パブロ・ピアッティ

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パブロ・ピアッティ Football pictogram.svg
Pablo Piatti 2019.jpg
RCDエスパニョールでのピアッティ (2019年)
名前
本名 パブロ・ダニエル・ピアッティ
Pablo Daniel Piatti
愛称 パブリート、エル・ドゥエンデ(小妖精)、プルメロ(羽ぼうき)
ラテン文字 Pablo Piatti
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
スペインの旗 スペイン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1989-03-31) 1989年3月31日(30歳)
出身地 カルロタ
身長 163cm
体重 63kg
選手情報
在籍チーム カナダの旗 トロントFC
ポジション FW
利き足 左足
ユース
2002-2003 アルゼンチンの旗 ホルヘ・ニューベリー
2003-2006 アルゼンチンの旗 エストゥディアンテス
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2008 アルゼンチンの旗 エストゥディアンテス 49 (13)
2008-2011 スペインの旗 アルメリア 101 (20)
2011-2017 スペインの旗 バレンシア 110 (15)
2016-2017 スペインの旗 エスパニョール (loan) 30 (10)
2017-2020 スペインの旗 エスパニョール 50 (3)
2020- カナダの旗 トロントFC
代表歴
2007 アルゼンチンの旗 アルゼンチン U-20 6 (0)
2011 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年2月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パブロ・ダニエル・ピアッティPablo Daniel Piatti, 1989年3月31日 - )は、アルゼンチンコルドバ州出身のサッカー選手メジャーリーグサッカートロントFC所属。ポジションはフォワード

経歴[編集]

クラブ[編集]

エストゥディアンテス・デ・ラ・プラタの下部組織出身であり、2006年11月18日ニューウェルズ・オールドボーイズ戦でディエゴ・シメオネ監督に起用されてトップチームデビューした。その試合のロスタイムに決勝点を挙げ、2006アペルトゥーラ(前期リーグ)で優勝したチームのヒーローのひとりとなった。2007クラウスーラ(後期リーグ)ではホセ・ルイス・カルデロンフアン・セバスティアン・ベロンホセ・エルネスト・ソサとともに中盤のポジションを獲得した。エストゥディアンテスに在籍した2年間で公式戦60試合に出場した。

2008年6月、クラブ史上最高金額の移籍金700万ユーロ(約11億円)でスペインのUDアルメリアに移籍した[1][2]。序盤戦は絶対的なレギュラーとして起用され、レアル・マドリード戦で重要な得点を決めるなど活躍したが[3]、シーズン中盤にメキシコ人のウーゴ・サンチェス監督が就任するとポジション争いに苦しんだ。2009年夏にFWアルバロ・ネグレドセビージャFCに移籍したため、ピアッティには多くの得点が求められるようになった。2009年9月23日アトレティコ・マドリード戦は2得点で引き分けに持ち込み、アトレティコ・マドリードとの2回目の対戦ではアディショナルタイムに決勝点を決めたため、2010年にはアトレティコが獲得に興味を示した[4]。2009-10シーズンは35試合に出場してチーム2位の7得点を決めた。

2011年7月6日、アルメリアの降格に伴い、5年契約でバレンシアCFに移籍[5]。退団したホアキン・サンチェスの後釜としての加入となった。

2016年7月16日RCDエスパニョールへ買取オプション付きの1年契約でレンタル移籍[6]5月24日、エスパニョールが買い取りオプションを行使し、ピアッティは3年契約をクラブと結んだ。完全移籍したものの、レンタルしたときほどの成績は残せず、2017-18シーズンはリーグ戦わずか2得点に終わった。2018-19シーズンからは怪我の影響もあって出場機会も減少し、得点も1得点のみであった。

2020年2月7日、エスパニョールとの契約を解消し、トロントFCと契約した[7]

代表[編集]

アルゼンチン代表として2007年にはカナダで開催されたFIFA U-20ワールドカップセルヒオ・アグエロアンヘル・ディ・マリアなどとともに出場し、レギュラーとして7試合中6試合に出場して優勝に貢献した。2011年6月5日、親善試合のポーランド代表戦でA代表デビューを果たした。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

エストゥディアンテス

代表[編集]

U-20アルゼンチン代表

脚注[編集]

外部リンク[編集]