アンヘル・ディ・マリア

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はディ・マリア第二姓(母方の)はエルナンデスです。
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パリ・サンジェルマンでのディ・マリア (2015年)
名前
本名 アンヘル・ファビアン・ディ・マリア・エルナンデス
Ángel Fabián Di María Hernández
愛称 アンヘリート、エル・フィデオ
ラテン文字 Ángel Di María
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1988-02-14) 1988年2月14日(29歳)
出身地 ロサリオ
身長 180cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム フランスの旗 パリ・サンジェルマンFC
ポジション FW (WG) / MF (CH, OH)
背番号 11
利き足 左足
ユース
1991-1992 アルゼンチンの旗 トリト
1992-2005 アルゼンチンの旗 ロサリオ・セントラル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2007 アルゼンチンの旗 ロサリオ・セントラル 35 (6)
2007-2010 ポルトガルの旗 ベンフィカ 76 (7)
2010-2014 スペインの旗 レアル・マドリード 124 (22)
2014-2015 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 27 (3)
2015- フランスの旗 パリ・サンジェルマン 57 (16)
代表歴2
2007 アルゼンチンの旗 アルゼンチン U-20 13 (3)
2008  アルゼンチン U-23 6 (2)
2008- アルゼンチンの旗 アルゼンチン 86 (19)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年5月31日現在。
2. 2017年6月13日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アンヘル・ファビアン・ディ・マリア・エルナンデスÁngel Fabián Di María Hernández, 1988年2月14日 - )は、アルゼンチンサンタフェ州ロサリオ出身のサッカー選手リーグ・アンパリ・サンジェルマンFC所属。アルゼンチン代表。ポジションはフォワードミッドフィールダースペイン語での標準的発音では「ディ・マリーア」に近い。

経歴[編集]

クラブ[編集]

ロサリオ・セントラル[編集]

サンタフェ州ロサリオ労働者階級の人々が住むアルベルディ区に生まれる。幼少の頃から非常に活発な子供で、周囲に多動性障害ではないかと心配され、母マリアーナが小児科医に相談するほどだったという[1]。4歳で地元のクルブ・トリートというサッカークラブに通い始め[2]、14歳でCAロサリオ・セントラルに入団し[3]、2005年に17歳でデビュー。当時はサイドバックでプレーしていたが、スピードはあるもののスタミナや対人プレーが弱かったことから大成しない選手とされ、コーチからは「才能がないから他の職業を探した方がいい」と言われた。しかし、2007年にロサリオ・セントラルを率いたカルロス・イスチアによって左ウィングにコンバートされたことにより才能が開花した[4]

ベンフィカ[編集]

ベンフィカ時代

2007年7月、ボカ・ジュニアーズとの獲得争いを制したベンフィカシモン・サブローザの代役として移籍した[5]。初参加となったUEFAチャンピオンズリーグではグループリーグ6試合全てに出場した。

レアル・マドリード[編集]

2010年6月28日、移籍金2500万ユーロの6年契約でレアル・マドリードに移籍した[6]クラブ・アメリカとの親善試合でデビューし、RCDマヨルカとのリーグ初戦にもスターティングメンバーに選ばれた。ソシエダ戦ではリーグ初ゴールを記録。その後もコンスタントにプレーし、ディ・マリアのアンヘル(Ángel)というファーストネームから、移籍したラウル・ゴンサレスに代わる『マドリーの新たな天使』というニックネームを授かった[2]。しかし、リーグカップUEFAチャンピオンズリーグと3つの大会を戦うという過密日程から「疲れた」と心情を吐露した[7]

チャンピオンズリーグベスト8でのトッテナム・ホットスパーFC戦1stレグで挙げた3点目は、相手監督のハリー・レドナップから「3点目のようなプレーを見せられてはお手上げだ。あのゴールは本当に素晴らしかった」と賞賛された[8]FCバルセロナとのコパ・デル・レイ決勝は、延長前半に左サイドのクロスからクリスティアーノ・ロナウドの決勝点を演出した。

2013年にレアル・マドリードがガレス・ベイル獲得に動いていたことにより同じポジションであるディ・マリアが移籍すると見られていたが[9]、新監督のカルロ・アンチェロッティ曰く、「チームのバランスのための技術的な決断」で移籍市場最終日にメスト・エジルの移籍が決定したことにより、ディ・マリアは残留となった[10]。開幕当初は出場機会が減ったものの[11]、セントラルMFとしてプレーすることにより出場機会を増やした。チャンピオンズリーグでは、決勝で鋭いドリブル突破からベイルの決勝点をアシストし、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなどクラブの「ラ・デシマ」達成に大きく貢献した。

2014年夏にレアル・マドリードがハメス・ロドリゲストニ・クロースらを獲得した事により移籍を志願、8月26日にマンチェスター・ユナイテッドFCプレミアリーグ史上最高額の5970万ポンドで移籍[12][13]、伝統の背番号である7を背負うこととなった。QPR戦でリーグ初ゴールを記録した。だが2014-15シーズンはリーグ戦27試合に出場。10アシストを記録するも、3得点に留まった。

パリ・サンジェルマン[編集]

2015年8月6日、フランスのパリ・サンジェルマンFCへ移籍することをクラブ公式Twitter上で発表した[14]。契約は2019年6月30日までの4年間で、背番号は『11番』である。これによりマンチェスター・ユナイテッドFCプレミアリーグ史上最高額で移籍も1年で退団することになった。 2015-16年シーズン、18アシストを記録しリーグ優勝に貢献、18アシストはリーグ・アンの新記録となった[15]

2017年2月14日、欧州CLのFCバルセロナ戦では2得点をきめて1stレグの勝利に貢献した。 2017年4月1日に行われたクープ・ドゥ・フランス決勝、ASモナコとの試合では得点を決め[16]、優勝に貢献した。

代表[編集]

2007年に行われたFIFA U-20ワールドカップでは3得点を記録して優勝に貢献し、多くのビッグクラブの注目を集めた。

2008年の北京オリンピックではラッキーボーイ的な存在となり、アルゼンチンの金メダル獲得に貢献した。準々決勝のオランダ戦では延長後半でチームを準決勝へ導くゴールを決め、決勝のナイジェリア戦では、カウンターから決勝点となる鮮やかなループシュートを決めた[17]

2008年9月6日アルゼンチン代表デビューした。2009-10シーズンはリーグトップの12アシストを決め、優勝に貢献。ディエゴ・マラドーナからは、「2年以内に世界的なスター選手になる」と言われた[18]。ディ・マリアはそのシーズン、ポルトガルリーグ最優秀選手に選ばれた。FIFAワールドカップ・南アフリカ大会にも出場し、ギリシャ戦を除く全ての試合に先発出場した。

人物[編集]

優れたドリブルを持ち、左右どちらのサイドでもプレーすることが出来るアタッカー[2]レアル・マドリードではウイングで起用されることが多いが、ウイングとしては発想と判断力を重視してプレーし、またジョゼ・モウリーニョの下で守備への意識を強く持つようになった[19]ゴールパフォーマンスには、コラソン(指でハートマークを作るパフォーマンス)を多用している。

キリスト教を信仰しており、試合前にはロッカールームでお祈りを欠かさない。また、腕に刺青で地元であるペルドリエル地区に対するメッセージを入れており、試合前にはその刺青にキスをしているという[20]

エピソード[編集]

  • 2010年9月28日、チャンピオンズリーグのAJオセール戦で自身のゴールが決勝点となりマドリーが勝利した翌日、ディ・マリアはマドリー市街で恋人とデートをしていたが、交通事故に遭ってしまい、愛車のアウディが破損した。ディ・マリアカップルの2人には怪我はなかった。ディ・マリアは、事故後すぐにクラブの責任部署に連絡を取った。また家族にも連絡し、安心させた[21]
  • 体格に反して大食漢である。フェルナンド・ガゴが名付けたことがきっかけとなり、チームメイトからはフィデオ(パスタの意)と呼ばれる[2]
  • 2014年8月29日、先にマンチェスター・ユナイテッドへ移籍していた同胞のマルコス・ロホがイギリスでの就労ビザ取得に遅れが生じていると問題になっていた頃、ディ・マリアは既にイギリスの就労ビザを取得していた。父方か母方どちらかは定かでないが祖父母がイタリア人であり、ディ・マリア本人もイタリアのパスポートを所有しているが、EU圏内での労働権利を持っていたためである [23]
  • キャリアにおける移籍金の累計額は1億7700万ユーロとされており、これは2015年8月までのサッカー史上最高額である[24]

個人成績[編集]

クラブ シーズン 背番号 リーグ戦 カップ戦 リーグカップ戦 欧州カップ戦 その他 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ロサリオ・セントラル 2005-06 20 10 0 0 0 4 0 0 0 14 0
2006-07 25 6 0 0 0 0 0 0 25 6
合計 35 6 0 0 4 0 0 0 39 6
ベンフィカ 2007-08 20 26 0 5 0 3 0 10 1 0 0 44 1
2008-09 24 2 1 0 5 1 5 1 0 0 35 4
2009-10 26 5 1 0 4 1 14 4 0 0 45 10
合計 76 7 7 0 12 2 29 6 0 0 124 15
レアル・マドリード 2010-11 22 35 6 8 0 10 3 0 0 53 9
2011-12 23 5 2 0 7 2 0 0 32 7
2012-13 32 7 9 2 11 0 0 0 52 9
2013-14 34 4 7 4 11 3 0 0 52 11
2014-15 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0
合計 124 22 27 6 39 8 1 0 191 36
マンチェスター・ユナイテッド 2014–15 7 27 3 5 1 0 0 0 0 32 4
合計 27 3 5 1 0 0 0 0 32 4
パリ・サンジェルマン 2015-16 11 28 10 3 0 4 2 8 3 0 0 43 15
2016-17 29 6 3 3 3 1 7 4 0 0 42 14
合計 28 10 3 0 4 2 8 3 0 0 43 15
通算 290 48 45 7 16 4 80 17 1 0 432 76

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

国際Aマッチ 87試合 19得点 (2008年 - )


アルゼンチン代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 1 0
2009 5 0
2010 11 2
2011 10 3
2012 8 3
2013 9 1
2014 13 2
2015 13 4
2016 12 3
2017 5 1
通算 87 19

ゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

レアル・マドリードでプレイするディ・マリア
SLベンフィカ
レアル・マドリード
パリ・サンジェルマンFC

代表[編集]

U-20アルゼンチン代表
U-23アルゼンチン代表

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「ルーツを訪ねて第60回:幸運を運ぶ本当の天使」 『WORLD SOCCER DIGEST No.278』 第14巻第21号、日本スポーツ企画出版社、2008年、76-78頁。雑誌 29891-11/8
  2. ^ a b c d マドリーに舞い降りた天使uefa.com、2011年1月27日
  3. ^ 移籍金として受け取ったのは、サッカーボール40個だった。
  4. ^ 「天才プレイヤーの創り方。」Number 771号、2011年1月27日
  5. ^ Top 10 things you need to know about Real Madrid's new Argentine magician Angel Di Mariamirrorfootball.co.uk、2009年10月28日
  6. ^ レアル・マドリー、ディ・マリア獲得を発表Goal.com、2010年5月20日
  7. ^ 【サッカー】R・マドリー、ハードスケジュールで疲労困憊searchina.ne.jp、2011年2月5日
  8. ^ トッテナムのレドナップ監督「クラウチのプレーには失望した」スポーツナビ、2011年4月6日
  9. ^ レアル MFベイル加入もエジルを放出デイリーオンライン、2013年9月2日
  10. ^ アンチェロッティ:「エジルよりディ・マリアを選んだ」Goal.com、2013年10月25日
  11. ^ ディ・マリア、ベイル加入でレアルから移籍? プレミアかフランスが新天地かlivedoor.com、2013年12月25日
  12. ^ ユナイテッド、ディ・マリア獲得を正式発表”. Goal (2014年8月26日). 2014年8月26日閲覧。
  13. ^ 2010-11シーズンにリバプールフェルナンド・トーレスチェルシーに移籍した際の5000万ポンドがそれまでのプレミアリーグ史上最高額である。
  14. ^ ディ・マリアのPSG移籍が決定…プレミア最高額で獲得も1年でマンU退団soccerking 2015年8月6日
  15. ^ “Di Maria sets new Ligue 1 record with 18 assists”. Goal.com. (2016年5月14日). http://www.goal.com/en/news/1722/ligue-1/2016/05/14/23532522/di-maria-sets-new-ligue-1-record-with-18-assists 
  16. ^ “AS Monaco 4-1 Paris Saint-Germain”. Ligue 1. (2017年4月1日). http://www.ligue1.com/coupeLigue/feuille_match/82777– 
  17. ^ アルゼンチン男子 ナイジェリア下し五輪2連覇AFP BB News、2008年8月23日
  18. ^ Maradona hails Chelsea targetOntheminute.com、2009年10月28日
  19. ^ 「アンヘル・ディ・マリアが語るウイングに求められる条件」『ワールドサッカーキング 2011年8月4日号(No.185)』フロムワン
  20. ^ 地元を愛するR・マドリーの救世主livedoor.com、2010年10月2日
  21. ^ 救世主ディ・マリアが交通事故に!”. サーチナ (2010年10月1日). 2010年10月7日閲覧。
  22. ^ 新米パパのディマリア過密スケジュール”. デイリースポーツ (2013年4月24日). 2013年4月25日閲覧。
  23. ^ Van Gaal: Rojo still needs work permit”. マンチェスター・ユナイテッド公式Webサイト (2014年8月29日). 2014年9月8日閲覧。
  24. ^ https://www.soccer-king.jp/news/world/ita/20150807/338170.html

関連項目[編集]

外部リンク[編集]