パウロ・ディバラ

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パウロ・ディバラ Football pictogram.svg
Paulo Dybala 1555 (cropped).jpg
パレルモでコーナーキックを蹴るディバラ(2015年)
名前
本名 Paulo Bruno Dybala
愛称 La Joya(宝石)
カタカナ パウロ・ブルーノ・ディバラ
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
ポーランドの旗 ポーランド
生年月日 1993年11月15日(21歳)
出身地 コルドバ州の旗 コルドバ州ラグナ・ラルガ
身長 177cm[1]
体重 69kg[1]
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 ユヴェントス
ポジション FW
背番号 21
利き足 左足
ユース
2003-2011 アルゼンチンの旗 インスティトゥート
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011-2012 アルゼンチンの旗 インスティトゥート 40 (17)
2012-2015 イタリアの旗 パレルモ 90 (21)
2015- イタリアの旗 ユヴェントス 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2015年6月4日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パウロ・ブルーノ・ディバラPaulo Bruno Dybala, 1993年11月15日 - )は、アルゼンチンコルドバ州出身のサッカー選手イタリアセリエAユヴェントスFC所属。ポジションはフォワード

イタリアの市民権とポーランド国籍を所持している[2]

その創造的なプレイスタイルから同胞のセルヒオ・アグエロ[3]ハビエル・パストーレ[4]や元イタリア代表ヴィンチェンツォ・モンテッラと比較されている[5]

クラブ経歴[編集]

インスティトゥート・コルドバ[編集]

「La Joya(宝石)」の愛称で親しまれているディバラは17歳の時にプリメーラB・ナシオナルに所属していた地元のクラブであるインスティトゥート・コルドバでプロデビューを果たし、公式戦40試合出場17ゴールの成績を記録した[6][7]。インスティトゥートでディバラはマリオ・ケンペスが保持していた最年少ゴールと国内の連続出場記録を更新し(38試合)、シーズンで2度のハットトリックと6試合連続ゴールと4つの記録を残した[8]

パレルモ[編集]

2012年4月29日、USチッタ・ディ・パレルモの会長を務めるマウリツィオ・ザンパリーニは、「我々は新たなセルヒオ・アグエロであるパウロ・ディバラを獲得した」と声明を発表した。しかし、同日にインスティトゥートの事務局長はパレルモと交渉を行った者はディバラの移籍に関する権利を持っていないと述べた。

2012年7月20日、パレルモはディバラと4年間の契約を結んだと公式に発表した[9]。ディバラはラツィオ戦でセリエAデビューを果たし、2012年11月11日に行われ、2-0で勝利したホーム戦で初ゴールを記録した[10]

2014-15シーズンにアルゼンチン人のフランコ・バスケスと前線でコンビを組みシーズンの前半戦で10ゴールを記録し、名声を高めたディバラは国内外の多くのビッグクラブから注目を集めるようになった[11]

ユヴェントス[編集]

2015年5月、パレルモ監督のジュゼッペ・イアキーニがディバラのユヴェントス行きを認め[12]、6月にユヴェントス移籍が正式発表。移籍金は3200万ユーロで5年間の契約となる。背番号はジネディーヌ・ジダンリリアン・テュラムアンドレア・ピルロといった名選手が背負った「21番」である。

代表経歴[編集]

パンアメリカン競技大会に出場するU-17アルゼンチン代表に招集されたが、最終的に大会には参加しなかった。2012年7月19日にはU-20アルゼンチン代表から初めて招集を受けたが、それを断った。

祖父のボレスワフがポーランド出身であり[13]、ディバラ家はイタリアにルーツを持つため[14]多重国籍であり、ポーランド代表イタリア代表でプレイする資格も有しているが、ディバラ本人はアルゼンチン人としてのアイデンティティーをもっており、アルゼンチン代表でプレイすることが夢だと話している[15]

プレイスタイル[編集]

スピードと創造力と高いテクニックを併せ持った機敏な選手であり[5][16][17][18][19]、限られた狭いスペースでもドリブルで持ち上がりボールを扱うことができ[19]、ポストプレイも得意である[20]。スピードがあり技術が高く、ポジショニングも優れているためカウンター攻撃に適性があり[20]、相手ディフェンダーの裏へ抜け出すことを得意とし、運動量が豊富でディフェンスにも高い献身を示す[20]。また、ディバラは正確で強いシュートとヘディングにより自身がゴールを挙げるだけではなく、味方のゴールチャンスを作り出すこともでき[19][20]、トップだけではなく、セカンドトップや攻撃的ミッドフィールダー、右ウイングまで様々な攻撃的なポジションを務めることができる[19][20]

個人成績[編集]

2015年4月12日現在

所属クラブ シーズン リーグ戦 カップ戦 UEFA主催 合計
出場 ゴール 出場 ゴール 出場 ゴール 出場 ゴール
インスティトゥート
2011–12 38 17 2 0 0 0 40 17
合計 38 17 2 0 0 0 40 17
パレルモ
2012–13 27 3 1 0 0 0 28 3
2013–14 28 5 2 0 0 0 30 5
2014–15 35 13 1 0 0 0 36 13
合計 90 21 4 0 0 0 94 21
キャリア通算成績 128 38 6 0 0 0 134 38

獲得タイトル[編集]

クラブ[編集]

パレルモ


ユヴェントス

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]