ウォルター・クリックマー イングランドの旗 イングランド 1937 - 1945
マット・バスビー スコットランドの旗 スコットランド 1945 - 1969
ウィルフレッド・マクギネス イングランドの旗 イングランド 1969 - 1970
マット・バスビー スコットランドの旗 スコットランド 1970 - 1971
フランク・オファレル アイルランドの旗 アイルランド 1971 - 1972
トミー・ドハーティー スコットランドの旗 スコットランド 1972 - 1977
デーブ・セクストン イングランドの旗 イングランド 1977 - 1981
ロン・アトキンソン イングランドの旗 イングランド 1981 - 1986
アレックス・ファーガソン スコットランドの旗 スコットランド 1986 - 2013
デイヴィッド・モイーズ スコットランドの旗 スコットランド 2013 - 2014
ライアン・ギグス(暫定) ウェールズの旗 ウェールズ 2014
ルイ・ファン・ハール オランダの旗 オランダ 2014 - 2016
ジョゼ・モウリーニョ ポルトガルの旗 ポルトガル 2016 -

歴代在籍選手[編集]

出場試合数記録[編集]

順位 選手名 所属期間 試合数
1 ウェールズの旗 ライアン・ギグス 1991-2014 963
2 イングランドの旗 ボビー・チャールトン 1956-1973 758
3 イングランドの旗 ポール・スコールズ 1994-2011, 2012-2013 718
4 イングランドの旗 ビル・フォルケス 1952-1970 688
5 イングランドの旗 ガリー・ネヴィル 1992-2011 602
6 イングランドの旗 ウェイン・ルーニー 2004-2017 559
7 イングランドの旗 アレックス・ステップニー 1966-1978 539
8 アイルランドの旗 トニー・ダン 1960-1973 535
9 アイルランドの旗 デニス・アーウィン 1990–2002 529
10 イングランドの旗 ジョー・スペンス 1919–1933 510

総得点数記録[編集]

順位 選手名 所属期間 得点数
1 イングランドの旗 ウェイン・ルーニー 2004-2017 253
2 イングランドの旗 ボビー・チャールトン 1956-1973 249
3 スコットランドの旗 デニス・ロー 1962-1973 237
4 イングランドの旗 ジャック・ローリー 1937–1955 211
5 イングランドの旗 デニス・ヴァイオレット 1952–1962 179
北アイルランドの旗 ジョージ・ベスト 1963–1974
7 イングランドの旗 ジョー・スペンス 1919–1933 168
ウェールズの旗 ライアン・ギグス 1991-2014
9 ウェールズの旗 マーク・ヒューズ 1983–1986, 1988–1995 163
10 イングランドの旗 ポール・スコールズ 1994-2011, 2012-2013 155

練習場[編集]

トラッフォード・トレーニング・センター英語版。2000年にザ・クリフ英語版から当地に移転。現在は、スポンサー名を冠しAon Training Complexが正式名称。また、単に施設所在地の地名からキャリントンとも呼ばれている。

スポンサー[編集]

年度 メーカー 胸 スポンサー
1945–1975 Umbro none
1975–1980 Admiral
1980–1982 Adidas
1982–1992 SHARP
1992–2000 Umbro
2000–2002 Vodafone
2002–2006 Nike
2006–2010 AIG
2010–2014 Aon
2014–2015 Chevrolet
2015- Adidas

公式パートナー[編集]

  • 東芝メディカルシステムズ(2013)

関連項目[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ 2位はリヴァプールFCの18回である(2016年1月現在)
  2. ^ The World's Most Valuable Soccer Teams 2017 Forbes 2017年6月現在。
  3. ^ Deloitte Football Money League Deloitte 2017年2月現在
  4. ^ “マンU香川、3戦連続で先発”. 朝日新聞デジタル. (2012年9月3日). http://www.asahi.com/sports/update2/0903/TKY201209020409.html 2017年8月5日閲覧。 
  5. ^ “マンU香川「この1年が勝負」 プレミア2季目に向け渡英”. 日本経済新聞. (2013年8月2日). http://www.nikkei.com/article/DGXNSSXKF0273_S3A800C1000000/ 2017年8月5日閲覧。 
  6. ^ 山中忍 (2016年6月4日). “マンUとモウリーニョの復活が始まる。240億円の予算で「背骨」は出来るか。”. Number Web. 文藝春秋. 2017年8月27日閲覧。
  7. ^ Tony Barrett (2011年10月31日). “Everton 0 Man U 1: United fans delight in riding their luck” (英語). The Times. https://www.thetimes.co.uk/article/everton-0-man-u-1-united-fans-delight-in-riding-their-luck-qlr3tnjc8kj 2017年8月24日閲覧。 
  8. ^ 1989: Man U sold in record takeover deal” (英語). 18 August, BBC On This Day. BBC. 2017年8月5日閲覧。
  9. ^ Rob Hughes (2012年10月28日). “Man U Finally Finds a Way to Win at Chelsea” (英語). The New York Times. http://www.nytimes.com/2012/10/29/sports/soccer/29iht-chelsea29.html 2017年8月24日閲覧。 
  10. ^ “Man U rediscovers aura, winning mentality under Mourinho” (英語). USA Today. (2017年5月25日). https://www.usatoday.com/story/sports/soccer/2017/05/25/man-u-rediscovers-aura-winning-mentality-under-mourinho/102138040/ 2017年8月27日閲覧。 
  11. ^ “Man U wins World Club Cup thriller” (英語). ESPN.com. (1999年12月5日). http://www.espn.com/soccer/news/1999/1130/203784.html 2017年8月1日閲覧。 
  12. ^ Rob Harris (2017年2月26日). “Man U rebounds to capture League Cup, Tottenham grabs second in Premier League” (英語). The Globe and Mail. https://beta.theglobeandmail.com/sports/soccer/manchester-united-rebounds-to-capture-league-cup/article34142538 2017年8月27日閲覧。 
  13. ^ Marc Roche (2010年3月4日). “Golden boys et Diables rouges” (フランス語). Le Monde. http://www.lemonde.fr/sport/article/2010/03/04/golden-boys-et-diables-rouges_1314340_3242.html 2017年8月24日閲覧。 
  14. ^ Xavier Condamine (2017年7月6日). “PSG, Monaco, Man U: Une offre improbable de 180 M€ pour Ronaldo?” (フランス語). Le Figaro. http://sport24.lefigaro.fr/football/transferts/actualites/psg-monaco-man-u-une-offre-improbable-de-180-m-pour-ronaldo-862970 2017年8月24日閲覧。 
  15. ^ Vincente Verdú (2002年6月30日). “Debate: Fútbol y Poder - La clave está en el corazón” (スペイン語). El País. https://elpais.com/diario/2002/06/30/opinion/1025388013_850215.html 2017年8月24日閲覧。 
  16. ^ “Ronaldo e Nani marcam na vitória do Man U” (ポルトガル語). Record. (2009年2月15日). http://www.record.pt/internacional/detalhe/ronaldo-e-nani-marcam-na-vitoria-do-man-u.html 2017年8月27日閲覧。 
  17. ^ “Fußball: ManU nur mit Remis bei Southampton” (ドイツ語). Zeit Online. (2017年5月17日). http://www.zeit.de/news/2017-05/17/fussball-manu-nur-mit-remis-bei-southampton-17225204 2017年8月7日閲覧。 
  18. ^ Marcel Reich (2017年7月27日). “Ibrahimovic macht in Falschgeld – und ManU die Tür auf” (ドイツ語). Die Welt. https://www.welt.de/sport/article167092897/Ibrahimovic-macht-in-Falschgeld-und-ManU-die-Tuer-auf.html 2017年8月24日閲覧。 
  19. ^ “Rooney e ManU insieme fino al 2019” (イタリア語). La Gazzetta dello Sport. (2014年2月21日). http://www.gazzetta.it/notizie-ultima-ora/Calcio/Rooney-ManU-insieme-2019/21-02-2014/2-A_011019614.shtml 2017年8月24日閲覧。 
  20. ^ "NYSEMANU"、ニューヨーク証券取引所、2017年8月5日閲覧。
  21. ^ ファーガソン、今季限りで監督を引退
  22. ^ マンチェスター・ユナイテッド、モイーズ新監督就任を発表
  23. ^ ユナイテッド、モイーズ解任を正式に発表
  24. ^ ユナイテッドのモイーズ監督が退団(uefa.com日本語版)
  25. ^ Van Gaal named United manager
  26. ^ Manchester United achieve European clean sweep uefa.com

外部リンク[編集]

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